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バブルをいつまで延命できるか

2016年6月6日   田中 宇

 20年前、先進諸国の年金基金や生命保険などの機関投資家は、米国債などの優良債券を買って持っているだけで、年に7・5%の利回りを得ることができた。だが今、ゼロ金利策が続いた結果、優良債券の金利は1%台だ。運用の目標値は以前と同じだが、それを達成するには、基金の4分の3以上を、株式や企業買収屋への投資など、昔に比べてはるかに危険な運用に回さねばならない。年金や生保は、内規で危険な投資を禁じており、2%強の運用利回りを得るのがやっとだ。最近、景気の先行きが不透明なので、これまでの株や高リスク債への投資をやめるところが増えており、運用利回りは今後さらに下がりそうだ。年金や生保は長期的に、予定通りの給付ができなくなる傾向にある。最近、WSJ紙がそのような趣旨を報じた。 (Pension Funds Pile on Risk Just to Get a Reasonable Return) (The Federal Reserve Has Created An Unprecedented Disaster For Pension Funds

 交通、建設、小売、鉱工業、エンタメなどの産業の従業員4400万人が加入する米国最大級の年金基金であるPBGC(Pension Benefit Guaranty Corporation)は、深刻な基金不足に陥りそうだと予測されている。米政府の会計検査院(GAO)は、PBGCが2024年までに破綻しそうだと警告する報告書をまとめた。無数の企業年金の集合体であるPBGCは、損失が出ている年金と、余裕がある年金を合併することで、個々の年金の破綻を防ごうとしているが、運用益の減少傾向の中で、今後さらに運営が厳しくなることが必至だ。 (PBGC Data Tables Show Serious Underfunding) (GAO: Union Pension Insurance Fund ‘Likely To Be Insolvent’ Within Decade

 PBGCの傘下で、40万人のトラック運転手が加入する年金基金(Central States Pension Fund、米国中央部の運転手の労組の年金)は、すでに資金不足の状態で、運用すべき基金を食いつぶしており、10年後には基金がゼロになると予測されている。そのため基金は、27万人に対する年金給付を今夏から平均22%減額したいと4月に連邦政府に申請した。だが米国は今年ちょうど選挙の年で、人気取りをやりたい百人以上の議員が年金減額に反対したため、米政府は基金からの減額申請を却下した。27万人に対する減額は避けられたものの、いずれもっと大きな減額(無支給)が40万人に対して起こる。 (Pensions may be cut to 'virtually nothing' for 407,000 people) (Teamsters pension cuts may get worse - and a U.S. safety net is at risk

 1980年代の経済全体の自由化以来、米国の運送業界は流動的で、80年代にあった運送会社の9割がすでに潰れている。年金は、企業と従業員が折半で掛け金を払い続け、それを基金が運用して定年後に年金として支払う。企業が潰れると、基金が受け取る掛け金が半減するが、年金は契約通り払わねばならず、基金の損が拡大する。自由化以後、人件費削減のため企業年金のない運送会社が増え、年寄り運転手は6割が年金加入だが、若手は2割しか入っていない。基金は掛け金収入が少ないのに給付金が多くなり、リーマン危機の損失もあって赤字が増大した。 (Schafer: Why the Central States Pension Fund is doomed to fail

 米国には、同様の構造を持った産業が多くある。超低金利が長期化するほど、年金制度が崩壊に瀕する。金利をマイナスにしている日本や欧州は、年金に対する保護政策が米国より強いものの、一方で金利がマイナスなので長期的に運用損も大きくなる。英国では、大手年金の一つである大学教職員の年金基金が、現状を続けると損失が拡大するばかりなので、掛け金の増額を決めている。 (The perils facing Japan’s pension funds) (Major UK Pension Fund Slashes Benefits As Funding Crisis Spreads

 米連銀は利上げの方針なので、短期米国債の金利は上がっている。しかし同時に米国は、日本とEUの中央銀行に対し、QE(市場への大量資金供給、債券買い支え)とマイナス金利の政策を続けさせている。日欧では、国債の多くが中央銀行によって買い占められているうえ、民間銀行が中央銀行に預金するとマイナス金利でお金を取られる。仕方がないので日欧の金融機関はリスクの高い株や債券を買わざるを得ない。高リスクな株や債券の需要が増し、株価が上がり、ジャンク債の金利が下がる。 (日銀マイナス金利はドル救援策

