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多極型世界の形成を促進する米国の中露イラン敵視

2022年1月19日  田中 宇 

米国の上層部には、覇権や世界戦略の立案運営をする勢力として好戦派(怒り役)と協調派(なだめ役)の2方向がある。この2方向で役割分担して攻めるのは恐喝など心理戦の典型的な手口だが、両者のバランスを間違えると逆効果で大失敗する。敵にあたる前に両者が喧嘩し始めたらもっと悲惨だ。911以来の約20年間の米国は、両者のバランスを間違い続け、しばしば両者が権力中枢で暗闘して頓珍漢を増大し、国際的な信用や政治力、軍事的優勢などの覇権を喪失した。 (中露と米覇権の逆転) (覇権国に戻らない米国

自分(米国)が強く相手(他の諸国)が弱い時は協調派を前面に出すべきなのに、911後のテロ戦争で好戦派が席巻した挙げ句、中東などの戦争で自滅的な失敗を続けて米国自身が弱体化した。近年は、自分(米国)が弱くなって相手(中露イランなど非米諸国)が強くなり、そういう時は怒り役が正当なことを言いつづけて挽回していかねばならないのに、米国の好戦派は間違った怒りばかり発し、協調派は総撤退(アフガン撤兵など)や、譲歩してもすぐに撤回する稚拙さを繰り返し、覇権の低下が加速している。中露イランは結束を強め、非米的な他の諸国もそこに連なり、多極型の世界が形成されていく。単発でなく20年間も続く失策は意図的(未必の故意)であり、米国の上層部は「隠れ多極主義」だという私の仮説が確信へと変化している。 (Washington Keeps Poking the Panda Regarding Taiwan) (田中宇史観:世界帝国から多極化へ

911からテロ戦争になった2001−09年のブッシュ政権時代、米国は経済・外交・軍事の全面で圧倒的に世界最強であり、中露イランなど非米諸国は今よりはるかに弱かった。中国は05年まで人民元を明示的にドルペッグする経済的な対米従属で、ロシアは2000年にプーチンが大統領になってソ連崩壊後の大混乱から脱却し始めたばかりで弱かった。イランは何とか経済制裁を解除してもらおうと米国にすり寄って経済改革の演技をしていた。みんな米国と仲良くしたがり、米国が怒るべき相手は世界のどこにもいなかった。それなのに(もしくは、だからこそ?)米国は、自分たち(CIAなど諜報界)が育てたアルカイダが911の巨大なテロを起こしたという自作自演をやり、それに対する怒りの発露としてイラクなど中東諸国に次々と侵攻するテロ戦争を発動し、中東を潰したら次はロシアや中国を潰すんだという「文明の衝突」や「軍事による世界民主化」が喧伝された。これらの戦略は不必要な大間違いであり、実際にアフガニスタンとイラクの占領が大失敗して米国の国際信用(外交力)が自滅した。米国覇権下が心地よい同盟諸国は見てみぬふりをしたが、これは米覇権凋落の始まりだった。 (テロ戦争の意図と現実) (中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦

次のオバマ政権は、ブッシュが自滅させた米国覇権の立て直しを図り、米軍がビンラディンを殺害したことにして(実は多分意図的な人違い)テロ戦争の終わりを演出したり、イランと核協定を結んで和解したり、中国に「米中G2で世界を運営しよう」と持ちかけたりした。だが、米上層部の好戦派はこれらに反対し、イラン核協定は結ばれたものの2年後にトランプによって破棄された。中国はまだ米国と覇を競うことを禁じたトウ小平の路線の中におり、オバマが持ちかけたG2に乗らなかった。米上層部の好戦派は、協調策によるオバマの覇権立て直しを妨害すべく、ウクライナを内戦化して米露和解を不可能にし、シリア内戦を起こして米軍の中東撤退を不可能にした。オバマはノーベル平和賞をもらい、今でも米日のマスコミに称賛されているが、彼が大統領として(好戦派にしてやられて)世界に残したものはウクライナ、シリア、リビアで何十万人もの市民が無駄に殺されている長い内戦だけだ(マスコミは人殺しのコロナ愚策も喧伝する人道犯罪組織)。 (軍産複合体と闘うオバマ) (2期目のオバマは中国に接近しそう) (トランプのイラン核協定不承認の意味

