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見えてきたトランプの対中国戦略

2016年12月11日   田中 宇

 来月から米大統領になるドナルド・トランプが、駐中国大使に、アイオワ州知事のテリー・ブランスタッドを任命すると決めた。ブランスタッドは、これまで2回、合計23年間もアイオワ州知事をつとめている(米史上最長)。最初に知事になってから2年後の1985年、中国からアイオワに、農村家庭にホームステイして農業技術を研修する訪問団が来たが、その中に当時31歳で河北省の役人だった習近平が含まれていた。習近平にとって、これが人生で初めての、米国人と親しく付き合った経験だった。ブランスタッドはその後、知事などとして何度か訪中し、習近平とも親しい関係を続け、大豆や豚肉など、アイオワ州の主要産業である農業の生産物を、中国に大量輸出することに道を開いた。 (Terry Branstad - Wikipedia) (Terry Branstad, Iowa Governor, Is Trump's Pick as China Ambassador

 ブランスタッドは「親中派」で、人権や民主、環境など、中国を批判する米国人が言いたがる分野の発言を発しないようにしている。同時にブランスタッドは、トランプが選挙活動を始めた初期からのトランプ支持者で、彼の息子のエリックは、アイオワ州のトランプの選挙活動組織を率いていた。 (Eric Branstad to lead Trump's presidential campaign in Iowa) (Gov. Branstad's Son to Lead Trump's Iowa Campaign

 トランプは、選挙期間中に中国を批判する発言を繰り返したが、ブランスタッドは「私は中国に友人が多いので、アイオワ州で遊説するときは中国批判をしないでください」とトランプに頼んでいたと、トランプ自身が先日語っている。中国政府は、ブランスタッドを「古くからの中国の友人」と称賛し、トランプが彼を駐中国大使に決めたことを公式に歓迎している。 (Donald Trump Now Says the U.S.-China Relationship Must Improve) (Trump's choice of China envoy a positive sign for ties, Xinhua says

 トランプは12月8日、当選感謝演説旅行の一環としてアイオワ州に行き、ブランスタッドを演説の壇上に上げて中国大使に任命したと聴衆に紹介しつつ、演説を展開した。トランプは中国について、これまでと同様に「市場経済でないので問題がある」「中国は、知的所有権を守らないし、法人税制が不公正だ。為替を不正操作し、輸出価格を不当に引き下げている。北朝鮮にも厳しい態度をとっていない」など、いつも変わらぬ中国批判を展開した。 (Trump Picks Iowa Governor Branstad As US Ambassador To China, Beijing Calls Him "Old Friend"

 だがトランプは、それに続いて「それらの問題はあるが、それ以外の部分では、中国は素晴らしい国だ。そうだろ?」と述べている。トランプは、知的所有権、法人税制、為替操作などの経済分野、つまり、これらを改善して中国に進出している米国企業がもっと儲かるようにしてくれという金儲けのお願いと、中国が北朝鮮問題を責任持って解決してくれというお願いという2分野(いずれも、中国に対する批判の形をとった「要請」)以外、中国は何の問題もなく素晴らしい、と言ってしまっている。 (Trump Thank You Tour Full Speech at Iowa Rally =16分10秒から中国の話=

 トランプは、一党独裁や民主活動家弾圧、南シナ海、台湾、チベット、新疆ウイグルなど、これまで多くの米国人が中国の問題点として批判してきたことを、すべてすっ飛ばし、全く問題ないと言っている。トランプは、米中は世界の2大経済大国であり、米中関係は世界で最も大事な二国間関係なのだから、米中関係を早く改善することが必要だと述べている。 (US needs to improve relationship with China: Trump

 トランプは演説の中で、ブランスタッドが中国の上層部の人々と信頼関係を構築し、アイオワ州の農産物を中国に輸出する経済関係を強化したやり方を高く評価した。「相互信頼を築くことで、米国も中国も利益を得ている。テリーのそのやり方は、今後の米中関係にも役に立つ」と述べた。トランプは「対中国の貿易赤字は、米国の貿易赤字総額の半分近くを占めている」と語り、ブランスタッドの手法で米国から中国への輸出を増やし、米国の雇用を増やせると、戦略を披露した。 (Trump Says China Will Have to Play by Rules Under New Ambassador

 トランプの今回のアイオワ州での演説と、ブランスタッドを駐中国大使にすると決めたことからうかがえるのは、中国との貿易の増強を、米国の雇用や経済成長の建て直しの大黒柱の一つに据えるトランプの対中国戦略だ。「トランプはビジネスマンとして国際戦略を考えている」という指摘を良く見る。トランプは、中国(など、他のすべての国々)を「敵か味方か」という区分で見るのでなく「米国にとって得になるかどうか」で見ている。

 知的所有権や法人税制や為替操作などの面で中国を批判することがトランプの最終目的ではない。中国政府に「中国企業に、米企業が持つ知的所有権の使用料を払わせろ」「中国で儲ける米企業から法人税を取りすぎるな(大幅にまけろ)」「人民元の対ドル為替を引き上げ、中国から米国への輸入品の価格が上がるようにして、輸入品に対抗している米国メーカーが競争力をつけることを容認しろ」と要求し、交渉して要求の何割かを中国に飲ませ、米国の企業利益や雇用、経済成長を増やすのがトランプの目的だ。

▼対中戦略は経済重視、軍事対立せず覇権策にしない

 トランプのアイオワ州での演説の中国批判の中で、経済分野以外の批判として唯一あったのが「中国は、北朝鮮に悪事をやめさせる努力をしていない」というものだ。これは、中国が北朝鮮に核兵器開発をやめさせれば、在韓米軍を撤退でき、米国の軍事負担を減らせるという、米国の国益増加の話とつながっている。この点については、米マスコミも最近「トランプは、米国まで届く核ミサイルの開発を北朝鮮にやめさせるため、中国に北への圧力を強化することを頼まざるを得ない。中国はトランプに、北に圧力をかけるから、代わりに経済面での中国批判を弱めてくれと要求し、トランプはそれを了承し、経済分野ですら中国批判を弱めそうだ」という観測記事を出している。中国は最近、国連安保理の北制裁強化提案に賛成し、北への圧力を強化し始めている。トランプ政権は、中国と協力し、北朝鮮問題に取り組む可能性が高い。 (With North Korea Looming, Trump May Be Rethinking China Showdown) (China to seriously implement UN sanctions on North Korea: Chinese Foreign Ministry

 北朝鮮以外の、中国をめぐる安保政治問題、つまり南シナ海や台湾、東シナ海、チベット、ウイグル、それから中共の一党独裁と民主化弾圧などの問題について、トランプは、大統領選挙戦中も当選後も、中国を批判するかたちでの発言をしていない。これらの問題は、介入しても米国の得にならない。トランプは「中国などの独裁国家を倒すのが、世界民主化の理想を追求する米国のあるべき姿だ」というタカ派や軍産の主張を拒否している。 (Trump to End Regime Changes, Focus on Fighting ISIS

「中国との軍事対決を扇動すると、米国の軍事産業が儲かるので雇用増や経済成長に結びつく」という軍産複合体の理論を、トランプは採用していない。その点で、トランプは「リアリスト」だ。トランプは、イラク侵攻以来の中東での米国の戦争を、巨大な浪費と非難し続けている。トランプは、軍事費を増やすと言っているが、それは独裁政権を軍事で転覆するためでなく、ISアルカイダといったテロリストを退治するなど純粋な防衛強化のためだと言っている。トランプは、これまでの米国が一方でISアルカイダを涵養しつつ他方でそれらと永遠に戦うというマッチポンプを続けてきたことから、脱却しようとしている。 (Trump lays out non-interventionist U.S. military policy

 トランプは12月3日、台湾(中華民国)の蔡英文大統領(総統)と電話で話している。米国の大統領(当選者)が台湾の大統領と話をするのは、米国が中国(中共)と国交回復して台湾と国交断絶した1979年以来、約40年ぶりだ。米国は、中国と国交回復する際、台湾を国家として認めないことを誓約している。中国は、米国が台湾を国家として認めて支援するなら、中国は台湾に武力侵攻して強制併合すると言い続けている。トランプが蔡英文と電話で話したことは、以前の米国の誓約に違反しており、米国が中国と戦争する気だと、中国に思われても仕方がない、トランプはなんて危険なことをするんだ、と米マスコミがこぞって批判的に報道した。中国政府もトランプを強く非難した。これだけを見ると、トランプは軍産顔負けの好戦派に見える。 (Trump's Taiwan Phone Call Planned All Along

