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G7で金融延命策の窮地を示した安倍

2016年5月28日   田中 宇

 5月26日、G7の伊勢志摩サミットで、議長役をつとめる安倍首相が「世界経済の現状は08年のリーマン危機の前に似ている」「G7各国政府(特にドイツ)が財政出動して経済をテコ入れしないと、リーマン規模の経済危機が再発してしまう」といった趣旨の主張を展開した。安倍は、国際的な商品相場の推移を示しつつ、08年9月のリーマン倒産をはさんだ08年7月-09年2月の商品相場の下落と、14年6月-16年1月の商品相場の下落との相場のかたちが類似していることを理由に、世界経済の現状がリーマン前と似ているという分析を展開した。 (As Japanese Prime Minister Warns of "Lehman-Style Crisis," Is He Looking At Correlation or Causation?) (Japan's Abe Warns of Lehman Sized Crisis as per Data

 安倍(を動かしている日本官僚機構と、そのさらに背後にいる米国)は、G7の開催前から、ドイツに財政出動させることを今回のサミットの目標にしてきた。サミットは、すべての参加国が通貨政策(QEやマイナス金利策)だけでなく公共投資など税金を使った財政出動をやることが望ましいという共同声明を出したが、当の日本は財政赤字がGDPの3倍もあって世界一ひどく、財政出動できない。米国は「我が国は経済が好転しており世界経済に十分貢献している。他の国々にもっと頑張ってほしい」という主張だ。英仏伊加は経済が弱い。財政出動する余裕があるのはドイツだけだ。日本政府は、仏伊をけしかけてドイツに圧力をかけたが、無駄遣いを嫌うドイツは拒否し続けた。安倍は「ドイツが財政出動しないとリーマン級の危機が起きるぞ」と言いたかったと考えられる。 (G7 Summit: Risk of a Global Crisis, Maritime Disputes and the Dollar) (Italy, Japan urge G7 to spend for growth

 リーマン級の大きな危機の発生が近づいているという安倍(日本政府)の分析は、G7の他の政府や金融界から、ほとんど支持されなかった。反対論に押され、今回のサミットの共同声明からは、日本政府が作った原案にあった「リーマン危機の再来」を示す文言が削られた。「新たな危機に陥ることを回避する」という文言は盛り込まれたが、それがどんな危機なのかは言及されなかった。 (Japan Fails in Bid to Have G-7 Warn of Global Crisis Risk) (G7 Ise-Shima Leaders' Declaration) (Abe's grim warning about global economy highlights G7 divisions

 リーマン級の危機が近いという安倍の発言に、国際金融界は特に強い拒否反応(無視)を示した。安倍は来週、来年予定されていた消費増税の延期を正式決定すると予測されている。安倍は従来、リーマン級の危機が起きない限り予定通り消費増税すると表明しており、今回のG7での「リーマン級の危機が起きる」という分析は、安倍が消費増税を見送るための口実作りに過ぎず、現実とかけ離れた見方であり、重視する必要などないという主張が、金融界と、その傘下にある金融マスコミから噴出した。安倍は陰謀論者扱いされている。 (Japanese PM Shinzo Abe's Lehman claim at G-7 is aimed at sales tax delay) (Japan Said to Push for 'Crisis' Language in G-7 Communique

 私が見るところ「リーマン級の危機が近い」という、今回の安倍や日本政府の分析は正しい。米国中心の国際金融システムはリーマン危機後、機能的に蘇生しておらず、QEや財政出動といった金融テコ入れ策によって相場が上がって延命しているだけだ。「死者が踊っている」状態だ。日銀などがQEを続けられなくって延命策が尽きたら、再びリーマン型の大危機が、もっとひどい形で再燃する。私はこれまで何度か、そのように書いてきた。今年に入り、日銀や欧州中銀によるテコ入れ策に限界が見え始め、万策尽きる日が近づいている。 (万策尽き始めた中央銀行) (QEやめたらバブル大崩壊) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える

