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シェールガスのバブル崩壊

2013年3月25日   田中 宇

 国際情勢に関心がある人にとって「シェールガス」は、最近の重要なキーワードの一つだ。2012年の年頭教書演説で、オバマ大統領は、シェールガスと既存のガス田からのガスの合計で、米国に消費量の100年分の天然ガスの埋蔵量があると述べた。この10年間に、シェールガスの採掘量は、米国の天然ガス採掘の2%から37%へと急増した。 (US Oil Production Surpasses Saudi Arabia's for the First Time in a Decade

 頁岩(シェール)の地層に沿って地下を横に掘ってパイプを入れて採掘できるものはガスだけでなく、石油も出る。シェール石油の増産で、米国の産油量は5年間で38%増えた。ナイジェリア一国に匹敵する産油量の増加となる。これらの増産により、米国はエネルギーを自給できる状態に近づき、石油輸入に頼る必要がなくなりつつあると報じられている。 (Conoco CEO sees North American exports within a decade

 米国が世界に軍事展開する大きな理由の一つは、米国が輸入する資源の航路(シーレーン)の安全を確保することだ。米国がエネルギーの輸入国から自給国に転じると、米国が世界に軍事展開したり、世界の国際問題に首突っ込み続ける必要性が大きく低下する。米国が世界に軍事展開し続ける理由は、国際政治的に米国に依存したがる同盟諸国のためにしかたなく、とか、軍事産業が儲けを維持するために、といったことになる。「シェールガス革命」は、日米同盟(対米従属)の将来に関係してくる。サウジアラビアなどペルシャ湾岸のアラブ産油諸国も、米国に重視されなくなり、王政の弱体化につけ込んで、王政転覆の動きがさらに拡大するかもしれない。 (Opec - hold those obituaries

 米国はリーマンショック後の不況と、債券金融バブル再燃の懸念を抱えているが、シェールガスの増産でエネルギーを自給し、石油ガスの輸入国から輸出国に転じることで、経済的な脆弱さを克服し、覇権国として蘇生するという観測も出ている。

 シェールガスをめぐる話は、米国にとって良いことずくめに見える。しかし、うまい話には裏があることが多い。特に、具体的な部分を詰めていくと曖昧になっていく話は要注意だ。そして最近は、マスコミが好意的に喧伝している話も、軽信しない方が良い。シェールガスの話は、これらの範疇に入っている。

 エネルギーと地政学についての分析をよく発表しているウィリアム・エングダールが、シェールガスのバブル崩壊について具体的に書いている。シェールガスが、90年代末のIT株や、リーマン倒産を引き起こした不動産担保債券のバブルと同様、米金融界とその仲間の分析者群によって誇張されたものだと書いている。 (America: The New Saudi Arabia? by F. William Engdahl

 シェールガスは、昔から米国で採掘が試みられていたが、採掘コストが高く不採算とされていきた。今の爆発的な拡大を引き起こしたのは、05年に米議会がシェールガス採掘に必要な「水圧破砕」をめぐる規制や許認可を米環境庁の管轄から外し、石油ガス会社が自由にシェールガスを採掘できるようにしたことだ。シェールガスを掘る際は、縦に下に向けてドリルして行き、頁岩層にあたったら、地層に沿って横に掘削して石油ガスのありかを探る。このとき頁岩層を掘るのに、ガスを出やすくする特殊な化学物質を混ぜた水を高圧で地層にぶつけて掘っていく水圧破砕を行う。どんな化学物質を混ぜているかは企業秘密だが、周辺の地下水に化学物質が混じるため、安全性に疑問がある。環境庁の管轄から外すことで、安全性を無視してシェールガス開発がやれるようになった。

 水圧破砕などシェールガス採掘をめぐる技術を多く持っている米企業の一つにハリバートンがある。同社は以前、ブッシュ政権のチェイニー副大統領が経営していた。チェイニーは元下院議員で、議会への根回しが得意だ。米議会が05年に水圧破砕を「自由化」した時、チェイニーは副大統領だった。05年の法改定は「ハリバートンの抜け穴(Halliburton Loophole)」と呼ばれている。ハリバートンの利益のために、地下水汚染をめぐる水圧破砕の規制が取り払われ、シェールガスの開発が急拡大した結果、08年ごろからガス生産が増加した。