 トランプはこれに対して「向こうから祝辞を言いたいと電話をかけてきたのに、そういう(女の子?からの)善意の申し出を受けて何が悪いんだ???。そんなことに(いちいち)中国の許可が必要なのか???。台湾は、米国からたくさん武器を買うお得意様でもある(だから営業的に、祝電を受ける必要もある)。中国だって、米国に許可もとらずに南シナ海に巨大な軍事施設を作っただろ?。(中国が勝手に南シナ海に軍事施設を作ってもかまわないのなら、俺が台湾からの祝電を勝手に受けたっていいはずだ)」という趣旨の表明をツイッターで発している。 (Donald Trump - Twitter) (Trump Takes On China in Tweets on Currency, South China Sea

 ここで重要なのは、トランプが、中国による南シナ海の岩礁埋め立て・軍事施設建設について、建設自体を非難する目的でなく、それを中国が勝手にやっている以上、トランプが蔡英文からの祝電を受けたことを中国がガミガミ批判するのはおかしいぞ、もっと相互におおらかにやろうぜ、といった感じの話にしている点だ。中国政府は、いったんトランプを批判した後、トランプは外交初心者なのでうっかりやったのだろうとか、そもそも蔡英文がトランプに電話したのが悪い、といった話にすりかえ、ガミガミ言わない方針に転じている。 (Wooed by Donald Trump, Taiwan Trembles) (Crisis Averted: China Calls Taiwan Phone Call A "Gimmick" As It Lodges Diplomatic Protest

 米マスコミは、その後も何日間か、トランプが台湾からの電話を受けたことを「危険な行為」「米中関係を悪化させた」「トランプはFBIのブリーフィングを受けないからこんなことになるんだ」「トランプは中華人民共和国と中華民国の区別もつかないのでないか?」などと報じ続け、自分らこそ「中国の犬」になっていることも無視し、相変わらずのトランプ中傷に終始した。 (Trump criticises Beijing in defence of call with Taiwan's leader) (Trump risks angering China by calling Taiwan leader

 しかし、このマスコミの騒動のおかげで、トランプが親中的なブランスタッドを駐中国大使に内定し、ほとんど中国を批判しない戦略をアイオワで表明したことは、大して報じられていない。蔡英文との電話は、共和党元議員で現ロビイストのボブ・ドールが提案した意図的な策とも言われている。目くらましとしての意図的な策だったのかもしれない。 (Bob Dole "Mastermind" Behind Trump-Taiwan Call: WSJ

 こうして見ると、以前の記事「中国の台頭容認に転向する米国」で紹介した、ジェームズ・ウールジー元CIA長官の「トランプの米国は中国の台頭を容認する」という指摘は、正しいものであると感じられる。 (中国の台頭容認に転向する米国

 これまでの米国の対中国戦略には、米国が中国を敵視することで、同じく中国を敵視するアジア太平洋の同盟諸国(日本、フィリピン、ベトナム、豪州、インドなど)との同盟関係や、米覇権体制を強化する目的があった。TPPは、その一つだった。トランプの対中国戦略には、こうした中国包囲網による米国覇権の強化策が決定的に欠如している。TPPも、やめることにしてしまった。トランプは、中国との関係において、米中2国間の損得にまつわることしか言っていない。 (Trump's America will be 'more Chinese', less global

「中国は市場経済でない」とトランプは批判する。この点は以前から米国側が批判していた。以前の米国の戦略は「中国が良い市場経済を持てるよう、WTOや米同盟諸国が監督する(それを米覇権の任務の一つとすることで、米覇権体制が維持される)」というものだった。だがトランプは「中国をより良い市場経済国にすることで、米国側の経済利得を増やす」という戦略で、米中の話を米国覇権に絡めていない。トランプは、ロシアとの関係についても同様で、中露を敵視することで米同盟諸国の結束を維持強化し、米国覇権の永続のために使うという従来の米国の冷戦型の戦略を全面的に拒否・放棄している。米国は今後、覇権を放棄していく感じが強まる。 (トランプとロシア中国