 このような私の分析と、安倍がサミットで展開した分析は、危機再燃が近いという結論が同じだが、そこに至る説明がかなり違っている。私から見ると、国際商品相場の下落は、安倍が言うような金融危機が近いことを示す兆候でなく、金融危機によって引き起こされた、危機後の現象の一つだ。リーマン危機は08年9月のリーマン倒産で始まったのでなく、07年夏のサブプライム危機で始まっている。危機の本質は債券金融バブルの崩壊だ。危機発生後、それまで金融バブルによって上昇してきた商品相場が大幅下落するバブル崩壊が起きた。 (国際金融の信用収縮

 安倍が指摘した2つ目の下落、14-16年の商品相場の下落は、米連銀がQEをやめてドル防衛の利上げに転じ、日欧に肩代わりさせたことによるQEの威力(資金注入力)の低下を受けたものだ(サウジが始めた米シェール石油潰しとしての石油増産策も一因)。リーマン後、国際金融システムは当局から救済的な資金注入を受け続けないと再崩壊する状態だ。米国のQEが限界に達したことで、再崩壊の現象が、商品相場の下落という形で表出した。つまりリーマン危機の再燃は、14年初めに米連銀がQEを縮小し始めた時点で、すでに緩慢な形で始まっている。 (バブルでドルを延命させる

 日米の圧力を受けてドイツが財政出動に応じていたとしても、それは国際金融システムの延命を2-3年長くするだけだ。ドイツの財政が耐え難く赤字化した時点で延命策が足りなくなり、金融危機の再燃色が強まる。ドイツ政府はこうしたからくりを知っているし、日本のように病的な対米従属でもないので、自国の大事なお金を無駄遣いしたくない。ドイツは、欧州中銀のQEやマイナス金利策も、対米関係上やむを得ないが、できればやめたいと考えている。欧州が乗り気でないので、米国がQEをやめた14年以来、国際金融システムを延命させる役目は、対米従属の観点から過激なQEをいとわない日本銀行の肩にかかっている。 (日銀マイナス金利はドル救援策

 米国の求めに応じ、QE拡大をいやがる日銀の当時の白川総裁を辞めさせ、財務省の黒田を日銀総裁に送り込んで過激なQE拡大をやらせたのは安倍自身だ。その安倍(とその背後にいる日本財務省)が今回、G7サミットの議論で「リーマン級の危機再発が近い」という見解を主張した。この主張が意味するところは、日銀の過激なQEがすでに限界に達しており、ドイツの財政出動など新たな延命策が追加されない限り、国際金融システムを延命できなくなってリーマン級の危機が再発するぞ、という警告だったと考えられる。安倍がG7の議論でQEに言及せず商品相場で説明したのは、QEが行き詰っていることを市場に知られると、それ自体が金融危機を誘発するからだろう。消費増税を見送る口実を作るためだけに、金融市場に悪影響をもたらす「リーマン級の危機再発」を口にするとは考えにくい。 (米国と心中したい日本のQE拡大

 QEは長く続けられない。米連銀のQEは09-13年の4年間で限界が見え、14年末に新規買い支えを停止した。米国より経済規模が小さい日本では、日銀が14年末からQEを急拡大し、1年半後の今年4月、日銀は、米金融界からQEの追加を強く期待されたのに応えられず、限界が見えた。日銀は今後、QEを縮小していかないと日銀自身の勘定が肥大化し、危機の時に金融界の不良債権を買い支えて蘇生させる中央銀行として重要な機能が果たせなくなる。QEやゼロ金利が長期化すると、利ざや縮小や運用先の悪化による国内金融機関の体力低下も加速する。いずれの問題も、すでに日本ではかなり深刻だ。 (出口なきQEで金融破綻に向かう日米

 中央銀行の機能不全は、消防署の廃止と似ている。消防署を廃止してもすぐには困らない。困るのは火事が起きてからだ。消防車がないと、延焼を止められず町が全滅する。同様に、中央銀行が機能不全になると、金融危機が起きた時に止める力がなく、危機の拡大が放置され、経済が全滅する。

