中国TPP加盟申請の意図2021年9月27日 田中 宇9月16日、日本、豪州、東南アジア、中南米といった太平洋岸の諸国が作る自由貿易圏TPP(CPTPP)に、中国が加盟申請した。9月15日に米国が英国と豪州を巻き込んで中国敵視の軍事同盟AUKUSの創設を宣言した翌日だ。9月22日には台湾も加盟申請した。この事態は、既存のTPP加盟諸国を板挟み・ジレンマに陥らせている。中国は、米国の中国敵視に巻き込まれている豪日など同盟諸国を板挟みに陥らせるため、今回のタイミングでTPPに加盟申請した。習近平は昨秋からTPP加盟の希望を表明していたが、正式な申請をAUKUS創設の翌日に挙行したのは明らかに意図がある。自国民にジレンマを知られたくないので日本のマスコミ権威筋は「中国のTPP加盟申請は以前からの希望であり、AUKUSと無関係だ」などと書いているが頓珍漢である。 (China applies to join Asian trade deal abandoned by Trump) (Taiwan Seeks Entry Into Key Trade Pact Before China, Says Simultaneous Bid "Quite Risky") TPP加盟諸国は政治的に米国の同盟国が多く、中国を敵視し台湾への支持を強めている米国の姿勢に沿うなら、台湾の申請を認可し、中国の申請を却下する流れになりうる。その一方で、中国が世界最大の市場であり、世界の経済成長の3分の1を中国が堕していることを考えると、中国の加盟を認可する流れになりうる。中国が猛反対するので、中国と台湾の両方が加盟することは考えにくい。中国が入るなら、台湾は入れない。政治と経済のどちらを重視するかで、台湾と中国のどちらを入れるかが変わってくる。 (Beijing’s bid to join CPTPP may fail yet also succeed, experts say) もう少し詳細にみていくと別の分析もできる。既存のTPP加盟国の中で、日本と豪州は対米従属色が強いが、東南アジアと中南米はそうでもない。東南アジアは中国と対立しない方針を出し、政治面で台湾に対して冷淡だ。マレーシアとシンガポールは、中国の加盟を支持した。これらの国は、台湾の加盟に反対するだろう。TPPの加盟認可は全会一致が条件で、1か国でも反対したら拒否権発動になり、加盟が認められない。台湾の加盟は却下されそうだ。 (Malaysia ‘encouraged’ by China’s interest to join CPTPP trade pact) 中南米も地理的にアジアから遠く、政治より経済の利得で考えるだろうから、中国の加盟を支持する傾向だ。残るは日本と豪州だ。日本は、最近の記事にも書いているように、表向き米国の言いなりで中国を敵視しているように見せながら、実際は「隠れ親中国」「米中両属」である。日本が中国のTPP加盟申請に反対して拒否権を発動したら、その後長期的に中国は日本に仕返しをするだろう。両属体制を重視する日本は、今後も中国にこっそりすり寄るつもりなので、中国のTPP加盟に賛成する。 (豪州に原潜もたせ中国と敵対させる) 残るは豪州だ。先日、豪州が米英と組んで中国敵視の軍事同盟AUKUSを作り、中国の海軍力増強に対抗して米国が豪州に原潜技術を初めて供与することになったことからは、豪州が中国を敵視してTPP加盟にも反対して中国の加盟を拒否権発動で葬り去るシナリオが見える。しかし、鉄鉱や穀物などの輸入を通して豪州経済が中国に依存していることを考えると、豪州が中国のTPP加盟を拒否権で阻止するのは困難だ。豪州が中国のTPP加盟を阻止したら、中国は長期にわたって豪州との経済関係を断っていき、豪州経済に大打撃となる。中国は、鉄鉱や穀物を豪州以外の諸国から買えるが、豪州は世界最大の需要国である中国以外の安定的な売り先を確保しにくい。経済面の中豪対立の勝敗はすでについている。 (China "Indefinitely" Suspends Economic Dialogue With Australia As Relations Continue To Deteriorate) 豪州は、安保面で対米従属から離れられないので米国に巻き込まれて中国を敵視しているが、経済面では中国と関係を切れないのでTPP加盟に拒否権を発動できない。