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台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本

2017年3月29日   田中 宇

 3月25日、日本政府の赤間二郎・総務副大臣が、公務で台湾を訪問した(日本側が開く食品・観光イベントの開幕式に出席)。副大臣級の日本政府要人が台湾を公務で訪問したのは、対米従属の日本が、米中関係好転(ニクソン訪中、上海コミュニケ)を受け、1972年に中国(中華人民共和国)と国交を締結するため台湾(中華民国)と国交断絶して以来、初めてだった。 (日本總務副大臣赤間二郎訪台  台日斷交後位階最高) (Japan to send highest leel official to Taiwan in 45 years

 今年の元旦には、国交のない台湾との関係における、日本側の、台湾との関係の公的な窓口(大使館に準じるもの)である公益財団法人の「交流協会」が、「日本台湾交流協会」に名称変更している。台湾側も、対日関係の代表部だった「亜東関係協会」を、早ければ4月までに「台湾日本交流協会」に名称変更することを、台湾の外相が議会(立法院)で明らかにしている。 (亞東關係協會更名 台灣日本關係協會

 交流協会は、72年に日本が中国(北京政府)と国交するために中華民国との国交を一方的に断絶した後、その後の日台(日華)の関係を担当する機関として作られたが、日本側が「日台関係協会」」という名称を希望したのに対し、台湾(中華民国)側は、共産党政権を認めず中国大陸全土の支配権を主張する中華民国の国名を冠した「日華関係協会」という名称にこだわって「日台関係協会」の名前を拒否した結果、日台も日華もつかない、単なる「交流協会」という、誰と誰が交流する機関なのかわからない奇妙な名称がつけられ、40年以上使われてきた。 (日本台湾交流協会、名称変更で台日関係のさらなる発展を

 台湾では90年代の民主化の結果、国民党の一党独裁が崩れ、国民党が持っていた、中国大陸全土を支配する権利があるという建前・幻想も相対化された。国民党と並ぶ台湾の大型政党になった民主進歩党(民進党)は、台湾(中華民国)が領有する地域は台湾島とその周辺の島嶼のみで、台湾は中国大陸と異なる国家・領域なのだという「台湾独立」の姿勢をとった(国民党で一党独裁時代の最後の権力者だった李登輝も独立派だった)。「共産党と国民党が一つの中国を奪い合った結果、共産党が勝って台湾島を含む中国全土を支配する」というシナリオに50年以上固執してきた北京政府は台湾独立の考え方に猛反発し、威嚇した。台湾の世論が「民進党の台湾独立の姿勢は北京政府との対立を扇動して危険だ」と考える方に傾いたため、最近の民進党(現在の蔡英文政権)は姿勢を曖昧にしている。だが北京政府は、民進党がいまだに台湾独立を目標にしていると考えている。 (台湾選挙:李登輝辞任のいきさつ

 民進党は、2000-08年に陳水扁政権として、初めて台湾の政権をとった。すでに書いたように、かつての国民党が「中華民国」にこだわって「台湾」の名称を嫌い、「日台協会」でなく「日華協会」にしてほしいと言って、中共に配慮した日本側に断られたが、陳水扁以降の民進党の台湾は、逆に「日華」でなく「日台」にしてほしいという基本姿勢になった(具体的に陳水扁政権が日本政府に協会の名称変更を要請したかどうか、私は知らない)。この20年ほどの台湾独立運動に対し、米国は、全体としてみると、迷惑がっている。台湾の民主化を歓迎しつつ、中共との関係を一定以上悪化させたくない感じだ。対米従属以外の外交政策を持ちたがらない日本政府は、台湾独立を支持して米国の対中姿勢を超えて日本が中国と敵対してしまうことをいやがり、台湾の政治変化に呼応せず無視し続けた。 (台湾の選挙と独立

 そのような日台の歴史を見ると、今回、日本側が、台湾から要請されたのでなく自発的に、名無しの権兵衛な「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」に変更したことが、国際政治的に画期的なことであると理解できる。台湾民進党の蔡英文政権は、日本側の協会名称変更に大喜びし、すでに書いたように、台湾側の協会の名称も変えることにしたが、それを決めるまでに3か月かかっている。この時間差からは、昨年末に日本側が台湾に全く相談せず名称変更を決定し、その決定を受けて台湾側が動き出した感じを受ける。日本の対中国政策が、喧伝されないかたちで、年末(トランプ当選)から最近にかけての間に、大きく変化したことがうかがえる。北京政府は、日本の協会の名称変更に抗議したが、それ以上の制裁などはやっていない。 (台日友好已朗朗上口 蔡英文:對日關係是重點

 副大臣級の国交断絶後初めての公務での台湾訪問、日台の事実上の大使館の名称を台湾独立運動に沿うかたちで突如変更したこと。いずれも、日本が、従来の「対米従属の一環としての、米国と歩調を合わせた中国敵視」から一歩すすみ、日本が独自に中国と対立することをいとわない形で、台湾の独立傾向を支持し始めていると感じられる。 (多極化への捨て駒にされる日本

▼日本が台湾に潜水艦技術を供与する?

 これらに加えて、もうひとつ、やや曖昧であるが、長期的に最も大きな意味を持ちそうな新たな動きが日台間で始まっている。それは、日本から台湾への軍事支援の可能性だ。台湾の蔡英文大統領(総統)は3月21日、軍の潜水艦を10年計画で独自開発していくと発表した。1200-3千トン級のディーゼル潜水艦を国産で作るという。だが現在の台湾は、潜水艦の技術をほとんど何も持っていない。潜水艦は軍の装備の中で最も高度な技術を必要とする分野で、ゼロからの開発と建造を10年で行うのは無理だ。ディーゼル潜水艦の技術は、日本や独仏オランダ、ロシアなどが持っており、台湾は以前から、いずれかの国から潜水艦もしくは建造技術を購入したがっているが、中国の反対を受け、どこも台湾に売りたがらない。 (Taiwan Has to Build its Own Submarines Because Nobody Is Willing to Anger China) (Taiwan to Build Own Attack Submarines Within Next 10 Years

 台湾海軍は現在、4隻の潜水艦を持っているが、そのうちの2隻は、第二次大戦中に米国が建造した潜水艦を、米中国交正常化前の70年代に米国から売ってもらったもので、建造後70年以上たっており、ほとんど使い物にならない。残りの2隻は、80年代にオランダから購入したもので、中国がオランダに外交圧力をかけた結果、オランダがそれ以上の受注を拒否している。台湾は、中国に対する防衛力として最も有効な手段である潜水艦を増強したいが、海外からの購入は不可能だ。蔡英文自身が、海外からの購入は失敗していると認めている。 (Zwaardvis-class submarine - Wikipedia) (USS Cutlass (SS-478) - Wikipedia) (USS Tusk (SS-426) - Wikipedia

 その一方で、自前の開発もハードルが高すぎて無理だ。蔡英文は自前の開発を発表したが、実は日本からの技術供与を秘密裏に進めようとしている可能性がある。台湾の新聞によると、民進党の上層部は、日本から潜水艦の開発技術で指導を受けることや、米国が中国の黙認のもとで毎年台湾に売却する武器の中に、日本から米国が買った潜水艦を台湾に転売する分を入れてもらうことを検討しているという。米国は1950年以来、原子力潜水艦しか作っておらず、台湾がほしい近海防衛用のディーゼル潜水艦を作っていない。 (亞東關係協會更名 台灣日本關係協會

 少し前までなら、日本が潜水艦技術を台湾に売るはずがない、台湾が一方的に望んでいるだけで実現不能、ということで終わりだったが、最近の日本政府の台湾への接近を考えると、蔡英文が潜水艦の独自開発を発表したのは、実のところ日本が秘密裏に(いずれ公然と)台湾に潜水艦技術を供与することを意味しているのでないかと勘ぐれる。台湾が開発しようとしている3千トン以下の潜水艦は、日本が豪州など海外に輸出しようとしてきた2900トンの「そうりゅう級」と大きさが合致している。加えて台湾は、戦闘機の独自開発も始めており、これまた高度な技術の分野だけに、日本との関係が疑われる。 (Taiwan President Announces Start of Domestic Submarine Program) (Japanese lawmaker calls for stronger ties between Japan, Taiwan

 日本から外国への潜水艦技術の輸出と聞いてピンとくるのは、昨年春、日本が豪州に潜水艦を輸出しようとしたが、豪州側が日本の国際政治戦略に不安を感じ、最重要の軍事技術分野である潜水艦で日本と組むことを躊躇し、フランスに発注してしまったことだ。米国と中国の両方とうまく協調していきたい豪州は、日本が対米従属一辺倒で、その一環で中国を敵視しすぎることを懸念した。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (日豪は太平洋の第3極になるか

 日本が豪州に潜水艦技術を輸出していたら、日本と豪州の間の軍事や諜報の協調関係が強化され、日本にとっても、対米従属一辺倒からの離脱の始まりになりえた。日本が、日豪の間の領域に存在するフィリピンやベトナム、シンガポールなどとの間で、安全保障・軍事面の関係を強化しようとしていることと合わせ、米国覇権の低下が顕在化した場合、日本からフィリピン、シンガポール、豪州にかけての「海洋アジア」を、いずれ日本が自国の影響圏として考えるようになるのでないかと分析した。私はこれを「日豪亜同盟」と名づけたが、それは、中国の影響圏(第一列島線以西)と、米国の影響圏(第二列島線以東)の間にすっぽりと入り、地理的にちょうどよい。あとは日本のやる気だけだった。 (見えてきた日本の新たな姿

 その記事を書いた後、豪州は日本への潜水艦発注を見送り、私は「潜水艦とともに消えた日豪亜同盟」と題する記事を書いた。日本が豪州から潜水艦を受注できなかったのは、対米従属一辺倒の日本外務省などが、意図的に下手くそな受注活動をやった結果とも疑われ、あいつら隠然独裁勢力のせいで日本は徹頭徹尾の対米従属から一歩も出られないのかと落胆した。だが、昨秋に米国でトランプが当選し、状況が変わり始めた。太平洋地域の米国の経済覇権の新たな中心となるはずだったTPPを、トランプは大統領就任の初日に離脱宣言した。TPPを新たな対米従属の道具とみなし、国益を投げ出してTPPを積極推進していた日本の対米従属勢力の敗北となった。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟

▼米国覇権衰退に備えて日豪亜を推進するか

 安倍首相が急いでトランプにすり寄ったが、どうやら安倍は、対米(軍産)従属から、軍産複合体を潰したい対トランプへの従属へと転換したようだと感じられた。その後、安倍政権の日本が、台湾との関係する協会の名称変更や、副大臣級の台湾訪問を挙行した。 (従属先を軍産からトランプに替えた日本

 トランプは、大統領当選後の昨年12月3日に、台湾の蔡英文大統領(総統)と電話会談している。しかもトランプは同時期に、中国が米国を有利にする貿易交渉に応じない場合「一つの中国」の原則を承認しないという立場を表明した。米台(米華)が国交を断絶した79年以来、米国の大統領(当選者)が台湾の大統領と話をするのはトランプが初めてだったし「一つの中国」の原則を認めないと言い放った大統領も初めてだった。安倍政権の日本は、こうしたトランプの言動の直後に、台湾との交流協会の名称を変える動きに入っている。トランプが安倍に、中国に対抗するため台湾に接近してほしいと頼んだ可能性がある。 (見えてきたトランプの対中国戦略

 興味深いのは、その後の日本の動きだ。今年に入り、大統領就任後、トランプは、2月10日に習近平と初の電話会談を行い、その場で「一つの中国」の原則を承認した。電話会談の最大のテーマが北朝鮮の核問題で、中国が北からの石炭輸入を止める経済制裁を発動することになったが、おそらくその条件として習近平はトランプに、一つの中国を認めないかもと言ったのを撤回し、一つの中国を認めると明言してくれと求めたのだろう。 (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ

 トランプは、北朝鮮問題を中国に進めてもらうため、いったん好意を見せた台湾を見捨てた。だが日本は、その後も台湾への接近を続け、3月25日に日華断交後初の副大臣級の公務訪問に踏み切っている。明らかに、対米従属の策でない。トランプが安倍に、中国が台湾を強制併合しないようにする策を、米国が台湾を見捨てざるを得なくなったあとも日本がやり続けてくれと頼み、安倍がそれを了承した観がある。

 トランプが選んだ駐中国大使は、中国との関係を大事にしてきたアイオワ州知事のテリー・ブランスタッドだ(まだ議会承認されていない。4月初めの習近平の訪米後になるかも)。トランプは、いずれ中国と貿易で合意し、北朝鮮問題も米中が協力して解決し、中国敵視をやめて中国と協調してしまうかもしれない。そうならず米中対立が維持されるかもしれないが、米中和解の可能性もかなりある。こんな状況下で、従来の対米従属一本槍の日本なら、当然、トランプが台湾を見捨てて一つの中国を承認した時点で、それ以上台湾への深入りはしないはずだ。台湾との関係を強化すると、その分、中国との対立が深まる。その状態で米国が中国と和解すると、日本は米中両方から疎遠にされ、対米従属を維持しにくくなる。 (見えてきたトランプの対中国戦略

 だが今の日本は、そんな懸念を無視し、トランプが台湾を見捨てた後に、副大臣級を台湾に公式訪問させ、台湾を国家として認めるかのような方向に一歩進んでいる。日本は、対米従属一本槍でなくなっている。これは、トランプが米国覇権を放棄しようとしていることと、方向的に呼応している。対米従属が難しくなる以上、日本は外交的に自立していかざるを得ない。その一歩として、日本の影響圏に入りうる、かつての植民地でもある台湾に接近していると見ることができる。 (Why strengthening the Taiwan-Japan alliance makes perfect sense