 従来型のガス田は、全世界で100年以上の開発の歴史があり、枯渇するまでの年限や、産出量が減った時の延命や蘇生にどのくらいの費用がかかるか、概算できる経験量が世界的にある。しかしシェールガスの場合、米国で大規模な開発が始まってから、まだ8年ほどしか経っていない。これまで、シェールガスについてバラ色の未来が語られてきたが、それは現実に裏打ちされていない。8年経って、しだいに経験量が増えてくると、シェールガスには難点が多いことがわかってきた。

 その一つは、ガスの産出量の減少が、従来型のガス田よりも、はるかに早いことだ。米国には約30カ所の主要なシェールガス産出地域(プレイ)があるが、多くのガス井は、ガスの産出が始まって3年たつと、産出量が79%から95%減ってしまう。つまり3年でほとんど枯渇してしまう。シェールガス井は寿命が非常に短いので、ガスの産出量を維持するため、一つの産出地域の中で次々と新しいガス井を掘り続け、ガスが出ているガス井群の中の3−5割が毎年交代している状況だ。

 このシェールガス田の自転車操業に必要な費用が、米国全体で年に420億ドルの新規投資金を必要とする。一方、全米で産出されるシェールガスの売上高は325億ドルなので、現在すでに米国のシェールガスは年間100億ドルの赤字運営になっている。ガス採掘会社は、できるだけ有望な場所にガス井を掘るだろうから、有望な場所は最初に掘られ、後になるほどガスがあまり出ない場所で掘っていかざるを得ない。つまり、後になるほど自転車操業のコストが上がる。現在すでに赤字操業なので、今後もっと赤字になる可能性が高い。米国のシェールガス採掘は100年持つどころか、ピークが今後4年以内にくるという予測を、前出のエングダールの記事が紹介している。

 米国の天然ガスの価格は、市場原理に沿って変動する。100万立方フィート(mcf)あたりの米国の天然ガス価格は、米議会がハリバートンの抜け穴を作った05年に14ドルだったが、その後シェールガス産出の急増で値崩れし、3・5ドルまで下がっている。米国のシェールガス田の多くは、ガス価格が8ドルまで戻らないと採算がとれないと言われているが、今後1年以上、米国のガス価格は再上昇しないと予測されている。

 3年ほど前に米マスコミがシェールガスを喧伝し始める前後から、ガス業界は、投資家から金を集めてシェールガスの採掘権を買いあさり、採掘権は高騰した。しかし、2011年から12年にかけて、ガス井の劣化が非常に早いことがしだいに確定的になり、シェールガスは有望でないことがわかってきた。マスコミの喧伝は依然として続いている。だが同時に、シェールガス開発会社が、自社が保有するガスの採掘権の評価を下げて損切りする事態が相次ぎ、昨夏には、シェールガス開発の大手であるチェサピーク・エナジーが倒産申請するといううわさまで流れた。

 オバマ大統領は、米国に100年分のガスが埋蔵されていると昨年の年頭教書演説で述べた。米国の天然ガス消費は年間24兆立法フィート(Tcf)で、米国のガス埋蔵量が2170Tcfなので、90年分の埋蔵量があるという計算が、オバマ演説の背景にある。しかし、オバマが述べた埋蔵量には、コストが高く採掘すると不採算なガスを含んだ埋蔵量だ。採掘コストが高いガスは、地下に存在していても採掘されない。現実的な計算に基づくと、米国の採算的なガス埋蔵量は225Tcfで、米国の消費の10年分に満たない。シェールガスだけを見ると150Tcfで、米国の消費の7年分だとの指摘がある。 (Get Ready for the North American Gas Shock

 米国の関係者の間では、数年内にシェールガスのバブル崩壊が起きると指摘されている。バブルが崩壊するなら、その前の資産価格が高いうちに売却しておく必要がある。米国のシェールガス生産者たちは、世界の人々がシェールガスにバラ色の未来像を見ている間に、米国外の企業などにガス採掘権を高値で転売し、売り逃げしようとしている。ちょうどそんなときに日本の安倍首相が訪米し、日本が米国からシェールガスを買う話が日本のマスコミで喧伝された。間抜けな高値買いをしないでくれと祈るばかりだ。

 シェールガスをめぐる国際政治は、範囲が多岐にわたっている。今回はとりあえず、シェールガスのバブル崩壊が近いという点を書いた。



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