トランプに売られた喧嘩を受け流す日本2018年9月7日 田中 宇9月6日、米国の新聞ウォールストリートジャーナル(WSJ)の編集者ジェームス・フリーマン(James Freeman)が、トランプ大統領から電話をもらった。その朝、フリーマンがテレビ(親トランプなFOX)に出演し、トランプの税制改革と規制緩和の政策を称賛したので、それを見たトランプが上機嫌で電話してきた。その電話の中でトランプは、米国に対して貿易黒字を出している諸国を非難し、米国の貿易赤字を減らさねばならないと力説した。 (Trump Eyes a Japan Trade Fight) トランプは「北米や欧州の国々との貿易交渉が進んでいるが、それで終わりでない」という趣旨を述べ、日本を名指しして、「これまで日本の指導層との関係は良かったが、その良い関係も、日本がいくら(対米貿易黒字を穴埋めするためのお金を)払わねばならないかを私が日本に伝えた時点で終わるだろう」と語った。トランプは、すでに貿易問題でドイツやカナダに喧嘩を売り、メルケルやトルドーと激しいやり取りをしている。中国にも巨額の貿易黒字の削減を求め、一部は認められたが残りは拒絶されて貿易戦争になっている。次の標的は日本であり「オレが売った喧嘩を安倍が買って日米関係が悪化するぞ」とトランプは予告的に宣言した。 (Trump focused on trade deficit with Japan: report) (USDJPY Tumbles After Trump Hints At Japan Trade War Next) トランプはWSJのフリーマンに電話して、日本に貿易戦争を宣戦布告した。トランプは、中国に対してやったように、日本にも、具体的な金額を提示して貿易黒字の削減を求めてきそうだ。だが、私から見ると、米国が日本に無茶な要求をしても、トランプが予告した日米貿易戦争の勃発と日米関係の悪化は、たぶん起こらない。予告は「はずれ」になる。日本は、カナダやドイツと異なり、安倍も官僚機構も、米国にやり返さない。トランプに売られた喧嘩を買わず、受け流す。 (世界と日本を変えるトランプ) 日本では、国家の権力の源泉が「米国との関係(対米従属)」にある。米国の権力筋とつながった勢力が、日本の権力を握る。戦後、米権力筋とのつながりは外務省が主導する官僚機構が握り、官僚にかつがれた自民党が政界を支配していた。だが16年の大統領選で、それまで米国の権力を握っていた軍産複合体に宣戦布告した覇権放棄屋のトランプが勝ってしまい、それ以来、米国の権力の最上層部でトランプと軍産との戦いが続き、今のところトランプが優勢だ。 (日本の権力構造と在日米軍) (日本の官僚支配と沖縄米軍) 日本の外務省は軍産とのつながりだけを重視し、16年の大統領選でも軍産が支持するクリントンが勝ってトランプが負けると確信していたため、日本はトランプとのつながりがなかった。大統領選直後、この日米関係の空白を埋めるかたちで安倍首相がトランプに会いに行き、安倍は日本外務省を経由せずトランプとのつながりを確立した。日米関係において、安倍とトランプの個人的つながりが、従来の軍産と日本外務省のつながりを乗っ取って上書きする「政変」が起きた。安倍は、軍産傀儡の外務省筋を外し、代わりに経産省を重用して自分の政策を進めている。トランプは、6月の米朝首脳会談で確立した金正恩との関係が象徴するように、自分と外国首脳との個人的な関係を確立し、それを使って軍産の世界支配に対抗している。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本) (中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本) この経緯から、安倍は、トランプからいくら喧嘩を売られても、それを買うわけにいかない。安倍がトランプと喧嘩すると、それで生じた日米関係の空白を埋める形で日本外務省が入り込んできて、自民党内(もしくは野党)の安倍以外の勢力と外務省が結託して安倍を倒し、日米関係(=日本の権力)を外務省が握り直すための政変を起こしかねない。 (民主化するタイ、しない日本) トランプ陣営は、こうした日本の権力構造を把握していないかもしれない。トランプは、カナダやドイツや中国やトルコなど、先進諸国から新興市場諸国までの全世界に、理不尽な貿易戦争や、濡れ衣の経済制裁を行なって世界中の反米感情を扇動し、その力で世界が非米化して米国の覇権を衰退させるように仕向けている。日本にも、この戦略に沿って理不尽な貿易戦争を仕掛ければ、日本人が反米感情を膨張させ、日本の政治家も反米ポピュリズムに乗って権力を維持するようになり、日本が非米化して対米従属をやめるだろうと、トランプ陣営は考えているかもしれない。だが、だとしたらトランプの策略は、他の国々に対して有効でも、日本に対してだけは効果がない。 (トランプ政権の本質) 戦後、日本が高度成長を始めた1960-70年代には、ベトナム反戦運動などで米国から日本人の反米感情を扇動する動きがあり、当時の日本の若者(全共闘世代)が反米的になった。だがその後の日本の支配層は、国民の反米化を阻止することを重視した。経済大国となった日本は、自衛が十分可能になり、安保面で対米従属する必要がなくなったため、国民の反米感情が煽られると、昔より簡単に対米自立しうる。