地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(1)2009年12月2日 田中 宇12月7日からコペンハーゲンで地球温暖化問題の国際会議(COP15)が開かれるのを前に、謀ったようなタイミングの良さで、地球温暖化問題をめぐるスキャンダルが出てきた。米英のウェブログなどインターネット界でさかんに論じられている「クライメートゲート」(Climategate)である。11月18日、英国のイーストアングリア大学にある「気候研究所」(CRU)のサーバーがハッキングされ、1000通以上の電子メールや、プログラムのスクリプトなど電子文書類が、何者かによってネット上に公開された。その公開されたメールやデータを分析することにより、CRUなどの研究者たちが、温暖化人為説を根拠づけるため、さまざまな歪曲や論敵つぶしを展開してきたことが明らかになりつつある。 (Hadley CRU hacked with release of hundreds of docs and emails) (Hadley CRU Files FOI2009.zip 61.93 MB) (Alleged CRU Emails - Searchable(全メールをキーワード検索できる)) データを暴露されたCRUは、英国で最も重視されている気候学の研究所で、英国気象庁の気候変動研究の多くを請け負い、世界各地の気温を測定・収集して平均気温を算出する世界の4つの研究所の一つである。CRUは、フィル・ジョーンズ所長(Phil Jones)やキース・ブリファ副所長(Keith Briffa)を筆頭に「人類が排出した二酸化炭素などによって地球は急速に温暖化している」という「人為温暖化説」を強く主張し「地球温暖化問題」を主導してきた国連の気候変動パネル(IPCC)を主導してきた。 (Rorting data is hell, Nino) ハッキングされて公開されたメールは、CRUの所長や所員が送受信したものだった。CRUは、暴露されたデータを本物であると認め、このデータ窃盗について警察に捜査を依頼していると発表した。 (ClimateGate: The Fix is In) ▼「トリック」を使って気温の下落を隠す 暴露されたCRUのメールの束の中で、米英ネット界が特に騒いでいるものの一つは、CRUのジョーンズ所長が、米国で「人為温暖化説」を強く主張する著名な気象学者であるマイケル・マン(ペンシルバニア州立大学、Mike Mann)に宛てて1999年に送ったメールだ。そこでは、世界の平均気温のデータを操作して、気温が上昇傾向にあることをうまく示すために「トリック」をほどこし、気温の下降傾向を隠すことに成功した、と読み取れる内容が書いてある。 (Subject: Diagram for WMO Statement) メールの問題の部分は、「I've just completed Mike's Nature trick of adding in the real temps to each series for the last 20 years (ie from 1981 onwards) and from 1961 for Keith's to hide the decline.」である。「私(ジョーンズCRU所長)は、マイク(マイケル・マン)がネイチャー(雑誌)に載せた論文で使った『トリック』を使って、過去1981年以来の20年間の地球の平均気温変化と、キース・ブリファ(副所長)が算出した1961年以来の平均気温変化の、温度低下傾向を隠した」と書いている。 メールの題名は「Diagram for WMO Statement」で、国連の「世界気象機関」(WMO)が1999年に発表した地球温暖化に関する報告書の冒頭に掲示された、地球の平均気温のこの1000年の変化のグラフ(Diagram)について、という意味だ。WMOのグラフには、マン、ジョーンズ、ブリファの3人が計算した3種類の線が描かれており、いずれも1900年以降の100年間に急激な気温上昇が示されている。ジョーンズがこのWMOのグラフを作図する際、本当は1960年代以降の気温は急激な上昇ではなく下落傾向を示していたのだが、マンが開発した「トリック」を使って、その下落傾向を急上昇傾向に修正したというのが、今回問題になったメールに書かれていることの意味だ。 (WMO STATEMENT ON THE STATUS OF THE GLOBAL CLIMATE IN 1999) (Mike's Nature Trick) この99年のWMOの報告書は、2001年のIPCCの評価報告書の基礎となった。IPCC報告書は「地球は急激に温暖化しており、その原因は人類が排出した二酸化炭素など温室効果ガスだ。温室効果ガスの国際的な排出規制が必要だ」と温暖化人為説を結論づけている。この報告書は、今につながる地球温暖化問題の最大の根拠となっている。つまり、地球温暖化問題は、WMOのグラフを作る時にマンやジョーンズが使った「トリック」に支えられている。 (Climate Change 2001: The Scientific Basis) (IPCC Third Assessment Report From Wikipedia) メールの中に出てくるネイチャー論文とは、98年にマイケル・マンらが科学雑誌「ネイチャー」に書いた論文のことだ。