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米シェール革命を潰すOPECサウジ

2014年11月30日   田中 宇

 原油の国際相場(北海ブレント)が、今年7月から下がり続けている。11月下旬に1バレル80ドルを割り込んだ後、産油諸国で構成するOPECが11月27日に総会を開いた。OPECは従来、原油相場が下落しすぎると集団で減産を決めて需給のバランスを取り直し、原油価格を維持してきた。今回も減産を決めるのでないかとの期待もあったが、OPECは減産しなかった。原油価格はさらに4%下がり、4年ぶりの安値である約70ドルになった。 (The Beginning of the End for Oil: `Volatility Sells Teslas') (Crude Oil Brent Price

 OPECは総会で、原油相場をOPECが政治的に決める従来の仕組みを放棄し、市場(需給関係など)が相場を変動させ、自然に相場が安定するのに任せることを決めた。これは「OPECの終わり」を意味していると評されている。 (Oil slumps to four-year low as OPEC shuns output cut

 以前に書いたとおり、サウジは10月から石油相場の引き下げを画策していた。OPECが減産しなかったのは驚くに値しないともいえる。 (◆サウジアラビア原油安の陰謀

 OPECが生産量を維持したことで、原油相場はさらに下がると予測されている。1バレル60ドルとか30ドルまで下がると言う人々すらいる。ロシアやイラン、ベネズエラといった反米の産油諸国は、1バレル80-100ドル以上の高値でないと財政難に陥るとされ、OPECが原油安に拍車をかける決定をしたのは、米国やサウジアラビアがロシアやイランを潰したいからだという見方もある。サウジは1980年代にも、米国に頼まれて原油相場を引き下げ、ソ連を財政破綻に追い込んだ「功績」がある。 ('Vicious cycle' possible in Oil, $70 is line in sand

 ベネズエラは原油安を受け、政府の石油収入が35%減った。同国はすでに財政難で、中国やブラジルといったBRICSが支援しているが、原油安で追加の支援が必要になっている。支援を受けられない場合、ベネズエラは財政破綻から社会混乱がひどくなり、失敗国家に転落するかもしれない。米国は昔からベネズエラと敵対し、野党をテコ入れして混乱させてきた。 (The First Oil-Exporting Casualty Of The Crude Carnage: Venezuela

 原油安を受け、ベネズエラは危ないが、ロシアとイランは大した被害を受けそうもない。ロシア政府の収入の半分が原油輸出に頼っており、1バレル100ドルの原油相場で来年度予算を組んでいる露政府は予算の再編成を迫られている。しかし長期的にロシアは、石油ガスのより多くを中国に輸出する契約を結んでおり、それは固定価格契約になっている。ロシアは中国に、石油ガスをかなり安く買いたたかれているが、国際原油相場の変動からの影響を受けにくい。 (Putin Says Russia Doing Fine in Face of Tumbling Crude Prices

 ロシアの大手石油会社ロスネフチのセチン社長は、来年前半に原油が1バレル60ドル以下の安値になると予測した上で、その安値水準になってもロシアは減産を必要としないと述べている。 (Russia's Sechin Says Oil Could Fall to Below $60 Per Barrel Next Year

 イランも1バレル100ドル前後で政府予算を組んでおり、1バレル70ドルはきつい。しかし核兵器開発の濡れ衣を解かれつつあるイランは、世界各国から経済制裁を緩和される傾向で、イランの石油ガス輸出は急増している。イランから日本への原油輸出は昨年より28%増えたし、インドへの輸出は60%も増えている。イランは原油安を輸出増で補っている。 (Iran's oil exports to Japan up 28%

 OPECが今回さらなる原油安を容認した目的は、ロシアやイランを潰すことでない。OPECの盟主であるサウジの提灯持ちをすることが多いUAEのエネルギー相は「原油安はOPECの責任でない。安値なのに原油(シェールのタイトオイル)を増産している米国が悪い」という趣旨の発言をしている。シェール石油(タイトオイル)の油田開発は、従来型の油田に比べて費用が多くかかり、原油価格が下がると赤字になって生産を止めねばならないところが多い。 (Prices, not Opec, to balance Oil supply

 OPECに加盟していない米国がシェール石油を減産してくれない以上、OPECは自分たちだけ減産することを拒否し、原油安によって米国でシェール油田開発が赤字になって原油生産が減るのを待つ戦略に転じたのが、今回のOPECの減産拒否決定だったことが、UAEエネルギー相の発言から見てとれる。ロイターやブルームバーグなどのマスコミも、OPECの原油安誘導は米国のシェール石油に対抗することが目的だと書いている。 (Oil Enters New Era as OPEC Faces Off Against Shale) (米シェール油に価格戦争宣言、OPEC総会でサウジ石油相

 シェールの石油ガスの油井(ガス井)は、多くの場合、枯渇までの有効期間が数年しかなく、従来の石油ガス田より寿命がはるかに短い。しかもシェール井は、液体を注入しながら地層に沿って横に掘削せねばならず、採掘コストが従来の油井より高く、原油相場が下がると不採算になる。米国ではここ数年、超低金利が続き、米金融界にはシェールの石油ガス開発に投資する低利資金が膨大にあった。だから不採算でも新たな油井開発の資金が得られる。米金融界が傘下のマスコミを使って「シェール革命」を喧伝し、米国は永遠にエネルギー輸出国に転換したといった誇張を人々が軽信し、投資が回っている。 (◆シェールガスの国際詐欺

 先進諸国を代表する国際エネルギー機関であるIEAは、原油価格が80ドルの状態で米国のシェール油井の96%で利益が出ると言っている。しかしこれは、投資家がシェールの詐欺を信じて低利の巨額資金を投じ、油井が赤字でも金融の損失が出ない自転車操業がなされていることが前提で、破綻する前のネズミ講が儲かっているように見えるのと同じ状態だ。現実を注視する金融分析者は、原油が80ドル以下ならシェール革命は成り立たない、80ドルでも大丈夫と言う奴はウソつきだと断言している。 (Oil at $75 Means Patches of Texas Shale Turn Unprofitable) (19 US Shale Areas That Are Suddenly Endangered, "The Shale Revolution Doesn't Work At $80"

 米国のシェール開発は、ブレーキがついていないトラックが暴走しているようなものだと指摘する分析者もいる。シェール革命は金融界が立案した詐欺であり、主役は石油業界でなく金融業界だ。油田開発を持続するための債券が売れなくなると、油田開発の自転車操業が続かず、シェール関連の業界全体が破綻する。原油安で儲からないからといって減産すると、シェール革命が失敗したとみなされ、債券が売れなくなり、金融主導で破綻する。シェール業界は減産できず、原油安でも増産せねばならないブレーキなしの暴走トラックだ。OPECが、米国のシェールが減産しないのが悪いと非難したのはこのことだ。 (The Price Of Oil Exposes The True State Of The Economy

 米国の中小のシェール開発業者は全体で、負債が資本の93%になっており、事業の破綻を示す債務超過(負債が資本を上回る状態)の一歩手前だ。負債の比率は2011年まで50%だったが、その後のシェール革命で急増した。サブプライム危機を起こした米住宅産業と同様、米石油産業も、この数年で金融界にとりつかれてバブル膨張の道具にされた挙げ句、バブルが崩壊寸前になっている。シェール各社は、自分たちが減産できないので、他社が減産したり先に潰れてくれればありがたいと思っている。しかし1社が潰れると破綻が連鎖し、全体がバブル崩壊しかねない。 (US oil producers can't kick drilling habit

 米国ではエネルギー業界の債券の3割がジャンク債で、その多くは中小のシェール業者だ。米国のジャンク債市場全体の16%がエネルギー業界(つまりシェール)の債券だ。最近の原油安で、シェールの債券のリスクが上昇し、破綻のリスクを差し引いた実質利回りが0・13%まで低下している。すでにシェールに投資してもほとんど儲からない状態だ。 (Oil price slide leaves energy bond investors facing zero returns

 そのような中で、OPECが米国のシェールに宣戦布告する原油安容認決定を下した。今後、原油相場がさらに下がると、米国のシェールが儲からない投資であることが顕在化し、投資が枯渇して業者の多くが連鎖破綻する。ジャンク債市場の16%を占めるシェールの債券が連鎖破綻すると、自動車ローンや住宅ローンの債券など他の業界が発行したジャンク債にも破綻が波及し、サブプライム危機がリーマン危機に発展したように、ジャンク債の崩壊が債券金融システム全体の再崩壊につながりかねない。 (Opec decision threatens US shale industry investment) (OPEC Decision Is "Major Strike Against The American Market", Russian Tycoon Says

 先日、グリーンスパン元連銀議長が「金地金はドルより信頼できる」と発言した時の聞き手だったFT記者のジリアン・テットは最近「債券金融システムの流動性(債券の売れ行き)が非常に低下し、債券を売りたい投資家がたくさんいるのに買い手がいない危険な状態だ。新興市場諸国の債券や、シェールガスの債券が破綻し、米国債の危機にまでつながりかねない」という趣旨のことを書いている。 (In parched bond markets, sparks are dangerous) (陰謀論者になったグリーンスパン

 米金融界がシェール革命(の詐欺)を始めてから、米国では、サウジアラビアとの同盟を保持する必要がなくなった、今こそアルカイダとつながっているサウジと縁を切るべきだといった主張がよく出るようになった。それに対抗する策として見ると、今回のサウジ主導のOPECの原油安容認策は、米国のシェール革命を破綻させることで、再び米国にとってサウジがなくてはならない存在に戻そうとする動きにも見える。

 サウジは1970年代、中東戦争時にイスラエルを支援する米国などへの石油輸出禁止を決めて原油高騰の石油危機を引き起こし、米国を困らせた歴史がある。その後サウジは米国に取り込まれて言いなりになる傾向を強めたが、今回またシェール革命を潰す動きに出たことで、40年ぶりに原油価格を使って(今回は逆に原油安を演出して)米国に楯突く動きを再開した。今回の決定で「OPECは終わった」とする報道があるが、これは誤報で、正しくは「対米従属のOPECは終わった」「OPECは石油危機前に戻った」である。 (Excerpt GEAB 89 : The Oil industry crisis

 とはいえ今回のOPECの策は、米国に楯突くだけでなく、米国の覇権の根幹にある債券金融システムや米国債・ドルの信頼を崩しかねず、米国の覇権を押し倒すかもしれない動きだ。だから、最近さかんに米国覇権の有害性を公言しているプーチンのロシアが、短期的に自国に不利益になるサウジ主導の原油安容認策に賛成し、原油安は良いことだとプーチンがうそぶく状況になっている。 (Russia Can Survive An Oil Price War

 石油危機後、米国はサウジアラビアからの原油輸入を減らし、近年ほとんどサウジから輸入していない。サウジの原油は、主に中国や日本などアジア方面に輸出されている。中国などBRICSへの原油輸出は、ドル建てから人民元など相手国通貨建てへと転換しつつある。サウジは、米国の覇権に頼るよりも、米覇権が崩れて中露などBRICSやEUが主導する多極型覇権の体制になる流れに加勢した方が得策と考えても不思議でない。 (Petrodollar Death Means A Liquidity And Oil-Exporting Crisis On Deck) (米国を見限ったサウジアラビア

 加えて今の米国は、ISISを中東支配に好都合な敵として育成している。ISISは、同じく米国が育成したアルカイダと同様、サウジ王政を本来のイスラムから逸脱した打倒すべきものと考える傾向があり、サウジ王家にとって危険な存在だ。サウジには、ISISやアルカイダを育成する米国への不信感がある。 (◆イスラム国はアルカイダのブランド再編

 シーア派の主導国イランに米国が核兵器開発の濡れ衣をかけて制裁したことは、サウジにとって利益になったが、その濡れ衣も解かれそうで、解放されたイランはイラクやシリアを傘下に入れて強大化しそうだ。イランを許し、中東の紛争解決役をロシアに移譲するオバマのやり方を見て、サウジは米覇権に依存し続けることの危うさを感じ、米国の覇権崩壊や多極化に手を貸すことへと方針転換し、原油安容認策を始めたとも考えられる。

 原油安はこの先、米国のシェール業界が債券破綻で潰れるまで続くだろう。それが米国債やドルの崩壊までつながるかどうかが長期的な注目点だ。原油安が世界経済の悪化を緩和するとの見方も出ているが間違いだ。ガソリン安などが実体経済に与えるプラス面より、米シェール業界の破綻が金融システムに与えるマイナス面の方がはるかに大きい。 (OPEC Presents: QE4 And Deflation

 石油相場と同時に注目されるのは、金相場だ。11月30日にはスイスで、中央銀行が外貨準備の2割を金地金で保有すべきかどうかを問う国民投票が行われている。早ければ明日(日本時間12月1日)には、その結果が判明する。もし可決されると、スイス中銀が金地金の現物を大量に買い集めねばならなくなり、金相場が高騰すると予測されている。事前の世論調査によると否決されそうで、否決の場合は金相場の一時的な下落がありうる。 (Fears that `dangerous' Switzerland referendum could spark Gold rush) (Swiss vote provokes '6,000-year gold bubble' attack



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