利上げできなくなる米連銀2016年4月13日 田中 宇米連銀(FRB)が、昨年末から始めた利上げ姿勢を続けることができなくなっている。米国の当局や金融界、マスコミは以前から、経済の状況を実際より良い風に粉飾している観があるが、最近は当局でさえ、米経済のゼロ成長を認め始めている。米連銀(FRB)の一部であるアトランタ連銀は4月8日、今年1-3月期の米経済の成長率が0・1%しかなかったとする概算を発表した。3月まで、アトランタ連銀を含む当局筋や金融界の米経済の成長予測はだいたい年率2%台の後半で、これをもとに米連銀は「世界経済は悪いが米経済は好調だ」と言い、資金流出に苦しむ新興市場諸国をしり目に、ドルの延命策である利上げを続ける姿勢を、昨秋から続けてきた。だが、0・1%前後の成長率が間違いでないなら、もう米連銀は利上げできなくなる。 (U.S. economy seen barely grew first quarter: Atlanta Fed) (The Atlanta Fed's Disappointing Q1 GDP Forecast Is an Inevitable Reminder for Investors) (ドル延命のため世界経済を潰す米国) ニセの構図を維持するのが任務である米金融界の分析者の中には、アトランタ連銀のGDP概算が実態とずれていることが多いと指摘する者もいる。だが、今年じゅうに4回利上げすると年初に示唆していた米連銀が、3月には年間の利上げ見通しの回数を2回に減らすなど、連銀自身が米経済の悪さを認めざるを得なくなっている。むしろアトランタ連銀の概算は、米経済の実態に近い数字がようやく出てきたという感じを受ける。1-3月期の米GDPは、4月末に実勢値が発表される。 (How does Atlanta Fed GDPNow track actual GDP?) 4月11日、オバマ大統領が、米連銀議長のイエレンを大統領府に呼んで非公開に会談した。会談のテーマは、世界と米国の両方に関する、長期の成長展望、雇用市場の動向、貧富格差、経済の潜在的危険性だったとされている。会談に先立ち連銀では、オバマとイエレンの会談の準備とみられる緊急の理事会が開かれたが、そのテーマは、連銀が決める金利の今後について議論することだった。次の利上げを夏までに予定通りやるかどうかということだ。このテーマは、連銀のウェブサイトに出ていることだから間違いない。 (White House Issues Following Statement After Meeting Between Obama And Yellen) (Government in the Sunshine Meeting Notice) イエレンが、オバマに会う前に緊急の連銀理事会を開き、利上げするかどうか話し合ったことから考えて、オバマはイエレンに、連銀の利上げ姿勢について何らかの注文をつけたのだろう。連銀の金利政策に政治家が介入することは禁じられており、今回オバマはイエレンに会うに際し、連銀の自立性を尊重するとわざわざ表明している。しかし、大統領選挙の年に、大統領や与党が選挙戦を有利にするため連銀の政策に介入することは、以前からよくあった。金利についてオバマがイエレンに注文をつけるとしたら、それは連銀が予定してきた今春の利上げを見送ってほしい、ということだ。利上げに反対する理由は、世界経済に悪影響があるからとか、雇用市場に悪いからなど、無数にある。連銀はおそらく今年もう利上げしないだろう。 (Fed To Hold Closed, Unexpected Meeting Under "Expedited Procedures" On Monday To Discuss Rates) (America's Endless War Over Money) 私が見るところ、米経済は以前から、本質的に成長していない。経済が成長しているように見えるのは、連銀が昨秋までやっていたQEなどの金融緩和策によって金融のバブルが膨張し、株や債券の価格が上昇し、それが実体経済の改善であるかのように喧伝されているからだ。バブルが維持されている間は、このニセの構図が維持されてきた。しかし実体経済の悪さと原油安、製造業の縮小によって、小売やエネルギーなどの業界で企業の倒産や経営悪化が拡大し、貧富格差も広がり続け、中国が主導してきた世界経済の悪化も加わって、ニセの構図の維持が困難になっている。 (万策尽き始めた中央銀行) ("It's Just An Illusion" Santelli & Schiff Slam Fed-Watchers' "Blind-Eye" To Yellen's "Phony Recovery") (Rising Corporate Defaults Could Keep a Lid on Junk Bond ETFs) (Time for another leg down? UBS calls a top as corporate profits sink) 米連銀のバーナンキ前議長も3月下旬、米国が利上げする一方で日欧がマイナス金利にするという米欧日の中央銀行の政策は限界に来ていると指摘している。