 台湾は地理的に、「日豪亜」と中国の影響圏の境界線に接している。台湾は、中国の影響圏(中国側が国内と主張する領域)の東端である「第一列島線」の内側にあり、その意味では完全に中国の影響圏であり、日本が手を出すべき領域(第一列島線と第二列島線の間)でない。その台湾に対し、日本が最近「手を出す」と言い切れるかどうかという感じの、微妙な接近をしている。これは、安倍政権の日本が、再び「日豪亜」的なものを志向しているのでないかと感じられる。安倍首相は年末に、フィリピンや豪州を歴訪し、安全保障や経済の話をして回っている。 (2つの列島線の地図) (消えゆく中国包囲網

 台湾は昨年から、中国以外の近隣の国々との経済関係を強化する「新南向政策」を始めている。東南アジアや豪州、ニュージーランドなどと関係強化しようとしている。この政策は、日本の「日豪亜」と目標地域が同じだ。トランプ当選後、日本が台湾との交流協会の名称を変更し、安倍首相が豪州やフィリピンを歴訪する流れの中にあった昨年末、台湾の対日窓口機関である亜東関係協会の邱義仁会長は「日台関係が、日本と台湾が一緒に新南向政策を進めていく新たな段階に入った」と述べている。これは、日本が進める日豪亜の協調(同盟)強化の流れに、台湾も入りますという意味にとれる。 (亜東関係協会の邱会長、「台日関係は新たな段階へ」) (台湾の蔡英文政権が取り組む「新南向政策」

▼日本が台湾の隠然とした後ろ盾になる

 中国は、台湾独立を決して容認しない。中国はくり返しそう言っている。しかも、豪州や東南アジア諸国など、日豪亜の他の国々は、中国の台頭に脅威を感じつつも、中国と衝突したくないと考えている。日本が台湾を国家承認しても、日豪亜の他の国々は、多分どこもついてこない。日本は台湾と一緒に孤立するだけだ。米国が台湾の国家承認に踏み切るならまだしも、対米従属していた日本が突然に対米自立して台湾に接近しているのだから、なおさらだ。

 日本は、馬鹿なことをしているのか。そうでもない。日本はおそらく今後も台湾を国家承認しない。だが、日本が台湾の防衛力を強化したり、民進党が希求する台湾独立をそっと認めるような交流協会の名称変更をしたり、日豪亜の経済関係強化の中に台湾を入れることによって、台湾が中国に併合されていく傾向を弱められる。香港の先例を見れば、台湾が政治的に中国の一部になることが、台湾の人々にとって幸福につながらないことがわかる。日本が、台湾にとっての隠然とした後ろ盾になることによって、中国が今後さらに国際台頭しても、台湾が中国からかなり自立している現状が維持できる。

 中国は、台湾を完全に国内に取り込むのでなく、台湾周辺のASEAN+日韓の諸国から、準国家として認められることを、容認しうる。少なくとも、中国は以前、長期的にそれを認めていってもいいという姿勢を示唆していた。長期的に、日本が台湾の隠然とした後ろ盾になることで、台中関係が微妙に変わっていく。台湾の内政にも影響してくる。民進党が今より有利になる。

 実のところ、日本が台湾に接近することによる喫緊の問題は、中国との関係でない。日本が、米国(軍産)から自立した外交政策をとることを最も嫌う、日本外務省など日本の軍産系の勢力が、安倍政権のスキャンダルを扇動し、安倍を辞めさせて、もっと軍産の言うことを聞く指導者とすり替え、日豪亜的なことや、安倍がメルケルなどと組んで米国の保護主義を批判しつつ自由貿易の重要性を提唱するような勝手な真似をさせないようにしたがっている動きの方が、緊急の問題だ。 (Abe eager to reaffirm Japan’s global position

 日本のリベラル派のほとんどは、安倍憎しの観点から、ことの本質に気づかないまま、対米自立し始めた安倍を辞めさせようとする軍産系のスキャンダル扇動の動きに乗ってしまっている。トランプを嫌うあまり、トランプ敵視の軍産の傀儡になってしまった米国のリベラル派と同じだ。日本(や米国やイスラエルや西欧)は、左からだと転換できない。右からしか転換できない(極右になった挙句に米国覇権を崩し、多極化する)。それは以前から感じられていた。 (Germany, Japan Push Trade Pact in Merkel Bid to Stymie Trump



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