中国経済はクラッシュするのか2012年6月1日 田中 宇中国経済の成長が減速している。08年のリーマンショック後の世界不況以来、中国はそれまでの輸出に頼る高度成長を続けられなくなった。中国政府がインフラ投資を強化した時期を経て、中国国内の消費が伸びることで、輸出向けの生産が国内市場向けの生産に切り替わっていくことで、中国経済の成長が維持されていた。欧米市場への輸出減のあおりで、中国の沿岸部は経済が悪化しても、内陸部では政府のインフラ整備や出稼ぎ労働者向けの住宅建設などに下支えされ、成長が続いてきた。 (China's factories look closer to home) しかし、昨年から中国政府が不動産投資の過熱を冷やすため政策をやった効果が出て、今年に入って不動産市況の悪化し、その影響で大都市の消費が陰りだした。中小都市や、都会に出稼ぎに来ている家族からの仕送りがある農村では、まだ消費が急拡大しているが、大都市での消費は横ばいだ。今年4月の中国の小売り販売は前年比14%増だったが、それでも1年2カ月ぶりの低成長だ。不動産市況が冷え込み、都会の建設現場では出稼ぎ労働者が大量解雇されている。農村の景気も悪化していきそうだ。 (China consumers less willing to spend in first quarter: Nielsen) GDP(国内総生産)で見ると、中国の経済成長は、昨年10-12月期の8・9%から、今年1-3月期の8・1%へと、0・8%ポイント下落しただけで、大したことはない。しかし、中国のGDP統計は、政府傘下の各地方などが自分たちの部門の数字を良く見せるため粉飾しており、次期首相となる李克強自身、GDPがあてにならないことを認めている。代わりに李克強が経済成長の指標として見ているのは、電力消費量、鉄道荷物量、銀行融資量の3つで、これらはいずれも最近、急速に悪化している。 今年3月の電力消費量は前年比0・7%増で、これは昨年3月の前年比が7・2%増だったのと比べ、増加幅が大幅に縮小している。今年に入っての鉄道貨物量の増加は5%前後で、これも昨年に比べて増分が半減した。4月の住宅着工は前年比4・2%の減少だし、3月のブルドーザーの販売は前年比51%減だ。中国経済は、明らかに減速している。中国のGDPの伸びは今後、6%台(もしくはそれ以下)に下がる可能性がある。 (China investment boom starts to unravel) 温家宝首相は5月20日、経済成長の減速に対する強い懸念を表明し、経済の安定が最優先だと述べた。国務院は5月23日、追加の景気テコ入れ策として、2兆元分の主要なインフラ整備事業の進行を予定より早めると発表した。 (Understanding the China Slowdown) 新華社通信は5月28日、鉄道、金融、エネルギー、通信、教育、医療など、これまで国有企業だけが手がけてきた分野で民間企業の参入を許可し、民間からの投資を奨励して経済成長をテコ入れする政策を、中国政府の方針として報じた。こうした矢継ぎ早の動きからは、中国政府が今回の経済減速を深刻に受け止めていることがわかる。 (China boosts private investment across industries) ▼もうインフラ投資できない中国 中国政府は以前、経済成長が7%以下になると貧困層の生活苦がひどくなり、貧富格差も広がって社会不安が増すので、7%以上の成長を維持せねばならないと表明していた。80年代の改革開放の開始以来、中国共産党の政治的正統性は「経済成長を実現して人々の暮らしを豊かにすること」であり、経済成長が実現できないと、共産党の正統性が疑われ、政治が不安定になりかねない。それもあって中国をウォッチする人々は、成長が7%以下になることをクラッシュとかハードランディングと呼び、そうなったら中国は終わりだと考えてきた。今回の経済の急減速で、中国の「終わり」が近づいているという論調がマスコミで目立つ。 (How to crash the Chinese economy) 中国はリーマンショック後の世界経済の牽引役だっただけに、中国の大減速は、世界経済の大減速につながりかねない。中国は鉄鉱石、銅などの鉱物の世界最大の輸入国であり、石油の世界第2位の輸入国である。中国の大減速は、中国への鉄鉱石輸出で好景気にわいてきたオーストラリア経済を不況に陥れ、ブラジルやカナダ、ロシア、インドネシア、中東の産油国などの資源諸国も悪影響を受ける。中国は欧州から工作機械や高級品をさかんに輸入してきたので、欧州経済もユーロ危機に追加して打撃を受ける。原油など、資源(コモディティ)の国際価格の下落傾向に拍車がかかる。 (China's economy suffers 'sharp slowdown') 中国は、今後ハードランディングするにせよ、ソフトランディングするにせよ、経済が減速していくと、世界経済にかなりの影響を与えそうだ。経済が内需主導型になると、貿易黒字が減り、中国が米国債を買い支える機能が失われる。米国は財政赤字を減らさざるを得なくなる。 (Australia the most `obvious' bubble in 30 years) 欧米などの投資家は、中国政府が大規模な景気テコ入れ策をやって、経済成長を維持することを望んでいる。08年のリーマンショック後、中国政府はインフラ整備など20兆元の公共投資を行って経済をテコ入れし、高度成長を維持してきた。中国政府は財政赤字が少なく(GDPの30%)財政的に余裕があり、今回の大減速も新たな公共投資で穴埋めできるはずだというのが投資家の主張だ。 (This time around, China opts for stimulus by stealth) しかし実際のところ、08年からの中国政府のインフラ大投資策は、地方政府に執行を任せたため経済効率の悪い投資が多く、地方政府が巨額の負債を抱えるとともに、都会の不動産市況の過熱を煽る結果になった。中国政府は昨年から不動産の過熱を冷ましたが、その結果、今回の経済減速が起きている。政府がインフラ大投資を再開すると、不動産バブルと地方負債の増加が再び扇動され、最終的にもっと悪い結果になる。 (St. Augustine in Beijing) しかも、08年以前からの毎年の巨額インフラ投資の結果、中国の経済インフラは大体整い、むしろ整備したインフラの利用率が低く経済不効率の問題が起きている。だから中国政府は今回、前回の10分の1の規模である2兆元しかインフラ投資の加速をやらないことにした。中国政府は、もう公共投資を増やして経済成長を維持する政策を採れない。このような見方が、中国は行き詰まっており、クラッシュが不可避だとする報道につながっている。 (If the stimulus is small, China's economic growth will be much lower) とはいえ、中国政府が巨額の公共事業をやれないのは悪いことでないという考え方が、中国政府の経済関係者の間で強い。むしろ、従来より低成長で安定させることの方が重要だとか、ゆっくり内需を拡大して対応すべきだとか、内需拡大の前に国内市場で売れる製品を開発する投資を強化すべきだとか、輸出と内需用の製造業の高付加価値化のための投資を増やすことを当面の成長の原動力にすべきだといった意見が出ている。中国政府は今年初め、経済成長率を7・5%まで落としても、製造業の高付加価値化や内需拡大といった経済構造改革を優先することを決めていた。今年の経済減速は、年初から政策に織り込まれていた。経済成長はもっと鈍化しそうだが、それが構造改革のきっかけになれば、悪影響ばかりでない。 (China shuns stimulus plan despite slowdown) 先進国側でも、OECDの幹部が「中国経済が08年のようなひどい危機に再び陥ることはない。中国政府は、経済を安定化するための多くの政策手段を持っており、巨額の景気刺激策は不必要で、長期的に害悪だ。中国は成長率がこれまでより安定した低い水準に落ち着いていく過程にあり、これは誰にとっても良いことだ」と述べている。 (China stimulus unnecessary, risks long-term damage) ▼時間がかかる中国経済の構造改革 今回の中国経済の急減速は、欧米日の主流の報道のように、悲惨なクラッシュになり、中国の社会的、政治的な混乱や、国際社会での地位の低下までつながり、中国が国際台頭していた時代が終わる可能性がある。インド経済もすでに減速しており、ブラジルやロシアも悪化しそうなので、BRICSは世界経済を牽引できなくなる。世界の多極化は逆流し、米英覇権が蘇生し、日本は対米従属を続けられる。 (Emerging markets are faltering) だがその逆に、減速をきっかけに、中国政府が目標とする経済構造改革が進めば、時間はかかるだろうが、中国は製造業の高付加価値化と内需主導の経済成長へとソフトランディングする。中国は、成長を鈍化させたうえで長期的な成長構造を確保し、先進国の仲間入りをする準備を整えられる。 (Changing Lanes) 中国経済の構造改革は時間がかかる。目標の一つは内需拡大だが、中国政府自身、内需の拡大には時間がかかるので、当面の経済成長の原動力として期待できないと明言している。中国では近年、一人っ子政策ゆえの労働力不足で、製造業の賃金が上昇しているが、大半の人々の収入がまだ低い。しかも年金や失業保険の制度が未整備なので、人々は自分で貯蓄して生活防衛するしかなく、貯蓄率が非常に高い。所得が増えても消費に回さず、貯蓄されてしまう。製造業の賃金上昇は、内需拡大の前提である一方、中国製品の国際競争力の低下と輸出減につながるマイナスもある。 (Role of consumption limited) 中国では、まだ国内ブランドが育っていない。中国人は日本人以上に、海外のブランド品を持つことを裕福さの象徴と考えている。家電のハイアルなど世界的なブランドに育った一部の商品を除き、中国製品は、中国国内でも海外でも、安かろう悪かろうのの域を出られない。中国政府は、公務員が自家用車を買うときに輸入車でなく国産車を買うことを奨励したり、国産の家電や自動車の買い換えに補助金を出したりしているが、これらは小手先の策でしかない。ブランド力が低いので、メーカーの利幅も少ないままだ。中国政府は、国内需要の喚起には、まず国内市場で買ってもらえる良い商品を開発できる技術力や、ブランド力の構築といった供給側の改革が必要と考えている。 (China needs to change trade strategy) 中国は世界の製造業生産の6%を占めているが、中国の研究開発費は、世界の総額の0・3%にすぎない。中国企業は、研究開発費をかけず、海外製品の模倣によって生産技能を獲得してきた。これは、低賃金に頼って、無名の安かろう悪かろう製品を薄利で世界に輸出する、従来の中国の国家戦略として成功してきたが、国内の賃上げや、世界的需要の伸び悩みが続く今後は、有効な策でなくなる。研究開発を増やし、国際ブランド力をつけて、たとえば中国ブランドの自動車を欧米市場に売れるようにすることが、中国の今後の目標となる。中国政府は、この新戦略への移行のきっかけとして、今の経済減速を使おうとしている。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |