鄧小平のリベラル路線を脱する習近平の中国2021年9月8日 田中 宇戦後の共産党政権の中国の歴史は、強権発動の「収」の状態と、自由放任の「放」の状態が交互に繰り返されてきたと言われる。1970年代までの毛沢東の時代は、共産党の政治が人々の個人生活の領域まで介入し、大衆の人格改造を試みた文化大革命などが起こされた「収」の体制だった。毛沢東は、文革を起こして中国人の商人性や身勝手さを消失させる「永久革命」をめざしたが失敗した。その次の鄧小平の時代(1976年の毛沢東の死から2013年の胡錦涛の任期満了まで)は、毛沢東が消そうとした中国人の商人性を、逆に最大限に蘇生させて経済発展につなげるため、経済や文化の面でリベラルな「放」の自由放任策に大転換する「改革開放」をやった。党中央の政治体制も、毛沢東時代の独裁制を壊し、リベラル方向の集団指導体制を敷いた。江沢民と胡錦涛は、鄧小平が決めた後継者で、2人とも鄧小平路線に忠実だった。 (米国の多極側に引っ張り上げられた中共の70年) (You know we are screwed when Xi Jinping is giving an opening speech at Davos 2021 talking about The Great Reset) 2013年に政権についた習近平は、先代の胡錦涛や江沢民と異なり、鄧小平が決めた人でない。習近平は就任後、「放」な鄧小平路線を離脱して「収」な習近平路線へと転換してきた。鄧小平が政治面でリベラルな路線をとった理由の一つは、1989年の天安門事件などで米欧がリベラル(民主的)でない中国の政治体制を非難し経済制裁したからだ。当時は米欧が中国よりはるかに強く、産業技術などの面で中国が米欧から学ぶべきことも多かったため、中国は米欧に対して「良い子」にしている必要があった。しかし、それから30年たち、すでに中国は米欧からたくさん学び、米欧に負けない強国になれた。覇権は米国から中国に移りつつある。中共はもう米欧に対して「良い子」にしている必要はなく、やりたいようにやれる。習近平は鄧小平が決めたリベラル路線を捨て、すべてを中共の傘下に入れたがる独裁的な「収」の反リベラル路線に戻った。 (独裁と覇権を強める習近平) (中国の権力構造<はずれ記事>) 習近平が「収」への転換を最初に手がけたのは政治分野で、政敵をスキャンダルなどで潰して集団指導体制を崩していくとともに、当初は10年と決められてた自分の任期を無限大に延長し、権限を拡大して独裁を強化した。愛国教育や、自分を崇拝させる習近平思想の学習強要なども進めた。経済の面でも習近平は、株や不動産の金融バブル膨張を放任していたそれまでの姿勢(放)をやめて、金融バブルを積極的に潰して相場を下落させる傾向(収)に転じた。そして昨年から習近平は、政治と経済と文化というすべての面で、放から収に転じる傾向を強めた。政治面ではすでに習近平の独裁体制が確立しており、目立つのは経済や文化の面だ。 (China's Marxist "Profound Revolution" Is Here, And Nobody In The West Is Ready) (習近平を強める米中新冷戦) 経済面では昨年来、アリババなどネット大企業の経営を創設者から剥奪して共産党の傘下に入れようとしている。鄧小平路線は民間企業の活動を放任し、課税もあまりせず、むしろ既存の国有企業が新参の民間企業から脅威を受けて経営改革を余儀なくされることを政策的に誘発していた。習近平は、中国の民間企業や民間経済が40年間の鄧小平路線下で十分に成長して大きくなったとみなし、それまでと正反対に、巨大な成長して共産党から独立した権威や企業文化を持ち始めたネット分野などの民間企業を中国政府が弾圧し、党の傘下に強制的に入れる策をやっている。中国を代表する民間企業人として特に目立っていたアリババの馬雲(ジャック・マー)は、見せしめとして昨年から行方不明にされている。 (China's Financial Regulators Pledge Tighter Control Of Economy, Closure Of "Loopholes") ("Good Days Have Gone": A Shocked Wall Street Responds To China's Unprecedented Crackdown On Tech Giants) 米国覇権の運営を手がける米諜報界(軍産)は、1990年代にネット大企業が勃興した際、その経営者たちが株式を上場して大金持ちになることや、マスコミなどでもてはやされて権威を持つように誘導し、膨大なユーザーの個人情報を握るネット大企業群を軍産の一部として育て、人類に対する軍産の支配を拡大した。グーグルやアマゾンは軍産の一部といえるし、日本でもソフトバンクや楽天は軍産傀儡的な言動をしている。当時は中国も経済が鄧小平の自由放任体制で、馬雲らネット大企業の経営者は米国側から入れ知恵されていた。中共が、馬雲らネット大企業経営者に対し、潜在的な共産党の敵である軍産傀儡でないかと疑っても不思議でない。習近平は成長重視の「放」を支配重視の「収」に換えるとともに、スパイの疑いのあるネット大企業の創設者をいじめて追い出して国有化しようとしている。 (覇権過激派にとりつかれたグーグル) (諜報機関としてのグーグル) (中国に世界を非米化させる) 中国企業がVIEなどの抜け穴的な手法を使って米国など外国で株式上場して資金を集めることも、これまで放任されてきたが、今夏から許可制に転換し、中国企業の海外での株上場は事実上禁止された。