見えてきた日本の新たな姿2016年1月23日 田中 宇日本はこれまで、対米従属以外の戦略を全く持たない国だった。私が知る限り、日本政府が対米従属以外(対米自立)の戦略をわずかでも持った(検討した)のは、1970年代に米国が覇権構造の多極化をめざした時に米国の勧めで日本政府が作った防衛の対米自立策「中曽根ドクトリン」と、2009ー10年の鳩山政権が米中と等距離外交をめざし、結局は官僚機構につぶされた時の2つだけだ。その後、現在の安倍政権にいたる自民党政権は、官僚機構(外務省と財務省)の傀儡で、対米従属一本槍に戻った。 だが昨年の後半から、安倍政権は、従来の対米従属の国是から微妙に外れる新しい戦略を、目立たない形ながら、次々ととり始めている。それらは(1)日豪での潜水艦技術の共有化、(2)従軍慰安婦問題の解決によって交渉が再開された日韓防衛協定や北朝鮮核6カ国協議、(3)安部首相が新年の会見や先日のFT(日経)のインタビューで明らかにした日露関係改善の試み、(4)中国の脅威を口実とした東シナ海から南シナ海に向けた自衛隊の諜報活動(日本の軍事影響圏)の拡大、などである。 (Japan's Abe calls for Putin to be brought in from the cold) (日韓和解なぜ今?) (1)については、昨年11月に配信した記事「日豪は太平洋の第3極になるか」で詳しく書いた。この記事は、有料記事(田中宇プラス)として配信したが、日本国民の全体にとって非常に重要な事項なので、例外的にこのたび無料記事としてウェブで公開した。まだ読んでいない方は、まずこの記事を読んでいただきたい。 (日豪は太平洋の第3極になるか) 上記の記事の後ろの方に書いた、11月末に日本政府が南氷洋での調査捕鯨を再開して豪州を激怒させた件は、その後、豪州政府が日本政府に、捕鯨再開は潜水艦の発注先を決める際の判断要素にならないと知らせてきた。豪州が、日本と潜水艦技術を共有する気になっていることをうかがわせる。12月中旬には、豪州のターンブル首相が急きょ、日帰りで日本を訪問し、安倍首相と会っている。この訪日も、日豪が潜水艦技術を共有して接近しそうな感じを漂わせている。 (Japan's whaling `separate' from submarine bid) (Malcolm Turnbull's flying visit to Japan to include 'special time' with Shinzo Abe) 豪州の通信社電によると、米政府の高官は、豪州が潜水艦を独仏でなく日本に発注することを望んでいる。その理由として米高官は、日本の潜水艦の技術の高さを挙げているという。だが私から見ると、より大きな要点は「技術」でなく「国際政治(地政学)」だ。日豪が米国を介さずに軍事協調を強めていくという、米国勢(軍産複合体でなく多極主義者)が昔から希求してきたことが、豪州の潜水艦の日本への発注によって実現していく点だ。豪州の関係者も、日本に発注されそうだと言っている。発注先は半年以内に正式決定される。 (Japan subs 'superior' US believe: adviser) (Japan bid favorite as Canberra mulls decision) (2)の日韓関係については、1月4日に無料記事として配信した「日韓和解なぜ今?」に詳しく書いた。慰安婦問題の解決は、日韓安保協定の締結と、北朝鮮核廃棄(棚上げ)に向けた6カ国協議の再開という、2つの動きへの布石となっている。日韓安保協定は、日韓が別々に対米従属してきた従来の状況を、日米・日韓・米韓が等距離の協調関係を持つかたちに転換していく流れであり、日韓の対米自立のはしりとなる(この流れを止めるため、日韓の対米従属派が慰安婦問題で日韓対立を扇動した)。 (日韓和解なぜ今?) 6カ国協議が達成されると、米朝、南北(韓国と北朝鮮)、日朝の和解につながり、日本と韓国の対米従属を終わらせる。日韓が慰安婦問題を解決した直後から、中国と韓国が6カ国協議の準備を進めていることが報じられる一方、きたるべき協議での自国の立場をあらかじめ強化するかのように、年明けに北朝鮮が「水爆実験」と称する核実験を挙行した。1月11日には、韓国政府の6カ国協議担当者が、日米や中国の担当者と相次いで会合する予定と報じられている。 (北朝鮮に核保有を許す米中) (South Korea says chief nuclear envoy to meet U.S., Japan, China counterparts) 1月11日に配信した「北朝鮮に核保有を許す米中」で「北朝鮮に核の完全廃絶を迫るのでなく、北がこれ以上の核開発を棚上げすることを協議の目標とすべき」という米国のペリー提案が採用されていくのでないかと書いた。ペリー案と同期するかのように、1月15日には北朝鮮の国営通信社が「(米国が)朝鮮戦争を終わらせる和平条約を(北と)締結するなら、見返りとして、もう核実験をしない」とする北の政府の声明文を報道した。北は「ペリー案をやるなら乗るよ」と言っているわけだ。 (North Korea Would End Nuclear Testing for Peace Treaty, End to US Military Drills) しかしペリー案は結局、試案の域を出ないかもしれない。北が核を棚上げ(隠匿)するだけで廃棄しない状態を6カ国協議の「成功」として受け入れることを、米国や日本は拒否すると予測されるからだ。代わりの案として打ち出された観があるのが、韓国が1月22日に選択肢として提起した、北朝鮮抜きの「5カ国協議」だ。 (SKorea calls for 'six-party talks minus NKorea') これは一見すると「中国を巻き込んで北に厳しく制裁し、困窮させて核を廃棄させる」という無謀な強硬策だが、もう少し考えると「北に核を廃棄させ、米朝や南北・日朝が和解して、冷戦型(対米従属諸国vs反米諸国)の東アジアの国際政治関係を、多極型の等距離な協調関係に転換する」という6カ国協議の順番を逆転し「先に5カ国の関係を冷戦型から多極型に転換していき、その間に北の核問題を解決し、最終的に米朝・南北・日朝が和解して北を多極型システムに取り込む」という新シナリオの提案に見えてくる。 