 これは、日本や豪州、NATO諸国といった対米従属な米同盟諸国にとって、国家の基盤となる基本戦略をゆるがす大事件だ。日豪などは今後、米国覇権という、自国にとっての「背骨」が抜けていく中で、背骨を失っても立ち続けられる新たな戦略を見つけねばならない。

 安倍首相は新年早々、豪州とベトナム、フィリピンを歴訪するそうだが、これは、かつて私が指摘した「日豪亜同盟」の、潜水艦失敗後の再挑戦であり、新たな戦略の模索に見える。米国がトランプになって中国包囲網を放棄する中で、米国に頼らず、しかも中国にも従属したくない海洋アジア諸国(ドテルテのフィリピンは「小琉球」的に「両属」になる)が、米国と中国の間に独自の影響圏を作る動きにつながるかもしれない。逆にもし、安倍の歴訪計画の背景にある戦略が、依然として「対米従属としての中国包囲網の強化」であるとしたら、戦略を立てた日本外務省は非常に能力が低いことになる。 (見えてきた日本の新たな姿) (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟

▼余談:ローラバッカーが国務長官になればいいのに

 以下、余談。トランプは、ロシアとの関係を敵視から協調に転換するための国務長官を探している。トランプ政権で、まだ決まっていない重要閣僚は国務長官だけだ。12月11日の時点で、大手石油会社エクソンモービルの会長であるレックス・ティラーソンが有望とされている。ティラーソンは25年前からのプーチンの友人だ。米NBCは「すでに内定」と報じたが、トランプ側近は「まだ決まってない」と言っている。 (Trump team confirms Putin defender Rohrabacher under consideration for secretary of state

 日本で報じられていないが、もう一人の国務長官候補として、加州の下院議員であるダナ・ローラバッカーがいる。ローラバッカーは、レーガン大統領の側近だった筋金入りの「右派(ネオコン=新保守主義でなくパレオコン=旧保守主義)」だ。彼は、レーガンのソ連敵視策のスピーチライターだったが、冷戦後「悪いのはソ連であり、ロシアでない」と主張し、プーチンの旧友だ。今のロシアが大好きで、米議会のロシア敵視の軍産傀儡議員たちと論争し続けている。それだけでなく、911以降のテロ戦争やイラク侵攻を、軍産の馬鹿げた行為として反対し続けてきた。ローラバッカーは、選挙戦当初からのトランプ支持者でもある。 (Dana Rohrabacher for Secretary of State? by Justin Raimondo) (Mitt Romney makes way for Dana Rohrabacher as possible secretary of state

 私からみてローラバッカーは、トランプとよく似た思考をしており、国務長官として、ティラーソンよりも適任だ。2人とも温暖化人為説を疑っている点も同じだ。興味深いことに、パレオコンのローラバッカーは、ネオコンのジョン・ボルトンと親しく、ローラバッカーが国務長官、ボルトンが国務副長官になる案(もしくはその逆の案)が、トランプ陣営内で出ているとの報道もある。ネオコンは「ロシア敵視・テロ戦争積極支持」の点で、「ロシア支持、テロ戦争馬鹿野郎」のパレオコンと決定的に対立するが、それでも2人がコンビを組んで国務省を率いたら非常にうまく行くと、ローラバッカーは言っている。 (Romney fading, Rohrabacher, Bolton rising for State as 'consensus package') (Rohrabacher on Bolton: `We Could Be the Dynamic Duo' at State Department

 パレオコンもネオコンも、軍産支配の単独覇権体制(愛すべき米国が覇権屋に乗っ取られた状態)を壊すのが(隠れた)目標である点で一致している。パレオコンが正面攻撃で軍産を批判して失敗した後、ネオコンが軍産の一員のふりをして政権中枢に入って無茶苦茶をやって覇権を自滅させた(その結果トランプ政権が生まれた)。両者が親しいのは、そういう関係であり、パレオコンとネオコンは、いずれもトランプの戦略に近いところにいる。 (Trump-Style Diplomacy) (Secretary of state candidate Dana Rohrabacher thinks Russia's human rights violations are “baloney”

 この余談は、週明けに国務長官を誰にするか発表されるかもしれず、その前に書いておこうと思ったので、今回の記事の後に無理やりつけた。



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