破綻するまでバブル膨張することにした米国2018年9月20日 田中 宇9月15日は、リーマンブラザーズの倒産・リーマン危機の発生から10周年だった。あの危機は80年代以来拡大し続けてきた、米国中心の世界の債券金融システムを信用不安・凍結状態に陥れた。金融システムはあの危機で瀕死状態になったが、その後、米日欧中央銀行によるQE(造幣による債券買い支え)など超緩和策によって延命している。この10年間、米欧の当局など金融関係筋は、危機の再発を防ぐとともに、もし危機が再発しても金融システム全体の崩壊に連鎖拡大しないようにする策をやると言い続けた。危機に陥った銀行を政府が救済せず潰せるよう、大きすぎる銀行の拡大を抑制することや、ノンバンク分野への監督強化、バブル崩壊を起こしやすいネズミ講的に複雑な高リスク金融商品への規制などだ。米国は2010年に金融規制強化のドッドフランク条項を法制化した。 (Have we learnt the lessons of the financial crisis?) だが実際にはリーマン危機後、再発防止策や連鎖抑止策は全く効果をあげていない。米国の5大銀行の資産額は、この10年で、金融界全体の44%から47%へと比率が増えている。危機発生時に当局が救済せざるを得ない大手銀行は、目標の縮小とは逆に肥大化している。ノンバンクの規模も拡大する一方だ。ドッドフランク条項は抜け穴だらけで、トランプによってさらに骨抜きにされている。延滞率が高い債権を集めたサブプライムローン債券や、担保をとらずに融資するコブライトの債権など、リーマン的な危機の再発につながりかねない金融商品も再び増え続けている。 (Five surprising outcomes of the 2008 financial crisis) これは政策の失敗なのか、それとも意図的な結果なのか。「金融当局は、金融システムの健全性を保つため、バブルの膨張を防ぎたいものだ」というのが従来の常識だ。システムの不健全性が放置されて拡大すると、システムごと崩壊して再起不能になり、世界経済の血液役である金融の機能が失われ、実体経済に長期的かつ多大な悪影響を与える。それを防ぐのが、中央銀行など金融当局の任務だ。だがリーマン後に米日欧の中銀群が続けているQEは、中央銀行の本来の任務と正反対に、バブルを煽り、金融システムの不健全さを高めている。中銀群は、健全性の回復を言っているが口だけで、本質的に、金融システムの目先の維持のために、長期的なシステム維持策を放棄して、バブル膨張や不健全性を拡大する方向に走っている。リーマン後のバブル膨張は、政策の失敗でなく、意図的な結果であると考えられる。 (中央銀行がふくらませた巨大バブル) (People’s QE Is Coming And The Result Will Be A Disaster) バブル膨張を放置・扇動すると、短期的に金融相場が上昇するが、長期的に、いずれ当局が手に負えない大きなバブル崩壊が起こり、金融システムが再起不能に破綻する。米当局は、それでかまわないと思っている(もしくは、それを考えないようにしている)ということだ。米国は、バブルを防いで金融システムを長く維持するのでなく、長期的なシステム維持を放棄し、破綻するまでバブル膨張することにしたといえる。バブル膨張策であるQEは、やめるとバブル崩壊するので、いったん始めるとやめられない「出口のない政策」だ(「出口」とは、金融システムを健全な状態に戻すための方策)。米国は、対米従属の日本や欧州を引き連れ、出口=健全化を捨てて、バブル膨張に走っている。 (万策尽き始めた中央銀行) (BOJ Issues "Red Hot" Warning: Stocks May Drop And We Won't Be There) 米連銀は09年から15年まで、バブル膨張策としてQEとゼロ金利をやった後、日本とEUの中央銀行にQEを肩代わりさせ、連銀自身はQEとゼロ金利をやめて、その後は逆方向である短期金利の引き上げと資産圧縮(QEで買い込んだ債券の再放出)を続けている。そうしないと、ドルに対する国際信用が低下して米覇権体制が壊れかねなかったからだろう。利上げと資産圧縮は、米連銀とドルの、最低限の健全性の維持策となっている。利上げといっても2%程度までだから、いずれ起きる大きなバブル崩壊・金融危機の時に、危機を下火にできるほどの十分なちから(利下げできる幅)がない。米国からQEを肩代わりさせられた日本と欧州は、米国より先に金融崩壊する運命を背負わされている。 (日銀QE破綻への道) (ユーロもQEで自滅への道?) 米国株は自社株買いでバブルの高値を維持しているが、日本株は日銀のQEで高値を維持している。日銀の上層部では、いつどのようにQEをやめていくかの議論が続いている。