この論文は、温度計で計った最近(近代約150年分)の気温(実測値)と、木の年輪の間隔などを測定して算出した大昔の概算気温(指標値、proxy data)とを「接ぎ木」して、大昔から現在につながる世界の平均気温の変化のグラフを作ったところ、近年の気温上昇が激しく、現在(98年)が史上最高の気温になっていることがわかったと書いている。 (Michael E. Mann Nature 392 (23 April 1998)) CRUの問題のメールに書かれている「トリック」とは、このネイチャー論文に書かれた、指標値を実測値を置き換えることで、指標値の低下傾向を消すことを意味している。木の年輪を使った指標値の気温は、北半球で、1960年代以降、寒冷化の傾向を示している。そのままでは地球温暖化の仮説を立証できないので、60年代以降の分については実測値を使ってグラフを接ぎ木することで、地球が温暖化していることを示すグラフが作られた。 ▼1960年で接ぎ木して温暖化傾向のグラフを作る 木の年輪などを使った指標値より、実測値の方が正確だと考えるのが常識的だ。マンやジョーンズを擁護する人々は「地球の平均気温の変化を表す時、昔の分を指標値で表し、最近の分をより正確な実測値で示すのはまっとうであり、何ら問題はない。『トリック』という言葉づかいが不適切だっただけだ」と主張している。 メールの受信者であるマンは、NYタイムスの取材に対し、確かに自分が受け取ったメールであると認めた。その上で、1961年以後の分について、指標値を実測値に切り替えることを「うまい方法」という意味でトリックと言っただけだ、学界ではよくこうした言い方がされると述べている。NYタイムスは、木の年輪を使うより実測値の方が正確なのだから、マンの言い分は正しいと書いている。 (Hacked E-Mail Is New Fodder for Climate Dispute) しかし、指標値と実測値を接ぎ木すること自体に問題がなくても、接ぎ木した部分が1960年前後であることは、意図的な歪曲の疑いがある。実測値では、1940−50年代が世界的に気温の高い時期で、2000年以降よりも1940年代の方が高温になっている地域が多い。接ぎ木を60年代からではなく40年代からにしていたら「今が世界的に気温の最も高い時期だ」とは言えなくなっていた。問題のメールにある「下落を隠す」(hide the decline)という言い方には、メールの筆者であるジョーンズ所長が、自分やマンらが主張する「温暖化人為説」を何とかして証明するために、1960年代以後の世界的な気温の下落傾向を隠したいと思っていたことがうかがえる。隠すやり方の一つとして、接ぎ木する年代を恣意的に決めたのだと考えられる。 (How To Hide Global Cooling: Delete The "1940's Blip") 指標値と実測値を接ぎ木して作った地球の平均気温の年次グラフによって「地球の気温は今が一番暑い」「その理由は人類が出した二酸化炭素などだ」と「温暖化人為説」を主張したのは、98年のネイチャー論文を書いたマイケル・マンが最初だ。この年次グラフは、運動競技のホッケーで使われる棒(ホッケースティック)を横にして置いたような形(過去1000年のうち900年は横ばいで、最近の100年だけ急騰)になっている。 (Hockey stick controversy From Wikipedia) この「ホッケーの棒」のグラフは、地球温暖化人為説の根拠としてさかんに使われたが、それに対して「このような形になると主張する根拠が薄弱だ」「現在より高温だったと思われる時期が中世などにあったのに、それが排除されている」などとする反論が他の学者たちから出て、マンらと論争になった。ホッケーの棒グラフは、IPCCなど世界的な場での温暖化人為説の最大の根拠になっていたので、その真偽は温暖化人為説そのものの真偽にもつながる。そのため米議会は、全米科学アカデミー(NAS)に調査を依頼し、06年にその結果が発表された。結論は、マンらの研究手法は信頼性が低く、今が過去で最も暑いとするマンらの主張が正しいと思える根拠は少なかったというものだった。 (When warming's 'hockey stick' breaks) しかし、この米議会での調査は、米国のマスコミでもあまり報じられなかった。IPCCは01年の報告書では大々的にホッケーの棒グラフを掲げていたが、07年の報告書からは外した。しかし、グラフとその関連事項が外されただけでIPCCの結論は変わらず、IPCCの中心にいるマンやジョーンズは依然として温暖化人為説を強く主張し続けている。本来なら、人為説の論拠の基礎となるホッケーの棒グラフの信頼性が失墜したのだから、人為説自体を見直さねばならなかったが、実際にはグラフだけを外して終わっている。日本を含む世界の「専門家」たちの中には「すでにIPCCはホッケーの棒のグラフを採用していないのだから、論争は過去のものだ。温暖化人為説はすでに事実として確立した理論だ。疑問を挟む人は無知な素人か、石油会社の回し者だろう」といった「解説」をするようになった。 ▼プログラムに盛り込まれていたトリック 今回、ネット上で暴露されたCRUの文書は、約1000通のメール以外に、多くのコンピュータープログラム(フォートランやIDLなどのソースコード)のスクリプトが含まれている。それらを検証した米国のウェブログ筆者の中には、メールの束よりスクリプトの束の方が重要な内容を含んでいると主張する人がいる。メールの方では、世界的な気温の低下傾向に対してどんな「トリック」をほどこしたか曖昧だが、スクリプトには具体的なトリックがプログラムコードとして書いてある。 (As we wait for Round 2 of climate gate...) プログラムの一部は、木の年輪から得られた指標値を処理して過去の気温を算定し、表やグラフにするものだ。処理の中には、異常値を排除するものとか、数値のない年次を補完する修正もある。しかし、それらのまっとうな処理とは別に、結果のグラフが温暖化傾向を示すよう、1960年以降の数値に人為的な処理を加えるスクリプトがいくつか見つかっている。 (CRU's Source Code: Climategate Uncovered) その一つは、CRUのキース・ブリファ副所長が書いたと思われる「briffa_sep98_d.pro」のプログラムである(zipファイル形式で暴露されたファイル群の中の ¥foi2009¥foia¥documents¥osborn-tree6¥briffa_sep98_d.pro)。このプログラムの真ん中あたりに「(気温の)下落傾向に対し、非常に人為的(不自然)な補正をほどこす」(Apply a VERY ARTIFICAL correction for decline!!)という注釈があり、その下に、 yrloc=[1400,findgen(19)*5.+1904] valadj=[0.,0.,0.,0.,0.,-0.1,-0.25,-0.3,0.,-0.1,0.3,0.8,1.2,1.7,2.5,2.6,2.6,2.6,2.6,2.6]*0.75 ; fudge factor という2行がある。これは「誤差」(fudge factor)と注釈がつけられているが、処理の内容は、1904年から94年(データの最終年)までを5年区切りにして、その20個の各年の温度変化に対し、個別に数字(温度)を加算し、現在に近づくほど加算値を大きくしている。つまり、現在に近づくほど気温が上がったように、結果を歪曲している。1904−24年は加算なし、29−49年は若干の減算を行い、その後は再び加算に転じ、79年以降は2・6度(後で0・75を乗じているので実質1・95度)ずつ加算している。 (briffa_sep98_d.pro) これは要するに、すでに指摘した1940年代の高温時期の山をなだらかにして今より気温が高い状態でなくすとともに、60年代から80年代以降にかけて温度が急上昇したように見えるグラフを作るための操作である。プログラムの作者自身が「非常に人為的(不自然)な補正」と注釈していることからも、温暖化人為説の証拠作りのため、データを歪曲したことがうかがえる。 同様の注釈つきの歪曲処理として、マイケル・マンが以前に使っていたと思われる「Pl_Decline.pro」というプログラムの最後の部分でも「(気温の)下落傾向に対し、完全に人為的(不自然)な修正を加える(ただし係数がプラスのところだけ)」(; Now apply I completely artificial adjustment for the decline ; (only where coefficient is positive!))という注釈のついた処理がある。 (Pl_Decline.pro) また「data4alps.pro」のプログラムは最初に「1960年以降の年輪データは気温の下落傾向を示しているので使ってはならない」という警告がコンピューター画面に出るようになっている。暴露されたプログラムのあちこちで、近年の気温が下落傾向にあるのを削ったり歪曲したりして、近年の気温が上昇しているように見せかける処理がほどこされている。 (data4alps.pro) これらを見ると、冒頭で紹介した暴露されたメールにある「トリック」という言葉は、マンが釈明するような「良い解決方法」という意味ではなく、データを歪曲することで、地球が温暖化しているかのように見せかけるトリック(ごまかし)であると感じられる。 温暖化問題は米英など各国で対策が予算化され、マンやジョーンズの研究所にも、米英政府から研究費が出されている。英米の議員らからは、今回のクライメートゲート事件で暴露されたジョーンズやマンのやり方は、科学的事実をねじ曲げて研究予算を獲得した詐欺の違法行為であり、犯罪捜査が必要だという声が出てきている。マンとジョーンズが属する大学の当局は、事態を究明するための調査機関を設置した。 (Global Warming On Trial: Inhofe Calls For Investigation Of UN IPCC) (UK climate scientist to temporarily step down) 暴露されたCRUのメールの束の中には、マンやジョーンズといったIPCCを率いてきた人々による、問題のある行為について赤裸々に書いたものが、ほかにもいくつかある。今回はそのごく一部しか解説できなかった。米欧日のマスコミが、この件をほとんど報じていないのも異様で、地球温暖化問題が科学ではなく政治的プロパガンダであることを感じさせるが、そのことについても解説が必要だ。続きは改めて書く。
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