次のトランプは、協調派に頼って騙されたオバマの失敗を教訓に、トランプ自身が習近平や金正恩と会談して個人的に親密な関係を作って表向きの協調策とした。トランプはプーチンとも親密な関係を作りたかったが、民主党や好戦派が「ロシアゲート」をでっち上げて妨害した。その一方でトランプは、中露イランだけでなく同盟諸国にも厳しい態度をとるブッシュ政権時代のネオコン(軍事世界民主化派)の残党であるジョン・ボルトンを安保担当補佐官に起用するなど、好戦派を装う演技も続けた。さらには、経済的な米中分離など非米諸国を米国側から切り離して多極化を進めることもやった。トランプは全く独自の隠れ多極主義者だったのでエスタブ全体に恐れられ、2020年の大統領選で不正に落選させられた。 (好戦策のふりした覇権放棄戦略) (不正選挙を覆せずもがくトランプ

だがトランプは共和党の草の根の人心をつかみ、共和党はエスタブを追い出してトランプの党になっており、バイデンのコロナ愚策の失敗を受けて今年の中間選挙は共和党の圧勝になり、2024年の大統領選もトランプの勝ちになる公算が強い(大差になるので再度の選挙不正によって結果を変えられない。多分)。共和党の重鎮上院議員であるリンゼーグラハムは最近、トランプが次期大統領になるとの予測を表明し、トランプはレーガン以来の画期的な共和党大統領になるとも言っている。 (Lindsey Graham says he won't back Mitch McConnell for Senate GOP leader unless McConnell has a 'working relationship' with Trump) (U.S. Political Party Preferences Shifted Greatly During 2021

トランプを不正に落として成立したバイデン政権は、本来なら「失敗しないオバマの米覇権立て直し策」をやるはずだった。そうでなければ、独自の多極化策を進めるトランプの再選を不正までやって阻止した意味がない。民主党の黒幕であるジョージソロスも、ウクライナの政権転覆に協力したころの好戦的な姿勢が消え、近年は好戦派の世界戦略を非難するシンクタンクを設立し、中露イランに対する敵視策を非難する論文を流しまくっている。ソロスらの肝いりでバイデンが協調策を進めるという期待があった。 (Ukrainian neutrality: a ‘golden bridge’ out of the current geopolitical trap) (US ‘credibility’ based on defense of Taiwan is folly

しかし実際のバイデン政権は全くそうでなく、中露イラン側に対し、ある週に好戦的な策をやったと思ったら、次の週にはそれを取り消したり別の面で譲歩し、そのまた次の週には再び好戦的な言動をとるという右往左往を続けている。好戦派と協調派が別々にバイデン政権に圧力をかけ、両方の戦略がまだら模様に表出している。その結果、中露イランの側は米国を恐れなくなって非米的・多極型の覇権拡大の動きがさかんになり、同盟諸国は米国を信用できなくなっている。トランプが放棄した米覇権を取り戻すはずのバイデンは、実のところトランプと違うやり方で覇権を喪失し続けている。 (トランプの自滅的な中国敵視を継承したバイデン) (US official signals stunning shift in the way we interpret ‘One China’ policy

中国に対してバイデン政権は、中国が求める「一つの中国」を支持し続けると表明する対中譲歩と、台湾に兵器を売ったり米議員らが台湾を訪問したり、中国が攻めてきたら米軍が台湾を守ると宣言したりして「一つの中国」を否定する中国敵視の言動とを交互に繰り返している。米議会では、バイデンが議会に諮らずに好きな時に台湾防衛戦争開始められる戦争権限法案が、昨秋からくりかえし審議されている。これは「拳銃の安全装置を外す」とか「刀のつかに手をかける」という感じの措置で、米議会は、核戦争になりうる米中戦争を簡単に始められるようにしたい。実際にはたぶん米中戦争は起こらない。米国は台湾を国家承認しない。中国は米覇権衰退後まで台湾に侵攻しない。これは米中戦争を起こすための措置でなく、中国が米国を信用しなくなり、露イランなど他の非米諸国との結束を強め、米国の覇権から切り離された非米側の多極型の世界を作っていく努力を加速するよう仕向ける措置だ。 (House Democrat Calls for Legislation to Give Biden War Powers for Taiwan) (世界は台湾を助けない

