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万策尽き始めた中央銀行

2016年2月12日   田中 宇

 私は以前から、日米欧の中央銀行が続けているQE(通貨大増刷による債券買い支え)など金融延命策がいずれ限界に達し、米国を中心とする金融システムがバブル崩壊し、ドルや米国債に対する信用が失墜し、米国の金融覇権が失墜するという長期予測を何度も書いてきた。08年のリーマン倒産以来、中央銀行による金融延命策の副作用として債券金利の低下、株価の高騰、円安ドル高、金地金相場の抑圧などが続いてきた。 (不透明が増す金融システム) (金融蘇生の失敗) (QEやめたらバブル大崩壊

 だが、今年の正月以来、世界的に金融の混乱が加速し、それに対して日米欧の中央銀行が十分な対策(追加的な緩和策)をとれないことが明らかになり、混乱がさらに加速する事態になっている。ジャンク債の金利上昇、株価の下落、円高ドル安、金地金の上昇など、金融延命策の終わりを思わせる逆流の事態が起きている。私の予測の中の「延命策の限界露呈」が起こり、その結果「金融システムのバブル崩壊」が始まったと考えられる。 (ドルの魔力が解けてきた

 年初来の世界的な金融混乱の加速については、1月13日の記事「ドルの魔力が解けてきた」に書いた。この混乱に対し、米国と欧州の中央銀行が打つ手を持たなかったため、日本銀行が対策を引き受け、1月29日に短期金利を下げて史上初のマイナス金利に踏み切った。このことは「日銀マイナス金利はドル救援策」に書いた。 (日銀マイナス金利はドル救援策

 日銀がマイナス金利策を開始した時、私は、それによる株価押し上げや円安ドル高がしばらく続くのでないかと予測した。だが実際は、日銀がマイナス金利策を発表した後、日米の株価の上昇は2日間しか続かなかった。2月に入るとともに、日米とも株価が急落する傾向になっている。日銀のマイナス金利策の威力が大したことなかった理由は、世界の投資家が「日銀はもうQEを拡大できないので、次善の策としてマイナス金利をやった。QEは相場のテコ入れに効果があるが、マイナス金利は大した効果がない」と判断したからだ。欧州ではマイナス金利策が半年以上行われているが、利ざやの減少による銀行の経営悪化という悪影響が大きく、プラスの影響が少ない。 (Negative-Interest-Rate Effect already Dead, Central Banks Lost Control over Stocks

 日銀は、自分たちの金融延命策を「バズーカ砲」と呼び、強さを誇示してきたが、いまや日銀の策の力は、バズーカ砲の水準から、短銃ぐらいの水準へと急速に低下した。いずれ水鉄砲ぐらいの威力にまで落ちそうだ。中央銀行による金融テコ入れ策の威力は、これまでより格段に落ちている。日銀は今後、金利をマイナスの方向に拡大していくかもしれないが、最初の一発が不振だったのだから、2発目以降も大した威力を持てないだろう。 (ECB unleash water pistols

 年初来、為替相場で円高ドル安の傾向が復活していることも、日銀の金融延命策威力の低下を物語っている。14年秋に日銀がQEを急拡大して以来、QEが効果を上げるほど円安ドル高と株高になり、QEの効果に疑問が生じるほど円高ドル安と株安になる傾向が続いてきた。年初来の円高ドル安と株安の傾向は、QEに対して市場が疑問を呈していることを示している。市場の不信を払拭する策として、日銀がQEの拡大を実行できず、マイナス金利の開始でお茶を濁すことしかできなかったのを見て、市場は円高ドル安と株安を加速した。こうした為替相場の動きからも、日銀の威力の低下が見て取れる。 (Dollar falls against yen after Japan stops short of extra QE

 米国の在野?の分析者が、なるほどと思えることを書いている。これまでは、世界的に不況がひどくなっても、投資家が「不況がひどくなると中央銀行群が緩和策を強めるので株高だ」と考えて株を買い増し、本来なら株安を招く悪いニュースが株高につながっていた。しかし最近、中銀群に追加の緩和策をやれる余力がなくなり、投資家はもう中銀に期待しなくなった結果、悪いニュースが文字どおりの悪いニュースとして受け取られるようになり、株価が下がっているのだという。日米などの株価は、この先4割ぐらい下落しても不思議でない。 (Central Bankers Losing Control, Now Bad News Is Actually Bad News.

