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トランプとロシア中国

2016年11月14日   田中 宇

 11月8日の米大統領選挙でドナルド・トランプが勝った後、トランプ政権がとる世界戦略について、さまざまな分析や憶測、期待や批判が飛び交っている。トランプは選挙戦で、世界戦略や国際情勢への認識に関して、今までの米政界の常識に沿わないことや、オバマ政権がやってきたことを全否定することをいくつも言っている。大統領になってそのとおりのことをやるのか、それとも選挙戦の時だけの発言だったのか。当選後、トランプの側近が、選挙戦でトランプが発した言葉を否定する方向の政策を、いくつかの分野について示唆している。それが目くらましなのか、トランプ自身の方向転換を示すのか、側近の勝手な発言なのか見極められず、さらに事態を複雑化している。 (`Never Trump' Becomes `Maybe Trump' in Foreign Policy Sphere) (Donald Trump: The next four years) (Fox, CNN, Even MSNBC Can Agree Trump Is the Gift That Keeps On Giving

 最も頻繁に言及され、今後の揺れ戻しも少なく確定的な政策と考えられるのは、ロシアとの敵対解消だ。とくにシリアでは、トランプ当選を受けて、ロシア軍がアレッポをテロリスト(IS、ヌスラ戦線=アルカイダ)から奪還するのを拙速にやるのをやめると宣言した。アレッポ奪還を急いでいたのは、クリントンが大統領になって米軍がシリアに介入してくる懸念があったからだと露軍は言っている。トランプは、シリアに派兵せず、ロシアに任せるので、露軍としては、急いで攻撃して市民の犠牲を増やすより、攻撃と停戦を繰り返し、テロリストの戦意が低下し、市民が市外に避難するのを待った方が良い。 (Russia says will continue humanitarian pauses in Syria: Interfax) (Damascus, allies upbeat on Trump win, await his policies) (シリアでロシアが猛攻撃

 トランプ陣営は当選後、大統領に就任したら、オバマ政権がやってきたシリアの穏健派反政府勢力への武器支援をやめると発表した。「穏健派反政府勢力」なるものが本当にいるのかどうか、どんな勢力なのか(存在しないので)わからないからだという。これは全く正しい判断だ。シリアにはすでに穏健派の反政府勢力などいない。とっくにISヌスラに吸収されている。米国が支援した武器は、すべて過激派のISやヌスラにわたっている。アルカイダに武器を渡すのは完全に違法だが、国防総省やマスコミ、クリントン陣営など好戦派(軍産複合体)は、アサドを倒すためにISヌスラをこっそり支援するのが良いと考えてきた。米国自身が「テロ支援国家」だった。アサドが倒れてISヌスラの「政権」になったら、シリアはリビアのように無法で恒久分裂し、国家の体をなさなくなる。ひどい状態だが、軍産自身の権益だけは拡大する。 (Trump Expects to End US Aid to Syrian Rebels) (クルドの独立、トルコの窮地) (ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?

 トランプは軍産の傀儡でないので、事実上のISヌスラ支援である、穏健派反政府勢力への武器支援をやめることにした。米国からの武器支援が途絶えると、アレッポのISヌスラは弱体化し、露軍やシリア政府軍にやられ放題になる。ISヌスラはこれまで強かったので、その強さに惹かれて欧州やイスラム世界から無数の義勇兵が集まった。露軍にやられ放題の弱っちいテロ組織に入りたい若者は少ない。トランプ政権になると、ISヌスラは人材も武器も得られなくなり、露シリア軍は戦いやすくなる。 (Trump: US must stop attacking Assad) (トランプ台頭と軍産イスラエル瓦解

 トランプがシリア反政府勢力への武器支援をやめると発表したのと同時期に、オバマ政権は、これまでひかえてきたヌスラ戦線への軍事攻撃(無人戦闘機利用の空爆)を初めて行うことを発表した。米政府はこれまで「穏健派反政府勢力はヌスラ戦線の近くに陣取っていることが多い」という理由で、ヌスラへの空爆を控えてきた。穏健派勢力はずっと前に過激化してISヌスラに合流しているのだから、両者が一緒にいるのは当然だし、過激化したのだから穏健派でない。次期大統領が決まり、任期の最後の2カ月になったところで、オバマは今までのごまかしをやめて、トランプ政権への移譲を円滑化するためなのか、ヌスラへの軍事攻撃を解禁した。 (Obama Orders Attacks on al-Qaeda's Nusra Front in Syria