 全体としてみると、米国債の金利が上がってジャンク債の金利が下がり、両者間の金利差が縮小している。この金利差はリスクプレミアムと呼ばれ、リスクの価格を意味している。リスクの価格が下がるほど、金融危機が起こりにくくなる(金融危機はリスクプレミアムの高騰で始まる)。米連銀は、利上げによって、次に金融危機が起きた時に利下げできる「余力」を積み上げているが、それだけだとジャンク債の金利まで上がってしまい、サウジアラビアに喧嘩を売られているシェール石油産業などで金融崩壊が起こりかねない。そのため米連銀は、日欧にQEやマイナス金利策をやらせてジャンク債の金利を人為的に引き下げておき、その間に自国だけ利上げしてリスクプレミアムを縮小している。 (ジャンク債から再燃する金融危機) (ロシアとOPECの結託

 こうした米連銀の策は、金融危機の発生を防いでいるが、同時にリスクプレミアムの縮小により、うんとリスクを取らないと高い利回りの運用ができない状態になり、米日欧の年金基金を始めとする金融機関を困窮させている。本来、市場原理に任せた状態だと、リスクプレミアムが低い時は景気が良い時であり、金融以外の実体経済における資金需要が旺盛で、金融機関は一般企業に融資することで利ざやを稼げる。しかし現状は、実体経済の景気が悪く、一般企業の資金需要が非常に少ない。金融機関が利ざやを増やすには、マネーゲームの世界で危ないことをするしかない。今のリスクプレミアムの低下は、市場原理と関係なく、中央銀行がバブルを崩壊させない目的で人為的に引き起こしている事態なので、こんなことになっている。 (This financial bubble is 8 times bigger than the 2008 subprime crisis

 株や債券など金融相場の上昇が、実体経済の好調によって起きるのは正常だが、それがマネーゲームの激化によって起きると不健全な「バブル膨張」になる。膨らんだバブルはいずれ破裂し、金融危機を引き起こす。日欧の中央銀行は、マイナス金利と優良債券買い占め(QE)によって、民間投資家がジャンク債や株式など高リスク商品に殺到せざるを得ないマネーゲームの激化を誘発している。本来、バブル膨張を防ぐのが任務である中央銀行自身がバブル膨張を扇動している。非常におかしな事態だ。 (バブルでドルを延命させる

 なぜこんなことになっているのか。最もありそうなことは、投資家を高リスク商品を買わざるを得ない事態に追い込んでおかないと、高リスク商品つまり株や債券の買い手が減って、バブル崩壊の金融危機が起きるからだろう。株も債券も、低迷する実体経済の現状に比べて高すぎる相場だ。中央銀行による扇動がなければ、すでにリーマン危機級のバブル崩壊が起きていた。安倍首相がG7で述べたことは経済的に正しい。安倍が間違ったのは、日銀ががんばってバブル崩壊を無理矢理に防いでいるのに、首相がバブル崩壊が起きそうだなどと言ってはいけません、という政治的な面においてだ。 (G7で金融延命策の窮地を示した安倍

 中央銀行群の任務は、バブルを縮小して軟着陸させることだ。だが米連銀は、軟着陸に必要な資金を、すでに09-14年のQEによって使い果たしている。長期的に見ると、米国中心の国際金融システムは、1985年の金融自由化から15年間は拡大し続けたが、00年のIT株バブル崩壊以降は、健全な拡大が望めなくなり、利下げや、サブプライムなどバブル色が強い高リスク債権の急拡大によって延命する段階に入った。

 そうした延命も08年のリーマン危機で困難になり、その後は利下げもゼロ金利まで到達して底を尽きたため、QEやマイナス金利といった前代未聞の策に頼る末期的な現状になっている。米連銀は利上げによって余力を回復しようとしているが限度があり、全体として万策尽きた感じが強い中銀群は、バブルをさらに膨張させて金融を延命させるしか手がない。中銀群は00年のIT株崩壊以来16年間も金融を延命させており、かなりしぶといので、まだしばらく延命が可能かもしれない。しかし、延命策はいずれ尽きる。 (万策尽き始めた中央銀行