中国はロシアとの事実上の同盟関係を経済軍事の両面で強めている。また中国は最近、イランとの25年間の戦略パートナー提携にも調印した。今後のイランは中国との経済関係がつながっているので、米欧がいくらイランを経済制裁しても大丈夫だ。イランは強気で米欧と核交渉できる。中国は最近、シリアを一帯一路の提携国に入れた。これは、シリア内戦が終わってシリア経済の再建が軌道に乗ったことを意味している。 (This one-two punch from China and Russia marks the end of American adventurism) (China blasts US sanctions on Iran with launch of strategic partnership

シリアは、安保軍事面で露イランに守られている。その上で、露イランの親分である中国が出てきて、一帯一路に入れて経済面でシリアを支援し始める。シリアだけでなく、周辺のイラクやレバノンも同じ構図の中にいる。サウジアラビアも、イエメン戦争を露イランに仲裁してもらわねばならないので、そのうちこの構図の中に入ってくる(サウジ傘下のGCC諸国やエジプトも)。今はイランを敵視しているイスラエルも、イランが中露に守られているとなると手出しできず、中露の仲裁でイランと和解していかざるを得ない。トルコはすでに中露イランの台頭を認めている。 (許されていくアサドのシリア) (解体していく中東の敵対関係

中東はすでに中露の覇権下にいる。あとは、米国の撤退やイスラエルの転換がいつ顕在化するかだ。中東をこんな風にした最大の立役者は中露自身でなく、米国の覇権を自滅させていったブッシュからバイデンまでの米国の上層部である。イランの代表団が今週末にサウジを訪問し、イランとサウジが国交を5年ぶりに正常化して相互に大使館を再開するという話になっている。中東が中露の傘下に入ったとたん、和解方向の話がどんどん進んでいる。 (Iran, Saudi Arabia 'preparing to reopen embassies' in Tehran and Riyadh) (Iran & Saudis Preparing To Reopen Embassies After Decade Of Regional Proxy War

米中関係で最重要な領域は台湾ではない。台湾問題は派手な目くらましだ。真に重要なのはもっと西方の、ユーラシアや中東の覇権が目立たない形で米国から中国側に移転していくことだ。ユーラシア中心部の地政学の要衝であるアフガニスタンは米軍撤退後、中露イランの傘下に入った。アフガンの転換後、プーチンが最近の暴動を利用してカザフスタンの覇権を再獲得した。アフガン米撤兵がなかったらカザフの転換もなかっただろう。英国の地政学によると、ユーラシア中心部を制する者が世界を制する。もう米国の覇権低下は止まらない。代わりにユーラシア中心部を制しているのは中露イランやトルコなどで、これらが並び立っているので覇権体制が多極型になる。 (カザフスタン暴動の深層) (中露のものになるユーラシア

英国は不可逆な覇権転換の進行に気づいている。世界は今後しばらく、縮小する米国側と拡大する中露非米側とに分割した状態が続く。英国は、米国側と中国側の両方に関与して国益につなげたい。英国は「米中両属」の世界戦略を持っている。日本の米中両属は受動的な現実容認策だが、英国のは能動的な戦略で、米中両方の動きを英国が操作していきたい。英国が中国側に関与するには、中国と仲良くせねばならない。英国は、中国と仲良くしたい。だが、英国のもうひとつの操作対象である米国は、英国が中国と仲良くすることを許さない。その最も象徴的な動きは、米国が英国を巻き込んで中国敵視のアングロサクソンの諜報同盟体AUKUSを昨秋に作ったことだ。英国は、米国に引っ張り込まれてAUKUS創設に関与させられ、中国から嫌われ、仲良くできなくなっている。米国の隠れ多極主義者としては、もし英国勢が中国の上層部に食い込んで戦略立案のアイデアを出すようになると、それは中国覇権を自滅に導く罠だったりしかねない。だから英国が中国と仲良くするのを防がねばならない。 (豪州に原潜もたせ中国と敵対させる) (After First Year Bust, Here Are 5 New Year's Resolutions For President Biden

AUKUSには豪州も入っている。豪州は、米国の中国敵視策の尖兵であり、英国も豪州を使って中国をスパイしたいと考えてきた。WHOを牛耳る中国は、豪州に自滅的な厳しいコロナ愚策(ゼロコロナ策)をやらせ、豪州を自滅させる報復をやっている(最近は英国にも)。AUKUSは、中国を怒らせ、奮い立たせて強化するために隠れ多極主義者が中国の前にぶら下げたサンドバッグだ。英豪は、中国にボコボコに反撃されている。これも米国が中国にやらせていることだ。 (Emerging countries like China and India can lead global governance) (Escobar: The Living Dead Pax Americana

