他の記事を読む

米国の利上げで債券崩壊が始まる?

2015年12月15日   田中 宇

 米国で、9年ぶりに利上げを決めると予測されている米連銀(FRB)の12月16日の定例理事会(FOMC)を前に、債券市場で下落と混乱が拡大している。元凶は原油安だ。12月8日、サウジアラビアが主導するOPEC(石油輸出国機構)が、原油の増産を続けることを決定し、原油相場の下落に拍車がかかった。原油が安くなるほど、米国で、社債(高リスク債、ジャンク債)を発行して作る資金で新たな油井を掘って自転車操業してきたシェール石油の業界が苦境になり、債券の利払いや償還が困難になる。石油などエネルギー産業は、米国の高リスク債市場の主力業種なので、シェール業界の苦境は、投資家が相場の先行き懸念して高リスク債市場の全体から資金を引き揚げることに拍車をかけている。 (OPEC Takes Down Oil Majors as Lower-for-Even-Longer Kicks In) (Oil tumbles towards crisis-era lows

 OPECの増産維持決定を受けて債券市場の懸念が拡大し、12月11日には、ジャンク債の相場が4年ぶりの大幅下落となった。エネルギー関連以外の債券も広範に売られた。週明けの14日にかけて、高リスク債の投資信託などの基金で途中解約が急増した。この影響で、サードアベニュー(Third Avenue Management)とストーンライオン(Stone Lion Capital Partners)という米国の運用会社2社が、高リスク債の投資基金(ファンド)の破綻に追い込まれた。2社は、それぞれが投資家から集めて運用してきた2つの高リスク債の基金について、解約と運用損の急増で継続が難しくなったとして、巨額の損失を抱えた状態で基金を清算すると発表した。 (Rout Continues In Junk Bond Market After 2 Funds Are Liquidated) (Junk Bond Prices Tumble To 2009 Levels

 損失が拡大した高リスク債の投資基金はほかにもたくさんあり、2基金の破綻が、他の基金に連鎖拡大することが懸念されている。リーマン危機後のQE(量的緩和)など当局による資金過剰供給策(バブル膨張策)によって、高リスク債券の相場は、09年から6年間上がり続けてきた。この上昇が、実体経済は悪いのに金融市場が好調なのであたかも景気が回復しているかのような、今の事態を生み出している。だが、今回の急落を機に、6年間のバブル膨張的な社債市場の上昇過程が終わり、下落の時代に入るのでないかとの予測が、あちこちから出ている。 (High-yield funds: more carnage coming) (Third Avenue fund closure sends shivers through credit markets) ("The Default Cycle Is Now Unavoidable": How The 'Junk' Cancer Spread To The Entire High Yield Space

 今回破綻した2つの債券基金はいずれも、大手でない会社が運用する、ジャンク債というキワモノの金融商品で、金融システムへの大きな悪影響はないとされている。しかし思い起こせば、08年のリーマン倒産につながる債券金融危機の始まりは07年夏、キワモノのジャンク債の金融商品(サブプライム住宅ローン債券の投資基金)が破綻したことだった。今回、破綻したのがキワモノの金融商品だから大したことないと考えるのは間違いで、むしろ、リーマンを超える金融危機が再来するとしたら、それはまさに、今回のようなジャンク債の商品が、シェール石油ガス産業の絡みで破綻することから拡大していくことが最大の可能性の一つだと、以前から指摘されていた。 (国際金融の信用収縮) (世界金融危機のおそれ) (シェールガスのバブル崩壊

 米連銀理事会の開催を前に、石油や金地金などコモディティ相場の急落、中国人民元など新興市場諸国の為替相場の下落、欧州中央銀行によるQE拡大の雰囲気作りの加速(実際は拡大できない)などが起きている。これらの「地ならし」的な動きからは、たとえ無茶でも、米連銀が万難を排して利上げするつもりでいることがうかがえる。「中央銀行界の中央銀行」といわれるBIS(国際決済銀行)は「ゼロ金利が長引くと金融の混乱がひどくなる。(債券市場の下落などの)困難を乗り越え、無理しても利上げしろ」と、米連銀に圧力をかける報告書を出している。 (利上げを準備する米連銀) (Central banks warned to be firm on rate rises

 だがBISは同時に、米国が利上げすると悪影響が出るかもしれないとも警告しており、連銀理事会前の現状を「嵐の前の不気味な静けさ」と形容している。米連銀が利上げしなければ、米金融への援護射撃である日欧のQEがいずれ限界に達して国際金融危機が再発した時、世界最強のはずの連銀が防御策(金利の余裕)を何も持たない「丸腰」の状態で、危機を乗り越えられなくなる。一方、米連銀が利上げに踏み切ると、それがジャンク債市場の崩壊の引き金になり、金融システムを救うための利上げが、逆にシステムを壊す結果になりかねない。 (BIS Warns of `Uneasy Calm' in Markets Before Possible Debt Storm) (BIS argues for tighter monetary policy in spite of `uneasy calm') (Bond investor anxiety rises ahead of Fed rates decision

 米連銀内では、利上げが金融危機の引き金を引き、何カ月もしないうちに危機対策のため利下げしてゼロ金利に戻さざるを得なくなることを懸念する声がある。連銀は、利上げしても危険、しなくても危険という、板挟みの状態に置かれている。カギは、連銀自身の手にあるのでなく、利上げに対して金融市場がどのように反応するかだという指摘もある。金融市場が、利上げに対し、連銀の予想以上に大げさに反応すると、利上げが債券危機の引き金を引くことになる。2つの高リスク債基金の破綻は、すでに「引き金に指がかかった状態」を意味する。今後、債券商品の破綻が連鎖していくかどうかがカギだ。 (Hilsenrath Just Reset Market Expectations: "Fed Is Worried Rates Will End Up Right Back At Zero") (The Fed's In A Bind: The Cluelessness Of The Macroeconomic Establishment) (Fed and markets steer for calmer waters

 前から何度も書いているが、米当局は経済統計を粉飾し、米国の実体経済が悪いままなのに「好転中」と偽って、実体経済のためでなく金融システムのために、利上げを挙行しようとしている。米経済の大黒柱である個人消費は減少している。所得が減って貧困層に転落する人が増え、個人消費の大きな主体だった中産階級の人口が減り続け、今や中産階級の人口(1億2080万人)より、貧困層と金持ち層という両極を合計した人口(1億2130万人)の方が多くなってしまった。米国は「中産階級の国」でなくなっている。「アメリカン・ドリーム」は「持ち家を買うこと」から「仕事を持つこと(解雇されないこと)」へと縮小後退している。解雇され貧困層に転落した人の怒りが、米大統領選挙で共和党のトランプ候補の人気を支えている。 (ひどくなる経済粉飾) (揺らぐ経済指標の信頼性) (米雇用統計の粉飾) (Peter Schiff Warns: "The Whole Economy Has Imploded... Collapse Is Coming") (The American Middle Class Is Losing Ground: No longer the majority and falling behind financially) (America's Middle Class Meltdown: core shrinks to half of US homes

 うまくいけば米連銀は今回、債券破綻の連鎖を起こさず利上げできる。しかし、QEなど過剰な緩和策によるバブル膨張は、もう限界に近い。今回うまく乗り切れても、安定は長続きしない。いずれバブル崩壊、信用収縮の時代になる。リーマン危機の時は、米欧日の金融当局に余裕があったが、その後の7年間の対策で余裕を使い切り、次の危機を乗り切れる「弾」が尽きている。今後いったんバブルが崩壊すると、世界的にひどい状態が数年以上続くと予測されている。 (December 16, 2015 - When The End Of The Bubble Begins) (The Fuse on the Global Debt Bomb Has Been Lit

 金融システムの崩壊は、銀行の経営難をもたらす。すでに今年、米欧の大手銀行11行は、従業員の1割にあたる10万人を削減した。ゼロ金利が長期化するほど、銀行の利ざやが減って苦しくなる。銀行が潰れても、政府には救済する財政余力がないので、政府による救済(ベイルアウト)でなく、株主や預金者に損をかぶせる「ベイルイン」をやることを、米欧はすでに決めている。各国政府がベイルインを法制化すると、人々は預金を奪われると思ってますます銀行を信用しなくなり、銀行業界の衰退が早まる悪循環が始まっている。若者は、銀行(など金融界全般)に就職しない方がいい。 (Banking's 'Uber moment' is already happening - 100,000 bankers lost their jobs in 2015) (Bail-Ins "Undermine Confidence" In Banks - Lead to Suicide of Pensioner

 長期的な視点で見ると、世界経済は1985年の米英の金融自由化以来、30年間の長いバブル膨張期の終わりにさしかかっている。リーマン危機で始まったバブル崩壊、信用収縮の時代は、その後の7年間の「QEなどによる延命期」を経て、今後近いうちに、延命策の効かない本格的なバブル崩壊と信用収縮の時期に入る。「信用」をカネに換える「債券金融システム」は「産業革命」(工業システム)や「国民国家」(集団幻想を使った社会の効率化)に匹敵する人類の大きな発明物になり得たが、結局のところ、詐欺の道具にしかならなかった。 (The End Of The Bubble Finance Era

 米国の今回のジャンク債危機を引き起こした主因は原油安だが、この原油安はサウジアラビアが米国のシェール産業を潰すために昨年から意図的に続けている国際政治的な策略だ。サウジは、利上げ機運の中で米国の金融システムが脆弱になっている点を突き、ここぞとばかりに原油を増産し、ジャンク債の危機を扇動している。サウジ政府も原油安で財政難がひどくなっており、我慢比べが続いている。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (Saudi CDS Soars To 6 Year Highs

 サウジは表向き、米国と親しく、イランを敵視しているが、実のところイランやロシアの味方だ。ロシアもイランも、原油安から米国を金融危機を陥らせることに大賛成で、原油の増産に協力している。サウジは、王室の上層部で親米派と反米派(非米派)が暗闘しているらしく、自国の真の姿勢を見せないまま動いている。サウジ国王が今年中にロシアを訪問する予定だったが、来年にずれ込むことになった。これも、内部の暗闘に決着がつかないからかもしれない。米国が本格的な債券危機になり、シェール産業が潰れて産油量が激減し、米国の覇権が低下したら、サウジの暗闘にも決着がつくだろう。 (米国依存脱却で揺れるサウジアラビア) (Op-Ed: The Russian Bear has joined the cardgame in the Middle East) (Saudi Russo Rapprochement Back on Track



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