6月末に駆け込み的に米国で株式上場した配車サービスのDiDi(滴滴出行)は上場直後、中国政府からアプリを違法扱いされて事業を潰された。中共は滴滴の国有化を検討している。このように政治面では独裁強化だが、経済面から米国への上場禁止策を見ると、中国経済の対米自立、ナショナリズムの発露であるとともに、これから米国中心の巨大なQE金融バブルが崩壊する時に、中国が巻き添えにならないようにする策でもある。習近平が企業を弾圧するので中国は株価が下がり、日米などの軍産傀儡な嫌中派が「中国はもうダメだ」」と言っているが間違いだ。もうダメなのは、QEバブルを軟着陸できず潰れていくことが運命づけられている米国中心の金融システムの方だ。早めに下げておいた方がましだ。 (中国の意図的なバブル崩壊) (Chinese firms rush to embrace Xi Jinping's 'common prosperity' slogan) (City of Beijing Said to Seek Taking Didi Under State Control) 習近平は、アリババや滴滴を見せしめ的に弾圧するとともに、中国企業に「中国の貧富格差を是正するため、社会への寄付金をもっと出せ」と圧力をかける「共同富裕」と名づけた政治運動を展開している。これは、企業への課税強化の代替策である。鄧小平路線は自由放任で経済成長を優先したので、中国では課税体制が整備されておらず、習近平が急に企業への課税を強化しようとしてもやれない(課税体制を作っても企業や金持ちは商人性を発揮して脱税しまくる)。むしろ「寄付金を出せ。さもないとアリババや滴滴のように潰すぞ」と政治的に脅しをかけた方が有効だ。それで寄付金強要の「共同富裕(みんなが豊かになる)」策が進められ、大企業はこぞって巨額の寄付金を出している。習近平は「共同富裕策で貧困層を救っている」と称賛され、人気取りのポピュリズムを成功させている。 (China’s Communist ‘Common Prosperity’ Campaign) (What ‘Common Prosperity’ Means and Why Xi Wants It) 中共は今年、ビットコインなど仮想通貨のマイニングも禁じている。中国はそれまで世界的なマイニング大国だった。仮想通貨は政治的に見ると、政府の通貨発行権に対抗するものであり、すべてを共産党の傘下に入れたい「収」な習近平としては仮想通貨を放任できない。中共は代わりに人民元をデジタル化している。 (仮想通貨を暴落させる中国) ("It's Over, It's All Over" - The Death Of China's Bitcoin Mining Industry) 最近の習近平による文化面での転換の一つは、インフルエンサー、セレブ、俳優、アイドルなどエンタメ業界の著名人のメディアやネットでの文化面の活動を8月から相次いで規制・弾圧していることだ。それまで中共はエンタメ業界に対してわりと寛容で、セレブたちは共産党を批判しなければ放任されていたが、中共は8月以来、セレブがファンを扇動して推奨する商品を買わせたり、美少年が女性っぽい格好をしてテレビに出演したりすることを批判・禁止するようになった。中国のテレビやネットでは、韓国や日本からの影響を受けて、女性っぽい美少年の男性歌手や男優が多数出ており人気だ。これに対して中国政府でマスコミの監督を担当する広電総局が9月2日、女々しい格好をした男の出演や、ファンがセレブに熱狂する状態を禁じる通達を出した。 (抵制失徳芸人 禁「娘炮」 広電総局:不得播偶像養成類節目) (China Decrees No 'Sissy Men' Allowed On TV) ジェンダーニュートラルでないとダメだとか、自分の性別を自分で性別を決めて良い、といった民主党のリベラル主義が席巻する米国あたりで「男のくせに女々しい格好をしてテレビに出るな」などと言ったら、女性差別もはなはだしいと非難され撤回を余儀なくされるが、公然と米国と敵対するようになった習近平の中共はおかまいなしだ。中国当局は8月27日、中国で最も人気があった女優の趙薇が出ているすべてのドラマや番組、SNSなどを、理由も言わずに削除する措置をこうじた。その前後、人気女優の鄭爽は脱税で検挙され、人気男優の張哲瀚は3年前の訪日時に靖国神社で撮った写真が問題にされて潰された。これらはエンタメ業界への見せしめだろう。習近平の中共は、文化の廃退を是正すると言いつつ、ファンを集めて共産党をしのぐ権威を持ちかねない党の潜在脅威であるエンタメのセレブたちを党の傘下に引き戻そうとしている。エンタメ業界における韓国や日本や米国の影響を減らそうとするナショナリズムの動きでもある。 (Works of scandals-hit actress Zhao Wei removed from platforms, following ban on actor Zhang Zhehan for visiting Yasukuni Shrine) (米国を自滅させる「文化大革命」) (Chinese actor Zhang Zhehan faces domestic boycott over 2018 photos at Japan’s Yasukuni Shrine) 習近平は教育分野でもポピュリスト的な策をやっている。8月30日、中国政府は18歳未満に対し、ネットのゲームをやって良いのは金土日の夜1時間ずつだけだと通達した。以前からあった規制を強化した。また7月30日には小中学生向けの学習塾を営利目的で運営することを禁じ、非営利団体しか学習塾を運営できないようにした(同時に全国の小中学校に宿題の出し過ぎるなと命じた)。営利学習塾の禁止は、都会の裕福層の子供だけが学習塾に通って難関校に入り、貧富間の教育格差が広がっていることへの批判に対応したものだ。中国当局は、ゲームのやりすぎ、勉強のしすぎ、アイドルを追っかけすぎで、子供が軟弱になっていることへの懸念を表明している。 (China Bans For-Profit Tutoring in Core Education: An Explainer) (CCP Cracks Down On "Incorrect Politics" & "Effeminate女々しい Men" In Show Business) 全体として、習近平路線を先代の鄧小平路線と比べると、鄧小平はインターナショナリズムとリベラリズム、経済成長重視、米国覇権重視の傾向で、習近平はナショナリズムと反リベラリズム、貧富格差是正重視、中国独自覇権(一帯一路)重視の傾向だ。鄧小平は先代の毛沢東の反動として「放」をやり、習近平は先代の鄧小平の反動として「収」をやっている。 (China on the cusp of a ‘profound transformation’) (China's crackdown on business, media and entertainment sectors is packaged as a ‘profound revolution’) 習近平は毛沢東に戻っている感じもあるが、それは見せかけだけだ。毛沢東は、革命で政権をとった共産党の幹部たちが特権にあぐらをかいてエスタブ化することを「反革命」とみなして敵視し、党中央を攻撃せよと大衆を扇動して文革を起こした。ラディカルな永久革命家の毛沢東と対照的に、二世政治家の習近平は党のエスタブ出身であり、エスタブの党支配を壊すどころか逆に末永く繁栄させる強化策としてイメージだけ毛沢東を借りている。かつて毛沢東傘下の言論人が「大字報」を発表して党中央を批判したように、今は習近平傘下の無名の言論人(李光満)がSNSに習近平路線をもっとやれと主張する論文を出したところ、人民日報や新華社など権威筋がさかんに転載した。習近平は政治の手口で毛沢東を真似ているし、自分と共産党の独裁を強化する方向性も同じだが、類似点はそこまでだ。 (每個人都能感受到,一場深刻的變革正在進行!) (Translation: Everyone Can Sense That a Profound Transformation is Underway!) (Analysis: Xi demands loyalty from powerful 'second-generation reds') ただその一方で、習近平は毛沢東が持ちたくても持てなかったものを持っている。それは中国が国際的に台頭し、ユーラシアの覇権国になっていることだ。毛沢東は文革で中国人の民族性を改造して強い国にしようとして失敗したが、その後の鄧小平の経済開放策の成功(キッシンジャーやロックフェラーの誘導の良さ)と、テロ戦争やリーマン危機による米国の自滅により、習近平が就任した時すでに中国は世界的な強国、多極型世界の覇権国の一つになることが内定していた。習近平路線の目的は、覇権国である中国を自滅させず、ポピュリズムで大衆を満足させ、安定した共産党独裁体制を作ることだ。コロナ危機を永遠化する大リセットを推進するダボス会議のWEFは習近平と大の仲良しであり、中共はすでに覇権勢力である。 (Chinese Communist Party Leads at Davos, Pushes 'The Great Reset') (中国主導の多極型世界を示したダボス会議) (China: What To Do About It?) 習近平は民間企業に対する放任を許さないが、その一方で製造業・ものづくりの技術開発の振興をさかんにやっている。習近平の中共は、これまでの放任策で中国の民間企業がインターネット利用のサービス業に偏重しすぎていると考え、ネット企業やサービス業でなく、製造業を発展させたいと考えている。実際、製造業の分野で中国はすでに日本を抜いている。日本の「ものづくり重視」は掛け声だけだ。日本も、ものづくりに力を入れるならソフトバンクや楽天など軍産系のネット企業をもてはやすのをやめた方が良い。日本でも、ユニクロなどの製造系は親中国で、米国(軍産)から「ユニクロが輸出したTシャツが新疆ウイグルの強制労働で作られている」と濡れ衣をかけられる嫌がらせをされている。習近平は独裁の悪であるが、軍産も人殺しと偽善の悪であり、米国中心の金融バブルも崩壊して米欧人を不幸にする悪である。「中共=悪」はけっこうだが「軍産・米国覇権=善」は間抜けな大間違いである。 (US Blocks Shipment Of Japanese Shirts On Suspicion They Were Made In Xinjiang) (George Soros And China: What A Difference A Decade Makes)
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