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地球温暖化問題の歪曲

2005年8月27日  田中 宇

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 産業や自動車利用が世界的に拡大した結果、人類が排出する二酸化炭素など温室効果ガスはここ数十年間に激増し、大気圏の温度が上がる温室効果がひどくなって地球が異常に温暖化し、極地の氷が溶けて海水面が上昇するなどの大惨事になりそうだ、という「地球温暖化問題」をめぐり、その説を支持する勢力と、否定する勢力との対立が、最近また欧米で激しくなっている。

 欧米のマスコミの多くは、今では、人為的な温暖化が起きているという説を支持する勢力となっている。「温暖化は起きていない」「起きているとしても、人類が放出した二酸化炭素のせいだという根拠がない」「京都議定書に基づいて二酸化炭素の排出を減らせば効果があると考える根拠もない」と主張し、温暖化説を否定し続けている勢力は、タカ派のウォールストリート・ジャーナルぐらいである。(関連記事

 同紙と並んでタカ派系の週刊誌エコノミスト(The Economist)は、以前は温暖化説に懐疑的だったが、一昨年ぐらいに「温暖化説を補強する科学的証明が増えてきた」として、支持派に転じている。今や温暖化説は、専門家の間では世界的な「コンセンサス」あるいは「通説・通念」になっており、反論は無効だ、というのが世界的なマスコミの論調である。(関連記事

 特に、ガーディアンやインディペンデントなどのイギリスの新聞は「このまま温暖化を放置すると、北極や南極などの氷が溶けて海水面が上昇し、ニューヨークもロンドンも水没する」「バングラディシュや南太平洋の島嶼国は、国ごと消えるだろう」といったセンセーショナルな記事を載せ、人々の危機感を煽っている。(関連記事

 政治の世界でも、温暖化対策を世界で最も強く推進しているのは、イギリスのブレア政権である。これに対し、最も強く否定しているのは、アメリカのブッシュ政権である。大統領がクリントンだった時代には、アメリカ政府は温暖化対策を積極的に推進し、英米は協調していたが、米政府はブッシュになってから方向転換し、米民主党など、アメリカの温暖化対策推進派は、イギリスに頼るしかない「亡命状態」になっている。

▼ブッシュは石油業界の言いなりというが・・・

 ブレアは7月上旬にスコットランドで開いたG8サミットで、アメリカを含む先進諸国と、サミットに招待したインドや中国など途上国が、温暖化対策について合意することに持ち込もうとしたが、ブッシュが拒否し続けたため、おざなりの合意しか得られなかった。

 G8サミットを控えた6月上旬、ブレアは訪米してブッシュを説得したが、無駄な試みに終わった。ブレアが訪米する直前、英ガーディアン紙は「ブッシュ政権は、大手石油会社のエクソンモービルに、地球温暖化に対する政策としてどのようなものが望ましいか教えてほしい、と要請していた」とする記事を出した。(関連記事

 また同時期に、ニューヨークタイムスには「石油業界は2001年からホワイトハウスに環境問題担当者として要員を送り込み、その人物(Philip A. Cooney)は、政府の各官庁が発表しようとする環境問題の文書を事前に検閲し、温暖化説を支持する論調を否定する論調に書き換え続けている」とする記事を載せた。これらの記事は、ブッシュの頑強な拒否をやめさせたい米政界内の温暖化対策支持派が、ブレアを応援する意味で書かせた感がある。(関連記事

 イラクの泥沼化や、侵攻時の大量破壊兵器のウソが批判されているブッシュは、今や世界的な「悪者」であり、ブッシュが石油業界の言いなりで温暖化対策に反対しているという英米新聞の記事は、世界の人々に「やっぱりそうか」と思わせる状態になっている。「温暖化説に反対の人は皆、石油業界の回し者に違いない」といった見方が「通説」になりつつある。

 だが私自身は、温暖化説の支持派と否定派の両方の主張を読み、自分なりに理解しようとすると、どうも温暖化説をめぐっては「通説」の方が間違っているのではないか、と思うに至っている。「人類が排出した二酸化炭素のせいで地球が異常に温暖化し、大惨事が近づいている」と断言することは、どう考えても無理がある、というのが私の結論である。

 温暖化対策を拒否するアメリカの政策は、石油業界の影響力の結果だというのは十分あり得るが、その一方で、温暖化対策を推進する動きの方も、背後に政治的な意図が存在している可能性が大きい。

▼ホッケーの棒理論をめぐる論争

 地球温暖化をめぐる議論は「地球は近年、異常に温暖化しているかどうか」と「温暖化しているとしたら、それは人類の行為によって排出される二酸化炭素が主な原因なのかどうか」という2つの点に関して争われている。