 米日欧では、政府が、雇用やGDPなどの経済指標を実態よりよく見せる粉飾を続け、マスコミも景気を実態よりよく見せる歪曲報道を続けている。景気が悪化ししたから消費税引き上げを延期するのに、それすら報じない。指標や報道の歪曲は、長期的に、政府やマスコミに対する信用低下を引き起こす「悪政」だ。しかし金融の現状は多分、そんな長期の心配をする余裕などない、金融危機が再燃したら一貫の終わりという危険な状況なのだろう。中銀群には、危機を緩和する資金も利下げ余力もない。リーマンの時はあっけなくバブルが崩壊したが、あれを再演させるわけにはいかない。中銀群は、マイナス金利やQEによる自国の金融機関の経営難を看過しているし、年金や生保の運用損拡大も無視している。マイナス金利やQEは、これらよりもっと重要な、金融システム全体の延命のために行われている。 (超金融緩和の長期化) (ひどくなる経済粉飾

 全体として、どんな手を使ってもバブルを再崩壊させないという、当局の強い意志が感じられる。マイナス金利やQEは永久に続けねばならない。それらをやめたら金融機関は国債購入や中央銀行への預金を増やし、株やジャンク債を買わなくなって金融危機が再発する。年金や生保は長期的に、約束した給付金を払えず減額措置をとることが不可避だ。金融界は長期的にみて雇用者の総数が大幅に減る。どうしても金融破綻を止められないなら、日本やEUの政府財政(国債)や通貨を先に潰す。そうすることで、日欧の投資家の資金がドルや米国債へと逃避し、日欧の犠牲のもとに、基軸通貨であるドルが守られる。 (Japan Is First To Panic; Won’t Be The Last) (ドル延命のため世界経済を潰す米国

 日欧の政府は、景気テコ入れの効果があるとウソをついてQEやマイナス金利策をやっているが、そのような効果はないので、景気はほとんど改善されず、しだいにウソがばれていく。日本の野党はこの面で安倍政権を攻撃している。だが、かりにこの先選挙で政権が交代したとしても、たぶん事態は変わらない。たとえ日本で民進党などが政権をとっても、すでに始まっているQEやマイナス金利をやめることは非常に困難だ。やめたら金融崩壊、経済破綻だからだ。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (QEするほどデフレと不況になる

 今後、民間主導の金融システムが蘇生する可能性は非常に低い。08年のリーマン危機まで、リスクプレミアムを下げる(バブル崩壊を遠ざける)のは米国の投資銀行の役目だった。投資銀行は、ジャンク債の債券保険(CDS)の仕組みを作り、ジャンク格の企業が破綻しても債券の元利が保険金として支払われるようにしてジャンク債を買いやすくした。倒産寸前の企業がジャンク債で資金調達して倒産を回避できるようになってCDSの保険金が支払われるケースも激減し、ジャンク債は破綻しにくくなって金利(リスクプレミアム)が下がった(投資銀行は手数料で儲けた)。

 しかしこの機能は、リーマン危機とともに破綻して再起していない。そのため代わりに、中銀群によるバブル延命策が必要になっている。中銀群が延命策を強めた昨年以来、投資銀行の儲けが各行とも急減している。株や債券の価格が高すぎて、投資銀行ですら利益を出せなくなっている。投資銀行は大幅な人員削減をやっている。この事態は、金融システムが今後も蘇生しないことを先取りしている。 (Investment Banks Are in for a World of Hurt

 投資銀行は最近、新たな分野を開拓している。それは現金を廃止して、すべての金融の備蓄と決済を電子化する流れを作ることだ。すべての備蓄と決済が電子化されると、銀行は利ざやでなく電子的な預金と決済の手数料を主な収入にするようになり、マイナス金利やQEが永久に続いても、大幅な人員削減は必要だが潰れずにすむ。銀行の業容縮小を軟着陸させ、保険や年金の契約者に給付金の減額(年金や保険は潰れるものだという新たな常識の定着)を受忍させれば、マイナス金利やQEを長期化できる。 (Radical Changes Are on the Way for Investment Banks) (現金廃止と近現代の終わり

 そうした延命策がある一方で、中国やロシアは、米国主導の既存の国際金融システムが潰れても困らぬよう、代わりの国際決済機構(ドルでなく相互の自国通貨での決済)や、人民元やルーブルと金地金の連携強化(金本位制への接近)を進めている。 (人民元、金地金と多極化) (China’s Increasing Presence in Gold Market - An Obsession to Prop up Yuan

 米日欧の中銀群の延命策がいつまで持つか、時期的な予測は難しい。中銀群は自分たちの余力の残量がどのくらいなのか秘匿している。しかし、中銀群が近年やっていることは、バブルを膨張させて金融危機再発を防ぐ前代未聞の策であり、すでに中銀群がかなり危険な状態にあることは確かだ。また来年、ドナルド・トランプが米大統領になると、中銀群が続けている延命策を妨害する可能性もある。



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