中国と和解して日豪亜を進める安倍の日本2017年7月31日 田中 宇対米従属を維持する目的で、中国敵視を維持・扇動してきた日本の安倍政権が、6月以降、中国と和解・協調しようとする(中国にすり寄る)姿勢をとり始めている。これをどうとらえるかが、今回の課題だ。 5月末、中国が北京で「一帯一路」(中国主導の国際的な新シルクロードの建設構想)の初のサミットを開き、海洋アジアから、中央アジアや中東の内陸部にかけての広範な地域で、インフラ整備事業を加速し始めた。そのため、一帯一路の事業に参画すると儲かる日本の大企業・財界が、安倍に対し、中国敵視をやめて日本企業が一帯一路に参加しやすいようにしてくれ、と圧力を強め、安倍がそれに呼応した、という側面が安倍の転換の意味のひとつだ。 (Fitting Into Beijing’s New World Order) (中国の一帯一路と中東) 米国のトランプ大統領が4月以来、米中で北朝鮮問題を解決するいう口実のもと、中国敵視策(アジア重視策)を放棄し、フロリダに習近平を招いて米中首脳会談を開いたり、米軍による南シナ海の対中威嚇策もおざなりになるなど、中国への敵視を解いた。そのため、日本だけ中国敵視を続けることが難しくなり、それが安倍の翻身につながったとの見方もできる。 (トランプの東アジア新秩序と日本) (Is China-Japan Relations Envisaging a Phase of Détente?) 中国主導の国際開発投資銀行AIIB(アジアインフラ投資銀行)に対し、関係諸国の中で(中国敵視を重視する)日米だけが加盟してこなかったが、米国が加盟を検討していると報じられる中で、日本も孤立を避けるため、AIIBへの加盟を検討しているという話を、政府筋がマスコミに流している。これも、トランプの登場によって、対米従属策の一部としての中国敵視策の有効性が大幅に低下したこととの連動を感じさせる。 (Dramatic shift in relations as Japan praises China’s Belt and Road) (Trump driving Japan and China closer) 上記の動きを見ると、安倍政権は、単に、米国が覇権放棄する半面、中国が台頭しているので、中国にすり寄り始めたようにも見える。だが私はそうでなく、もう一段深いところで、安倍は、米中のバランスをとりつつ、多極型の世界において重要になる、国際的な影響圏の設定をやろうとしていると感じられる。海洋アジア地域(日豪亜)に日本の影響圏を設定しつつ、それを持ってユーラシア大陸に影響圏を広げる中国と、対等に協調していこうとしているように見える。その一つの象徴はTPP11だ。 ▼対米自立色を強める安倍のTPP11推進 中国に対する安倍首相の態度が、敵対・冷淡から、融和・媚売りに転換したことが顕在化したのは、6月5日に東京で行われた国際交流会議の晩餐会での演説からであるとされる。この演説で安倍は、中国主導の一帯一路の構想について「洋の東西、多様な地域を結ぶ潜在力を持った構想だ」と、初めて公式に評価する発言をした。そのため、これが安倍の突然の対中すり寄りであると報じられた。その一方で安倍は、一帯一路が目指すインフラ整備に関して「透明で公正な調達によって整備され(中国に逆らう国を含む)万人が利用できるようにすることが重要だ」とも述べている。この点をとらまえて、一帯一路で中国がユーラシアに独裁的な帝国を作らぬよう、日本が参加して監視・監督するんだという対中牽制なのだから、安倍は中国敵視を変えていない、という対米従属派からの弁護・自慰も発せられている。 (国際交流会議「アジアの未来」晩餐会 安倍内閣総理大臣スピーチ) だが、私自身が6月5日の安倍演説の講演録を読んで感じたことは、上記のいずれでもない。安倍は演説の前半で、米国抜きのTPP11を成立させねばならないと、延々と力説している。米国が離脱してしまい、TPPは「道半ばであるが、私は決してあきらめない」と宣言している。そのうえで安倍は、日本が推進しているTPP11の経済圏と、中国が推進している一帯一路の経済圏を融合することを提案している。「太平洋(TPP11)とユーラシア(一帯一路)をつなぐ。それがアジアの夢だ」と言っている。安倍の「アジアの夢」という言い方は、習近平の「中国の夢」(広大なユーラシア覇権国だった昔の中国を復興する夢)という標語に引っ掛けたものに違いない。 (Japan opens the way to cooperation on China’s Belt and Road Initiative) 安倍は、日本の方が、中国よりも、透明性や公正性、環境や安全重視の点ですぐれたシステム・インフラ・経済圏を作れる経済発展の先輩なのだから、一帯一路はTPP11と融合して質を高めるべきだという「上から目線」なことを言っている。安倍は、そのような演説を発することで、一帯一路を初めて評価したことを、対中媚売りでなく見せようとしている。対米従属が難しくなる日本が不利になり、台頭する中国が有利になる国際政治の転換(多極化)が進む中で、日本が中国と対等に渡り合えるよう、TPP11と一帯一路の「対等合併」を提案し、背伸びしている。 (Did Japan Just Jump On China's Belt And Road Bandwagon?) 安倍政権は表向き、TPP11について「米国がいつでも戻ってこれるようなものにする」と言っている。TPPを主導する「お上」(覇権国)はあくまでも米国であり、日本は「お上」の一時的な不在に対処して、一兵卒が代理議長をつとめているだけだ、という態度をとっている。家の中に、殿様がいつ来ても座っていただけるよう、殿様しか座ることを許されない、家族も入れない聖域の「床の間」を用意して待っている(だが殿様は永遠に来ない)武家みたいだ。TPP11は「床の間主義」である。この日本の態度は「馬鹿だな、トランプがTPPに再加盟するはずがないじゃん」という批判を浴びている。しかし私が見るところ、馬鹿だなと言っている人々の方が、分析の浅い馬鹿である。 (TPP: With one down, can 11 stand?) (TPP, the Trade Deal Trump Killed, Is Back in Talks Without U.S.) 日本の権力上層部には、外務省を筆頭に、徹頭徹尾の対米従属で、日本の政治家が米国傀儡を脱して自立的・自律的に動こうとすると全力で邪魔して潰そうとする勢力が、いまだに非常に強い。米国が抜けたのだから、日本が(豪州も誘って)TPPの主導役をやろう、と公言してやりだすと、国内の政官界やマスゴミからスキャンダルを起こされたり、猛烈な反発を受けて潰される。だから安倍政権は、表向き「床の間主義」を堅持し、いつ殿様(米国)がTPPに戻ってきても一段高い上座に座っていただけるようなかたちにしつつ、TPPを進めている。 (TPP trade deal will continue without Trump) 実際は日本政府も、トランプがTPPに戻ってくるはずがないと気づいている。安倍は6月5日の演説で、床の間主義的なことを全く言っていない。「ご承知のようにTPPは残念ながら道半ばです。しかし私は決してあきらめません」としか言ってない。演説は、殿様がもう戻ってこないから、殿様に頼らずにTPPを進め、隣の家(中国)とすり合わせてやっていく、という趣旨だ。 (The Coming China-Japan Thaw?) これまで何度か記事にしてきたが、米国がTPPを捨てた後、日本や豪州や東南アジア諸国(亜)が、米国抜きでTPP11を進めて実現していくことは、米国が海洋アジア地域の経済覇権を放棄した後、日豪亜が、米国から自立した経済圏を形成することを意味している。TPP11を主導する日本(や豪州)は、従来の対米従属を脱し、米国から自立した海洋アジア圏の主導役(覇権国)になっていく(TPP11には、カナダメキシコチリなど米州の太平洋諸国も入っており、TPP11と海洋アジアは完全な同等でないが)。この海洋アジア圏は、中国の影響圏に隣接し、双方の調整を経て、平和裏に共存共栄していける。日本が豪州と協力して米国離脱後のTPP11を主導していくことで、米国覇権の縮小・崩壊後の多極型世界において、中国圏(朝鮮半島、台湾、南沙以西)と米国圏(グアム以東)にはさまれた、日本から、フィリピン、シンガポール、豪NZまでの、南北に細長い海洋アジア地域を影響圏として持つことができる。 (日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権) 安倍政権はTPP11を「オーシャン・イレブン(海洋アジアの11カ国)」と呼んでいる。明らかに「海洋アジア」を意識している。「海洋」を自称するのは、隣接する中国圏の中心が「内陸」の地域であり、日本が海洋アジアを持ち、中国が内陸アジアを持つという影響圏の分担を意識した感じもする。 TPPと一帯一路には地域的な重複があり、和解的に融合できるかどうか疑問もある。一帯一路には、南シナ海からマラッカ海峡、ミャンマー、スリランカ、パキスタン、ペルシャ湾、スエズ運河までの、中国が作った港などをつなぐ海洋ルート「一路」も含まれている。これは、海洋アジアの日豪亜と重なっている。日本や豪州は、海洋アジアのルートとしてインドとの関係も重視している。中国がパキスタンをテコ入れして一帯一路を進めるので、インドは中国との敵対を強めている。ここにおいては、従来の米国による中国包囲網からの流れで、日豪インドと中国が敵対する構図になり、共存共栄から程遠い。 (Countering China in Indian Ocean Proves Tall Order for Japan and India) だが、中国と日豪の利害の中核地域を改めて考えると、日豪は南北の太平洋地域であり、中国の方は、自国の内陸部からミャンマーやパキスタンまで南下する陸路の終点としてのインド洋の港湾であり、地域的に重複していない。アジアからインド洋を通って中東・欧州への航路は、中国だけでなく日本や韓国の船も使う共有ルートであり、特に相手を敵視・包囲するつもりがない限り、対立の火種にならない。インドは、中国にインド洋をとられたと怒っているが、これは従来のインドが、自国周辺の影響圏を重視せず、インド洋や近隣の諸国を大事にしてこなかったツケが出ているだけだ。インドが近隣諸国を大事にするなら、今後の展開は変わってくる。 ▼台湾のTPP11入りを中国が容認した 安倍政権は、6月5日に安倍が、TPP11(海洋アジア、日豪亜圏)と、一帯一路(大陸アジア、中国圏)を連結する構想をぶちあげた後、6月26日に、菅義偉・官房長官が「台湾を含むアジア太平洋の国や地域のTPPへの加盟を歓迎する」と記者会見で表明した。日本政府が台湾のTPP参加に歓迎の意を表したのは初めてだった。台湾側は歓喜し、ぜひ加盟したいと発表した。祭英文大統領は日本に感謝の意を表した。 (Japan welcomes Taiwan and other countries to join TPP11) 日本が台湾をTPPに誘ったことは、台湾に対する日本の従来の外交姿勢からの大きな転換だ。戦後の日本の外交戦略は、米国の軍産複合体(覇権主義勢力)に対して従属することのみを重視する対米従属で、米国が敷いた路線を外れる日本独自の外交をやることを、日本自身が異様に嫌ってきた。1970年代に米国が台湾(国民党政権)を捨てて中国(共産党政権)に急接近して以来、台湾問題は、米国と中国の間の問題であり、日本は関与しないようにしてきた。戦後の日本は、台湾の旧宗主国として独自の立場にあるが、日本はそれを全く出さず、1970年代以降、台湾に対してできるだけ冷淡に接してきた。 日本が対米従属一本槍路線に固執する原因は、敗戦後の日本の権力機構の中で、外務省に代表される官僚機構が「米国(=お上)の意志」を勝手に代弁(偽証)することで、日本の国際戦略を決める権限を奪取(詐取)し続け、国会や首相といった民主的な機構の意志に関係なく、国家の戦略を官僚が決める官僚独裁体制を維持してきたからだ。中国や台湾との関係は、戦前からの蓄積があるため、政治家が口を出しやすかった。特に70年代から、米国で親台湾の軍産複合体と、親中国なニクソンら隠れ多極主義者の暗闘が激しくなり、事態が転々とする中で、日本の政治家が日米中台の外交関係の中で、独自の動きをすることが可能になった。 たとえば、72年に対中和解したニクソンが、その後、軍産にウォーターゲート事件を起こされ、暗闘に負けて辞任し、米中国交の正常化が79年まで遅れる中で、田中角栄は、ニクソンに味方していち早く日中国交を正常化し、台湾(中華民国)を切り捨てた。だが、日本の官僚機構は、ロッキード事件を大きくして田中角栄を辞任に追い込んだ。