トランプの東アジア新秩序と日本2017年4月18日 田中 宇この記事は「トランプの見事な米中協調の北朝鮮抑止策」の続きです。 前回の記事で、4月6日の米中首脳会談以来の、米中協調で北朝鮮に核兵器開発をやめろと圧力をかける戦略が、史上初の画期的なものであることを書いた。北朝鮮に対する米国と中国の姿勢は、終戦直後の北朝鮮建国から冷戦終結まで、米国が北の敵、中国が北の同盟国という敵対関係だった。冷戦後、米国はまず90年代に北を宥和し(軽水炉を与える代わりに核開発をやめさせ)ようとして失敗(米側の軍産が反対)した。01年以降は、米国が北敵視一辺倒で、中国に「北に圧力をかけろ」と要求したが、中国が消極的で事態が進展しない状態が続いてきた。 (McMaster Warns North Korea’s Behavior ‘Can’t Continue’) 北の核保有は、中国にとっても大きな迷惑だ。それなのに、中国が、米国の要求を容れて北に圧力をかけることをいやがった大きな理由は、米国が北朝鮮の核兵器と開発施設に関して「CVID」(完全かつ検証可能、不可逆的な撤去、complete, varifiable and irreversible dismantlement)を要求していたからだ。CVIDは厳密にやると、実現不能な要求だ。CVIDは、03年のイラク侵攻の前にイラクのフセイン政権が米英(国連、国際社会)から仕掛けられた罠でもある。 当時のイラクは、米英から求められるままに大量破壊兵器を差し出したり兵器製造設備を破棄したりしたが、そのたびに「まだ持っているはずだ。完全かつ検証可能になってない。今後の開発が可能なので不可逆的じゃない」と言いがかりをつけられ、最後には軍事的にほとんど丸裸にされた上で米軍に侵攻され、簡単に政権転覆され、内戦状態のなか50万人以上の市民が殺された。リビアのカダフィ政権も、核開発施設を放棄した挙句、政権転覆され国家崩壊している。イランも、オバマに許されるまで、ずっと米国から「こっそり核兵器開発しているはずだ。許さない」と言われ続けた。 CVIDは、米英が敵視する国につける因縁、濡れ衣だ。正直に応じるとイラクやリビアのように国を潰され、大勢の人々が無意味に殺される。CVIDを使った国家潰しは、戦争犯罪を捏造する、より大きな戦争犯罪だ。これまでの米英は、暴力団やヤクザと同質の、極悪で巧妙な「ならずもの覇権国」だった(昨年来の英国のEU離脱と米国のトランプ化で、今後しだいに事態が変質していきそうだが)。 中国は、経済(貿易)面で北の手綱を握っている。だが、米国が中国を敵視している限り、中国が米国の要求に応じて北に圧力をかけて核開発をやめさせても、米国はCVIDを適用し「北はまだ核を隠し持っているはずだ」「中国は北の核隠匿を黙認している」と言い続け、北に圧力をかけた中国が、逆に悪者扱いされかねない。米国が中国敵視とCVIDへのこだわりをやめない限り、中国は北核問題をめぐる米国提案の解決策に乗れない。 米国が掲げたCVIDは、北の核に対する中国の姿勢を消極的なものにしたが、半面、北自身はCVIDに対し、逆方向に積極的になることで対応した。米国のCVID要求に従ってしまうと国を潰されるが、「CVIDを受け入れると不当に潰されるので断固拒否する」「極悪の米国に対する自衛力が必要だ」と言って核兵器や長距離ミサイルを全力で開発し、米本土に核弾頭を撃ち込む軍事力をつければ、米国に対する核抑止力が生まれ、米国は何も言えなくなる。この論理で、北は、米国から転覆すべき「悪の枢軸」に指定された後、核兵器と長距離ミサイルの開発を急ぎ、5回の核実験を実施した。今や米国自身が、北が米本土に届く核ミサイルを持つのは時間の問題だと認めている。 (02年にブッシュ政権から「悪の枢軸」に指定されたイラク、北朝鮮、イランの3か国は、米国のCVIDに対し、それぞれ異なる対応をしている。イランは、核兵器開発をしないが似て非なる民生用原子力開発を旺盛に進めるやり方で反抗的な態度をとり続け、最終的にオバマの米国と核協定を結んだ) 北朝鮮の核ミサイル開発の進展を見て、米政界では昨年来、CVIDへのこだわりを捨て、現実的に北の核に対処すべきだという議論が出ている。米国がCVIDを条件とせず、中国敵視もやめて、米中が協調的な信頼関係を築いた上で、米中が一緒に北に圧力をかければ、北が核ミサイル開発をやめる可能性がぐんと増す。