豪州は、中国のTPP加盟の可否について支持も反対もしない棄権をすることで、このジレンマを乗り越えるしかない。最も反対しそうな豪州が反対しないので、中国のTPP加盟は承認されると私は予測している。現実的な可能性としてありそうなのは、中国が豪州との頓挫している2国間の貿易交渉で譲歩することで豪州の顔を立て、豪州が中国のTPP加盟への反対を取り下げて棄権もしくは消極的支持に転換することだ。 (Australians favor neutrality in a US-China war) 豪州や日本などのマスコミ権威筋では「中国の不透明な経済制度を改革させて自由市場に近づけることを条件に、中国のTPP加盟を認めてやれば良い」という提案が出ている。もしこの手の提案を豪日政府が中国に公式に提案したとしても、中国はそれを拒否するだろう。中国では今、従来の米国中心の世界経済体制(いわゆるリベラル自由市場)に入れてもらうために40年間採ってきた鄧小平路線を、習近平が積極的に破壊している。9月17日の記事「中国を社会主義に戻す習近平」に書いたとおりだ。その関係で恒大集団など金融システムの破綻が放置されている。 (China’s bid to join Pacific trade pact a strategic opportunity for Canberra) 習近平は、米欧や豪日が中国に求めてきたリベラル自由市場の体制を破壊しても、中国の実体経済の中長期的な成長がそれほど落ちないと思っているはずだ。米欧豪日が信奉するリベラル自由市場にこだわり続ける方が、金融バブルの肥大化と最終的なバブル崩壊による経済破綻がひどくなるので、早めにリベラル自由市場の体制を自滅的に破壊して、社会主義っぽい国家管理の経済体制に転換・引き戻した方が得策だと習近平は思っている。その方が、習近平が毛沢東を超える指導者として崇拝されて人気が保持できる政治的な利得もある。 (中国を社会主義に戻す習近平) 国際政治的に今より弱かった以前の中国なら「リベラル市場化への改革」の条件を中国が形式だけ受け入れて実際は何もしないというシナリオがあり得たが、今や中国は米国と並ぶ世界最強の政治力を持っている。中国は、米国からの要求も露骨に断っている。習近平は、豪米側からの「経済のリベラル市場化」を露骨に断ることで、これまで米欧からあれこれ要求されてきた非米諸国から称賛され、非米諸国に対する影響力を強める策略の方を選択している。 (鄧小平のリベラル路線を脱する習近平の中国) そもそも米欧豪日のリベラル自由市場の経済体制は、米欧日の中央銀行群によるQE策・通貨の過剰発行によって金融バブルが不正に大膨張し、最終的なバブル大崩壊・ドル崩壊が不可避になっている。米欧豪日のリベラル自由市場は、QEによって不正のかたまりになっている。株価や金利、経済成長率などの経済数値の多くが、QEによる資金注入や統計手法の不正によってインチキな数字になっている。今や米欧豪日のリベラル自由市場経済は、不正と不透明のかたまりだ。米欧日豪は、自分たちの経済体制が優れていると言えなくなっている。米欧日豪は、中国など新興市場や途上諸国の経済体制を、不正で不透明だと批判できなくなっている。今のリベラル自由市場体制は詐欺であり、この体制を良いものだという米欧豪日の権威筋や専門家は悪の詐欺師である。習近平がこの体制を棄てるのは自然だ。 (ニセ現実だらけになった世界) (ずっと世界恐慌、いずれドル安、インフレ、金高騰、金融破綻) 米欧豪日の経済はQEの金融バブルに依存している。QEバブルの分を差し引いた真の実体経済でみると、米欧豪日は縮小気味である半面、中国は世界最速の成長をしてきた。2000年以来の世界の実体経済の成長の3分の1を中国が出している。実体経済の実利面で考えると、TPPは中国に加盟してもらった方が良い。 (After RCEP’s Launch, the US Urgently Needs to Rejoin the TPP) 実利面で考えて、日豪などTPPの側は中国に加盟してもらった方が良いが、中国としては、TPPに入らなくても実利的に大したマイナスにならない。中国は、TPPと似た諸国で構成されるRCEP(東アジア包括経済提携)をすでに持っているからだ。もともとTPPは米国主導、RCEPは中国主導で作られた。RCEPは、ASEAN+3(中日韓)+豪NZという拡大ASEANの色彩をとりつつ、実際はASEANを覇権下に入れている中国がRCEPを仕切っている。ASEANは、TPPにも入っているが、中国の覇権下なので台湾のTPP加盟を許すはずがない。中南米はRCEP非加盟でTPP加盟だが、中国は中南米諸国と個別に関係を持っているのでTPPを通す必要がない。RCEPがあるので中国にとってTPPは重要でない。中国はTPPを潰してもかまわないので翻弄している。 (アジアFTAの時代へ) (国権を剥奪するTPP) TPPは、オバマ大統領が対米従属な同盟諸国の日豪や東南アジア、中南米諸国をまとめて中国に対抗する自由貿易圏にしようと交渉した。だが同盟諸国との関係を嫌う覇権放棄屋の次のトランプ大統領が2017年初の就任とともに離脱し、TPPは宙に浮いた。しぶしぶ主導役を引き継いだ日本の安倍首相は2017年夏、TPPは中国に対抗するものでなく中国と一緒にやりたいと中国に向かって表明し、中国がTPPに入る素地を作った。これ以来、日本の自民党政権は「隠れ親中国」「米中両属」だ(私は日豪が東南アジアを誘って米国と中国の両方から自立した海洋アジア圏を模索するのでないかと分析したが、その方向は消え、日本は自立する意気地がなく両属の道を選んだ)。習近平は2020年秋にTPP加盟の希望を表明し、今回AUKUSの米同盟諸国を困らせるために加盟申請した。 (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本) 米国がTPPに戻ってきたら、日豪、とくに豪州は中国のTPP加盟を拒否権で阻止してTPPを米国主導の貿易圏に戻せる。だがバイデンの米政府はTPPに入らない。アフガニスタン撤退や、メキシコ国境の違法移民流入放置などバイデンの政権がやっていることを見ると、米国の覇権と安定を壊す隠れ多極主義であり、だからTPPにも入らず、日豪や東南アジアが経済主導で中国の影響下に入っていってしまうことを看過しているのだと思える。 (It’s a ‘hard sell’ if Biden administration wants to rejoin massive trans-Pacific trade deal, says analyst) 台湾はTPPに入れないだろうし、RCEPにも入れてもらえない。バイデンの米国は台湾を支援するそぶりをしているが、ニクソンが中国に約束した「一つの中国」の原則を破棄して台湾を国家承認するところまでやらず、一線を越えていない。米国は、中国を怒らせるために上っ面だけ台湾と親しくしている。AUKUSの創設で米国に豪州への潜水艦販売を潰されたフランスは、怒って中国と親しくして見せるかと思いきや、逆にフランスの上院議員団が台湾を訪問している。ではフランスは台湾と正式に仲良くしていくのかと言えばそうでもなく、米国と同じく上っ面だけ中国を怒らせることをやっている。フランスは空虚なかっこばかりつけて、米中豪日よりもくだらない。台湾はもてあそばれているだけで、中長期的な利得を米欧から何も得られない。 (French Senate Delegation To Visit Taiwan, Despite Chinese Regime's Opposition) 日本はこの騒ぎの最中に首相が代わる。候補として優勢な河野も岸田も、中国と定期サミットをやりたいと言っている。次の首相が誰になっても、日本を「隠れ親中国」にした安倍晋三がお目付け役だ。日本は豪州と連絡をとりつつ中国のTPP加盟を実現しようとするだろう。中国は、TPPとRCEPの両方を傘下の貿易圏として持つことになる。 (LDP's Kono, Kishida call for summit talks with China) TPPには英国も加盟申請している。英国は日豪が米国を見限って中国の傘下に入っていくのを阻止する方向のいろんな意地悪をやっていくためにTPPに入ろうとしている。中国が英国にどんな逆意地悪をやっていくか見ものだ。 (U.K. Seeks to Conclude Talks to Join TPP by End-2022)
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