日本と世界で悪化する不況とバブル2015年11月22日 田中 宇日本政府が11月16日に発表した7-9月期のGDP(国内総生産)は、年率換算で前年比マイナス0・8%の成長だった。前期(4-6月)のマイナス0・7%と合わせ、2期連続のマイナス成長となり、日本の「不況入り」が確認された。7-9月期の成長率の事前予測はマイナス0・3%で、予測よりかなり悪い状況となった。 (Japan Falls Into Recession for Second Time Under 'Abenomics') (Japan falls back into recession) 国内の景気が悪化しているのに、日本銀行は「景気はゆるやかに回復している」と発表している。日銀は、経済が不況に入ったものの、QE(量的緩和)の拡大など新たな景気対策を打たないことを決めた。東京の株価も、日本の不況入りの発表を聞いてその日だけ少し下がったが、その後は10月以来の上昇基調に戻った。かつては好不況に対し敏感だった株式市場が、今やとても鈍感だ。日銀も株式市場も、自国の不況入りを「無視」している。 (Why Japan's Recession Does Matter) マスコミでは「GDPが2期連続マイナスでも、今回の日本の場合は不況と呼べない。企業の在庫が一時的に減っただけで、長期的に景気が回復していることは間違いない。これは形式的な意味での不況にすぎない」「日本はここ数年、何度も不況に陥ったが、そのたびに回復している。だから今回の不況も大したものではない」「アベノミクス(日銀QE)の効果を疑う者たちは、不況入りがアベノミクスの効果のなさを示していると言うだろうが、そのような見方は間違いだ」「日本は、人口が減っているので景気が悪化しやすい。人口減の要素をのぞけば、日本は景気回復の基調だ」といった感じの「権威ある専門家の解説」が目白押しだ。 (BoJ holds course despite return to recession in Japan) (Recession Is No Reason for Japan to Panic) 在庫の減少は、企業が、今後不況が長引きそうだと考えている兆候だ。「日本経済は何度も不況に陥っている。だから今回の不況も大したものではない」という言い方は、QEなどアベノミクスが景気を回復していないことを認めてしまっている。「景気が悪いのは人口減少が原因」という「解説」も「悪いのは政府でなく子供を産まない国民だ」という問題のすり替えだ。日本政府は最近「大企業が従業員の給料を増やさないので景気が回復しない(政府は悪くない)」と言って大企業に賃上げを要求しているが、これも政府が効果のある策をやれないことを認めた上の開き直りだ。(大企業が実質的な賃金を下げて儲けを増やしたのは事実だが) (Japan enters recession again as Abenomics falters) (The real reason Japan's economy keeps stumbling into recession) (加速する日本の経済難) 私から見ると、日銀の反応やマスコミの喧伝は、2つのことを隠すために行われている。それは「日銀や日本政府は、すでにQEを目一杯拡大しており、これ以上景気対策を追加できない」ということと「株価はQEによる巨額資金の注入によって実体経済と関係なくつり上げられており、不況になっても株が下がらない」ということだ。日銀はQEによって、新規発行される国債の全量を買い上げている。日本は社債市場が小さいので、日銀はこれ以上QEを拡大できない(欧州中央銀行も同様だ)。 (金融蘇生の失敗) (不透明が増す金融システム) 日銀は金利もゼロにしているので、これ以上、不況対策を拡大できない。日本経済が不況になったのに、日銀が新たな不況対策をできない状況であることが人々の知るところになると、世の中の景況感がさらに悪化し、日銀が買い支えても株価を保てなくなる。日銀が不況対策を拡大できないことを隠すため、日銀やマスコミは「不況は形式上のものでしかなく、実質的には景気が引き続きゆるやかに回復している。新たな景気対策は必要ない」と言ってごまかしている。 (Bank of Japan holds fire on stimulus despite recession) (超金融緩和の長期化) すでに何度か書いているように、中央銀行の政策であるQEの本質は、リーマン危機後(主に米国の)金融システムの健全性が蘇生しない中で、金融バブルの再崩壊を防ぐため、通貨を大量増刷して国債を(米国の場合は社債も)買い支え、債券相場をテコ入れするとだ(日銀QEの最大の本質は、自国の経済を犠牲にして米国の金融の延命に貢献する対米従属策だ)。債券相場が堅調なら、金融機関や企業がが低利で資金調達して株価もテコ入れできる。QEは「デフレ(不況)対策」を建前としているが、大量増刷された資金は金融界にとどまって実体経済に回らず(回ると悪性のインフレになる)景気の回復に貢献しない。 (QEするほどデフレと不況になる) (日銀QE破綻への道) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) QEは実体経済(景気)を改善しないが、株価が上がるので、マスコミなど経済の権威が政府と結託し「株価が上がっているので景気は回復基調にある」とごまかせる。政府は、GDPを現実より高めに発表している疑いがある。