ドル延命のため世界経済を潰す米国2015年12月19日 田中 宇12月16日、米国の連邦準備制度(連銀、FRB)が、9年ぶりに短期金利を利上げし、ゼロ金利を脱した。連銀は、来年末までの1年かけて短期金利を1%以上まで上げていく構想だ。次回は来年3月に0・25%利上げすると、市場で予測されている。利上げは米経済の好転を理由に行われたが、実のところ、米経済は好転していない。中国や中南米など新興市場を中心に、世界経済が急速に悪化しており、その影響で、米経済も悪くなっている。 (Federal Reserve Rate Hike At `Precisely The Wrong Time' - Faber) (Fed to raise rates again in March, follow up with fewer hikes) 世界的な建機メーカーであるキャタピラの販売は、世界経済の現実的な先行指標だが、11月分は、中南米がマイナス37%、中国(アジア)がマイナス17%、米国がマイナス5%、世界合計でマイナス11%だった。キャタピラの販売は史上最長の36カ月も連続で減っており、世界経済がかなり前から実質的な不況に入っていることを示している。その他、国際船賃のバルチックドライ指標など、多くの指標が世界経済の急速な悪化を示している。世界も米国も日本も、これから不況に突入すること(すでにある不況の顕在化)がほぼ確実だ。米当局は、実体経済の悪化を無視して、GDPや雇用統計を粉飾し、経済が好転しているかのように見せている。 (米国の利上げと世界不況) (For Caterpillar, The Depression Just Turned Three: CAT Hasn't Had A Sales Increase In 36 Consecutive Months) 米連銀は、不況が来ることを知ったうえで、不況が顕在化したら対策として利下げができるよう、金利をゼロから2%台まで上げておきたい。そのために、実態はすでに不況色が強いのに、経済指標を粉飾し、マスコミに歪曲的な解説を書かせ、米国がやるべき緩和策を日欧に肩代わりさせつつ、景気が好転しそうだから金利を上げると言い続けてきた。このインチキなやり方に対し、連銀内でも批判があり、なかなか利上げできなかったが、ついに今回踏み切った。 (利上げを準備する米連銀) (米金融財政の延命と行き詰まり) 世界不況に対して米国が何もできないと、基軸通貨であるドルの地位(米国の経済覇権)が危うくなる。覇権国は本来、世界最大の経済力を持ち、その余力を世界のために使って、他の国々つまり世界が経済成長できる態勢を維持することが役割だ。その役割を果たすために、覇権国の通貨や国債は、世界的に最高位の信用を約束されてきた。だが今回、米国は、ドルと米国債の強さを守るため、世界が不況に向かい、新興諸国や途上諸国が経済減速で苦しんでいる今の時期に、苦しみを増すことにつながる利上げやドル高誘導策をやっている。同盟国である日本や欧州の中央銀行は、米国から圧力を受け、無理な緩和策(QE)をやらされている。欧州は何とか生き延びるだろうが、日本はすでに抜け出せないQE地獄に入っており、いずれ財政破綻する。 (日本と世界で悪化する不況とバブル) (行き詰る米日欧の金融政策) 米連銀が利上げした2日後の12月18日、日本銀行が、米連銀と逆方向の、金融緩和策の追加を発表した。日銀はすでに金利をゼロまで下げたうえ、円を大量増刷して日本国債を買い支えるQE(金あまりを扇動する金融救済策)を、これ以上国債を買えない買い占めの状態まで進めている。買い支えの額をもう増やせないので、今回は、日銀が持っている国債の満期がきたら次はもっと長期の国債を買う、保有国債の長期化という緩和策の追加をやった。保有国債の長期化は、国債買い支えに関して日銀がやれる最後の追加策だ。日銀は、円安ドル高や株高を加速しようとして、今回の策をやったが、最後のカードを切ったことは、日銀がほかに打つ手がないことを投資家に印象づけてしまい、むしろ失望感が広がり、株安と、円高ドル安の反応が起きた。 (Dollar falls against yen after Japan stops short of extra QE) (BoJ stimulus boost widens global policy divergence) 日銀の緩和策には、株のETFの買い支えの増額も入っていたが、増額分が既存の買い支え額(3兆円)の1割(3千億円)でしかなく、市場の事前予測より大幅に少なかったため、この点も、日銀の緩和策はもう限界にきていることを印象づける結果となった。 (BOJ's $2.5 Billion ETF Boost Seen Having Little Impact on Stocks) (Japanese Jawboning Fail - Nikkei Crashes 1000 Points From Overnight Highs) 日銀自身、今回の緩和策追加の効果に事前に疑問を持っていたらしく、緩和策は日銀の黒田総裁の記者会見に先立って発表され、株や為替の相場に失望色が表れると、黒田は今回の策を緩和策でなくテクニカルな変更にすぎないと発表し、まだ余力があるように見せかける策(茶番劇)を展開した。 (Futures Slide As Quad-Witching Has A Violently Volatile Start After Massive BOJ FX Headfake; Oil Tumbles) 米国が利上げした日、債券格付け機関のフィッチが、新興市場の一つであるブラジルをジャンク格に引き下げた。覇権国の米国は従来、ドル安の傾向を誘導し、新興市場諸国の通貨を上昇させることで、米国の投資金が新興市場に入り、新興市場が経済成長し、世界を好況にする策をずっと続けていた。今のドル高政策は、この従来策を逆流させ、新興市場から米国に投資が引き上げ、新興市場の経済が悪化し、世界不況を招いている。米国は、ドルを延命させるために世界経済を潰してしまう策をやっている。 (Brazil Gets Second Junk Rating as Fitch Cites Economic Slump) (新興市場バブルの崩壊) 新興市場の中には、中国やロシアなど米国が敵視する国が多い。「中露が潰れ、米国覇権に取って代わろうとするBRICSが弱体化するなら、世界不況もむしろ好都合だ」と思う対米従属派の人もいるかもしれない。だが、冷戦終結後、世界経済の統合性が強まり、世界が不況なのに米国だけが好況という事態はあり得なくなった。無理矢理に利上げして余力を作っても、世界がひどい不況になると、米国にも必ず波及して不況が悪化し、今のような少しの余力では全く足りない事態になる。元財務長官のローレンス・サマーズによると、大きな不況対策は3%分以上の利下げをやらないと効果がない。米連銀はがんばっても1年後に金利を1%にできるだけで、全く力不足だ。連銀の利上げは失策だとサマーズは明確に批判している。 (Larry Summers Says the Fed Is Walking Into a Trap) 利上げに固執する米連銀の策は、諸外国だけでなく米国の金融界の内部にも悪影響を与えている。景気悪化や原油安の影響で、米国のジャンク債や社債のリスクが高まっており、それに利上げが追い打ちをかけている。金融政策をうまく運用すると、ジャンク債の利回りが下がり(ジャンク債と米国債の利回り差が縮小し)倒産しそうな企業でも比較的容易に資金調達して倒産を回避でき、景気の悪化を防げる。だが米連銀は今回、景気悪化の中で無理矢理に利上げしたので、ジャンク債や社債全体の金利が上昇し、倒産回避の景気維持策が失われている。 (米国の利上げで債券崩壊が始まる?) 利上げ前には、ジャンク債の投資基金が相次いで破綻した。利上げ後は、ジャンクより格の高い社債の市場に、資金の流出が拡大する事態が波及している。社債市場が危なくなると、資金は国債に移るので、米国債の短期的な延命に都合がいいが、長期的に見ると、企業金融の潤滑剤である社債の状況が悪化するので非常にまずい。 (Withdrawals hit US corporate bond funds) (金融蘇生の失敗) 米連銀が利上げの傾向を保持することは、米国の景気が悪いのに経済指標を粉飾し、マスコミを動員して好景気だと歪曲するウソの構図が拡大することを意味する(日本も、安倍政権の人気取りのため同じ構図を真似している)。今後、実際の経済状態との乖離がひどくなり、ウソの構図は今後しだいに保持しにくくなる。多くの人々がウソに気づくようになり、マスコミと政府に対する信用が落ちる。