その後も、自民党の金丸信が日本独自の北朝鮮外交を進めたところ、スキャンダルを扇動されて辞任させられた。安倍も、米国抜きのTPP11を実現し、TPP11と一帯一路をつなげるという、独自の国際戦略を顕在化したあたりから、スキャンダルの大騒ぎが起きている。 日本の政治家にとって、対米従属は、対官僚従属を意味する。外務省など官僚独裁機構は、政治家が対米従属を超える独自の外交を進めようとすると、スキャンダルを起こして潰し、民主的に選ばれた国会議員でなく、外務省や財務省といった官僚が日本の国家戦略を決定し、国会はそれを追認するだけの「全人代以下」の存在におとしめられて70年がすぎている。中国人は皆、全人代が共産党中央の追認機関だと知っているが、日本人のほとんどは、自国を官僚独裁でなく民主国家だと勘違いしている。 安倍は、TPPや対露和解模索など、外交関係の政策を推進する際に、外務省でなく、経産省を事務局として使ってきた。外務省は、安倍政権から、かなり外されている。米国を、日本が絶対服従せねばならない「殿様」に仕立て、通訳として殿様の意思を勝手に代弁することで権力を握る対米従属を使った官僚独裁の手口は、外務省が主役だ。安倍は、外務省を外して経産省に自分の外交の事務局をやらせることで、官僚独裁に対抗した独自外交をやろうとしている。経産省は、自由市場原理が蔓延し、規制緩和が進むなか、存在意義が低下しつつある、半分廃墟の官庁だ。その廃墟的な経産省を、安倍が引っ張り上げて再利用している。これは経産省の独裁でない。安倍政権の知恵である。 話を台湾に戻す。官僚独裁体制の象徴として、日本はこれまで台湾に対して冷淡だった。だが、トランプが米大統領になった後、安倍の日本は、少しずつ、だが確実に、台湾に対して親密な姿勢をとるようになっている。今年の元旦には「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」と替え、3月には、初めて副大臣級の高官(赤間二郎・総務副大臣)を台湾に公務で訪問させた。日本は、台湾を国家とみなす方向の動きを、わずかだが、とり続けている。そして、6月26日に、菅官房長官が、台湾のTPP11加盟を歓迎すると述べた。 (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本) TPP11を、日本の今後の影響圏としての海洋アジア(日豪亜)として考えると、台湾の存在は重要だ。日本とフィリピンの間の洋上にある台湾は、地理的に、日豪亜に入りうる。だが同時に台湾は、中国側の主張に基づくなら、中国の一部だ。日本もその前提に立って、台湾(中華民国)と国交断絶し、中国(中共)と「国交正常化」した。安倍が、TPPと一帯一路を融合させたいなら、中国と親密にせねばならない。安倍は、日本が台湾に接近しすぎて中国と敵対を強めることを望んでいない。日本は、中国と決定的な敵対にならないぎりぎりの範囲で、台湾に対するテコ入れを、少しずつ強めている。 中国は、軍事や外交に関して、台湾が中国に対抗した動きをすることや、そうした台湾に加担する外国勢の行為を、全力で潰そうとする。だが中国は、経済に関してだと、もう少し台湾に寛容だ。中国は、シンガポールやニュージーランドといった、東アジア(海洋アジア?)圏の、中国と国交を持つ国々が、2013-14年に、相次いで台湾と自由貿易(FTA)の協定を結ぶことを容認している。経済だけの関係なら、中国と国交を持つ近隣の国々が、台湾と経済協定を結ぶことを、中国は容認している。台湾のTPP加盟は、その延長線上に存在している。 (Taiwan-Singapore FTA) (東アジア共同体と中国覇権) 日本政府が、台湾のTPPへの加盟を歓迎したのに対し、中国政府の国務院の台湾問題広報担当官の馬曉光は、台湾がTPPに加盟するとしたら、かならず「一つの中国」の原則を守らねばならない、と述べた。台湾がTPPに加盟すること自体は「一つの中国」の原則に反することでなく、台湾がTPPに加盟することによって、TPPの他の加盟国との間に、経済でなく政治的な、外交関係に近いものが生まれるなら、それは原則を外れているので中国は許さないぞ、という発言に読み取れる。台湾がTPPに入るだけならかまわない、と中国が認めたことを意味している。 (台欲入TPP11 陸:必須遵守一中) 歴史的に見ると、台湾は、まさに海洋アジアの一部であり、明代あたりから、琉球や九州との間で、かなりの往来があった。この歴史をふまえると、今後台湾で「台湾は、日本や沖縄につならる海洋アジアの一部であり『海洋中国』だ。共産党が支配する『内陸中国』とは異なる存在(国家)だ」といった「一つの中国」から逸脱する「2つの中国論」に発展しかねない。だが、今のところ、話はそこまで発展していない。 トランプの覇権放棄策が示すように、米国がアジア(など全世界)に対する影響力を減退させている。米国は、世界の面倒を見なくなる。台湾は、今後しだいに米国に頼れなくなる。防衛力も減退する。台湾に対して米国が占めていた位置が空白になる。だが同時に、日本も対米従属を続けられなくなっており、TPP11など、米国に頼らずに日豪亜の協調を目指す流れが始まっている。この流れの中で、米国に代わって日本が、台湾に肩入れする傾向を少しずつ強めている。こうした流れを、中国がどこまで容認するのか、中国が容認しない場合、日本はそこでやめるのか、そのあたりも今後の注目点となる。 ▼自虐史観を超える日中協調の新大東亜共栄圏になるか 読者の中には、TPPに反対の人も多いだろう。TPPはもともと、米国の大企業が政府よりも強い力を持ち、対米従属なTPP加盟諸国の産業政策をねじ曲げるための、不透明な裁判機構ISDS(投資家保護条項)が盛り込まれるなど「大企業覇権体制」「大企業による世界支配」のための多国間協定だった。日豪は、米国が抜けて11カ国になってもTPPの原形を崩したくないと言っている。ISDSなど、加盟国の国家主権を踏みにじるひどい条項が盛り込まれたままのTPP11など、潰すべきだと考える人も多いだろう。 (大企業覇権としてのTPP) ISDSについて考えてみると、TPP12と11の場合で、話が大きく変わってくる。米国が入るTPP12だと、ISDSの判事は米国人ら、米国の大企業の利益を代弁する人々がISDSの判事になり、米企業の利益を増やす方向で、加盟諸国の政府の産業政策を「断罪」していく。その判決の多くは偏っており、冤罪判決を下された加盟諸国の政府は激怒するが、米国の覇権行為の一環として、いやいやながら容認する。TPP12においてISDSは、12カ国の中で突出した米国の政治力(覇権)を後ろ盾として機能する。 ところが、これがTPP11になると、11カ国の政治力が横並びになる。たとえ日本や豪州が主導役として、ISDSの組織に自国の判事を並べ、自国の企業の利益になる判決を出しても、被告側の他の加盟国は、米国が主導役の時よりも、はるかに反抗的になる。現体制の世界において、覇権国は米国だけだ。日豪は違う。そもそもISDSの判事の人選も、各国の合議制で決めることになり、日本や豪州の傀儡ばかりが並ぶ事態にならない。TPP11においてISDSは、その極悪さを大幅に減少させ、大国の企業が小国の政府を裁く場でなく、もっと善良な、各国政府間の利害調整の場になる。米国は、民間企業がロビー活動によって政策立案権を乗っ取れる非常識な体制の国なので、それがTPP12にも反映されていたが、日豪やアジア諸国は、もっと政府の権力が強い(日本は官僚独裁だし)。 TPPがどういうものになるか、12が11になっても、政府間議論の内容は相変わらず非公開で全く不透明なままだが、12と11では、運営を含めた本質の面で、かなり違ったものになると予測される。TPPと、中国主導のRCEPが大差なくなるかもしれない(RCEPも、結成に向けた議論が非常に不透明だ)。 (アジアFTAの時代へ) 安倍政権の日本が、対米従属できなくなった後のことを考えて、海洋アジア諸国との連携を強め、海洋アジア地域を影響圏として持つ「日豪亜」の体制を模索していることが、今回の安倍のTPP11の推進によって見えてきた。15年には、豪州の潜水艦を日本が受注することで日豪が安保協力を強める構想があり、それが「日豪亜」の走りだったが、潜水艦受注は、日本外務省の過剰に(意図的に)下手くそなやり方(妨害策)が「奏効」して失敗した。「日豪亜」的な話は、日本で全く報じられないので、私が「あるべきだ論」として語っていると考えている人も多そうだが、それは間違いだ。「日豪亜」は、TPP11や台湾取り込みといったかたちで、安倍政権が目立たないように進めている国際戦略である。