 シリアに関して、米国は軍産を利するウソをつくのをやめて、テロリスト退治を進めるロシアに協力する姿勢を強めている。トランプ政権になって、この方向の動きが加速することはあっても、逆流することはないだろう。 (Trump Could Put Crimp on Plans to Extend EU Sanctions) (Trump, Putin have really close positions in foreign policy: Kremlin

▼明確な対露戦略と対照的に曖昧な対中戦略

 比較的明確な協調方向の動きが感じられるロシアとの関係と対照的に、選挙戦におけるトランプの発言が少なく、協調なのか敵対なのかわからないのが、中国に対する次期政権の戦略だ。 (China hawk or isolationist? Asia awaits the real Donald Trump) (How Beijing will manage President Trump

 選挙戦でトランプが発した中国に関する発言の主なものは、米国の産業を中国の輸入品から守るために「中国からの輸入品に45%の関税をかける」という政策だ。これは現実的でないと見なされることが多い。米国が中国からの輸入品に懲罰的な高関税をかけると、ほぼ確実に、中国も米国からの輸入品に報復的な高関税をかけ、米中間の貿易全体が大打撃を受ける。しかも、中国から米国への輸入品の3割は「加工貿易」で、日本や韓国、台湾などが中国に部品を輸出し、中国で加工組み立てをして米国に輸出したものだ。中国からの輸入品に高関税をかけると、この部分に関して、米国の同盟国である日韓台が被害を受ける。経済関係は非常に国際化しており、中国にだけ打撃を与えることは難しい。 (A Trade War With China Is Likely Under Donald Trump) (Donald Trump’s China Trade Stance Could Harm Japan, South Korea) (What Trump means for China

 米中間の経済に関してトランプは、中国政府が人民元の為替を不正操作しているとも言っている。だがトランプは経済人なので、経済問題は最終的に損得で考えるはずだという分析が多い。損得で考えるなら、一時的に中国と対立しても、交渉して譲歩を得て妥結させた方が良い。そして、話が損得で終わらない安全保障や軍事に関しては、トランプは政策的なものを何も発言していない。 (Dollar's Trump-Inspired Surge Sets Off Intervention Across Asia) (China wanted President Trump. It should be careful what it wished for

 トランプは選挙戦で、米軍駐留費を十分に負担しない同盟諸国を非難し、日本や韓国、ドイツやサウジアラビアなどの同盟国が100%の費用負担をしない限り、これらの国に駐留する米軍を撤退すると述べている。今春には、米軍に撤退された日韓が核武装するならそれも認めると発言した。これは、西太平洋(グアム以西)と極東地域を米国の影響圏(覇権下)から外すことを意味し、米国が抜けた覇権の空白を中国が埋める動きにつながり、中国の覇権拡大をうながしている。日韓が核武装すると複雑でやっかいな事態だが、長期的に中国覇権の拡大になる可能性が高い。 (世界と日本を変えるトランプ

 日韓からの米軍撤退発言は、トランプが中国の覇権拡大を容認(希望)していることを意味しかねない。そうした見方の延長に、前回の記事に書いた「トランプが大統領になったら、オバマ政権が明言した『尖閣諸島は日米安保条約の適用範囲に含まれる』という認識を撤回・再曖昧化するのでないか」という米分析者の予測がある。 (米国民を裏切るが世界を転換するトランプ

 そのような方向性と正反対なものとして、11月20日にトランプが日本の安倍首相と会談する際に、日米同盟の体制を支持し「日本が中国との敵対の最前線に立ってほしい」と安倍を激励鼓舞しそうだという予測が出ている。日本政府は「これでトランプ政権になっても日米同盟が維持できることが確認された」と喜んでいる。しかし、日本に対するトランプの姿勢は「米国に頼らず、日本が自力で中国と敵対してほしい」というメッセージにも読める。 (Trump Wants Japan On The Front Lines Against China