欧州中銀は今年いっぱいでQEをやめるので、日銀も来年にはQEをやめるだろう。そうなると、日本の株価が、米国より先に下落していくことになる。欧州株は、すでに下落傾向だ。 (QEやめたらバブル大崩壊) (BOJ Policy Makers Clash Over Banks’ Complaints) リーマン後、米当局が金融システムの健全化を本格的に進めていたら、株も債券も低迷が続き「失われた10年」になっていたはずだ。長期的にみて、金融面の米国覇権やドルの基軸性を維持するためにはその方が良かったのだが、米当局は金融界の圧力に負け、バブルをさらに膨張させる粉飾的・短期的な「改善」に走った。健全化を放棄するほど、思い切りバブル膨張がやれるので、金融が延命する期間が何年か長くなる。近年、米金融システムが意外と長く延命しているのは、健全化を完全に放棄し、バブル膨張や統計指標の粉飾をやり放題にしているからだ。 (バブルをいつまで延命できるか) (中央銀行がふくらませた巨大バブル) 米当局がもっと金融システムの健全性を重視する常識的な人々だと考えた何人もの著名な投資家が、昨年来、米国の株や債券が間もなくバブル崩壊すると考えて先物売りに賭けたりしたが、それらの賭けはすべて大損に終わった。米当局がシステムの健全性を無視する非常識な姿勢をとり始めたため、株や債券のバブルは著名な投資家たちの予測を超え、いまだに延命している。 (Robert Shiller: Look For One Final Surge In Stocks Before The Crash) (Bill Gross Used Massive Amounts Of Leverage To Double Down On Losing Interest-Rate Bet) こうなるより前、オバマ前大統領は、ドッドフランク条項による金融規制強化に積極的だった。オバマは、前任のブッシュ政権時代にイラク戦争やリーマン危機によって低下した米国の覇権(国際政治的な外交信用や、国際経済的な金融システムの維持力)を維持・軟着陸させようとしていた。だが、近視眼的な軍産複合体や米金融界、隠れ多極主義的なネオコンなどに妨害され、あまり成果を挙げられなかった。ドッドフランク条項は、抜け穴の多い法律になった。 (米国金融規制の暗雲) (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ) オバマと対照的にトランプは、軍産や金融界の近視眼的な特性をむしろ扇動している。ドッドフランクの抜け穴をさらに拡張して事実上履行を停止し、株価の上昇や債券の低利を経済の好調さとして喧伝し、これらの相場を維持するため、銀行に高リスクな金融商品をどんどん発行させ、大企業に自社株買いを拡大させるバブル膨張策を大胆に進めている。オバマ時代の覇権維持策は、トランプに次々と無効化されている。トランプの覇権放棄策は、金融と外交の両面にわたっている。 (トランプの相場テコ入れ策) (米国の金融システムはすでに崩壊している) 世界展開している米国の大企業は、米国外で稼いだ資金を米国に戻すと課税されるので、S&Pの500社で合計2兆ドル以上を国外(オフショア市場)に置いてきた。トランプは、企業が国外で稼いだ資金を米国に戻しても課税しない方向に税制を改定した。その結果、在外の巨額資金が米国に還流している。この資金の多くは、大企業の自社株買いに使われ、今年の米国の自社株買いは昨年比5割増しの1兆ドル超になる見通しで、この要素が米国株の最大(唯一)の上昇要因になっている。トランプのバブル膨張策の一端がそこにある。 (For The First Time In 10 Years, Companies Have Spent More On Buybacks Than CapEx) オフショアに置かれてきた資金の多くは、新興市場に投資されてきた。今回、それが米国に還流し、新興市場諸国のドル不足・為替安(ドル高・現地通貨安)の金融危機を引き起こしている。トランプは、懲罰関税を相次いで設定する貿易戦争によって、中国など世界と米国の貿易を断絶しているが、トランプの貿易戦争によって阻止される最大部分は、世界で作って米国で売ってきた米国の大企業の活動だ。米国企業はトランプのせいで、世界での活動をやめて米国に戻らざるを得なくなっている。これは、世界経済の成長急落(世界不況)につながる。 (米国の破綻は不可避) だが、世界から米国に資金が還流し、米国の株や債券の相場を押し上げているため、見かけだけ景気が良さそうな状況が今後もしばらく続く。米連銀がQEを日欧に肩代わりさせて自分だけ利上げと資産縮小を続けていることも、世界から米国への資金還流・米国の株高債券高・新興市場の金融危機の一因となっている。新興市場の危機が続く限り、米国の金融システムが延命する構図だ。