 中央銀行の金融延命力の低下を思わせるもうひとつの事態は、金地金相場の上昇だ。すでに何度も書いていることだが、金地金は、ドルや米国債を頂点とする債券金融システムの究極のライバルであり、リーマン危機後、中央銀行が金融延命策を強化した2011年以降、先物主導で相場を下落させられている。だが昨年末以来、世界不況や原油安の影響による株や債券の相場下落を中央銀行が止められない事態が露呈していくとともに、金相場が急速に反騰を始めている。 (Gold Price Chart) (Gold Soars To 12-Mo. High On Safe-Haven Demand As Markets Near Panic Mode) (操作される金相場) (通貨戦争としての金の暴落

 これは一時的な上昇だろうか。そうでないと思われるふしがある。これまで金相場の下落を扇動してきた米金融界が、ここにきて金相場の上昇を相次いで予測しているからだ。バンカメのアナリストは、現在1オンス1240ドル代の金相場が、これから1375ドルか、ひょっとすると1550ドルまで上がりそうだとの予測を発表している。ゴールドマンサックスも、金相場がさらに大幅に上がると言っている。上昇傾向が今後も続く可能性が高い。 (Everyone Jumping On The Bandwagon: BofA Says To Stay Long Gold Until $1,375, "$1,550 A Possibility") (Scope For Gold To Extend Much Higher Than $1200 Over Time, Goldman Says

 米国で連銀の策の裏側をよく見てきたロン・ポール元下院議員は昨年7月に「金地金が輝くのは、ドルが不換紙幣であることが完全に露呈した後だ」と述べ、米国の株価や債券バブルが崩壊し、ドルと米国債の基軸性が失われた後にならないと金相場は上昇しないという予測を発した。昨夏の時点で、米国のバブル崩壊の兆候はまだ存在せず、金相場の再上昇はかなり先の話だろうと私は書いた。しかし今、米国の株価や債券の相場が崩壊し始めるとともに、金相場が不気味な上昇を開始している。これはロンポールが言うところの「ドルが不換紙幣であることが露呈」していくドル崩壊の過程の始まりかもしれないと思える。ロイター通信ですら、中央銀行の信用失墜と金相場の上昇を関連づける記事を出している。 (金暴落はドル崩壊の前兆) (As Central Banks Dim, Gold Brightens

 日銀のバズーカ砲は化けの皮がはがれ、水鉄砲になりつつある。他の中央銀行の「金融兵器」の状況はどうかといえば、米欧ともに怪しげだ。米連銀のイエレン総裁は2月10日、米議会で演説と証言を行ったが、世界経済は悪化しているが米経済は回復していると、相変わらずの主張を繰り返し、利上げ方向の政策をやめないと表明した。同僚である日欧の中銀が手がけるマイナス金利策については「効果があるかどうかわからない」と、否定的な見解を述べて突き放した。米金融界は、イエレンが利上げ姿勢を放棄して株価を反騰させてくれるのでないかという期待を裏切られ、失望売りで株価が急落した。 (Yellen warns global turbulence could hit growth

 米国は、連銀も金融界も議会(共和党)も、マイナス金利にしたくないようだ。米国に資金を預けると利子がもらえるというのが、ドルの覇権の源泉であり、だからこそ昨年から連銀は時流に逆らって利上げ傾向に固執してきた。世界が大不況になったからといって、ドルの金利をマイナスにするわけにはいかない。議員がイエレンに対して「マイナス金利は違法じゃないのか。違法だろ」としつこく尋問し、合法性に関する疑問が完全に解けたわけでないという言質をイエレンから引き出している。米国は簡単に利下げに転じそうもない。 (Fed Chair Yellen Rattles Markets Citing Obstacles to Negative Rates) (Market Angry About Yellen's "Is NIRP Legal" Confusion

 だが、連銀は日欧に頼れなくなっている。日銀のバズーカ砲は縮んでいる。欧州中央銀行が3月にQEを拡大するかもしれないという期待が金融界に渦巻いていると報じられていが、欧州中銀が「口だけ」であることは昨年から確認されている。欧州中銀は、マイナス金利のさらなる引き下げはやるだろうが、QE拡大はやらない。マイナス金利の長期化に伴い、欧州では現金廃止の政策が強められている。EUでは、5千ユーロ以上のやり取りを口座間取引で行うこと(現金取引の禁止)を義務づけるとともに、これまでの最高額紙幣である500ユーロ札の廃止をまもなく決定しそうだ。EUの盟主であるドイツが日本と似た現金社会で、これまで現金廃止の動きに反対してきたが、これ以上反対を続けられない事態になったようだ。マイナス金利が続くと、日本でも必ずや現金廃止論が勃興する。1万円札は非国民の持ち物であるかのようなプロパガンダが流布されるかもしれない。非国民は(素)敵だ。 (Scrap 500-euro banknote, EU anti-fraud chief says) (Harvard Economist Demands Ban On Big Bills To Make It "Harder On The Bad Guys"