 日本は東シナ海だけでなく、南シナ海にも出て行って中国と対決してほしい(そのために日本は防衛費を急増してほしい)というのが、何年か前からのオバマ政権の姿勢でもある。日本が自力で中国と対峙している限り、米国はそれを支持するが、日本が米国を巻き込んで中国と戦おうとすると、米国はそれを拒否して尖閣諸島を日米安保条約に含めない態度をとるかもしれない。日本は一定以上の対米従属をやれなくなっている。この傾向は冷戦後、一貫して少しずつ強まっている。 (従属のための自立) (意味がなくなる日本の対米従属

 日米と米中の関係に関しては、トランプがTPPを破棄すると繰り返し述べていることも、日本にマイナスで中国にプラスだ。日本政府はTPPを、日米協調による中国包囲網の強化策と考えている。トランプが当選したとたんに、中国は、TPPに対抗して推進してきた中国とアジア諸国(中国+ASEAN+日韓豪NZ印)による貿易協定であるRCEP(東アジア包括経済提携)の締結を推進する姿勢を強めている。トランプのTPP廃止論は、中国を力づけている。 (Beijing plans rival Asia-Pacific trade deal after Trump victory) (China pushes Asia-Pacific trade deals as Trump win dashes TPP hopes

▼トランプはいずれ日韓の対米従属を突き放す

 トランプは、韓国の朴槿恵大統領との電話で、在韓米軍の駐留を継続する意志を伝えたと報じられている。トランプは安倍を鼓舞し、朴を安心させている。トランプ政権になってすぐに米軍が日韓から撤退し始める展開はないだろう。 (Report: Trump Backtracks on Pulling US Troops Out of South Korea

 しかし、トランプはおそらく「米国は、無理をして全世界を主導してきたが、もうその必要はない。世界のことより米国のことを優先すべきだ」という持論を変えていない。トランプが、クリントンら既存の米国の指導層(政界、マスコミ)と大きく異なっているはこの点だ。既存指導層の全体的な特徴は「米国は、大きなコストをかけても世界を主導せねばならない。世界を民主化、世俗リベラル化、自由市場化し続け、人権や環境の重視を世界に守らせねばならない」と考えてきたことだ。この「(しばしば歪曲された)理想主義」的な基本理念に賛成しない者は指導層(エリート)に入れない。「世界より米国を優先すべき」と主張する「米国第一主義」の勢力(リバタリアン、孤立主義など)は、主に共和党にいたが、彼らは非主流派だった。 (Washington: The king is dead, long live the king

 イラクに大量破壊兵器がないのにあることにして侵攻して無茶苦茶にしたイラク戦争に象徴されるように、米エリートの理想主義は、状況分析を歪曲し、善悪を不正に操作しており、偽善的だ。トランプは、このインチキな理想主義を嫌い、現実主義(リアリスト)の立場をとって、米国第一主義の理念を選挙戦で掲げてきた。当然ながら、米国の指導層は、掟破りのトランプの当選を全力で阻止した。だが、エリートの思惑など関係ない草の根の人々はトランプを支持し、当選させた。 (米大統領選挙の異様さ) (米大統領選と濡れ衣戦争

 温暖化問題もひとつの象徴だ。地球は本当に温暖化しているのか、たとえ温暖化していたとしても温室効果ガスが原因なのか、たとえ温室効果ガスが原因だとしてもその増加は人為が原因なのか、これらがすべて不確定なままで、英国の権威ある学者たちが歪曲や捏造によってこれらが確定したかのようなウソを形成してきたことが暴露されているのに、いまだにエリートは「地球は人為のせいで温暖化している。温室効果ガスの排出規制が必要だ」と言い続け、そのように言わないとエリート(学のある人)とみなされない。 (まだ続く地球温暖化の歪曲) (地球温暖化問題の歪曲

 近年、オバマ政権など米国の指導層は、温暖化対策の主導役を欧州でなく中国に任せるように仕向け、中国が主導する新興諸国・発展途上諸国が、温暖化対策の構図によって儲かる(先進諸国から資金を巻き上げられる)ようにしてやった。これに対してトランプは「地球温暖化などインチキだ」と明言しつつ当選し、当選後も温暖化対策の政策全廃を掲げている。トランプは、エリートが作り出したインチキ構造を破壊しようとしている。当然ながら中国は、温暖化問題でトランプを批判している。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘) (地球温暖化の国際政治学) (Trump's Win Could Position China as the New Climate Change Leader