 地球の異常な温暖化を主張する最も象徴的なものは、1998年にマイケル・マンら3人のアメリカの学者が「ネイチャー」誌に発表した「ホッケーの棒理論」である。3人の学者は、古い測候データ、木の年輪、さんご礁、極地の氷から得られる昔の温度データ、歴史的な記録などを集め、過去1000年間の北半球の気温変化をグラフにしてみた。その結果、平均値をとると、紀元1000年から1900年ごろまでは、温度はだいたい一定していたのに、1900年以後の100年間は急上昇していた。グラフにすると、ホッケーの棒を横にしたような形になる。(関連記事

 3人はこの結果をもとに「過去100年間の気温上昇は、人類が産業化を進め、二酸化炭素の排出量が増えた結果に違いない」と主張している。この理論は、温暖化対策を推進する国連組織「気候変動に関する政府間パネル」が2001年にまとめた報告書の中で、最近の異常な気温上昇を示す主な根拠として使われている。温暖化対策が必要だと主張する欧州や日本などの政府や市民運動も、この理論を使って温暖化問題を説明することが多い。(関連記事

 政府が使う理論というと、誰も疑問をもたない確立された理論であると思われがちだが、実はそうではない。ホッケーの棒理論に対しては、学界から賛否両論の意見がたくさん出続けており、理論として確立していない。推進派の中には、この理論を否定する人は石油業界の御用学者であるといった見方すらあるが、否定派の主張には納得できるものが含まれている。(関連記事

 たとえば、地球上の歴史的な気温変化に関する従来の通説は、西暦800年から1400年までは温暖な時期で、1600年から1850年までは「小氷河期」とも呼ばれる寒冷な時期だったとするもので、ホッケーの棒のように一定だったとは全く言えないはずだ、という批判がある。1900年以降の急激な温度上昇が事実だったとしても、それ以前にもそのような温度の上下が存在した可能性が大きいので、この100年は異常ではない、という指摘である。(関連記事

(西暦1000年ごろから1400年ごろまでの温暖な時代には、北極圏に近いグリーンランドにアイスランドの人々が移民して、農業を行っていた。彼らはコロンブスよりはるかに前に北米大陸を探検していたが、その後の気候の寒冷化によって農耕ができなくなって入植地から撤退し、その後現在までグリーンランドでは農業は行われていない。こうした歴史的事実からも、中世に今より温暖な時代があったことが分かる)(関連記事

 大昔の気温を確定的に言うことは難しく、歴史的温度変化がホッケー棒のような形になる確率は、3人が指摘している範囲の半分程度だろう、と不確実性を指摘する学者もいる。

▼1週間後の天気予報も当たらないのに・・・

 最近の100年間の温度変化についても、ホッケー棒理論とは別の説がある。1900年から1940年ごろまでは温暖化していたが、その後1975年ごろまでは冷却化が続き、当時の学者たちは、このままでは16世紀ごろのような小氷河期が再来しかねないと心配していた。現在の温暖化傾向は、その後の30年間の話でしかない、という指摘がある。(関連記事

 また北極圏の氷の調査からは、現在より1930年代の方が気候が温暖だったという結果が出ている。(関連記事

 このように、最近地球が温暖化しているという指摘は正しい可能性があるが、それが以前の気候変動と比べて異常であるとは言えそうもない。過去の気温変化は、研究を重ねても最終的に確定できるものではなく「現在は過去1000年間で最も温暖化している」「今は異常な温暖化傾向にある」と断言することは間違いである。

 気象学とは、経済学と同様、不確実性の高い研究分野である。「論証の結果、これこれである可能性が大きい」と主張することはできるが「これこれに違いない」と断言することは不可能な学問である。未来のことになると、過去のことよりもさらに確定は困難である。だから、どんな素晴らしい研究結果に基づいていたとしても「今後さらに温暖化が進むに違いない」と断言することはできないはずである。

 私たちが日ごろ接している天気予報では、最新の分析技術を駆使しても、1週間後の天気を正確に予測することは非常に難しい。天気予報がおおむね正確なのは、48時間後ぐらいまでの範囲である。来週の気象すら正確に予測できないのだから、10年後に地球の気象がどうなっているかという温暖化予測は、どんな主張であれ、かなり不確実なものだと考えるべきである。

 さらに不確実なのは、気候変動の理由をめぐる議論である。この議論の立証には、大型コンピューターを使った気候シミュレーションモデルのソフトウェアが使われている。二酸化炭素濃度が過去100年間に倍増した場合と、しなかった場合で、100年間の気温変化がどう違ってくるか、というシミュレーションを行い、二酸化炭素が倍増した場合の方が実際の過去100年間の気温変化に近いので、人類が排出増加させた二酸化炭素が温暖化の原因だと結論づけられる、というのが温暖化支持派の主張である。