ダラス連銀のフィッシャー前総裁も、米経済がすでに不況に入っていると述べ、金融界が維持するバブル膨張のウソの構図の危険性を指摘している。フィッシャーは「連銀は、過剰な資金注入によって、市場を麻薬(資金)中毒にしている」「(米欧日の)中央銀行は(過剰な資金注入によって、相場を動かす最大の要因と化した結果)市場の反応を極度に恐れており、不健全だ」などと批判している。 (Bernanke: Monetary policy 'reaching its limits') (Dallas Fed Respondent Sums It Up: "Anyone Saying We're Not In Recession Is Peddling Fiction") 連銀自身、先日「これまでは米国内経済だけを注視して利上げ姿勢をとってきたが、今後は世界経済の悪さの方を重視し、利上げを先送りする」という表明(示唆)を発している。 (Split Fed sees `appreciable' global risks) (Fed Admits it is the World's Central Bank - not just the USA Central Bank) (The Fed's Global Dilemma) (Why Yellen Can Never Normalize Interest Rates) 相場や経済指標が維持されている限り、ウソの構図はまかり通るが、その裏で、人々が実感する景況感と報じられていることのずれが拡大し、ずっと低成長なのに株価がどんどん最高値を更新するのはおかしいと勘づく人が静かに増える。3月中旬にCNBCテレビで「経済指標が良いのになぜ利上げしないのか」を問われたイエレンは延々と曖昧に返答し、質問者から「答えになっていない。理解不能」と言われてしまうという、信用失墜の事態に陥っている。うわべの相場や指標は維持されているが、その下の基盤にある連銀の信用がぐらついている。米マスコミの記事に「連銀の信用性」をテーマにしたものが増えてきた。 (Here Is What Janet Yellen Answered When Steve Liesman Asked If The Fed "Has A Credibility Problem") (The Fed's Credibility Question Won't Go Away) (Wisdom wanes for `don't fight the Fed') (Global economic recovery `in danger of stalling') 連銀が利上げしたい真の理由は、基軸通貨としてのドルの強さを守るためだ。08年のリーマン危機はドルの基軸性を揺るがしたが、その後の連銀の危機対策が稚拙だったので、ドルの基軸性がさらに揺らいでいる。リーマン危機は、負債が増えすぎた末のバブル崩壊だったが、その後、連銀がやった危機対策は、QEやゼロ金利政策によって大量の資金を市場に注入し、負債をもっと増やすことで金融を延命させることだった。借金地獄を逃れるためにさらに借金をすると、いずれもっとひどい借金地獄に陥る。リーマンよりもっとひどい金融危機がいずれ米国発で起きる。連銀の危機対策は完全な失敗だったが、連銀自身が失敗を認めると危機の再発を早めるので、認めることができない。せめてもの次善の策として、危機再発の前に少しでもドルの強さを元に戻そうとするのが、今の連銀の利上げ策だ。 (The Next Crisis Will Be THE Crisis) (Global risks weigh on the Fed) (ドルの魔力が解けてきた) (日本と世界で悪化する不況とバブル) 利上げによってドルの基軸性を保全することは、米国が覇権を維持するために長期的に必要なことだが、短期的に、米国と世界の経済が悪化しているなら、連銀は、利上げを見送るか、もしくは再利下げしてゼロ金利に戻したり、QEを再発動するしかない。今は、長期より短期を重視する方に転換する分水嶺的な状況にある。連銀が利上げをやめ、ゼロ金利やQEが再び遠望できる事態になると、世界を巻き込んだドルの揺らぎがまたひどくなる。だが短期的には、景気悪化で大幅下落しそうな株価が、逆に緩和再開による資金流入を期待して再上昇の機運に満ちる。マスコミや金融界は近視眼的な分析に終始し、ドルの危機を見ようとしない。 (ひどくなる経済粉飾) (Share Buybacks Turn Toxic) 米連銀の3年がかりで利上げ策をやっている。14年にQEをやめて緩和策を中止し、昨年は利上げの下地を作り、昨年末から利上げに入った。この利上げ策の「裏側」を担っているのが日本と欧州の中央銀行だ。日銀は14年秋、米連銀がQEをやめると同時にQEを急拡大し、今年初めには追加の緩和策としてマイナス金利策を開始した。欧州中央銀行(ECB)も、QEやマイナス金利策によって、米連銀がやめた分の緩和策の一部を引き受けている。日本やEUの政府は、米国の覇権が崩壊するよりも、自分たちが緩和策を引き受ける方がましだと考えているようだ。 (日銀マイナス金利はドル救援策) (出口なきQEで金融破綻に向かう日米) だが、日本も欧州も、もう緩和策を限界まで拡大してしまっている。日本では、日銀がQE(国債の買い支え)を拡大したくても、すでに市場で買える国債のすべてを買い続けており、これ以上QEを拡大できない。今年初めのマイナス金利策の開始以来、金融機関はプラスの金利が少しでもついている国債を手放したがらない傾向を強めている。国債は銀行間の短期融資の担保としても必要だ。3月には米国からクルーグマン教授が訪日し、安倍首相ら政府要人に会って「もっとQEをやらなきゃダメじゃないか(ドルが崩壊して対米従属できなくなるぞ)」と叱って回った。だが、買える国債がない以上、QEを拡大できない。 (Japan's Bond Market Is Close to Breaking Point) (Krugman Goes To Japan, Scolds Abe For Worrying About Quadrillion Yen Debt Pile, Leaves) (Nobel laureate Krugman calls for tax hike delay, stimulus measures) 欧州では、ドイツの政界で、もうECBのQEやマイナス金利に付き合うべきでないとする意見が広がっている。QEはバブルを扇動して金融システムを脆弱にするし、マイナス金利はドイツ国民の大事な預金や年金を目減りさせる。EUでは、ウクライナやシリアなどの国際政治軍事面でも、米国の無茶な戦略に対する批判が強まっており、米連銀の緩和策をECBが肩代わりすることへの経済面の批判と合わせ、対米従属をやめて米国覇権から自立した方が良いという議論がEUで起きている。 (Mario Bothers: Germany Takes Aim at the European Central Bank) (Draghi Has Ruined Europe) 日欧とも、緩和策をこれ以上広げるのは難しいが、何か奇策を今後やれるとしたら、それは欧州でなく日本だ。安倍政権と日銀の内部で、日銀がQEで買い支えた日本国債の一部について、償還までの長さを無期限に延長し、名目インフレ値より低い固定金利を設定して事実上のゼロ金利にすることによって「ゼロ金利の永久債」に転換することが検討されているという。 (Are the BoJ’s negative rates a con?) 日本政府はすでに40年物国債を発行しており、償還期を設定しない永久債もしくは100年債の発行が無理でない。すでにマイナス金利策によって国債金利がほとんどゼロなので、ゼロ金利債にも抵抗がない。日銀が持っている国債をゼロ金利永久債に転換し、それを永久に日銀が保有することにすると、それは日本政府にとって借金の帳消しになる。借金が減る分、政府は新たな国債を発行でき、それを日銀が買い支えることで、日銀は米国が求めるQEの拡大が可能になる。そして安倍政権にとっては、追加で巨額の国債を発行できるので、それが夏の選挙より前に決定できれば、安倍は「新たな国債発行で景気対策をやります」と宣言でき、落ち目の人気を挽回し、選挙に勝って首相の座を守ることができる。一説には、4月末の日銀の理事会で、ゼロ金利永久債への転換について検討する可能性があるという。 (Japan Is Fast Approaching the Quantitative Limits of Quantitative Easing) ゼロ金利永久債への転換は、安倍政権の延命と日本の対米従属の維持にとって好都合だ。しかしこの策は、日銀が刷った円で政府の借金を帳消しにする行為で、円と日本国債に対する信用失墜につながる。円の信用失墜は円安をもたらすので短期的に歓迎されるだろうが、長期的には日本全体の富の価値が下がることになり、非常に悪い亡国的な結果をもたらす。14年秋のQEの急拡大、今年初めのマイナス金利策の発動などを見ると、今の黒田総裁の日銀は、やりそうもない無茶な策を突然挙行する性質がある。国債をゼロ金利永久債に転換するという常軌を逸した策も、もしかするとこれから実現していくのかもしれない。
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