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) この戦略に対して「日本は、平和主義の国として、帝国や覇権につながる国際的な影響圏など持つべきでない」という意見が、日本で根強い。戦後日本の平和主義や、戦前の日本への極端な全否定は、日本の政治家が自立した外交や国際的な影響圏運営をやらぬようにして、日本を対米従属一辺倒の状態に押し込み、官僚独裁を維持するための機能の一つだった。 米国が強くて善良な世界で唯一の覇権国である状態が続くなら、日本は対米従属一辺倒でも安泰だった。だが、米国の覇権は、イラク戦争とリーマン危機の後、不可逆的に衰退している。しかもトランプの米国は、覇権を自ら放棄している。価値観的にも、米国の覇権は、イラク侵攻以来、善良と正反対の、極悪な殺戮と侵略、戦争犯罪の代名詞となっている。そして、米国が廃棄・喪失した世界各地の覇権を、ロシアや中国が拾い集めて自分たちのものにしており、覇権の多極化が進んでいる。 日本の左翼やリベラルの人々の中には、一帯一路に代表される中国の覇権拡大を称賛する一方で、日本がやろうとしている海洋アジア的な政策、TPP11や「日豪亜」を良くないことと考える向きが強い。戦前に「侵略戦争」をした日本は、国際的な影響圏を持つと、また「極悪」な支配をやるからダメだという考え方(自虐史観)だ。だが、これと対照的に、米国のリベラル主義に基づく考え方だと、共産党独裁の中国は民主主義でなく、人権も重視しないので、中国の覇権拡大の方が許されるべきでないものになる。この対称性は、あるべきだ論に固執することの間抜けさを示している。米国のネオコンなどは、人権や民主擁護のあるべきだ論をふりまわし、政権転覆の侵略戦争をやっている。 現実論で見ると、中国は、日本がTPP11を主導することに反対していない。その一方で、日本が「日豪亜」を推進しないなら、いずれ中国が海洋アジアまでも覇権下に入れることになる。安倍が、日本主導のTPP11と、中国主導の一帯一路の融合を提案したことに対し、中国は、反対していないものの、慎重な姿勢をとっている。安倍は7月に東京で日中韓の首脳会談をしようと6月に提案したが、中国に断られている(日中韓なので、テーマは海洋アジアとか一帯一路でなく、中国が断った表向きの理由も米軍の迎撃ミサイルの配備を韓国が容認しているからだった。だが、安倍の対中接近を中国が断った感じはする)。日中韓のサミットは来年まで延期された。 (China talks with South Korea, Japan a no-go due to THAAD) 中国に断られたものの、安倍が急いで日中韓サミットを開きたがったことは、安倍が対中和解を急いでいることを感じさせる。中国は日本に対し、2005年から、日中協調でアジアの安定化を進めようと提案していたが、対米従属一辺倒路線に固執する日本側が拒否したため、中国は日本との協調に見切りをつけ、自国だけでアジアの地域覇権国になる道を歩んできた。 (短かった対中対話の春) 中国の台頭(地域覇権拡大)が軌道に乗る一方、対米従属が行き詰まる日本は縮小傾向だ。中国にとって、もう日本と組む必要などなくなった、とも考えられる。だが、日本(日豪)が海洋アジアの面倒を見て、中国が大陸アジアの面倒を見るという役割分担は、アジアの地域覇権拡大の負担が大きくなっている中国にとって、覇権運営を安上がりにする方法でもある。中国は、TPP11と一帯一路を融合しようという安倍の提案を、受け入れそうな感じもする。かつての大東亜共栄圏のうち、南洋を日本(日豪)が担当し、残りは中国が担当するかたちになる。 中国が、安倍の提案を受け入れると、日本が今の憲法を改定する可能性が減る。平和憲法を捨てて、もっと好戦的な憲法に変えろという圧力は、米国の軍産複合体からのものであり、米国が覇権を弱める今後は、改憲の必要性が低下する。中国や海洋アジア諸国は、日本が好戦的な憲法を持つことを望んでいない。日本国民の多くも、改憲に反対している。 (Japanese faced with little alternative to a leader losing momentum)
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