 リーマン危機後、世界経済の政策立案の中心はG7からG20に移った。リーマン後に「ブレトンウッズ会議のやり直し」を看板にして始まったG20サミットは「いずれおきる米国覇権体制の崩壊への円滑な対応」が主眼なのに対し、G7サミットは「米国覇権体制の延命」が主眼だ。だからこそ安倍や日本政府は「日本は頑張ってQEで米国覇権を延命させてきたが、もう限界だ。ドイツなどがもっと協力しないと、リーマン危機が再来して米国覇権が崩壊するぞ。それでもいいのか」と主張した。しかし、ドイツなどの協力は得られなかった。 (The G7 asserts its like-mindedness) (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代

 QEは金融界を当局に依存させるだけで蘇生させる機能がなく、長く続けられないため延命策としても稚拙だ。米国がリーマン後にQEを始めた時点で、米国覇権は「蘇生」でなく、大して続かない「延命」の状態に入っていた。今日の状況は、すでにリーマン倒産直後に運命づけられていた。 (中央銀行がふくらませた巨大バブル

 日本は米国のために自国の金融システムを危険にさらしてQEを続けている。それなのに米国はつれない。今回のG7サミットに先立って仙台で行われたG7の財務相・中央銀行総裁会議では、米国のルー財務長官が、日本政府による円安ドル高を目標にした為替介入を非難し、それが一因で会議がまとまらなかった。円安ドル高はQEの副産物として起きている。たしかに日本政府は円安ドル高を望んでいるが、QEは米国のためにやっているのだから、非難される筋合いはない。QEが原因で日銀が破綻しても、米国は冷淡な態度をとりそうだ。 (US warns Japan on yen intervention as G-7 reaffirms deal 'no competitive devalutations' deal) (多極化への捨て駒にされる日本

 14年に米国が日本にQEを肩代わりさせた時、おそらく「2-3年内に米国が利上げなどによって金融政策を正常に戻し、QEが必要ない状態にするので、その間だけ、日本(と欧州)がQEを肩代わりしてくれ」という話だったのだろう。米国はその後、無理をして短期金利の利上げをやっている。今回も、5月27日に米連銀のイエレン議長が「このまま経済が再悪化しなければ利上げを実施する」と演説で表明した。この演説の前、それまで何カ月か上昇傾向だった金地金相場が急落している。ドルの究極のライバルである金地金の相場を先物を使って引き下げて弱体化させてから、利上げを実施する。この手口は、前回昨年末の利上げの時にも使われた。米連銀は利上げする気になっている感じだ。 (Yellen points to summer rate rise) (Yellen drops gold price to two-month low

 しかし、今夏に利上げしてもまだ米国の金利は0・5%だ。利下げ1回分でしかない。大きな危機が再発したら、0・5%の利下げでは全く足りない。米連銀が目標にしている2%の金利が達成できたとしても、リーマン級の危機への対抗力としては弱い。金融の「質」である金利を2%に戻しても、「量」の方はQE(量的緩和)によって米日欧とも使い果たされた状態だ。危機に対処する道具が全く足りない。先ほどの火事の例えでいうと、町全体で手押しポンプ1つだけ何とか用意しましたという感じだ。日本が2-3年、米国のQEを肩代わりしても、米国の金融は大して元に戻らない。 (G7 summit: Why 'Helicopter money' could be next move for desperate central banks) (利上げできなくなる米連銀

 世界的に、株式市場からの資金流出が7週間連続で続いているという。かつて債券王と呼ばれた米国の投資家ビル・グロスは、金融危機の再来が近いと感じ、高リスク債券と株式を買うことをやめたという。いずれも「リーマン危機の再来が近い」と表明した安倍(や私)と同じ見方の人が増えていることを感じさせる。 (Equity fund outflows surpass $100bn in year to date) ("The System Itself Is At Risk" Bill Gross Warns, Shorts Credit As "Day Of Reckoning Is Coming"



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