 欧州も日本も、マイナス金利しかやれない。QEはすでに限界だ。中央銀行がQEの追加の買い支えの対象にできる債券がもう残っていない。今後、世界不況が加速し、追加の緩和策がどうしても必要になったら、それができるのは米連銀しかない。だが連銀は今後、再緩和(再利下げやQE再開)にしつこく抵抗し、遅すぎる時期になってようやく再緩和に踏み切り、市場を「遅すぎて効果がない」と失望させて終わる可能性が増している。 (Eurozone economists sceptical of more ECB asset purchases in 2016

 世界不況は、今後まだまだ続くだろう。日米とも「景気回復」の歪曲報道は続くだろうが、実質的な不況は今後さらに悪化する。貧富格差も拡大が続く。米国では、長期国債と短期国債の利回りがほとんど同じになる「金利カーブのフラット化」が起きている。これは、この先景気が悪化して金利が下がる傾向だと予測し、利回りが高いうちに長期国債を買おうとする投資家が増え、長期国債の金利が低下しているからだ。債券市場も景気悪化を予測している。 (US yield curve narrows to 8-year low

 米国で、泡沫候補だった共和党のトランプと民主党のサンダースが、両党の予備選挙の過程で他の主力候補たちを大きく打ち破って人気が急上昇している。その理由も、米国の一般市民の生活が悪化し、人々が貧富格差の拡大や米当局の経済政策に不満を持ち、それらの不満をすくいとるトランプやサンダースを支持しているからだ。米連銀の利上げ政策に反対する市民運動「Fed Up」も立ち上げられている。イエレンがこの先どこまで利上げ姿勢を維持して粘れるか(利上げ政策を撤回するのが遅すぎる事態になるか)が注目点になっている。 (Obama's true heir is Hillary Clinton. But that is a blessing for Bernie Sanders) (The next financial crash is coming. Which way will the world turn?) (Fed Up - Center for Popular Democracy

 景気一般の悪化と合わせ、マイナス金利の拡大や金融相場の下落を受けた、世界的な銀行界の経営悪化も、今後さらにひどくなる。日銀のマイナス金利の開始で、世界的に銀行株の下落に拍車がかかった。マイナス金利が長引く欧州では、基礎体力が弱い中小銀行や、不良債権が多い銀行の経営破綻が、イタリアなどで連鎖している。世界最古(1472年創業)のイタリアの銀行「Monte dei Paschi di Siena」も破綻しかけている。 (Italy hit by banking crisis

 世界最大のデリバティブ残高を持つドイツ銀行も破綻寸前だという見方が飛び交っている。ドイツ銀行が危ないという指摘は昨年からある。経営難なのは確かなようだが、米国の銀行界への懸念が強まる時に限って「ドイツ銀行が潰れそうだ」という指摘が出回る。米国の金融覇権を延命させるため、目くらましとしてドイツ銀行の危機を煽るプロパガンダが流布されている感じもする。米国のジャンク債を守るためにギリシャなど南欧の国債危機が扇動されてきたことを思い起こさせる。 (ユーロを潰してドルを延命させる) (Deutsche Bank is finished, Lehman Brothers 2.0

 日米欧の金融界は、中銀群のマイナス金利に加え、原油安の煽りで米国のシェール石油産業の経営難がひどくなり、シェール産業のジャンク債を皮切りに社債の崩壊感が増していることの弊害も受けている。米国債の金利が低下する半面、ジャンク債の金利が上がり、バブル崩壊前に顕著になる金利格差(リスクプレミアム)の拡大が起きている。金利格差の拡大は、企業倒産の増加につながる(ジャンク債を低利で発行できれば倒産しない)。実体経済の景気悪化もあるので倒産企業が増え、貸し倒れの増加が金融界をさらに圧迫する。 (バブルでドルを延命させる) (国際金融の信用収縮

 FT紙は先日「大きな金融危機が起きるリスクが非常に高い(the risk of a major storm is very high)」と現状を分析する記事を出した。この指摘はまったく当然だ。米金融覇権の失墜、世界体制の大転換が近づいている。 (Core long-term bond yields heading lower



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