(計算モデルを恣意的に操作してインフレ率を実際より低く算出することで、経済成長率の計算時に差し引くインフレ率を実際より少なくして、GDPを実際より高く発表できる)、 (Central Banks Will Not Be Able to Halt This Economic Collapse) (Powdering The GDP Pig?? -There Was No Escape Velocity Inside) (Food Costs Soar Most in 3 Years) 株価上昇の原因が実体経済の景気回復でなく、日銀のQEであることは、株の不健全なバブル膨張を意味している。日銀自身、QEの一環として株を買い支えている。QEによって、日銀の勘定(バランスシート)は日本のGDPの75%にも達している。米連銀は、勘定の膨張が不健全なので昨秋にQEをやめたが、米連銀の勘定は米国のGDPの25%だ。日銀は、米連銀より3倍の不健全に陥っている。 (BoJ pay rise to put limit on equity gains) 日本は政府の財政赤字もGDPの3倍で、主要国の中で最悪だ。今後日本のバブルが崩壊しても、日銀も政府も余力がなく、有効な対策をとれない。こうした構図や、日銀が無力であることが人々の知るところとなると、バブルの崩壊を前倒ししかねない。だからマスコミはこの手の話を何も報じない。QEは、バブルを膨張させる悪策であるのに、景気を回復させる良い策だというウソが喧伝されている。その意味でQEは「裸の王様」の「新しい素晴らしい服」と同じだ。「QEは悪だ(王様は裸だ)」という指摘は「経済の素人が発するデタラメ」と見なされる。今年の春までは、日本の権威ある専門家の中からも、QEを危険視する指摘が発せられていたが、当局筋から恫喝されたのか、その後沈黙させられている。 (Japan's Problems Will Not Be Solved By More QE, RBS Warns) (加速する日本の経済難) 日本の不況入りの大きな原因は、世界が不況になったことだ。日本の実質的な最大級の貿易相手国である中国は明確に不景気だし、米国も日本と同様、統計上だけ「おだやかな景気回復」だが、企業や国民の実感としては「不況」だ。貿易される商品の輸送量の急減を見ると、世界経済は今後、来春にかけて不況色が顕在化していくと予測される。 ("Our Data Is Not Good" - US Companies Warn That A Recession Is Coming) (China registers record-high trade surplus as imports fall) (Global Trade Dramatically Collapsing: "Next Major Downturn Has Officially Arrived") 「日本経済はここ数年、何度も不況になり、そのたびに回復したから今回も短期間で回復する」と「専門家」が分析しているが、これまでの不況時、中国など世界経済はずっと好調だった。これまで、世界は好調なのに、日本だけ何度もミニ不況になっていた。今回は今夏以降、世界が一転して不況になっている。しかも、かなりの不況だ。この状況で、日本が今回もミニ不況で終わってすぐ景気回復すると本気で考えている人は、どう考えても「専門家」でなく、それこそ「デタラメな素人」だ。「専門家」は「専門家」として認められ続けるため、ウソを承知で「王様の新しい服は素晴らしいです(日本の不況はすぐ終わります)」と言っている。 (ひどくなる経済粉飾) (揺らぐ経済指標の信頼性) 日本を自滅させる日銀QEという人身御供によって、米国の経済が立派に蘇生するなら、それも日本の対米従属の「有終の美」としていさぎよいかもしれない(日本人の生活は破壊されるが)。だが、米経済が今後、完全に蘇生することは不可能だ。リーマン危機後、米連銀が自らやり、日欧の中央銀行にもやらせたQEは、米国の金融システムを当局の資金で延命させてきただけで、蘇生させていない。最近、米国ではヘッジファンドが次々と廃業している。金融市場を動かす原動力が中央銀行だけになり、リーマン以前のような市場のダイナミズムが失われ、ヘッジファンドが儲かる状況でなくなっている。リーマン危機を起こした金融市場は「強欲資本主義」と非難されたが、今や市場は「強欲」のダイナミズムすら失い、何とか延命しているだけの死に体だ。 (If The Economy Is Fine, Why Are So Many Hedge Funds, Energy Companies And Large Retailers Imploding?) (Hedge funds keep on imploding) (BlackRock Winding Down Global Macro Hedge Fund After Losses) 米政府は、財政赤字を約18兆ドルと発表しているが、実質的な赤字総額はその3倍以上の65兆ドルであると、米政府の会計検査院(GAO)のウォーカー元長官(David Walker)が、11月8日にラジオ局(WNYM)のインタビューの中で暴露した。公的な年金や健康保険、社会保障などにおいて、将来支払わねばならなくなることが確実なのに原資の手当が不足しているものを加算していくと65兆になるという。ウォーカーによると、公務員と軍人の年金基金と定年後の官制健康保険制度の原資不足が18・5兆ドルであるほか、官制健康保険のメディケアやメディケイドも原資不足になっている。 ("US Debt Is 3 Times More Than You Think" Warns Former Chief US Accountant) この手の話は、以前から指摘されていた。ボストン大学の財政学の教授であるローレンス・コトリコフは、すでに06年の段階で、米政府の実質的な財政赤字額を66兆ドルと試算する論文を発表している。