ジャンク債から再燃する金融危機2016年2月21日 田中 宇米欧でジャンク債の金利上昇が続いている。米国の高利回り債の平均金利は、6%前後だった昨年6月から上昇傾向となり、今では9・5%前後まで上がっている。高利回り債の中で最も格付けが低いジャンク債の利回りは20%以上になっている。ジャンクの格付けは、赤字が続く企業、経営難の企業に付与されるが、それらの企業は、年間20%の金利を払わないと資金調達できなくなっている。ジャンク債を発行しても買い手がつかない場合も増え「資金調達できたとしても金利が20%以上」という状態だ。 (US junk debt rated triple C yields 20%) (BofA Merrill Lynch US High Yield Master II Effective Yield) 日銀は先日マイナス金利策を始めた。国債の利回りは、日本とEUがゼロの前後で、米国は2%以下であり、いずれも低下傾向だ。債券の金利は、先進国の国債が下落傾向である半面、ジャンク債など民間の高利回り債は上昇が止まらず、米国債とジャンク債の利回り差が20%近い極端な値になっている。このような状態は、米連銀がQE2をやめた後、QE3をやるのを渋っていた2011年秋以来だ。 (Sudden Death? Junk-Rated Companies Headed for Biggest "Refinancing Cliff" Ever: Moody's) (Stress continues to build in junk-bond market) 中央銀行による利下げは、銀行間融資の短期金利を下げることで、国債からジャンク債までの長短の金利を連動して引き下げようとする行為だ。市場が活況で、投資家がリスクに前向きなら、最優良の短期金利の利下げがジャンクの長期債券金利の低下につながりうるが、今のようにリスク回避の傾向が高まる状態だと、最優良格の金利を下げてもジャンク格の金利が下がらない。 (Junk-bond market facing record refinancing cliff: Moody's) もともと、米国債とジャンク債の金利差は、小さいほど金融市場や経済活動が活況(健全)であることを示していた。「示していた」と過去形なのは、リーマン危機後に米日欧の中央銀行がQEを始めて以来、金利差は、QEをやるほど縮小し、QEをやめると拡大する事態になり、活況や健全さと関係なくなってしまったからだ。もともとは、世の中が好況で、旺盛な資金の供給があると、ジャンク債の需要が増えて金利が下がり、米国債との利回り差が縮み、好況なのでジャンク格企業の倒産が減ってさらに利回りが下がり、好循環になる仕組みだった。 (アメリカ金利上昇の悪夢) 本物の好況でなく、バブル膨張による金利差の縮小だと、いずれバブルが崩壊するときに突然誰もジャンク債をほしがらなくなって金利が高騰し、米国債との金利差が急拡大し、ジャンク債が市場ごと凍結・崩壊する。ジャンク債から逃避した資金が米国債に入り、金利差はさらに拡大する。そうして起きた危機の一つが、住宅ローンを債券化したジャンク債のバブル崩壊によって起きた08年のリーマン危機だった。 (国際金融の信用収縮) リーマン後、ジャンク債が再び買われるようになって金利が低下したが、それはジャンク債の市場が自然に蘇生したからでなく、米連銀がドルを大増刷してジャンク債など債券全般を買い支えるQE(量的緩和策)を開始し、QEの下支えがあるため金融界がジャンク債で再び儲けられるようになったからだった。米連銀は当初QEを、金融市場がジャンク債の機能を復活させるための呼び水、再起動の支援行為と考えており、QEの期間を半年に限定し、この間にジャンク債市場を再起動し、その後は連銀がQEをやめても民間の需給だけで金融市場が回転することをめざしていた。 だが、08年秋から09年春までのQE1、10年秋から11年春までのQE2と、2回のQEが断続的に行われ、QEをやっている間はジャンク債市場に活況が戻ったものの、QEをやめてしばらくすると再び民間投資家がジャンク債から遠ざかり、利回りが上昇して機能不全に戻ることが続いた。 (QEするほどデフレと不況になる) QEは、子供(民間債券市場)がやるべき宿題を親(中央銀行)がやってしまうような不健全な行為だ。半年間のQEは、子供がわからない時に親がヒントを出して手伝うようなもので容認できるが、QEをずっと続けると、宿題を毎回親が解いていることになり、子供がダメになる。ヒントを出すだけで子供が勉強(債券ビジネス)を好きになり、放置しても勉強するよう仕向けるのがうまい親だ。 当時の米連銀のバーナンキ議長は、11年春にQE2を終えた後、何とかQEなしに債券市場の蘇生を軌道に乗せようとあがいたが、金融界がうまく乗ってくれず、QE2をやめるとジャンク債の利回りが今と同じぐらいまで上昇してしまい、12年秋からQE3をやらざるを得なくなった。米連銀がQEを繰り返すほど、金融界はQEに対する依存を強めて「QE中毒」になり、QEがなくても債券市場が回るようになるのでなく、逆にQEが切れると禁断症状的な市場の崩壊(ジャンク債など社債の利回り高騰)を起こすようになる。 (債券危機と米連銀ツイスト作戦) QEを長く続けるほど、中央銀行は増刷して買い支えた債券を内部に貯め込み、勘定が肥大化する。QEをやめても債券が高値で売れる状態が実現できるなら、中央銀行は買った債券を高値で売り抜けて儲けつつ勘定を縮小できるが、QEをやめると債券が崩壊して紙切れになる中毒状態のままだと、中央銀行がQEで貯め込んだ債券は潜在的に無価値で、最後は中央銀行自身の破綻、通貨の信用失墜につながる。 (バブルでドルを延命させる) だから、米連銀はQEを早くやめる必要があった。市場はすでに中毒で、QEをやめたら崩壊する。米連銀は、14年秋にQEを日欧、特に日本の中央銀行(日銀)に肩代わりさせることで、この矛盾を回避した。14年秋からの日銀のQEは無期限で、最初から「米債券市場の蘇生」が目標になっておらず「QE中毒の米市場に永久に資金を注入する」「子供の宿題をぜんぶ親がやる」無茶苦茶な構図だった。EUの欧州中央銀行も15年春からQEを開始した。 (米国と心中したい日本のQE拡大) (ユーロもQEで自滅への道?) 