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新興市場バブルの崩壊

2015年8月25日   田中 宇

 8月21日の金曜日、米国の株式相場が急落し、週明け24日には中国を筆頭に日本を含むアジア諸国の株が急落、米国の株価も3%以上急落した。株急落の原因は、中国を初めとする新興市場諸国の景気の悪化と、その影響で米連銀が9月に予定していた利上げを見送りそうなことだと報じられている。 (Wall Street Has Its Worst Day In 4 years, Losing About 529 Points

 新興市場諸国は景気が悪化している。BRICSのうち、中国は経済が減速している。ロシアは、今年の経済成長が1-3月期にマイナス2・2%、4-6月期がマイナス4・6%(6年ぶりの悪さ)で、2期連続のマイナス成長で不況入りした。ロシアの不況入りはリーマン危機後の09年以来だ。ブラジルの経済成長は13年が2・7%成長、昨年が0・1%成長だったが、今年マイナス2%と予測され、こちらも不況入りが濃厚だ。同国はインフレも12年ぶりの悪さで10%近い。国営石油会社の汚職問題もあり、ルセフ大統領の支持率も8%に低下した(対照的に、ロシアプーチンの支持率は非常に高いままだ)。 (Fears of financial crisis rise as Russia's economy shrinks) (Brazil inflation rate hits 12-year high) (Just As Brazil Hits Rock Bottom, Things Are About To Get Even Worse) (Brazil's Credit Rating At Risk Of Cut To Junk Grade By S&P

 ロシアやブラジルの経済悪化は、石油や鉄鉱石、穀物などのコモディティの世界需要が減退し、価格低下が続いていることが主因だ。コモディティは全体(Bloomberg commodity index)として13年ぶりの低価格で、需要の減退を受け、国際船舶貨物の総量が減少している。船舶は、コンテナ船の運送需要も中心となるアジア欧州間が2割減で、原材料だけでなくすべての世界貿易が減少傾向だ。 (World shipping slump deepens as China retreats) (Commodities Slump Bolsters Treasuries as Emerging Markets Roiled

 世界の貿易総額は今年、ほぼ毎月減り続けている。世界の貿易はリーマン危機前、毎年平均で7%ずつ増えていた。リーマン後の減少を経て、10年に回復したが回復は弱く、12、13年と3%ずつしか伸びず、今やマイナスの傾向に落ちた。原因の一つは、90-00年代に進んだ製造業の世界分業化が一段落したことだ。90年代以降、ある国(日本や韓国など)で作られた部品が他の国(中国など)で組み立てられ、第三国(米欧など)に再輸出されるようになり、世界貿易が急増した。だが最近は、中国など組み立て国の国内産業が部品を製造できる度合いが上がったり、中国の賃金上昇を受けて日米などで組み立てるものも増えた。中国の再輸出の比率は90年代の60-70%から、今では35%に低下した。 (The warning signs of trade stagnation

 これを理由に「貿易量の減少は世界不況のしるしでない」という説があるが、国内調達の増加は貿易量の増加率低下の理由になるものの、貿易量の減少の理由にならない。貿易量の減少は世界不況の前兆であり、今後も長く続くと7月末にFTが指摘している。

 新興市場諸国の景気悪化は、資金調達バブルの崩壊が一因だ。もともと新興諸国の資金の多くは米国で調達されていた。米国はドルの為替を安めに誘導し、米金融界が債券発行などで集めた資金が新興市場に投資されて経済成長を生み、それが世界経済に3%以上の安定的な成長をもたらし、米金融界を儲けさす仕組みだった(ドル安のため、円高傾向や、人民元がゆるやかに対ドル上がり続ける仕組みが重要だった)。世界経済の成長維持は、覇権国としての米国の任務だった。

 この傾向は08年のリーマン危機後、米国がゼロ金利政策やQE(量的緩和策)を採るようになって拍車がかかった。米国はカネ余り現象がひどくなり、リーマン後の6年あまりで、代表的な15の新興諸国に対し、2・2兆ドルの資金が流入した。貿易量から見ると、リーマン後の世界経済の伸びは鈍かったが、新興市場に流入した資金は、インフラ整備や住宅投資(不動産バブル膨張)、コモディティ産業などに投資された。 (Emerging market capital outflows eclipse financial crisis levels

 しかし米国は、ゼロ金利策を長くやるとドルや米国債に対する信頼性が低下するため、昨年からQEをやめ(日欧に肩代わりさせ)、米連銀はドル高戦略に転換し、利上げをめざすようになった。米国(ドル)の信用力が隆々としていた間は、ドル安で世界経済の成長を誘導することが好ましかったが、リーマン後に金融救済のためのゼロ金利やQEをやりすぎた米国は、信用力が低下し、ドルの基軸性を保持するためドル高や利上げが必須となった。最近、米連銀(FRB)の一部であるセントルイス連銀の副総裁が「QEはデフレ解消が目的なのに、QEがデフレを解消できることを示した論文はない(つまり無根拠)。QEはデフレを解消しない」とする論文を発表した。連銀自身が、QEは金融界を延命させる機能しかないことを半ば認めてしまった。 (Fed Official Admits Zero Interest Rate Undermined Economy: "QE Has Been Ineffective") (Did China's Devaluation Crush Yellen's Rate Hike Strategy