コトリコフによると、原資不足はブッシュとオバマの政権下で急増し、今や200兆ドル以上になっている。米国の赤字が減って財政均衡に向かう可能性は年々低下し、逆にいずれ財政破綻する可能性が強まっている。日本が自国を財政破綻させて米国を救おうと考えても、それは不可能だ。 (アメリカは破産する?) (Former U.S. Comptroller: National Debt is $65 Trillion, Not $18 Trillion) (国際通貨になる人民元) 米国では、オバマ政権が国民皆保険制をめざして新たな官制健康保険制度「オバマケア」を開始し、米政府はこれを成功だと言っている。だが実際は、保険料が上がる傾向で、多くの米国民にとって使いにくい健康保険になりつつある。最大手の健康保険会社(UnitedHealth)は、利益を出せないのでオバマケアの扱いをやめることを検討している。米国の医者は儲けすぎだ。オバマケアが失敗すると、米国は再び健康保険を持てない人が多い国に戻る。これは、リーマン危機後の米国の中産階級の崩壊に拍車をかける。 (The Beginning Of The End For The Affordable Care Act? Largest US Health Insurer May Exit ObamaCare) (Even the liberal New York Times now admits Obamacare prices are skyrocketing) 米国ではヘッジファンドのほか、エネルギーや小売店の分野でも企業の倒産や廃業が続出している。エネルギー産業の不振は、サウジアラビアが昨秋から原油相場を引き下げてライバルである米国のシェール石油企業を潰そうとする戦略が原因になっている。サウジは原油安戦略をやめるつもりがなく、来春にかけて米国のエネルギー産業で倒産や廃業が拡大し、エネルギー分野のジャンク債が破綻していく懸念がある。 (Global oil inventory stands at record level) 米連銀は、米国の経済が回復基調にあると発表しているが、米経済の7割を占める小売りは不振で、小売店の閉鎖が増えている。 (What Rising Wages: Fed Itself Just Admitted "Household Income Expectations Are Falling Sharply") 日本も米国も「景気は回復している」という当局の発表と裏腹に、実体経済が悪化している。QEなど当局による資金的なテコ入れで株価が粉飾的に上がっているが、今後、実体経済の悪化との乖離がひどくなる方向で、いつまでこの粉飾状態が続くか疑問だ。米共和党の大統領候補たちによる公開討論会でも、米当局による粉飾的な経済政策が批判の対象になった。 (Goldman Finds Buybacks No Longer Work To Boost Stock Prices: Two Reasons Why) (Republicans Say Fed Is Manipulating and Threatening Global Economy) 米国だけでなく、中国も経済が悪化している。内需が大幅に落ち込んでいる。中国は以前「経済成長が7%を割ったら社会不安がひどくなり、国が持たない」と言われていた。今年から来年にかけて、中国の成長率は7%を割ることが確実だ。 ("If Chinese Consumption Is Rising, Why Are Its Malls Empty?" - Here Is The Answer) だが中国は、国内経済が悪化しながらも、国際的な地位の向上を続けている。先日は、中国人民元がIMFが定める世界の主要通貨の一つに加えられることが確定した。今春の中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)の設立と合わせ、経済分野における中国の影響力(覇権)の拡大が不可逆的に進んでいる。今後、米国や日本の金融バブルの崩壊が起きると、米国の衰退と中国などの台頭(多極化)がさらに顕在化する。 (IMF may decide China's yuan inclusion in SDR this month) (日本から中国に交代するアジアの盟主) 米国や日本の金融バブルの崩壊懸念が高まる中、先日は金地金の相場が急落した。金地金は、現物の金塊や金貨の需要が世界的に拡大しているのに、金融界が先物市場を使って金相場を引き下げている。株や債券など「紙」の金融商品がバブル崩壊しそうなので、放置すると「紙」の窮極の対抗馬である金地金の需要が増えて金相場が上がり、紙のバブル崩壊を前倒ししかねない。そのため、今のタイミングで金相場の再度の引き下げが行われたと考えられる。先物市場の現物をともなわない取引の総残高は、現物取引の総残高の293倍と、過去最高の高さになっている。 (There Are Now 293 Ounces Of Paper Gold For Every Ounce Of Physical As Comex Registered Gold Hits New Low) (Gold Demand Rises 8% In Third Quarter) (Americans are buying tons of gold) (通貨戦争としての金の暴落) (操作される金相場) 経済統計や株価の粉飾と合わせ、金相場の歪曲も、前代未聞のひどさになっている。こうした矛盾がいつまで続けられるかが今後の注目点だ。矛盾が続けられなくなると、巨大なバブル崩壊が起きる。
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