日欧のQE開始という「麻薬注入」の再開とともに、米国のジャンク債などの金利が低下し、債券市場は一息ついた。しかしその後、ジャンク債発行で新規油井の開発事業を回してきた米国のシェール石油産業が、長引く原油安によって連鎖倒産(債券破綻)を起こす懸念が増大した。15年秋から深刻化した世界不況の影響で、石油産業以外の企業も業績の悪化が始まり、社債金利の全体が上昇傾向となった。 (Investors leaving junk bonds behind) (原油安で勃発した金融世界大戦) 日欧は国債以外の債券市場が小さく、日欧のQEは最初から購入可能な自国の国債のほぼ全量を買っており、拡大が困難だ。日欧でなく米連銀がQEを再開すれば、一時的に債券市場に資金(麻薬)が注入されて中毒を緩和できるが、連銀は自らの健全性を維持するためQEの再開を拒否し、むしろ逆に、危険なQEの仕事を日欧に押し付けつつ、自分たちだけ利上げして健全性の回復にいそしんでいる。 (ドル延命のため世界経済を潰す米国) 日欧がQEをこれ以上拡大できず、米国はQEから遠ざかる姿勢を続ける中で、原油安と世界不況の影響で、米国のジャンク債の利回りが昨秋から上昇し続け、社債市場の崩壊感が強まっている。これまでの例を見ると、社債市場の崩壊感が強まってくると、世界的な株価の暴落が起きることが多い。11年夏に、QE2を終えた米連銀がQEの再開を拒否して社債市場が崩れかけた時も、株価が一時的に暴落した。 (Junk bonds suffer a rare negative return in January--and that's bad news for stocks) (格下げされても減価しない米国債) 今年の正月明けは、ジャンク債の崩壊感が強まって株価の暴落に発展しそうな状況があったと考えられる。状況を改善するため、日銀が1月末に動いた。QEを拡大できないため、利下げしてマイナス金利策を導入した。だが、悪化傾向の状況は変わっていない。日本政府は、大企業に自社株の買い戻しを奨励するなどして、株価の下落を防ごうとしている。 (High Yield Debt Tells Us That Just About EVERYTHING Is About To Collapse) (A "Baffled" Bank Of Japan Is Shocked By Its "Message Of Despair") 2月15には、昨年9-12月期の日本のGDPが年率換算で1・4%縮小したと発表された。事前予測の平均はマイナス0・8%で、それを大きく上回る経済の悪化となった。景気の悪化が示されたのだから、この日の株価は大きく下がって当然だった。だがこの日、東京の株価は7%高という異様な高騰になった。ソフトバンクの自社株の買い戻しが発表されたことなどが材料だった。株価は、景気の動向と関係なくなり、日銀など当局が企業を巻き込んで操作するものになっている。 (Japan's Economy Contracted Again in Final Quarter of 2015) (SoftBank launches $4.4bn share buyback) (Japan Goes Full Goebbels: Government Cracks Down On Media Over Negative Economic Reporting) マイナス金利策の開始後、保険会社や年金基金の運用が悪化して保険金や年金を予定通り払えなくなるかもしれないと、政府や生保が言い出す事態になっている。マイナス金利策が日本国民の生活を破壊していくことを、政府自身が認めている。利ざやを潰すマイナス金利は、国内銀行の経営難にもつながり、瀕死の米国の債券市場を延命させる以外の良い効果は何もないが、対米従属の日本政府は、国民生活や国内産業を犠牲にして、米国のジャンク債を救援したがっている(それも一時的な延命でしかないのに)。政府による報道規制が強化され、マスコミは意味のある報道をしなくなり、日銀や政府が日本を破壊しているのに誰も指摘しない。 (日銀マイナス金利はドル救援策) (The Silver Age Of The Central Banker) (Japanese TV anchors lose their jobs amid claims of political pressure) 米国の社債市場を悪化させている原油安と世界不況は、今後も続く。最近、サウジアラビアとロシアが原油の「生産凍結」で合意したと報じられ、これで原油相場が上昇して米国のエネルギー産業の債券が破綻しなくてすむかのような見通しが出ている。だがよく見ると、サウジとロシアの合意は、史上最大に近い1月の産油量水準で原油の生産を「凍結」することだ。これは史上最大級の産油量をこれからも続ける合意であり、むしろ原油安に拍車をかける。原油相場は上がらない。米エネルギー産業の債券危機は今後さらにひどくなる。 (Saudis, Russians Fail To Cut Oil Production, Will Freeze Output At Record January Level) (Junk bond stress is spreading beyond energy, says Moody's) ジャンク債の金利は今後も上昇傾向だ。ジャンク債と株の連動性から考えて、いずれまた株価の下落が再発する。当局による株価操作も繰り返されるうちに効力が減じ、株式と社債の両方で崩壊傾向が強まる。リーマン危機の時は、QEという延命策があった。だが今後の金融危機は、その延命策が尽きたところで発生する。米連銀が利上げ姿勢をやめてQEを再開すれば、またしばらく延命するだろうが、それが尽きるとまた危機だ。リーマン危機をしのぐ金融危機への道が、すでに始まっている。 (There is worse to come as QE loses its impact) (万策尽き始めた中央銀行) (High-Yield Bond Investments Contaminated by Energy)
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