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日豪亜同盟としてのTPP11:対米従属より対中競争の安倍政権

2017年4月24日   田中 宇

この記事は「トランプの東アジア新秩序と日本」(有料記事)の関連です。

 麻生太郎財務相が、米国抜きの11カ国で構成するTPPを推進する政府方針を明らかにした。その一方で麻生は、4月18日に訪日して日米2国間の貿易協定の締結を日本側に要請した米国のペンス副大統領に対し、米国側が農産物や自動車の対日輸出に関してTPPの時よりも強硬な姿勢をとっているため、色よい返事をしなかった。麻生は、日米2国間協定よりTPPの方が、日米双方に利得が大きいと弁明している。麻生は、安倍首相に命じられて、TPP11の推進への積極姿勢と、日米2国間貿易協定に対する消極姿勢を表明した。対米従属だったはずの安倍政権が、日米協定よりも、米国抜きのTPP11を望む姿勢をとり出した。これは画期的だ。 (TPP minus US starting to gain ground) (Govt shifts TPP course due to concerns oer bilateral talks / Trade pact without U.S. targeted

 安倍政権は、5月のハノイでの貿易相会議で、TPP11カ国が集まって出直し交渉を開始し、早ければ11月のAPECサミットまでに合意して参加国の署名にこぎつける方針で、TPP11の締結をかなり急いでいる。安倍政権がTPP11を進めることにした理由について、マスコミなどでは、いずれ米政府がTPPに対する拒絶をやめて再び加盟する気になる時に備え、まずは米国抜きの11カ国で締結することにしたという解説が流れている。私が見るところ、この説明はたぶん間違いだ。米国が入らないTPP11を急いで締結するには、TPPの条約としての発効要件を、米国抜きの前提で組み直すとともに、米国が要求していたが他の諸国の中に反対論が強かったISDS(企業が政府を凌駕しうる提訴システム)や知的所有権保護の部分を外して締結するのが早道だ。この方法でTPP11を実現すると、米国が後から入るのをいやがる協定になってしまう。 (Japan says it will pursue Trans-Pacific Partnership despite U.S. withdrawal) (Momentum for US-free TPP grows as Japan takes leadership role

 オーストラリアとニュージーランドは、昨年11月にトランプが当選した直後から、もう米国を含んだかたちのTPPは無理だと言って、米国抜きのTPP11を実現しようと提唱している。安倍政権は当初、米国抜きのTPPなど無意味だと宣言し、豪州NZの提案を断っていた。今回、安倍政権は態度を180度転換してTPP11を突然推進し始めたが、それはおそらく、豪州NZの提案に乗ることにしたことを意味する。豪州とNZの政府は、日本がTPP11を推進し始めたことを大歓迎している。豪州NZは、いつでも米国が戻ってこれる態勢のままTPP11を推進する気はない。 (Japan seeks to bring Pacific trade deal back from the dead) (中国の台頭容認に転向する米国

 逆に、米国のライバルである中国をTPPに引き入れようとする勢力すら、豪州NZの上層部に存在する。豪州NZは、永久に米国が入ってこない前提でTPP11を実現しようと提案した。今回それに乗る日本も、米国が入ってこない前提でTPPを推進すると考えられる。「安倍政権は、いつでも米国が戻ってこれる前提でTPP11を推進するのだ」という「解説」は、日本外務省やマスコミなど、国内でまだ強い対米従属派をだますために安倍政権が発している目くらましだろう。 (Australia, Japan lobby for TPP-11) (In Japan, Vice President Pence Pushes For Bilateral Trade Deal

▼対米従属より中国との競争を優先せざるを得なくなりTPP11を進める日本

 日米貿易協定の交渉を拒否しつつ、米国抜きのTPP11の締結を急ぐ安倍政権は、これまでの対米従属をやめて、対米自立に転換したのか??。そのような180度の転換ではなさそうだ。日米交渉を拒否しているのは、あと数年待ってトランプから次の政権になったら、米国が今のような厳しい要求を突きつけてこなくなるかもしれないのでそれまで待つ、という意図に見える。急にTPP11を推進し始めたのは、トランプが最近の北朝鮮核問題を契機として中国に寛容な態度をとり始め、中国がアジアの覇権国として、中国主導の貿易圏であるRCEP(東アジア地域包括的経済連携、ASEAN+中日韓+豪NZ印)を急いで結成しようとしていることに対し、日本が対抗する必要があるからだろう。 (Deep rifts remain in Japan-U.S. trade postures despite new dialogue chapter) (アジアFTAの時代へ) (TPPより日中韓FTA

 トランプは、日本とだけでなく、中国、EUと、それぞれ2国間貿易協定を結ぼうとしている。日本は、米国との貿易協定に対して消極的だ。EUは、ドイツの総選挙が終わって次期政権が確定する今年10月まで、米国との本格交渉に入れない。交渉中の米国とEUの貿易協定(TTIP)については、EU内に反対論も多い。中国との間でも、米国は、中国が満足できる内容の協定案を提案するかどうか疑問だ。しかし米国が、南シナ海などで中国を敵視する「中国包囲網」戦略から、貿易協定という対中協調路線に転換した感じはある。これは、米国が中国の台頭を容認することを意味する。 (US reopens door to reviving EU trade talks) (America’s Next Possible Actions on Trade Policy with China

 トランプの米国が中国の台頭を容認し始めたことを受け、中国とASEANは、貿易面での中国のアジア覇権の象徴ともいうべきRCEPの締結を急いでいる。困難であるが、RCEPは今年じゅうの締結をめざしている。米国の離脱でTPPが頓挫したまま、RCEPが実現してしまうと、それは、東アジア諸国(ASEAN+日韓豪NZ)が、貿易面で、米国の覇権下から、中国の覇権下に移ってしまうことを意味する。これは特に、日本や豪州にとって、受け入れられないことだ。 (Will RCEP be a reality by the end of 2017?) (TPPは米覇権の縮小策

 東アジアにおいて、米国の覇権が退却し、中国の覇権が拡大する事態に、もともと対米従属・中国敵視の陣営にいた日本や豪州などが対抗するには、米国が中国に対抗してくれることに期待するのをやめて、日本や豪州が自前で中国に対抗する勢力として結束するしかない。貿易面でいうと、RCEPに負けないようにTPP11を推進する必要性が、ここで出てくる。日本は、対米従属をやめる目的でTPP11を推進することにしたのでなく、トランプから容認された中国の台頭に対抗せねばならないので、TPP11を推進し始めた。日本は、対米従属より中国との競争を優先せざるを得なくなったので、TPP11を実現しようとしている。 (RCEP needs to be more than a trade deal) (With TPP gone, RCEP is now more urgent: Malaysian PM Najib Razak

 日本も豪州もRCEPのメンバーだが、RCEPの内部で主導権を中国から奪う努力をするよりは、TPP11をRCEPより先に発効させ、日豪亜が中国抜きで結束することで、TPP11とRCEPが競争的に並立する形にした方がやりやすい。日本はこれまで、対米従属国として、韓国などと組んで、米国が要求してTPPに入れさせた悪名高きISDS条項を、RCEPにも入れさせるなど、嫌がらせをすることで、RCEPの早期締結を邪魔してきた。だが、こうした米国の威を借りたやり方は、米国がトランプ政権になって多国間の貿易協定に関心を失ったため、無効になっている。 (RCEP meet: focus on investor-state dispute

 RCEPは、不透明と批判されていたTPPよりも、さらに内容が不透明だ。RCEPに、有効なISDS条項が盛り込まれるのかどうか不明だ。とはいえ、強烈な国家主義である中国が、政府より企業の力が強い状態を作るISDSのシステムを、本気でRCEPに取り入れるとは考えにくい。 (Study Shows Risks Of Including Corporate Sovereignty In The 'Other' Huge Asian Trade Deal, RCEP) (大企業覇権としてのTPP

 TPP11は、私がこれまで何度か論じてきた安保面の「日豪亜同盟」の経済版であるといえる。日本と豪州は、米国の影響圏がグアム以東まで退却した後のことを考え、中国の影響圏と、米国の影響圏の間に横たわる、日本、(台湾)、フィリピン、インドネシア、シンガポール、豪州という細長い海洋アジア圏で結束していくことを模索している感じがあり、私はこれを暫定的に「日豪亜同盟」と呼んでいる。 (台湾に接近し日豪亜同盟を指向する日本) (トランプの東アジア新秩序と日本

 安倍政権は、日本の国際戦略を、日本外務省が立案してきた対米従属一本槍路線から、日豪亜同盟の模索へと、目立たないように転換しようとしている感じだ。外務省は、対米従属から離脱するあらゆる策を潰そうとするので、安倍は外務省を回避し、経産省や財務省や自民党を使って、日豪亜的なことをやろうとしている。麻生が安倍の代理でやり出したTPP11の推進も、その線に沿っている。 (見えてきた日本の新たな姿

 日豪亜は、中国の覇権拡大に対抗するものだが、米国製の既存の中国包囲網策と異なり、中国との敵対を扇動するものでない。豪州は以前、日豪亜同盟の先鞭をつけるはずだった日本への潜水艦発注を見送っている。その理由は、当時の日本が対米従属一本槍で米国の中国包囲網策に乗って中国を敵視しすぎるからだった。鉄鉱や食糧の対中輸出で儲けている豪州は、中国との経済関係を強化したい。豪州が日本と組んで中国に対抗しようとするのは、巨大な中国と交渉する際、豪州だけでやるより、日本などと結束して中国に接した方が有利だからだ。 (潜水艦とともに消えた日豪亜同盟) (日豪は太平洋の第3極になるか

 TPP11とRCEPの関係は、日本(米日)主導のADB(アジア開発銀行)と、中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)との関係にも似ている。米国が退潮し、中国が台頭している間は、両者の間で競争や対立が続くが、米国の退潮と中国の台頭がいずれ一段落し、多極型の新たな覇権構造が安定していくと、両者は対立より協調する面が多くなる。最終的には、TPP11とRCEP、ADBとAIIBが融合していくかもしれない。 (日本から中国に交代するアジアの盟主

 このような変化が、どのくらいの速さで進んでいくかは不透明だ。変化の速度に関する予測は難しい。TPP11が実現するかどうかも、まだわからない。これまでの私の予測は、覇権転換の速度を速く見積もりすぎ、行きつ戻りつの転換を一直線なものと早とちりする傾向があった。覇権転換は数十年かけて展開する。分析者を長生きさせることが必要だ。10年ぐらいのずれはご容赦いただきたい。



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