 このようにトランプは、米国と世界のエリート層が構築維持しているウソの多い体制を支持・容認せず、ウソをウソと明言しつつ当選した。エリート的な価値観が浸透している大都会はクリントン支持が多かったが、その他の地域(農村、山岳地帯、地方の町、田舎)ではトランプ支持が多かった。学のある(十分に洗脳されている)人はクリントンに入れ、学がない(あまり洗脳されていない)人はトランプに入れた。エリートの価値観が席巻する政界や財界、報道界や学術界の人々は、トランプ勝利など容認できないし、我慢できない。だが、彼らが信奉する民主主義に基づいて、トランプが勝ってしまった。 (US against the world? Francis Fukuyama) (Trump's Data Team Saw a Different America—and They Were Right

 そうした構造のうえに、米国覇権の運営に関する、トランプと既存指導層の対立や食い違いがある。現状の米単独覇権体制は、エリート(の一部である軍産複合体)の都合で、米国に無理な負担を強いている。トランプはそう考えて、米国の覇権(世界主導、世界支配)を放棄する、覇権の一部は残しても、米国の得にならない部分は放棄する可能性が高い。すでに中東でトランプは、米国(と現地の人々)の得にならないアサド政権の転覆計画を放棄し、シリアのテロ退治や安定化をロシアやイランに任せようとしている。NATOの存続基盤の価値観であるロシア敵視も、米国の得にならないのでやめようとしている。

 トランプが、ロシア敵視を不合理だとしてやめようとしている一方で、中国敵視を合理的と考えて続けるということがあるだろうか。米中関係は、米露関係よりも、はるかに経済や金儲けが絡んでいる。ロシア敵視をやめるのがトランプにとって自然な目標だとしたら、中国敵視をやめるのも自然な目標であるはずだ。米国が中国敵視を続けないなら、中国敵視を前提の価値観として維持されている日韓への米軍駐留や、日韓の対米従属に対する支持・支援も、米国がやめていくことの中に入る。就任直後のトランプは、日韓の対米従属を支持・賞賛しても、それがずっと続くとは考えにくい。 (トランプが勝ち「新ヤルタ体制」に

 在韓米軍の撤退には、米韓と北朝鮮との間の緊張緩和が必須だ。ある程度の米朝対話をして、朝鮮戦争を公式に停戦してからでないと、在韓米軍を撤退できない。トランプは、任期の4年間のどこかで北朝鮮問題に取り組む可能性がある(東アジアより先に、ロシアとの関係であるウクライナ問題をやるとも予測され、そうなると朝鮮半島は後回しになり、時間切れになって取り組めないかもしれない)。 (ニクソン、レーガン、そしてトランプ) (北朝鮮に核保有を許す米中

 オーストラリアでは、以前から米国のアジア覇権縮小の可能性を指摘してきた国際政治学者のヒュー・ホワイト(Hugh White)が、トランプ当選の直後「豪州は、米国抜きのアジアに備える必要がある」という分析・主張を発表している。「オバマ政権の南シナ海紛争を使った中国敵視策(アジア・ピボット戦略)は国務長官だったクリントンの策だ」と指摘しつつ「ピボット戦略は、米国が少し軍事的な仕草をするだけで中国がひるんで譲歩するという間違った予測に基づき、逆に南シナ海における中国の軍事台頭を招いて失敗した」「クリントンが勝っていたら、失敗したピボット戦略を軟着陸させようとしただろうが、トランプはそれに頓着せず、米国のアジア覇権の早い崩壊を容認しそうだ」と分析している。 (Australia must prepare for an Asia without America

 ホワイトはその上で「米国がアジアからいなくなっても、残された豪州が中国の同盟国になることはない」と現実論を述べ「同盟関係でないなら、どんな豪中関係が良いのか、今のうちに考える必要がある」と説いている。「トランプが選挙で勝つはずがないと言っていた人々は今、トランプになったからといって米国がアジア覇権を捨てるわけがないと言い出し、予測外れを何度も繰り返そうとしている」とも言っている。いつもながら、ホワイトのような豪州のエリートは、日本のエリートよりずっと洞察力や先見性がある (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟



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