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争) ▼バブル延命の最強の策はマスコミによる経済分析の歪曲 リーマン後、米国や日本で採られている金融延命策のもう一つは「情報の歪曲」だ。市民の生活実感からすると、米国も日本も景気は上昇していない。むしろ悪化している。だが、当局が発表する指標では好景気ということになっている。景気が良いのだから株価が上がり続けるのは当然という論調を、マスコミなど権威筋が流している。だが、すでに述べたように株や債券の好調さは実体経済の景気を反映したものでなく、QEや高リスク債券の増刷など、バブル膨張を反映したものだ。株が上がっているのに実体経済の成長がゼロやマイナスではまずい。つじつまを合わせる必要がある。経済成長していないのに、しているかのように政府指標が粉飾されている可能性がある。QEは、バブルを膨張させる悪政なのに、そのこともほとんど指摘されてこなかった。何人かの金融専門家が悪政だと指摘したが無視され、黙らされた。 (ひどくなる経済粉飾) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) 経済成長は、資本家や経営者に儲けをもたらし、一般市民に雇用やボーナスをもたらす。金融の健全性は、持続的な経済成長にとって必要だ。当局やマスコミ、権威筋が、経済成長を実際より大きく見せ、金融が不健全なのに健全だと人々に信じこませる歪曲を続けていると、それはいずれ不況や金融危機を発生させ、資本家の儲けと市民の雇用の両方を失わせる。戦時に国民の愛国心や従属性を高める機能を持つマスコミの信用も失墜する。これは、世界の支配層である資本家にとって避けたいことだ。 (米雇用統計の粉飾) (アベノミクスの経済粉飾) マスコミは19世紀の発祥以来現在まで、当局者や支配層に都合の良いように情報の歪曲をやれる装置である。外交や政治面では、善悪の歪曲がしばしば行われてきた。だが経済の分野で情報歪曲をやると、それはいずれ不況や金融危機という、当局や支配層が望まない事態になる。だから以前は経済分野の歪曲が少なかった(ように思う)。だがリーマン後、米国は、最終破綻・覇権崩壊するまで金融バブル膨張を続けることにした。経済分野の情報歪曲が持つマイナス面は無視され、全力で情報歪曲が行われるようになっている。 (戦争とマスコミ) (米金融覇権の粉飾と限界) 資本家が、自分たちの金融システムの破綻を容認しているのは不可解だが、これは米国の上層部に米覇権体制を崩壊させようとする人々が以前からいることとつながる話だ。リーマンの倒産自体、金融危機の被害が大きくなるように仕組まれていた観がある。その後のQEも、悪い政策とわかっていながら続けられた。大量破壊兵器のウソを開戦事由にしたイラク侵攻も、最初から自滅的だった。マスコミが担ってきた国民洗脳の機能は、いまやネットのSNSが担っている。テレビや新聞はもう時代遅れで、支配層にとって不要物になりつつある。だから支配層は最近、マスコミが自滅してもかまわない感じでロシアゲートなど歪曲的なプロパガンダを流布させている。 (米金融界が米国をつぶす) (世界のデザインをめぐる200年の暗闘) (米ネット著作権法の阻止とメディアの主役交代) トランプの戦略は、懲罰関税によって世界と米国の貿易取引を減らしていることも、新興市場をドル不足にして金融危機を引き起こしたことも、イランやロシアとの貿易でドル使用を禁じる制裁をしていることも、すべてが基軸通貨としてのドルの地位を意図的に引き下げている。トランプのイラン制裁を受け、今後もイランと取引することを決めたEUは、国際決済におけるドル使用を減らし、ユーロの利用を増やすことを決めている。ドルの基軸性は米国覇権の最重要部分だ。トランプは、米国の覇権を自滅させている。 (EU Head Juncker: Use the Euro, Not the USD, as Global Trade Currency) (Russian Investment Fund to Strike First Non-Dollar Deals With China in 2019) これらの、米国の上層部に覇権を自滅させようとする勢力がいる理由について考えていくと「隠れ多極主義」「多極化による世界体制の組み直し」の分析になる。この分析が間違っていると却下するのは簡単だが、そうすると米上層部に覇権自滅派がいることの説明がつかない。米国や世界の情勢を詳細に見ていない人は、自滅派などいないと言うだろうが、私からすると、そのような人は情勢が見えていない。自滅派が成功し、米国の覇権は政治経済の両面で着々と崩壊しつつある。 (田中宇史観:世界帝国から多極化へ) (隠れ多極主義の歴史) 情報歪曲してもなお、米国中心の国際金融システムの崩壊感は高まっている。