中国は、米国がCVIDと中国敵視をやめれば、北に圧力をかけても良いと考えてきた。4月6日に米中首脳が会談で何を話したかわからないが、その後の展開から推測して、トランプは習近平に、一緒に北に圧力をかけようと提案したはずだ。この提案に対し、習近平はCVIDをどうするか尋ね、トランプはCVIDにこだわらないと答えたはずだ。トランプは、もう中国を敵視しないとも言ったはずだ。それらの言質を与えなければ、中国は提案に乗ってこないからだ。 (Trump’s Art of the China Deal) 4月6日の米中首脳会談後、米中間の貿易紛争の火種も消された。トランプは中国に為替不正操作のレッテルを貼るのをやめたと発表し、中国は米国牛肉の狂牛病絡みの03年からの輸入禁止令を解き、米国の金融機関に対して中国市場をもっと開放する方針も打ち出した。牛肉と金融の開放は、中国にとって対米譲歩しやすい分野だ。米中は、貿易分野で相互に目に見える歩み寄りをやってみせた。 (China Offers "Concessions" To Avoid Trade War As Trump Readies Anti-Dumping Probe) (China to lift 13-year beef ban) 4月6日の首脳会談で構築され、4月15日の北核実験延期で最初の成果を上げた今回の米中協調体制が、今後もずっと続くとは限らない。マスコミは、今回の米中協調体制を、画期的なものとして喧伝していない。トランプ政権も、新たな米中協調について多くを語らないようにしている。軍産から批判されて潰されたくないからだろう。トランプはCVIDを放棄したようだが、好戦派が席巻する米議会は、今後話が具体的になっていくと、CVIDの放棄に強く抵抗するだろう。「CVIDの放棄は、北が核兵器を隠し持つのを黙認することになる。それはダメだ」という主張と、「非現実的なCVIDにこだわると、北が米本土に核ミサイルを撃ち込むまで事態が放置される。それはダメだ」という主張がぶつかる。 (Donald Trump says China is working with the US over North Korea) 米国だけでは、この堂々めぐりの議論になるが、そこに中国が絡むと「北が米本土に核ミサイルを撃ち込まないよう、経済面で北の手綱を握っている中国に抑止してもらう」という案が出てくる。これに「中国が北を抑止しきれない場合、米国が北の核施設を先制攻撃する」という話が付け加わると、すでにトランプが宣言している今の戦略になる。トランプが大統領である限り、今回確立した米中協調体制が続く。トランプの任期内に北が核開発をやめると宣言し、米朝や南北が敵対を緩和するところまで行けば、米中協調は確定的なものになる。うまくいけば、今回の米中新体制は、東アジアの国際秩序を大転換していく。 (Pentagon Denies Reports US May Attack North Korea Over Nuclear Test Plans) 今回の米中新体制は、習近平にとっても都合が良い。彼は、5年に一度の中国共産党の政権見直しの時期に入っており、党内からの信任を高めておかねばならない。中国経済は難渋している。そんな中で、習近平がトランプとの協力関係を固め、米中協調で朝鮮半島問題が解決でき、米中貿易紛争も回避できるなら、習近平は党内での権威を維持もしくは拡大できる。トウ小平が2期10年と定めた主席の任期(習近平は23年まで)を延長し、習近平がトウ小平を超えることすら射程に入ってくる。今回構築されたトランプとの良い関係を、習近平の方から壊すことはない。 ▼いずれ中国の影響圏が対馬海峡まで南下してくる もし米国が中国敵視やCVIDに戻らず、北が核兵器を(一部は隠しつつ)放棄し、それを米中が問題解決とみなすと、米朝、南北が敵対をやめ、朝鮮戦争が60年ぶりに正式に終戦し、在韓米軍が撤退する。そこまでうまく進むのか、どこかで途中で頓挫するのか、短期的にはわからないが、長期的にはいずれそこまで進む。在韓米軍の撤退によって、韓国の安保における米国の重要度が下がり、中国の重要性が高まる。 (How to Structure a Deal With North Korea) 北朝鮮は、経済的に自活できないくせに突っ張って「自主独立」を掲げ、中国の傘下に入る印象がつくのを拒み続けるだろう。そうしないと国内的に、独裁政権の権威を維持しにくくなるからだ。