政治面では、すでこうした現象が、イラクに大量破壊兵器がないのにあるとウソを言って開始した03年のイラク侵攻以来、ひどくなっている。政治はウソが多いが経済(や科学)は厳然たる数字なのでウソがない、という「権威ある専門家」が豪語する大ウソが、しだいに露呈していく。ウソが縮小し、再び事実だけの健全な状態に戻る可能性は、今回の利上げ傾向の開始で大きく減った。 (ひどくなる経済粉飾) 日本経済は、すでに不況に入っていると考えられるが、日本政府は12月初め、マイナス0・8%成長のGDPの指標を、発表後にテクニカルな理由をつけて改ざんし、ゼロ成長に「修正」してしまった。このようなインチキは長期的に、経済の真の姿をわからなくしてしまい、政府自身が効果のある経済政策を立てられない事態に結びつく。ソ連や中国や北朝鮮などでは、政府が経済指標を粉飾してきたが、それらの国々では、人々が粉飾に気づいていた。今の米国や日本では、ほとんどの人が気づかない(そんなはずないと思い込んでいる)うちにひどい粉飾が行われており、こちらの方が事態は深刻だ。 (Japan's current recession to prove an illusion) 株価や金地金相場に対する不正操作の構図も、まだまだ続く可能性が強まった。株価の上昇は、当局が、景気が良くなっていることを示すために必要だ。米連銀は、自分が利上げする代わりに、日欧にQEをやらせ、民間金融界のバブルも膨張させて金あまりを維持し、株高を続けようとしている。同様に、ドルや債券(といった、信用だけが命の紙切れ資産)の究極の対抗馬として存在する、金地金(信用と関係なく価値が存在できる資産)の価格も、ずっと引き下げておく必要がある。ドルや債券が潜在的に危なくなるほど、地金相場の上昇を防ぐことが大事になる。 (操作される金相場) 正確で信用できる指標は、経済成長を維持するために必要だ。指標に対する信頼性が崩れると、有効な経済政策が立てられなくなる。政治的な理由で時には粉飾も必要かもしれないが、信頼性に影響がない範囲にする必要がある。今回のように経済粉飾を長期化させてしまうと、いずれバブル崩壊で経済が破綻した後の立ち直りが困難になる。 (揺らぐ経済指標の信頼性) 政治面でも、粉飾(濡れ衣)が、イラクの大量破壊兵器のウソだけで終わっていたら、米国の覇権に影響なかったかもしれない。だが米国はその後イラン、ロシア、シリアなどに次々と濡れ衣をかけ、それが米国の外交戦略の主要な部分になった。そして今秋、ロシア軍がシリアに進出して成功した後、米国よりロシア(露中イランなど)の方が国際的に正しいという認識が、途上国や新興諸国の間で定着する流れになっている(歪曲報道しか見ていない日本人は、まだ気づいていないだろうが)。これと似たような流れが今後、経済面でも起きるかもしれない。 (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) (人民元のドル離れ) その場合、既存の米国の経済覇権体制に替わりうるもの(多極型体制)が、すでに世界的に構築されている。リーマン危機後に作られたBRICS新開発銀行(IMF世銀体制の代替)や中国主導のAIIB(日米主導のADBの代替)、中露が作った銀行間為替送金システムCIPS(SWIFTの代替)、IMFが正式に決めた人民元の基軸通貨化(SDR入り)や、ドルに替わるBRICS諸国の通貨で貿易決済する体制などである。 (China Carefully Moving to Displace dollar) (中露を強化し続ける米国の反中露策) 米国が、利上げやドル高誘導のため世界経済に犠牲を強いたり、指標や報道の歪曲がひどくなるほど、途上国や新興諸国の中で、経済面で米国に頼ることをやめて、多極型新体制だけでやっていこうとする動きが強まる。中国など新興諸国が米国債を売る傾向はすでに始まっており、今年10月には、月間の外国勢による米国債の売りが、史上最大の552億ドルになっている。米連銀の利上げ策は、米国の経済覇権を崩し、世界の経済覇権が多極化していくことに拍車をかけている。 (Foreign selling of U.S. Treasuries in October was most since 1978) (米国債を大量売却し始めた中国)
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