 この理論の問題点の一つは、気候モデルのソフトウェアが、現実の気候変動のメカニズムを再現し切れていないということである。代表的な気候モデルは、地球上を300キロメートル四方の無数の地域に分割し、各地域の内部の気象が均一であると仮定しているが、現実の世界では、300キロ離れると気象状況はかなり違ってくる。(関連記事

 そもそも、人類はまだ気象や気候(日々の気象の長期平均が気候)のメカニズムを完全に解明できておらず、きちんとした気候モデルが作れる状況ではない。1週間先の気象を予測する天気予報用のシミュレーションモデルも作れていないのだから、はるか以前の気候を再現したり、遠い未来の気候を予測したりする気候モデルは、不完全なものしか存在しない。

▼イラクの大量破壊兵器問題の歪曲と似ている

 大気中の二酸化炭素が増えると気温が上がるという「温室効果」は18世紀に発見され、この現象が存在することはほぼ間違いないとされている。しかし、気候が温暖化する原因としては、温室効果以外にも、火山の大噴火、太陽黒点の周期的変化、海流の変化など、いくつも要因があり、それぞれがどのような形で影響しあっているのか、今のところよく分かっていない。

 また気候が温暖化すると極地の氷が溶け、海水面を大幅に上昇させるという説も、否定する人がいる。否定派によると、温暖化はそれまで雪も降らないほど寒冷な極地に雪を降らせることにつながり、極地の氷は増え、海水面は逆に低下するという。

 人類が石油や石炭を燃やすことは、温暖化ではなく冷却化を助けているという説もある。燃焼によって大気中に放出される亜硫酸ガスなどの微細な粒子が太陽光線を弱め、地球が過熱するのを防いでくれているので、燃焼をやめたら温暖化は逆に進んでしまう、という主張である。(関連記事

 このように地球温暖化をめぐる議論は、多分野にわたって諸説が乱立している状態だ。欧米のマスコミの最近の記事は「地球は異常に温暖化しているということで、すでに大多数の専門家の間で意見が一致している」とさらりと書いているものがよくあるが、これは間違いであり、政治的な意図を持った記事であると考えられる。そもそも科学的な真理は、専門家の多数決で決まるものではない。大多数の専門家の意見が一致したから、それが真理だというのは間違いである。ガリレオもアインシュタインも、当時の学界では全くの少数派だった。(関連記事

 国連の気候変動パネルも、気候分析の不確実さについて、以前に発表した報告書の中で「不確定要素が多いため、未来の気候変動について確実な予測を出すことは非常に難しい」と認めている。その上で「数々の証拠の全体的なバランスからみて、人為的な要素が地球の気候に影響を与えていることがうかがえる」と、慎重な言い回しをしている。(関連記事

 国連の気候変動パネルは、2000人以上の専門家で構成される委員会で、過去に何回か激論が戦わされた。だが、この委員会は、国連で各国の政治家があらかじめ決めた「温暖化対策を行う」という結論に、科学的根拠を示しながら説明をつけることが任務であり、温暖化対策を行う必要があるという結論を出すことが、最初から運命づけられていた。激論は、結論の言い回しを慎重なものに変えることができただけだった。

 2001年に国連パネルの報告書が出た後、言い回しを「二酸化炭素排出を減らさないと、必ずや大洪水が起きる」といった断言口調に変えて世論を誘導するのは、米英のマスコミの仕事となった。現場の専門家は慎重な言い回しをしているのに、英米のマスコミや政治家が極論を放ち続けた結果、世論があらぬ方向に誘導されたのは、イラクが大量破壊兵器を開発していなかったのに、それが「開発していないはずがない」という理屈にすりかわり、米軍の侵攻につながったイラク戦争の時と、同じ構図である。

 7月のG8サミットが近づくにつれ、英米マスコミでは温暖化対策をすべきだという主張の大合唱となった。だがその中で、イギリス議会上院の経済委員会は、サミット前夜に「気候変動の予測は非常に不確実なものである」「国連気候変動パネルは、客観的な議論をしていない疑いがある」「京都議定書は、ほとんど効果が出そうもない」などとする報告書を発表した。イギリスの支配層の内部でも、地球温暖化問題に対する政治的な歪曲を止めようとしている勢力があると見受けられる。(関連記事

 地球温暖化問題に、政治的な歪曲が加えられているとしたら、それはどんな意図に基づいているものなのか。以前は温暖化対策に積極的だったアメリカが、今では最も強く反対しているのは、どのような戦略転換に基づくものなのか。このあたりは次回に説明する。

【続く】



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