中国も、北の政権崩壊を好まないので、北のわがままな突っ張りをあるていど黙認し続けるだろう。朝鮮半島は、南北ともに中国の影響圏に入る。この地域の中国の影響圏の端は、38度線から対馬海峡へと移動する。 (It's time for America to cut South Korea loose: Washington Post opinion By Doug Bandow) 朝鮮半島は、近代の始まり(アヘン戦争、明治維新)まで中国の属国(冊封下)だったが、その後日本に占領され、戦後は北が中国、南が米国の影響圏になり、冷戦後はいったん北が中国の影響圏からも出て「ならず者」的に自活しようとして、その結果、今の北核問題が起きている。今後、北核問題がトランプ式に解決されると、南北朝鮮は、全体的に中国の傘下に入り、前近代の状態に戻る。 (トランプ式でなく、90年代末のビルクリントン式が実現していたら、日韓が北の面倒を見つつ、朝鮮半島全体が米国の傘下に入る展開になっていただろうが、歴史はそうならなかった) これまで日本と韓国は、米国の同盟国という点で国際政治的に一応の仲間だったが、それはいずれ終わる。韓国は中国圏(対中従属)に移行する。日本は、米国が強い間は対米従属を続けられるが、今回トランプが北核危機を口実に始めた地政学的な米中協調(=多極化)が進み、きたるべき金融危機などを経て米国覇権が失墜すると、日本は米国の影響圏から切り離され、多極型世界において、中国圏にも米国圏にも属さない存在になる。 この状態は、どこかで見たことがある。そう。90年代後半に騒がれた、米国際政治学者サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」で描かれた未来の世界地図において、日本が、中華文明にも欧米文明にも属さない「孤立文明」として描かれていたことだ(韓国はすでに中華圏に入れられていた)。永遠の対米従属しか眼中になかった日本の官僚や知識人たちは、江戸時代の鎖国さながらの孤立文明のレッテルを見て驚き、欧米文明に入れてくれとわめき、ハンチントンに修正を要求した。 (文明の衝突の世界地図) ▼中国を台頭させるトランプは同時に、日本に日豪亜をけしかけている 当時は、日本が世界の中で、自国だけで文明圏を形成する構図など想像できなかった。今も、多くの人にとっては想像外だろう。しかし、私の記事の精読者は、ある構図が思い当たるはずだ。それは「日豪亜」である。(これを全否定する人は、かつての私の「隠れ多極主義」と同様、また田中宇が妄想していると思うだろうが) (見えてきた日本の新たな姿) 日豪亜は、戦前の日本が自国の影響圏として設定した地域のうち「南方(南洋)」の部分である。今回、北の問題を解決していくことで中国の影響圏がいずれ対馬海峡まで南下し、いずれ実現する日露和解による北方領土(国後・択捉)の喪失の確定と合わせ、かつての「北方」部分は、二度と日本の影響圏にならないことが確定する(中国が自滅しない限り)。しかし、南方は残っている。今後の日豪亜は、日本の露骨な支配地域として設定された戦前の南方戦略と異なり、域内の諸国が対等な関係を標榜するものになる(それしかありえない)。 ハンチントンの世界地図において「日豪亜」の領域は、フィリピンが欧米文明(キリスト教、元米国植民地)と中華文明(フィリピン人の3割は祖先が中国人)、イスラム圏(ミンダナオ)の3つのまだらになっている。インドネシアやマレーシアはイスラム圏、ベトナムは中華圏、タイやラオス、カンボジア、ミャンマーは仏教圏、豪州とNZは欧米文明に入っている。このうちいくつかは、現在の実際の政治的な影響圏区分と大きく異なっている。 (文明の衝突の世界地図) 東南アジアで中国の影響が最も強いのは、ベトナムでなく、ラオス、カンボジア、ミャンマーだ。これらの3か国は中国の属国と呼んでよい状態にある(本人たちは否定するだろうが)。半面、ベトナムは、中国からの影響力の増大に対抗したいので、むしろ日豪亜を希求する存在だ。インドネシアとマレーシアは、イスラム圏だが、中東のイスラム諸国と政治風土が大きく異なる。両国は、経済を華人が握る傾向が強く、今後米国が衰退し、中国の影響が大きくなることを両国の民族系上層部が懸念している。彼らは「中国以外の影響力」の存在を望んでいる。日豪亜は、まさにその需要を満たせる。 (フィリピンの対米自立) フィリピンは、ドテルテ政権になって、それまでの対米従属を荒っぽく捨てて、中国にすり寄る大転向をした。