 米国が戦略をドル安からドル高、金融緩和から金融引き締めの傾向に転換したことで、新興市場の諸通貨の対ドル為替が下落し、新興市場から米国への資金流出が始まった。昨年半ばから今年3月までの9カ月間に、新興市場15カ国から合計で6000億ドルが流出した。リーマン後の総流入量(2・2兆)の3割近くが流出したことになる。 (Outflows from emerging market funds accelerate) (Emerging Market Currencies To Crash 30-50%, Jen Says

 この資金流出は、新興市場がコモディティの過剰在庫を抱え続けることを困難にし、コモディティの価格崩壊につながった。株式投資資金も減り、中国などの新興諸国の株価の急落に発展した。新興市場から米国に環流した資金は、米国債やその他の債券に投資され、ゼロ金利策やQEで不健全になった米国の金融システムを延命させる効果をもたらしている。 (Emerging markets: The great unravelling

 新興市場に投資した資金を回収することで覇権(ドル)の延命をはかった米国だが、資金の回収は新興市場の経済悪化から世界不況へと発展しそうで、それが米国などの多国籍企業の業績悪化、すでにかなり悪い(粉飾されている)米経済のさらなる悪化をもたらしかねない。最近、食品やハイテクの分野で、多国籍業が相次いで社員の5-10%を解雇する事態が起きている。中国の株価暴落が、米国の株価急落を引き起こすからくりがここにある。 (Mass Layoffs Worldwide As Corporate Mergers Near New Record_

 中国の株暴落は、新興市場諸国の経済悪化の象徴のように報じられたが、実のところ経済が悪化しているのは新興市場だけでない。先進諸国も経済が悪化している。日本は4-6月期の経済成長がマイナス1・6%で、景気回復の策と銘打ってQEを続けているのに全く効果がなく、米国を真似て経済指標を粉飾しているのに不況に再突入しそうだ。日銀のQEは失敗だと指摘する英文記事を、7月ごろからよく目にしている。しかし日銀は今後、日米の株価が下落を続けるようだと、秋にQEを再拡大するかもしれない。QEは出口がない。日本はQEをやりすぎて財政破綻する道をたどっている。 (BoJ edges towards new inflation measure) (Japan's economy contracts in second quarter) (Japan's Abenomics is branded a failure as GDP points to an economic slump) (Japan: The Great QE Experiment Fails

 以前から何度も書いているように、米国の景気も粉飾されている。たとえば、米国では自動車がよく売れているというが、売れている車の多くは企業のリース用で、金融機関が発行した債券で自動車を買ってリースに回す分が増えたものだ。実体経済の実需でなく、低金利を利用した資金調達の派生物として自動車が売れている。こうした粉飾の分を除くと、おそらく米国も日本も以前からゼロかマイナスの成長だ。世界経済は、報じられているように米国が良くて新興市場が悪いのでなく、米国は以前から悪く、最近それが新興市場に波及し、世界不況に発展している。 (American Malls In Meltdown - The Economic Recovery Is Complete & Utter Fraud) (The Mystery Behind Strong Auto "Sales": Soaring Car Leases) (◆金暴落はドル崩壊の前兆

 株と債券を比べると、ジャンク債の利回り高騰(下落)よりも、株価の下落の方がずっと大きく騒がれる。しかし、世の中の資金調達の大半が債券で行われているため、経済全体や金融システムに対する影響として見ると、債券の方が株よりはるかに重要だ。債券の分野では、ジャンク債の利回りが7月から高騰し、危険な状態になっている。一般的に、ジャンク債の利回りが高騰すると、その後株価が急落する場合が多い。ジャンク債の利回りが低いと、経営難の企業でも低利で資金調達でき、金利が高ければ運転資金がなくて潰れていたはずの企業が資金を得て延命する。資金調達が簡単だと、商品が売れず在庫が積み上がっても大した問題にならず、企業は業績の悪化を隠せる。これらは株高につながる。半面、ジャンク債の利回りが上がると、販売不振が企業業績の不振や倒産に直結し、株価を押し下げる。 (Wall Street is getting ready to clean up from the coming junk bond fiasco

 ジャンク債と株価は相関関係が強い。株とジャンク債の関係でみると、今回の米国株の急落は、きっかけが中国株の暴落だったというだけで、本質的な理由は、ジャンク債の利回りが上がり、企業収益を実態より良く見せることができなくなったことにある。米国でジャンク債の市場を見ていた人々は、8月半ばから、そろそろ株が急落しそうだと予測していた。 (The junk bond market 'is having a coronary': David Rosenberg