北朝鮮以外の5カ国(米中露日韓)の中で、関係が悪いのは、日韓と日露、米露と米中だ。だが、米中露は国連安保理の常任理事国であり、報じられる印象と裏腹に、世界運営上の相互連絡は十分にとっている。米露と米中は「大人の関係」といえる。逆に、現状が「子供の関係」でしかなく、今後の協調関係をゼロから構築していかねばならないのが、日露と日韓だ。6カ国または5カ国の協議によって東アジアの国際政治システムが冷戦型から多極型に転換していく際に、早く開始せねばならないのが、日韓と日露の関係改善であり、だからこそ、昨年末に日韓が慰安婦問題を解決したり、(3)の安倍政権による対露関係改善の模索が行われているのだと考えられる。 安倍首相は1月17日に報じられたFT(日経)のインタビューで「G7は中東問題の解決にロシアの協力が不可欠だ。(ウクライナ危機以降、G7諸国とロシアの関係が悪化し、G7+ロシアとして作られたG8は事実上解散しているが)G7の議長として自分がモスクワを訪問するか、東京に招待する形でプーチンと会いたい」という趣旨の表明をしている。G7議長とか中東問題といった目くらましをかましているが、要するに、日本国内の合意形成が困難な北方領土問題を迂回して、日露の協調関係を手早く構築したい、という意志表明だ。 (Japan's Abe calls for Putin to be brought in from the cold) 安倍は、ロシアを評価する一方で、中国の領海的な野心を非難している。だが、中国政府の経済政策は賞賛しており、対立点を軍事安保面に限定している。安倍はまた、アジア太平洋地域の将来像を米国と中国の2大国だけで決めるのはダメだとも述べている。要するに、米中だけでなく日本も、アジア太平洋の地政学的な将来像の決定過程に入れてくれ、と言っている。これは、従来の対米従属の日本の姿勢から、かなり逸脱している。 (Shinzo Abe aims his next arrow at the global stage) この点において、今回の(4)の日中対決と(1)の日豪亜同盟の話がつながってくる。安倍の「米中だけでアジア太平洋のことを決めるな、日本も入れろ」という要求は「第1列島線以西は中国、第2列島線以東は米国、その間は日本の影響圏だ」という日豪亜同盟の考え方と一致している。 (日豪は太平洋の第3極になるか) そして安倍政権は、2つの列島線の間に日本の影響圏を作っていく具体策として、米国の依頼を受けて南シナ海での中国の動きを監視する自衛隊の軍事偵察網を作ることや、中国包囲網の一環としてフィリピンとの軍事関係を強化することを通じて、東シナ海から南シナ海にかけての2つの列島線の間の海域に、日本の軍事諜報システムを拡大しようとしている。 (Japan PM Abe's cabinet approves largest defence budget) 日本政府は軍事予算を急増しているが、主な増加分は、中国敵視を口実とした、2つの列島線の間の海域での軍事的な影響圏の構築に使われている。日本にとって、中国との対立は、きたるべき多極型世界において自国の影響圏を創設するための口実として使われている。日本に挑発され、中国が最近、尖閣沖に武装船をさかんに送り込んできている。だが、日中が戦争することはない。中国は、日本が2つの列島線の間を占めることを黙認するだろう。日本の影響圏がある程度構築されたら、日中は再び和解するだろう。 (Japan's far-flung island defense plan seeks to turn tables on China) (Japan says armed Chinese coastguard ship seen near disputed islands) (China steps up incursions around disputed Senkaku Islands) 国民的には「平和憲法を持つ日本には、領土と領海を超えた地域での軍事的な影響圏の拡大など要らない」と考える人が多いかもしれない。それが政府の政策になるなら、2つの列島線の間の地域は、日本でなく、中国の軍事影響圏になっていく。いずれ米国は第2列島線、つまりグアム以東へと軍事撤退し、その後の空白をぜんぶ中国が埋めることになる。日本は明治以前の、小さな孤立した島国に戻る。2つの列島線の間の地域は、今のところ、米中で将来像を決めていない「空白地域」だ。安倍政権は「空いている地域で、日本がもらって良いものなのだから、もらって当然だ」という考え方なのだろう。 この件での国家的な意志決定が、今後、国民的な議論や選挙のテーマになることは、多分ない。民意と関係なく、国家の上層部だけでひそかに決められていき、報じられることもないだろう。私の「日本は、2つの列島線の間を、日豪亜同盟として影響圏にするだろう」という予測は、今後もずっと陰謀論扱いされそうだ。とくに日本の左翼リベラルの人々は、私がこの話をするたびに、聞きたくないという感じで何もコメントせず無視する。 今回の記事の(1)から(4)は、いずれも米国から依頼されて日本が動いている感じだ。しかし、日本がこれらのことを進めていくと、対米従属の体制からどんどん外れていく。米国の戦略は、隠れ多極主義的だ。 日本が豪州や韓国、ロシアと協調関係を強め、2つの列島線の間が日本の影響圏になっていくと、北朝鮮をめぐる状況が今のままでも、在日米軍の海兵隊がグアムに撤退する話が再燃するだろう。日本が、国際的な影響圏を持つような大国になるなら、防衛を米軍に依存し続けることはできない。沖縄の基地問題は、従来のような「左」からの解決でなく、日本が影響圏を持つことで在日米軍が出ていくという「右」からの解決になるかもしれない。
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