他の記事を読む

行き詰る米日欧の金融政策

2015年9月7日   田中 宇

 9月3日、トルコのアンカラで開かれたG20の財務相・中央銀行総裁会議で、IMFのラガルド専務理事が、米国の連銀(FRB)に対し、利上げに固執するのをやめなさいと諭した。米国の失業率が(統計粉飾によって)低下したことを理由に、米連銀は6年ぶりの利上げを検討し、9月16-17日の理事会(FOMC)で利上げが決まるかもしれない。だが、世界経済は不況に向かいそうだ。いったん利上げしたものの数カ月後に世界不況への対応としてまた利下げするぐらいなら、最初から利上げしない方が良いと、ラガルドは米連銀の性急さを批判した。 (IMF's Lagarde: Fed Should Not Rush Its Rate Rise Decision) (IMF: Fed can hold off on rate rise) (Jobs Report Could Seal the Deal on Rates

 また、ラガルドは日本銀行に対し、金融緩和策をもっと拡大せよと要請した。日銀の黒田総裁は、米連銀の利上げに反対するラガルドに反論し、米連銀の利上げは金利水準を正常な状態に引き戻す作業であり、世界経済にとって良いことだと米連銀を擁護した。 (IMF warns against rate rises by leading economies

 この黒田の発言は非常に興味深い。米連銀がQEをやめて金利をゼロから0・25%に引き上げる引き締めが「正常化」であるのなら、金利がゼロでQEを無期限に続けている日銀は「異常」「不健全」ということになる。黒田は、日本の対米従属策の一環として米連銀を擁護したつもりだろうが、はからずも、日銀のQEが異常で不健全で、米国を正常化するため日本が自滅的に異常さを拡大していると認めてしまった。 (G20 defies gloom to forecast rise in growth) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米

(対米従属策の裏返しとして中国敵視策を続ける日本の麻生財務相はG20で、中国の人民元切り下げを不透明な行為だと非難した。だが、日本と対照的に、ドイツや英国は人民元の切り下げを為替政策の自由化として高く評価し、米国の財務長官も中国の政策をやんわり支持した。世界のほとんどの国が中国の政策を評価する中で、日本だけが中国嫌いを表明するという、春先のAIIBの時の孤立が繰り返されている。しかも、中国の政策を不透明と批判する日本のやり方は米議会を真似たもので、日本のオリジナルでない。せっかく隠然独裁をするなら、日本の官僚機構は、もう少しましな国際戦略を採ってほしいといつも思う) (G20 supports China's efforts to stabilise economy) (日本から中国に交代するアジアの盟主

 米国の投資家ピーター・シフによると、米連銀のイエレン総裁は、金利をゼロから引き上げる「正常化」を望んでいるだけでなく、リーマン危機後のQE(債券の買い支え)によって1兆ドルから4・5兆ドルにふくらんだ米連銀の資産を、2020年までに、再びQE以前の1兆ドルに戻すことを目標にしている。確かに金利2%、資産1兆ドルの中央銀行は健全だ。しかし、その健全さを取り戻すために米連銀は、保有する3・5兆ドルの債券を買ってくれる人を5年以内に見つけねばならない。連銀は、毎月平均600億ドル(かつてのQEの毎月の買い取り額よりやや少ない額)ずつ債券の買い手を見つけねばならない。 (Peter Schiff Warns: Meet QT - QE's Evil Twin

 米国債を売りたいのは米連銀だけでない。中国など新興市場諸国の多くが、自国通貨の対ドル為替を維持するためと、決済通貨をドルから自国通貨や人民元に転換してドル建ての備蓄が不必要になるため、巨額の米国債を売り始めている。この売り(QT)は、来年にかけてずっと続くだろう。今のところ株から国債に資金を逃避する投資家が多いので米国債の買い手がいるが、これがずっと続くとは限らない。買い手がいなくなると、米国債金利が上昇し、米政府にとって危険になる。シフによると、それを防ぐには、米連銀が利上げや資産圧縮の目標をあきらめて逆にQEの債券買い支えを再開し(QE4)、連銀の資産が今の4・5兆ドルから10兆ドルに増えるのを容認するしかないという。 (米国債を大量売却し始めた中国) (構造転換としての中国の経済減速) (No Fed Rate Hike Coming, They Never Intended To - Peter Schiff

 世界不況と新興市場からの巨額の米国債供給がある中で、米連銀は利上げを敢行するのが非常に難しい。ゴールドマンサックスは最近、連銀は9月に利上げしないと断言し始めている。 (Goldman: "No Rate Hike In September"

 QEを拡大しうるのは米連銀だけでない。日銀と欧州中央銀行(ECB)も、すでにやっているQEを拡大することが、選択肢として存在している。前出の黒田総裁の「連銀の利上げは正常化である、世界にとってプラスだ」という発言からは、日銀が米連銀の代わりにQEを拡大してあげたいという意志が感じ取れる。しかし実際のところ、日銀の内部からは「(QEの建前的な理由である)デフレがそれほど懸念される状態でないので、QEの拡大は必要ない」という表明がなされているとWSJ紙が報じている。 (Bank of Japan Not Convinced of Need for Further Easing

 日銀がQEを拡大しないなんて、日本は対米従属をやめたのか?。いや、そうではない。現実は、日銀が買い取れる日本国債がしだいに減っており、日銀がやりたくてもQEを拡大できない。日銀は昨秋から、毎月日本政府が発行する国債のほぼ全量に相当する額を買い上げている(その分、他の投資機関に米国の債券を買わせ、間接的に米国の債券市場を助けている)。民間の国債需要を満たす分も必要なので、日銀は、公的年金基金(GPIF)などに保有する日本国債を強制的に売らせてしのいできた。しかし、年金基金はこれ以上国債を減らしたくない限界まで来ている。日銀の次の標的はゆうちょ銀行だが、それもQEの数カ月分しかない。 (New Whale Seen Moving Tokyo Markets) (Suddenly The Bank Of Japan Has An Unexpected Problem On Its Hands

 日銀は、他の機関投資家にも日本国債を売らせようとしているが、日本株の暴落懸念が増すなか、株を売って日本国債を買いたい機関投資家が多く、国債を売りたい人がいない。日銀のQEは、昨秋に拡大する以前、買い取る国債の9割を市場で調達していたが、昨秋の急増以来、買い取り総額の4割を機関投資家から強制的に買い上げている。来年夏までに、日銀のQEは縮小の開始を余儀なくされる。IMFは、日銀がQEをやれるのは17年までと予測している。経済紙はQEを「景気対策」と喧伝したが、日本の景気は昨年来むしろ悪化している。 (Europe's Biggest Bank Dares To Ask: Is The Fed Preparing For A "Controlled Demolition") (日銀QE破綻への道) (米国と心中したい日本のQE拡大

 日本には、国債以外の債券(社債)市場も存在するが、日本の場合、社債の発行総残高は60兆円程度で、1千兆円近い国債残高の1割以下だ。米国は90年代以降、社債市場が急拡大したが、日本と欧州は社債による資金調達があまり普及せず、日本の社債市場の規模は米国の10分の1程度だ。社債市場が小さすぎるので、日銀は国債以外の債券の買い支えを政策にできない。 (公社債発行額・償還額 2015年6月分) (社債市場活性化への5つの提言

 昨秋に日銀がQEを拡大した直後から、国債の売り手が不足することが予測されていたが、EUのQEも、今年初めに開始が決まった直後から、債券(国債と社債)の売り手が不足して買い取りの目標枠に到達できないと指摘されていた。EUの盟主であるドイツは、不健全であるQEに反対で、米欧同盟維持の観点からしぶしぶQEを了承したが、目標枠に達しないことを意図的に看過した。ドイツなどEU内の債権国が南欧の債務国の国債を買い支えることも大幅に制限され、欧州のQEは効果があまり期待できない。ECBのドラギ総裁は、QE拡大を示唆したが、口先だけだ。 (ユーロもQEで自滅への道?) (Downbeat Draghi ready to beef up quantitative easing package

 ECBの理事であるオーストリア中銀のノウォトニー総裁は最近、ユーロ圏内で発行される社債の総額が少なすぎて、ECBのQEは構造的に目標を達成できないようになっていることを認める発言をしている。ECBはすでに、ユーロ圏で発行された社債の総発行残高の半分を買い占めているのに、目標額を下回っている。 (Dim prospects for Europe boost chances of extra money printing) (The IMF Just Confirmed The Nightmare Scenario For Central Banks Is Now In Play

 このように日本も欧州も、QEを拡大できない状態だ。欧州より日本の方が無理をしており、供給不足からQEが限界に達し、縮小する必要が出てきている。そこに、中国など新興市場の米国債売り(ドル離れ、QT)が加わっている。そんな中で、米連銀が自分だけを健全化しようと利上げや保有債券の縮小を画策している。IMFが連銀に「利上げするな」「しても短命に終わるぞ」と諭すのは当然だ。米連銀は、利上げするかどうかでなく、逆にQE4を開始するかどうかを検討しなければならない状態だ。 (It's The Fed, Stupid; Why Kuroda And Draghi Are No Match For Quantitative Tightening) (Citigroup Chief Economist Thinks Only "Helicopter Money" Can Save The World Now

 米国が利上げでなく債券買い支えを再開せねばならない理由はまだある。米国のシェール石油ガス産業の資金難が債券危機に発展するのを防ぐ必要があることだ。原油安の中、米シェール産業は、業界全体の損失額が今年1-6月で320億ドルに達し、昨年1年分の377億ドルに近づいている。油井の寿命が短く金食い虫の同産業は、債券や株の発行で不断の資金調達が必須だが、同産業全体の債券発行は、6月まで毎月65億ドルずつだったのが、7-8月に月間17億ドルずつへと、業績悪化を受けて売れ行きが急に悪化した。新株の発行総額も1-3月が108億ドル、4-6月が37億ドル、7-8月が10億ドルと減り続けている。 (US Shale oil industry hit by $30bn outflows

 米シェール産業は米金融界の錬金術(詐欺)の申し子で、金融界から特別に優遇されているが、それでも債券や株が売れなくなっている。今年すでに16社が破綻した。このままだと、来年にかけて同産業で経営破綻や債務不履行が急増し、債券市場全体のバブル崩壊に発展しかねない。連銀の利上げは崩壊の可能性を増やす。バブル崩壊を先送りするには、連銀がQE4をやって債券や株の売れ行き全体を底上げするしかない。 (US Shale industry braced for bankruptcies) (シェールガスの国際詐欺) (米シェール革命を潰すOPECサウジ

 米債券投資家のビル・グロスは、米連銀は今年前半に利上げを開始する機会があったのに、慎重すぎてそれをやり過ごし、今後はもう利上げの機会がないと指摘している。後知恵になるが、今後の利上げの機会がない以上、連銀は、今春に無理をして利上げしておくべきだったといえる。今になって連銀が性急な利上げに固執するのは、今秋を逃すともう連銀を健全な状態に戻すことができなくなるからだろう。 (Bill Gross says Fed move may be `too little too late' amid turmoil) (中央銀行がふくらませた巨大バブル

 今のところ、10年もの米国債金利は2%以下で、リスクが低い状態だ。しかし、中国など新興市場諸国が、貿易決済にドルでなく自国通貨を使う傾向は今後強まり続け、米国の債券を売る流れが今後ずっと続く。日欧のQEは行き詰まりつつある。米連銀は利上げをあきらめ、QE4を開始して金融システムを延命させる必要があるが、それも一時的な延命にしかならない。いずれQE4が限界に達する時には、もう日欧にQEの肩代わりを命じることもできず(その時には、すでに日本が財政破綻しているだろう)、米国債の買い手がおらず金利が高騰する「ドル崩壊」の事態になるだろう。その前に世界不況、米日の株価暴落などか起きそうだが、それらは90年代からの25年間の米国主導の世界の債券バブルが総決算されていく過程といえる。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