そのため最近、金融危機の再発や相場の暴落を警告する指摘があちこちから出ている。リーマン危機の時に英国の首相だったゴードン・ブラウン(現野党の労働党)は、リーマン10周年に際し「世界が無自覚なまま再度の金融危機に向かっている」「リーマン危機で表出した問題はまだ未解決だ」「リスクの急騰を自覚せねばならないのに、世界が主導役不在(米国が覇権放棄中)なので自覚できない」「各国の政府と中央銀行は(QEなど超緩和策によって)すでに力尽き、次の危機に対処できない」「前回は中国が(国内投資を急増して成長の主導役として)世界を救ったが、次回は期待できない」「米連銀が金利を引き上げる中、アジアなどの民間の負債(社債。影の銀行システム)が(金利急騰し)次の危機の引き金になりかねない」と述べている。 ('The world is sleepwalking into a financial crisis' – Gordon Brown) ("The World Is Sleepwalking Into A Financial Crisis": Former UK PM Gordon Brown) また、ソシエテジェネラルやモルガンスタンレーなどが最近相次いで「金融は今のところ安定しているが、急落しそうな予兆が見えてきた。貿易戦争で世界的に経済が悪化し、来年から再来年にかけて不況や金融崩壊になりそうだ。中国も悪くなる」「株価は今年末がピークだろう」といった内容の予測を発表している。 (SocGen: "Storm Clouds Are Gathering" As Next Recession Looms) (Morgan Stanley Calls It: Stocks Will Peak In December) 長期金利は上昇傾向だ。ジャンク債の金利(H0A0)は、この1年で5%台から6%台へと1%近く上がった。長期金利の基準指標となる10年もの米国債はここ数日、警戒すべき閾値である3%を超えている。米連銀や金融界は、金融の健全性を演出するため、10年ものの利回りが3%を超えぬよう、資金供給して操作してきた。これまでは3%を超えても数日で2%台に引き下げられていた。だが今後もし3%を超えたまま下がらないと、それは、金融全体の実質的な不健全が増大し、健全性の演出にカネがかかりすぎて手が回らないという、米国の当局と金融界の演出の限界を意味する。そうなると、最終破綻的な金融危機の再発が近くなる(その前に米連銀が緊縮姿勢をやめてQE4に向かうことで、相場の再テコ入れをはかるだろうが)。金相場も、8月にかけて下落した後、上昇側と下落側のもみ合いが続き、再上昇の可能性がある(さらなる下落の予測もある)。 (BofA Merrill Lynch US and Global High Yield Indices) (US10Y: U.S. 10 Year Treasury) (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀) 私は今夏以来、今秋の金融危機再燃はなさそうだと予測している。金融危機が再燃しそうなら、その前に米連銀が利上げと資産圧縮の姿勢をやめて、バブル膨張に拍車をかけ、破綻を先送りするはずだ。ソシエテやモルスタの「来年か再来年に金融危機」説も、今年はまだバブル膨張が維持されて危機にならないとの予測だ。しかし、10年もの米国債が3%を超えているのを見ると「大丈夫か?」と思ってしまう。事態はしだいに不安定になっている。 http:/tanakanews.com/180822world.php 2018年秋の世界情勢を展望する (最期までQEを続ける日本) 新興市場は、米国の金融バブルを延命させるため、先に崩壊させられている。だが、先に崩壊することは、先に再建することでもある。新興市場の中でも中国は16年以来、株価や不動産、融資体制などのバブルを意図的に潰している。米日では、中国に対する戦略的でない敵視や嫌悪が強いので、中国のバブル崩壊を見て「中国はもうすぐ国家崩壊する」という早とちりな見方が席巻している。実のところ、早めにバブルを崩壊させる中国の政策は、いずれ日本や米国がバブル崩壊した時に中国が連鎖崩壊することを防ぎ、米国覇権の崩壊後、中国が大きな力を持つ、多極型の世界体制になる流れを作っている。人民元は今よりもっと強い国際通貨の一つになる。中国の、早めのバブル崩壊は中国を強化するが、米国や日本の、全力でバブル膨張した挙句のバブル崩壊は、米国や日本を弱体化する。私を中国の犬と呼ぶ前に、現実をよく見てほしい。 (金融バブルと闘う習近平) (中国の意図的なバブル崩壊)
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