日本も対米従属の国として、米国側から中国敵視陣営への参加を求められ、日豪防衛協定を結んだりしている。日本の自民党官僚独裁政権の真の姿勢は安倍晋三以来、米中両属だ。これから米国が衰退して中国が台頭していくのだから、中国を敵視する米国にだけ従属しているのは自殺行為だ。日本は、AUKUSに入りたくない。米国は、それなら豪州と防衛協定しろと言ってきた。これはAUKUSと似ているが違う。中国は、AUKUSを中国敵視の同盟体とみなして敵視しているが、日豪防衛協定は米国がいずれ日韓から軍事撤退した時に日本の安保上必要になる協定として認めている。日豪防衛協定は日米安保体制の代わりになるもので、中国にとっては米軍が自国の近隣からいなくなるのでむしろ歓迎だ。以前の日本は、米国の肝いりで日豪防衛協定が模索されても、米国以外の国と防衛協定したくない(したら米国が出ていきかねない)ので壊し続けてきた。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (地政学の逆転と日本

今回の日豪協定も、いずれ米国が日本から出ていくための準備の一つだ。また、韓国は北朝鮮との正式な終戦を宣言したいと言っている(北朝鮮は嫌がっている)。これも韓国から米軍が出ていくための準備の一つだ。日韓から米軍が撤退する話が近いうちに出てきそうな感じが強まっている。日韓から米軍が出ていくと、東アジアは中国の覇権下に入る感じがぐんと増す。米国が衰退しつつ無茶な中国敵視を続け、同盟諸国にも非現実的な中国敵視を強要したので、これまで対米従属一本槍で在日米軍の駐留継続に強く固執していた日本でさえもが音を上げ、米国の撤退を了承するようになっていく。米国の隠れ多極主義が隠然と勝利している。 (US, South Korea ‘Effectively’ Agree on Draft Declaration to End Korean War) (South Korea doesn’t need to pick between US and China, says presidential candidate Lee Jae-myung

中国は、狡猾に覇権(国際影響力)を駆使したがる英国を弱体化させたい半面、敗戦後に国際影響力を持ちたがらない(国際的な印象しか気にしない)日本のことは仲良くして取り込みたい。中国は、米英豪のAUKUSの創設後、日豪とくに日本が主導するTPPに加盟申請してきた。年初にはRCEP(中国+ASEAN+日韓豪NZの貿易圏)も始動しており、TPPとRCEPをつなげて中国中心のアジア貿易圏にして、日豪などを経済的に中国側に取り込もうとしている。 (中国TPP加盟申請の意図) (Eurasian Consolidation Ends The US Unipolar Moment

中国当局は昨年末、太平洋で中国の空母「遼寧」と、日本の軽空母「いずも」が並走している写真を掲載した。演習中の遼寧を、いずもが追尾・監視している光景のようで、これまで米軍がやっていた中国軍に対する監視行動を日本軍(じゃなかった自衛隊 笑)がやっている新事態らしい。これは日中の軍事対立のように日本で言われている。だが、もしかすると中国側の意図は「いずれこんな風な感じで、琉球からマラッカ海峡経由でソマリア沖までの(米軍がいなくなった後の)日中韓の通商航路を一緒に守るんだよね」とやんわり示すことなのかもしれない。いずれ米覇権が退潮して日中韓の航路共同警備の時代が必ずくることに気づいてないのは、幼稚な嫌中プロパガンダに洗脳されている日本人だけだ。 (China Releases Image Of Japanese Carrier Sailing Right Alongside Its Own Carrier) (遼寧艦編隊完成遠海実戦化訓練

などなど、中国周辺のことだけ書いて長くなってしまった(イランのことも少し書いたが)。このあとロシア周辺と、イラン周辺のことを書いて「多極型世界の形成を促進する米国の中露イラン敵視」にしようと思ったのだが、いつもの通り構想が大きすぎた。ここまで書いて過去の自分の記事を読んだら、すでに年末に、ロシアに関して今回と同じ趣旨の記事を書いて配信していた。私自身、前に何を書いたか忘れており、バイデンを笑えない。 (敵視と譲歩を繰り返しロシアを優勢にする米国) (China Says US Must Correct Its 'Cognitive Problems' After Tense Military-To-Military Talks



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