だがその後、南シナ海のサンゴ礁や経済水域をめぐり、ドテルテがナショナリズムを扇動する動きをして、中国との対立に逆戻りしている。しかし、トランプの米国は、米中協調の北核問題解決を最優先にしており、米国がフィリピンを再度傘下に入れて中国と敵対するようなことをしたくない。ドテルテは、親中国だが、領海紛争や経済開発では、中国以外の勢力の助けがあった方が良い感じだ。ここにも、日豪亜の存在が求められる政治的需要がある。 (Philippines Duterte reassures China over sea order) (Rodrigo Duterte Orders Fortification of All Philippine-Held South China Sea Islands) (Duterte Is Under Pressure to End the Philippines-China Honeymoon) 日本は昨年末、安倍首相が外国首脳として初めてドテルテのもとを訪問し、経済軍事支援を拡大している。すでに日本は「日豪亜」的な動きをフィリピンに対してやっており、ドテルテも日本などの隠然とした後ろ盾があるので、心おきなく領海問題で中国に楯突ける。フィリピンと同じ構図が、台湾にもあてはまる。日本が最近、台湾を外交面で目立たないように後押しを強め、どうやら軍事的にも潜水艦開発などで台湾へのテコ入れを隠然と強めそうな感じを出しているのは、日豪亜的な動きである。 (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本) (Taiwan Needs Submarines) 豪州とNZは、米英の同盟国であるが、経済的な理由から、中国と敵対したくないとも考えている。トランプ政権ができて自由貿易体制を否定した後、豪NZは、米国から離れるそぶりも見せている。英国やEUは、自分たちの将来像を固めるのが先決で世界戦略が二の次になっており、欧米としての団結力が低下している。長期的に米国覇権が衰退し、中国がさらに台頭してくると、豪NZは、中国と渡り合うために、既存の旧英連邦とか欧米の世界的な枠組みでない、新たな地域的な国際連携が必要になる。ここにも日豪亜のニーズが転がっている。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) もしかすると、ハンチントン(や米国の覇権運営者たち)は90年代から、冷戦後の覇権の多極化傾向を見据え、きたるべき多極型世界における米国圏(軍産NATOの横やりで、欧州や豪NZを含む欧米文明圏として設定)と中国圏の間に、日本の影響圏を設定したかったのかもしれない。だが、日本を支配する官僚機構は、対米従属に固執できるようにするため、日本が地理的な国際影響力を持つことを断固拒否してきた。その結果「文明の衝突」における日本の影響圏は、日本一国だけの孤立文明として制定されたと考えられる。どうせ中国圏でも米国圏でもない地域として孤立させられるなら、日本一国だけで孤立するのでなく、似た境遇の東南アジア諸国や豪州なども誘って「日豪亜」にした方が、はるかに良い。AIIBは中国主導、ADBは日豪亜主導の開発銀行になり、相互に協力できる。 (日豪は太平洋の第3極になるか) トランプは、今回、北核問題を使って米中協調体制を構築する前に、日本に対し、台湾やフィリピンのめんどうをもっと見るよう、けしかけたふしがある。そうでなければ、対米従属一本槍の日本が、台湾との外交関係を格上げしたり、反米親中な変人ドテルテに接近したりしない。 (No ceremony for Japan office in Taipei renaming) 米中協調体制は、アジアの多極化を加速する。日本や豪州が何もしなければ、中国は、日豪亜の予定海域をすべて併呑し、米国圏と中国圏が隣接する世界構造にする。その場合、日本や豪州は国際的に窒息させられ、今よりさらに影響力が低下し、今よりもっと台頭する中国に、好き勝手にしてやられるようになる。対米従属一本槍は、日本や豪州にとって、自滅的、売国奴的な戦略になっている。中国と敵対するのでなく、こちら側も海洋アジア諸国で結束したうえで、中国と仲良くするのがよい。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |