中国でなく同盟諸国を痛める米中新冷戦2018年10月16日 田中 宇10月5日、米国のペンス副大統領が、米シンクタンクのハドソン研究所で、中国を米国の「敵」と位置づける演説を行った。冷戦後、中国に対する米国の基本姿勢は「戦略的パートナー」から「戦略的競争相手」「ライバル」まで、敵でもなければ同盟国でもなく、両者の間を行き来してきた。米国政府が、中国を「敵」と正式に位置づけたのは、72年のニクソンの米中和解以降、初めてだ。 (US moving closer to new Cold-War era with China: Report) (Mike Pence Announces Cold War II) 米国の上層部(エスタブ)は、軍産複合体(覇権運営者)と多国籍企業(財界、投資家)という2つの顔を持つが、前者が中国を「敵」とみなしたがる半面、後者は投資貿易のために中国と仲良くしたがり、両者が混じり合って、敵でも同盟相手でもない関係が維持されてきた(資本と帝国の相克)。トランプ政権は今回、中国を「敵」とみなしたことで、両者のバランスを崩し、軍産の方に大きく傾いた。それは今春以来、トランプが中国から米国への輸入品に懲罰関税をかけ、米中間の貿易を妨害していることにも現れている。 (米中貿易戦争の行方) (資本の論理と帝国の論理) 米中新冷戦の開始宣言と同時期に「中国が、自国で製造・対米輸出するサーバーの基盤にスパイ用のマイクロチップを埋め込み、米国の政府や企業の情報を盗み出している」という、根拠が曖昧な報道が米国で出回った。これもおそらく、米中新冷戦の開始に合わせたでっち上げ話をリークしたものだろう。 (The US-China Cold War Has Begun) ペンスの中国敵視演説と同期して、トランプ自身やボルトン補佐官も、同様の中国敵視の発言をしている。中国を「敵」とみなすのは、トランプ政権の新たな長期戦略になっている。トランプ政権の上層部は従来「エスタブ(大人)」と「過激派(ネオコン)」が混じっていたが、最近「大人」が次々と外され、過激派が席巻している。エスタブは中国敵視に反対だが、過激派は中国敵視をどんどんやりたい。「大人」の一人だったヘイリー国連大使が年末の辞任を発表し、最後に残った「大人」であるマティス国防長官も、トランプから「彼は民主党員みたいだ。いずれ辞めるかも」と言われてしまった。トランプ自身も過激派だ。ペンスも「大人」だが今回、中国敵視宣言を発する役目をこなして過激派を演じてみせることで、政治的な生き残りを画策した。今後の米国は、トランプ、ボルトン、ポンペオ(国務長官)、ペンスという過激派4人組で運営していく。彼らのアジア戦略の要諦が、中国を「敵」とみなす「米中新冷戦」である。 (Pence’s China Speech Seen as Portent of ‘New Cold War’) (トランプが捨てた国連を拾って乗っ取る中国) 米国の対中新冷戦の表明に対し、日本やオーストラリア、カナダといったアジア太平洋地域の同盟諸国の中には、中国を共通の敵として米国との同盟関係を再強化できる好機として歓迎する動きがある(日本のネトウヨなど)。だが、トランプが作り出している新たな世界秩序の全体像を見ると、同盟諸国にとって不利益が多いものであることがわかる。同盟諸国の中で、米中新冷戦の勃発に喜んでいる人は近視眼だ。かつての冷戦時代、冷戦構造は、同盟諸国にとって、米国や西側諸国の儲かる自由貿易と、米国が無償で同盟諸国を守ってくれる安上がりな安全保障構造の両方をかなえてくれるうまい話だった。冷戦の敵だった以前のソ連や中国は経済的に小さく、中ソを敵視して貿易が断絶されても、西側諸国が失うものはなかった。 だが今、中国は、日豪カナダなど、あらゆる同盟諸国にとって、重要な貿易相手だ。中国との貿易なしに、日豪カナダの経済は立ち行かない。トランプ登場まで、米国は、同盟諸国に対し、経済面で中国や米国との自由貿易を奨励する一方、安保面で中国を「どちらかというと脅威な国」とみなす「政冷経熱」の体制を許してきた。日豪など同盟諸国は、安保面の「米国と組んで中国の脅威に対抗する=米国依存の安上がりな安保体制」と、経済面の「中国や米国と自由貿易して儲ける」という、両面的なおいしい話を維持できた。米国の歴代政権は、同盟諸国の安上がりな安保体制に不満で、同盟諸国に防衛費の増加を求め続けていたが、それでも全体像として同盟諸国に得だった。 (The President of the United States Asks, ‘What’s an Ally?’) トランプは、このような同盟諸国のお得な状況を破壊している。トランプは、自由貿易体制が米国に不利益を招いていると言って、同盟諸国が無関税で米国に輸出したり、同盟諸国が中国と自由貿易協定を結ぶことに反対している。先日、米カナダメキシコの自由貿易協定であるNAFTAが改定されてUSMCAになったが、今回の重要な改定点は、カナダやメキシコが中国と自由貿易協定を結ぶことに、米国が拒否権を発動できる新体制を作ったことだ。この新体制は、今後もし日本が米国と2国間貿易協定を結ぶと、そこにも盛り込まれる。USMCAは、今後米国が世界各国と結ぶ貿易協定のモデルとなる。米国と貿易協定を結ぶ国は、米国が敵視する国との自由貿易ができなくなる。 (The balance of China, Japan, and Trump’s America Joseph S Nye) このUSMCAの新体制と、今回のトランプ政権の米中新冷戦の体制とをつなげると、同盟諸国を困窮させる未来像が見えてくる。米国との同盟関係を維持したければ、中国との貿易をあきらめろ、という二者択一の未来像だ。同盟諸国は、中国との貿易をあきらめても、米国に自由に輸出できるわけでない。対米輸出には、すでに懲罰的な関税がかけられている。メキシコとカナダは、米国とUSMCAを結ぶ際、メキシコの最低賃金上昇、カナダの乳製品輸入など、新たな対米譲歩を強いられた。 (Japan's Abe pursues China thaw as U.S-Beijing ties in deep freeze) 改定後のUSMCAは、改定前のNAFTAに比べて「米国主導」の色彩が強い。米国が北米の地域覇権国であり、中国が東アジアの地域覇権国であるという、きたるべき多極型の世界体制を先取りしているのがUSMCAだ。USMCAの東アジア版が、中国主導の貿易協定であるRCEPだ。カナダやメキシコに対する米国の支配強化が許されるのなら、東南アジアや朝鮮半島に対する中国の支配強化も許される。それがきたるべき多極型世界のおきてだ。 (China Has Already Lost This War...) 加えて今後、米国から同盟諸国への安全保障の「値上がり」も続く。日本は米国から「在日米軍に駐留し続けてほしければ、貿易で譲歩しろ」と言われ続ける。日本の官僚独裁機構(とくに外務省など)は、対米従属(「お上」との関係を担当する権限)を使って国内権力を維持し続けているので、米国からの安保値上げ要求を無限に飲んでいきそうだ。 日本では以前、対米従属と経済発展が一致していた。米国は世界最大の市場で、日本製品を自由に輸出できたし、日米安保は安上がりな軍事策だった。日本において、財界と官僚機構の利益が一致していた。だが今は、もはやそうでない。日本企業にとって最大の取引相手は中国になっている。財界は、中国と仲良くしたい。だが、官僚機構は対米従属を維持しないと権力を維持できない。米国がトランプになって、覇権放棄や日米安保の「値上げ」を言ってくるようになると、財界は安倍政権を動かして中国に擦り寄らせた。 (トランプに売られた喧嘩を受け流す日本) 安倍政権の日本は、対米従属と中国擦り寄りの間で何とかバランスをとってきたが、今後は、このバランス取りがさらに難しくなる。対米従属を維持するため、米国との2国間貿易協定を結び、トランプの新冷戦につき合って中国との関係を断ち切るのか、それとも米国との貿易協定の交渉が決裂していくのを容認し、在日米軍の撤退を看過しつつ、中国との関係を親密化していくのか、という2者択一だ。トランプは安倍に2者択一を迫る。玉虫色の曖昧な「両方取り」は許されなくなる。 (America's Iran Policy is Helping China Advance Its Vision of a Multipolar World) 今回のトランプ政権の米中新冷戦の宣言は、日本にとって絶妙なタイミングで発せられている。安倍が首相に再選され、これから中国を訪問して習近平と良い関係を結ぼうという時に、米国が「中国は敵だ。中国と仲良くする国も敵だ」と言い出した。安倍は、予定通り中国を訪問しそうだ。再選されたばかりなので、しばらく権力は低下しない。安倍(や財界や経産省)は、日本が対米従属できなくなってもかまわない前提で、中国やロシアとの関係改善を続けているように見える。北朝鮮の脅威もこれから低下し、日本は軍事的に自衛が十分可能だ。米国はバブルまみれで、いつ金融崩壊してもおかしくない。対米従属は、すでに馬鹿げた国策になっている。これまで米国債の低利回り(=米国の金融覇権)を支えてきた中国は、米国債を売り始めている。 (Warning shot? China sells US Treasury bonds amid trade war) トランプの隠れた真の目的は、米国覇権の放棄と世界の覇権体制の多極化だ。16年の大統領選以来、トランプに対するこの私の見立ては変わっておらず、私の中で確信が強まる一方だ。今回の米中新冷戦も、中国に対し、米国中心の従来体制でない、新たな多極型の世界体制をロシアなど新興諸国群と組んで急いで作ろうと思わせるための戦略だ。 (G-20 panel calls for reset of global financial system) 中国は、新冷戦によって米国から貿易や投資の関係を断絶され、短期的に経済難が加速するが、中長期には米国との断絶が、習近平が掲げている一帯一路や中国製造2025などの経済覇権戦略の実現を後押しする。習近平は、米中新冷戦を歓迎している。新冷戦で困窮するのは、中国でなく日豪カナダなど同盟諸国である。 (China embraces rather than fears a multi-polar world) 隠れ多極主義者のトランプは、安倍の日本にも早く対米自立してほしいはずだ(だから、大統領就任とともにTPPから離脱し、日豪がTPPを主導していかざるを得ないようにした)。トランプの多極化戦略によっていまや、メルケル(ドイツ)もエルドアン(トルコ)もネタニヤフ(イスラエル)もmbs(サウジ)もシシ(インド)も文在寅(韓国)も、それぞれのやり方で対米自立に向かっている。安倍がその仲間に入ってはならない理由などない。米国は、世界にとって「つき合うと得する国」から「つき合うとひどい目にあう国」に変わっている。それで世界中が、対米自立に押しやられている。トランプの多極化戦略は成功している。 (安倍とトランプの関係は終わった?) 今後米国の覇権が衰退し、中国が台頭していく時に、日本と豪州が主導するTPPが、米国と中国の間の海洋アジア太平洋地域の結束機構(地域覇権に準じるもの)として機能するのかどうかも注目点になってくる。日本と豪州がうまく連携できるかどうか、疑問もある。昨年来、安倍の日本は中国との関係をしだいに改善しているが、豪州は政権交代もあり、中国との関係がうまくいっていない。中国は豪州に「米国の新冷戦につきあうな」と警告している。日本に対しては、そのような警告が発せられていない。安倍政権が、中国との関係改善にかなり努力している(全力で擦り寄っている)ことがうかがえる。豪州では「日本に見習って、中国と関係改善すべきだ」と提案する記事まで出ている。 (AU China has issued a direct warning to Australia in a blistering new editorial) (Don't pick Donald Trump over Beijing, Chinese think tank warns) 以下、やや蛇足になるが、そんな中で、私が最近感銘を受けているのがマレーシアのマハティール首相だ。彼は先日、マレーシア当局が拘束していた中国籍のウイグル人たちを「何も悪いことをしていない」と言って釈放した。中国政府は以前から、国内西域のウイグル人を「共産主義でなくイスラム教を強く信奉している」という理由(表向きの理由はテロリスト)で弾圧し、外国に逃げている中国籍のウイグル人を強制送還してくれと、各国に圧力をかけてきた。マハティールはイスラム教徒なので、イスラム教徒だというだけで中国政府がウイグル人を弾圧するのはおかしいという意味を込めて、釈放に踏み切った。マハティールは、中国の覇権行使に対して「あっかんべー」をしている。彼は8月の首相就任直後にも、中国が覇権的な一帯一路計画の一環としてマレーシアに合弁で鉄道を作ろうとしているのに対して「政府にカネがない」といって事業をキャンセルしている。 (What Malaysia’s ‘Mahathir doctrine’ means for China-US rivalry) マハティールは若いころから、大国による植民地支配や覇権行使に反抗し続けてきた。マレーシアが英国の植民地だった時には反英・独立運動に参加し、911後に米国が単独覇権主義をふりかざしてイスラム教を敵視した時には米国を批判している。国際プロパガンダ機関からの「反ユダヤ」のレッテル貼りを乗り越えて、米ユダヤ勢力による世界支配を批判した。そして彼は今、中国がアジアの覇権国になってくると、中国を批判し始めている。 物分かりが良い=長いものにまかれろな「常識人」たちからすると、マハティールは失笑モノの偏屈な頑固じじいだろう。小国のマレーシアが、大国の中国に楯突いて得することは何もない、という「現実論」もある。だが、米国が強い時は対米従属プロパガンダに率先して洗脳され、中国が台頭すると静かに中国に擦り寄っていく世界の趨勢・日本の常識にうんざりしている者から見ると、マハティールの反骨性は、感銘と尊敬を抱かせる。
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