日本の権力構造が米国とのつながりに依拠しているため、日本の権力機構は、安保面で不必要になっても、対米従属に固執せねばならない。国民の洗脳が重要になっている。 (アメリカの戦略を誤解している日本人) (日本経済を自滅にみちびく対米従属) これに加えて、トランプ政権の成立後、日本では、トランプと直接つながって権力を行使する安倍と、安倍に外されて挽回を狙う外務省との間で、米国との関係の主導役(=日本の権力を握る者)をめぐる暗闘がある。この暗闘は、米国と喧嘩した方が負けになる。そのため安倍も外務省も、内心「トランプは何てことをするんだ」「もう日米同盟は終わりかも」とたじろぎつつ、表向きは平然と「日米関係はますます強固だ」と(現実と全く違うことを)言い続けている。マスコミや権威筋の中で、そのように言わない者たちは権威を失う。トランプがいくら日本の反米感情を煽ろうとしても、日本の権力に近い勢力は、いずれもそれを受け流して無視する。 (Japan is worried about its alliance with America) ▼トランプの喧嘩を買った国から順番に多極型世界へ。日本は取り残されてるのに気づかない。新たな「幕末」 8月30日に「日本すら参加しないイラン制裁」という記事を書いた。この記事の内容を、今回の記事の筋で読み直すと、日本が中国やEUのように、トランプのイラン制裁に協力しないと宣言してしまうと、それは米国と喧嘩してしまうことになる。イランの石油利権は日本にとって非常に重要なので、日本がトランプのイラン制裁に協力するのは困難だ。だが、協力しないと宣言することも、トランプと喧嘩になるのでできない。経産大臣は「民間企業の判断に任せます」とごまかし的な発言をしておくしかない。 (日本すら参加しないイラン制裁) (Japan talking ‘tenaciously’ to US on Iran oil imports) 金融分野では、8月28日の記事に書いたように、日銀の黒田総裁が、欧州や英国の中央銀行総裁と一緒に、8月末の米連銀の重要なジャクソンホール会議を「集団欠席」した。自国のことしか考えない米国勢に、欧州や英国が「もっと覇権国らしく世界のことを考えろ」と怒り、日本もその抗議行動に乗った。これは、日米間の亀裂と言えなくもないが、日本や欧州が「反米」「対米自立派」になったのでなく、逆に、米国の覇権に頼っているからこそ、米国に対し、覇権国としての自覚をもっと持てと怒ったという話だ。 (中央銀行の仲間割れ) (BOJ Bond Buying Tweak Sparks Fears Of Imminent Tapering) トランプは今春、日本を含む世界の多くの国々が米国に輸出してくる鉄鋼アルミ製品に高い関税をかけた。欧州やカナダなど多くの国の政府が、これを声高に非難したが、日本政府は「被害が少ないので問題ない」と受け流すことに全力を注いだ。トランプが安倍の顔に泥を塗っても、安倍はヘラヘラお追従笑いを崩さない。トランプと喧嘩したら終わりだからだ。日本は、カナダやドイツと違う。トランプの策略は、売られた喧嘩を買わせることが前提だ。喧嘩を買わない日本は、トランプにとってやりづらい相手だ。 (貿易戦争で世界を非米・多極化に押しやるトランプ) トランプは日本や西欧に対し「米国が同盟諸国を防衛する日米安保やNATOの体制を維持してほしいなら、要求どおり貿易黒字を減らせ。黒字の資金を使って米国から兵器を買え」と言っている。兵器を買わせるのがトランプの要求の本質だと考える人もいるが、もしそうなら、要求を飲まないならNATOを離脱するとか、在韓米軍の撤収が目標だとトランプが言うのはおかしい。これらの発言は、欧州人にNATOでなくEU軍事統合で対応しようと考えさせ、韓国人の対米自立心を扇動してしまうのでマイナスだからだ。 (Japan to Spend Billions on U.S. Missile-Defense System) 日本や他の同盟諸国の中には「トランプは無知なので貿易戦争をやっている」と言って、米国に交渉団を送り込んでトランプに説明して説得しようとする者もいる。だが、このやり方はうまくいかない。トランプは、覇権放棄という隠れた真の目的のために、わざと間違ったことを言って貿易戦争を起こしている。貿易戦争や濡れ衣経済制裁といったトランプの策略は、今後も延々と続く。 (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China) トランプの策略は、日本に対して効かないが、他の多くの国々には効果がある。「もう米国と一緒にやっていけない」「対米自立しかない」と決断した国から順番に、非米的・多極型の新世界秩序に参加していき、いずれ非米側の諸国の方が大勢になった時点で、ドル決済や米国中心の金融システムが見捨てられる傾向が加速し、米国覇権が崩れて多極化が進む。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争) 米朝が和解した6月の米朝首脳会談は、米国が日本と韓国を引き連れて北朝鮮と恒久対立していた極東(日韓)の対米従属的な安保体制の根幹を破壊した。おそらく韓国は、トランプの誘導に乗り、対米自立的な北との和解に向かう。在韓米軍がいなくなり、次は在日米軍だという話になっていく。 (韓国は米国の制止を乗り越えて北に列車を走らせるか) シリア内戦終結に際しては、イスラエルが、表向きの対米同盟と裏腹に、ロシアに接近し、ロシアがイラン・アサド・ヒズボラ・ハマスとイスラエルの間を仲裁し始めている。この動きの裏にもトランプがいる。7月の米露首脳会談の主題は、シリア内戦後のイスラエルの安全を守る役目を米国からロシアに移譲することだった。このように貿易戦争や経済制裁といった好戦面だけでなく、南北和解、中東安定化などでも、トランプの誘導に乗った国から順番に、非米的な新世界秩序の中に入っていく。好戦面では、トランプの喧嘩を買った国から多極化していく。買わない日本は取り残される。 (ロシアの中東覇権を好むイスラエル) 日本は、トランプの誘導に全く乗っていないわけでない。トランプがTPPを離脱した後、日本は豪州などと協力し、地道に米国抜きのTPP11をまとめている。TPP11は、中国圏と米国の間に位置する、日豪主導の海洋アジア圏(日豪亜)となり、日米安保体制が失われた後の日本の国際安全保障の根幹になりうる。だが、今のところ日本のTPP11の推進力は弱い。「TPPは日本(と豪州)の影響圏だ」といった見方も出てこない。外務省など官僚機構が、日米安保体制以外の選択肢を作りたくないからだろう。 (TPP11:トランプに押されて非米化する日本) 日本は、戦後の権力構造ゆえに対米従属に固執し、今まさに起きている米国覇権の退潮と多極化について、きちんと分析していないし、転換の準備もほとんどしていない。黒船が沖合まで来ているのに、無視したり、長崎に行けと言ったりしているだけの、幕末の幕藩体制みたいだ。幕藩体制の中で、安倍と外務省が暗闘しているのが今の日本だ。次の「薩長の志士」たちは今どこにいる??。まだ新たな「薩長」が誰なのかも見えてない。だが、すでに今の日本は、国是の転換が必要な「幕末」「時代遅れの旧体制」になっている。マスコミや権威ある人々は、その状態を指摘しない。気づいてない。多くの国民も呑気に構えている。 先日、日本から麻生財務相が訪中した際、中国で米国との貿易戦争に対処している劉鶴・副首相と会談し、劉鶴から「一緒に自由貿易体制を守りましょう」と提案された。これは、トランプから身勝手な貿易戦争を仕掛けられている国どうし、日中が仲良く非米化の道(相互貿易の非ドル化など)を進んでいこうという誘いだ。中国は日本に「対米従属なんか早くやめて、非米世界に入っておいでよ」と誘っている。 (China's Vice Premier Liu He says China, Japan should protect free trade) だが、すでに述べたように、日本は自分から対米従属をやめたくない。米国の覇権がいつまで続くかわからないので、その後のことを考えて中国との敵対は避けたいが、日本が中国と公然と仲良くすると、トランプから何を言われるかわからない。日本は、目立たないように中国との関係を改善していきたい。「米国から貿易戦争を仕掛けられた日中韓が非米化で結束する」という趣旨の分析記事もアジアタイムスが出しているが、日本に期待しすぎだ。日本は公然と非米化を進められない。 (Japan, South Korea keep wary eye on Trump’s war with China) 日本は、中国やロシア、北朝鮮などとの関係改善を、対米従属を維持しながら、目立たないかたちで進めざるを得ない。目立たないように進めるので、腰が引けた形になる。中国は、そんな日本でも良いと言っているようだが、ロシアや北朝鮮は、今のままの日本とは関係改善を進められないと言っている。間もなくロシアのウラジオストクで行われるプーチン主催の東方経済フォーラムに安倍首相が出席し、プーチンや習近平と会談しそうだが、プーチンと安倍の会談で北方領土問題の前進はなさそうだ。 (Kremlin says more trust-building needed for Kuriles deal with Japan) 当初、この会議に北の金正恩も出席して、安倍と正恩の初の日朝首脳会談が行われる可能性が指摘されたが、正恩は南北首脳会談の準備を優先してウラジオに来ないことになり、日朝首脳会談は行われなくなった。南北米中露日という旧6か国協議のメンバーの中で、北と和解していないのは日本だけだ。安倍政権は北と和解したいと考え、北との接触を進めたが、日米安保体制の維持のため公式な北敵視をやめられないので、北に相手にしてもらえない状態だ。米国の覇権が退潮するなか、対米従属に固執して他の道を進みたがらない日本は、しだいに周辺国から馬鹿にされる二流国になっている。 (What Kim Jong Un’s decision to skip the Eastern Economic Forum means for Russia) (Japan and North Korea held secret meeting as Shinzo Abe 'loses trust' in Donald Trump)
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