 ジャンク債が下落した要因の一つは、昨年来の原油価格の下落だ。米国のジャンク債の2割ほどが石油などエネルギー関係で、主たるものは「シェール石油」の採掘費用の調達だ。以前から書いているように、シェールの油井の寿命は喧伝されているよりずっと短い(長くて数年)。シェール業界は絶え間なく新たな油井を掘り続けねばならない「金食い虫」で、ジャンク債の金利安が必須だ。米国のタカ派は「シェール革命でサウジアラビアと縁を切れる」と豪語していたが、サウジは昨年来、これに反撃するため世界経済が減速しているのに増産して原油安を引き起こし、シェール産業を潰しにかかった。シェール産業は金融界にテコ入れされて延命しているが、すでにシェール業界のジャンク債の利回りが上昇し、それが今回の株の急落の一因となった。 (Debt Traders Flee Junkyard's Dogs as Yield Gap Widens on Oil

 原油安は来年にかけてまだ続きそうで、サウジとシェール産業の我慢くらべの状態になっている。シェール産業のリスクは増大の方向で、ジャンク債の金利は来年にかけて上昇する傾向だ。ジャンク債と株の連動を考えると、米国株の下落傾向も、ずっと続くことになる。 (No End in Sight for Oil Glut) (Global oil supply grows at `breakneck speed', says IEA

 米当局が何も対策をしなければ、バブル崩壊的な株価の下落が続く。株安を止めるには、米連銀が利上げをあきらめ、逆にQEを再開するしかない。そもそも米国や日本の現在の株高傾向は、景気が回復したからでなく、連銀や日銀がQEをやって巨額資金を作り、その一部で株が買われたからだ。株価を押し上げるには、QEしかない。だがQE(などゼロ金利策)は不健全で、長く続けると中央銀行や通貨の信用が失墜する。米連銀は、ドルを守るためにQEを日欧に押し付けて利上げ傾向に転じた。今回、連銀が株価テコ入れのために利上げをあきらめ、QEを再開(QE4)することにしてしまうと、長期的にドルや米国債に対する信頼が失墜してしまう。 (Peter Schiff: The dollar Will Win the Race to the Bottom

 株安の傾向が今後も続いたら、米連銀に「利上げをやめてQE4をやれ」と求める圧力が強まるだろう。世界が不況色を強め、コモディティ価格も下落し、米国もデフレの傾向が強まっている。デフレなのだから、インフレ対策である利上げは必要なく、デフレ対策であるQEが必要だという主張が、米議会や金融マスコミで目立つようになる(米連銀自身がQEはデフレ対策にならないと認めているのだが・・・)。ドルを守るには利上げが必要だが、株の急落によってそれは難しくなり、逆に、近視眼的な株価対策としてのQE4の開始の可能性が強まっている。QEは、いったん始めると出口がない。QE4はドルの自滅につながりかねない。 (This Wasn't Supposed To Happen: Crashing Inflation Expectations Suggest Imminent Launch Of QE4

 米連銀は、QE4を始める代わりに、日銀にQEを拡大させることも可能だ。QEを拡大していくと日銀や日本政府に対する信頼が失われ、日本国債の利回り高騰など財政破綻があり得る。日本政府が、自国を破綻させても米国(ドル)を守るべきだと考えれば、米連銀が予定通り利上げする半面、日銀がQEを拡大し、米国の株や債券をテコ入れし、ドル高や金地金安の傾向を再生しつつ、日本が「人柱」になっていくシナリオとなる。 (◆出口なきQEで金融破綻に向かう日米) (米国と心中したい日本のQE拡大

 中国は、株が暴落しているものの、国際政治における影響力は減退せず、むしろ増大している。株安や経済減速が、政治不安につながり、共産党の一党独裁が崩壊する事態になるなら、中国の影響力の減退となるが、今のところ株安や経済難は政治不安につながっていない。南シナ海などの紛争で米国や日本が中国敵視の動きをするほど、中国ではナショナリズムがあおられ、共産党政権への敵対が広がらない傾向になる。日本でマスコミなどがあおる中国敵視は、実のところ中国を強化している。 (多極化への捨て駒にされる日本

 新興市場に何年もかけて巨額資金を流入させ、何らかの危機を起こしてそれを一気に流出させることでその国を潰す。このやり方は、米金融界がギリシャ危機や98年のアジア通貨危機でやった「金融兵器」の策略だ。今回の中国の株暴落は、中国などBRICS諸国が、ドルや米国覇権に依存しない自前の多極型の経済システムを構築しかけているのを潰すための、米金融界による金融兵器の発動だったのかもしれない。しかしその結果、米連銀は利上げが困難になり、利上げを強行すると米国の金融崩壊を誘発しかねない事態となった。中国を潰すはずの株暴落が、米国を潰す結果になりかねない。

 長期的にみると、今起きている新興市場からの資金流出は、中国などBRICS諸国が米国の資金に頼らなくなる新秩序を作ることにつながる。米国の資金に頼らなければ、米国から金融兵器を発動されて潰されることもなくなり、米国覇権から自立できる。この米国からの資金的な自立がなければ、BRICSがIMF世銀に対抗する開発銀行やAIIBを作っても、米国への依存が続いてしまう。新興市場からの資金流出は、世界の覇権構造の多極化にとって必須のプロセスだといえる。



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