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テロ戦争の意図と現実

2007年9月11日   田中 宇

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 2001年9月11日に911テロ事件が発生してから6年がすぎた。私は911事件後、インターネット上でアメリカの分析者たちの指摘を読むうちに、ブッシュ政権は911事件の発生を黙認したのではないかと考えるようになり、事件から4カ月後の2002年1月に「テロをわざと防がなかった大統領」と「テロの進行を防がなかった米軍」という記事を書いた。(関連記事その1その2

 私はこれらの記事をもとに、2002年4月には「仕組まれた9・11」(PHP研究所)という書籍も刊行した。当時はまだ「米政府がテロの発生を容認するはずがない」という先入観が人々の頭の中で強く、謀略説に基づく私の分析は世の中であまり支持されなかった。私のこの本は、ブッシュ政権を批判的に分析していたため、どこからか書籍の版元に圧力がかかったのか、意外に早く絶版になった。

 しかしその後、2003年のイラク侵攻で「イラクは大量破壊兵器を持っている」という開戦事由が誇張されたでっち上げだったことが判明するなど、ブッシュ政権に対する信頼性が落ちたこともあり、今では「米当局は911の発生を黙認したのではないか」「911はブッシュ政権の自作自演ではないか」という「911謀略説」の見方を採る人の方が多くなっている。アメリカでは、911に対する米政府の説明がすべて本当だと思っている人は、国民の20%しかいない状態だ。(関連記事

 また世論調査によると、米国民の51%は、米議会が911に関して、ブッシュ政権を調査すべきだと考えている。事件の6周年を期して「首謀者」のオサマ・ビンラディンらしき人物が米国民に呼びかけるビデオメッセージが出現したが、米国民の多くは、このビデオをニセモノと考えている。テロの恐怖を煽り、国民を政府の元に結束させようとする米当局が作ったニセモノではないかという見方もある。(関連記事その1その2

 日本でも一昨年あたりから、911謀略説に関心を持つ人が増え、絶版になった私の本は、ネット上の中古書籍市場で、一時は定価の約3倍以上の1冊5000円の値がつくほどになった。

(読者からは「もう一度911の本を書くべきだ」というメールも来たが、私自身は、イラクやイスラエルの情勢、世界の多極化、ドル通貨の基軸性の喪失など、今起きている大変動に対する分析の方が重要だと考え、そちらが忙しいので、911の追加分析に十分な時間を割けない)

 最近では、アメリカン航空が、911事件でハイジャックされたはずのAA11便とAA77便は、実は事件当日、そもそも運行していなかったという指摘を、英語版のウィキペディア上で書き込んでいたことが明らかになっている。911については、この手の奇妙な話がいくつも存在している。アメリカでは、米政府の911真相究明委員会の調査報告書の内容に疑問を投げかける学者や建築家も多い。(関連記事その1その2

 最近はまた、911当日、世界貿易センタービル(WTC)のツインタワーが崩壊してから約7時間後、ツインタワーの脇にあるビル「WTC7」が突然爆発音とともに崩壊したことについて「ビルに爆弾が仕掛けられていたようだ」と、CBSテレビの記者が当日のニュースで発言していたことが確認されている。(関連記事

 WTCのツインタワーは、旅客機(らしきもの)が突っ込んだ後に崩壊したが、その崩壊の様子を見た多くの建築専門家が「ビルは旅客機の衝突で崩壊したのではなく、あらかじめ爆弾が仕掛けられていたのではないか」と指摘している。米政府は、こうした見方を、無根拠な間違いと一蹴しているが、その7時間後に突然起きたWTC7の爆破崩壊は「WTC7にも爆弾が仕掛けられており、犯人の手違いで爆破時刻がずれたのではないか」と、謀略説を分析する人々の間で考えられてきた。前出の世論調査によると、米国民の67%は、WTC7の奇妙な崩壊についての真相究明が足りないと考えている。(関連記事

▼テロ戦争の目的

 911謀略説は世界的に定着した観があるが、もう一歩思考を進めて「ブッシュ政権が911テロの発生を黙認ないし誘発したとのなら、その目的は何か」ということに関しては、アメリカでも十分な分析がなされていない。

 911によって始まった「テロ戦争」は、その後のアメリカの世界戦略の根幹をなしている。アフガニスタンとイラクへの侵攻はテロ戦争の一環として行われた。イランやシリア、ヒズボラ、ハマスなどに対する敵視も「テロ支援国家」「テロ組織」だからというのが理由である。北朝鮮に対しても、アメリカは「テロ支援国家」の指定を外すの外さないのと言っており、これもテロ戦争の一部である(北朝鮮を仮想敵にし続けたい日本の強い要請で、米政府は北朝鮮のテロ支援国家指定解除を延期している)。(関連記事

 アメリカは、EUや日本などとの同盟関係も、テロ戦争の協力者として見る視点が中心だ。911のテロ発生を機に、アメリカの世界との関係は、あらゆる面が「テロ戦争」の中に包括されるようになった。現代の国際政治にとって絶対的に重要なことは、アメリカが世界との関係をどうとらえているかである。その意味で「テロ戦争」は、今の国際政治にとって最も重要な概念になっている。

 テロ戦争は、911の発生によって始まった。911が起きなかったら、テロ戦争も存在しなかった。オサマ・ビンラディンは中東では以前から有名だったが「アルカイダ」という組織名は、911まで、ほとんどマスコミに出なかった。公式見解では、米政府は911テロを防ぎたかったが防げなかったのだとされ、テロ戦争は、アルカイダにテロ攻撃されてやむをえず開始した、米政府にとって受動的な戦争と位置づけられている。

 だが、今や世界の多くの人々が感じている「米政府は911を黙認ないし誘発したのではないか」という謀略説の見解に立つと、テロ戦争は、米政府にとって能動的なもの、米政府が意図して開始したものである可能性が高くなる。テロ戦争は、公式見解とは全く異なる意味を持つことになる。

(この構図は、1941年の真珠湾攻撃の謀略説が包含するものと同じである。公式見解では、アメリカは日本に攻撃されてやむを得ず日米戦争を開始したということになっている。だが、もし米政府が日本の攻撃計画を事前に知っていて黙認したのだとしたら、アメリカは日本との戦争を誘発したことになる)

 米政府が、テロ戦争を開始するために911事件を黙認・誘発したのだとしたら、テロ戦争は、ブッシュ政権もしくはアメリカにとって、何らかの利点があるから開始されたと考えられる。その利点とは、どんなものだろうか。

▼テロ戦争は第2冷戦

 テロ戦争の特徴の一つは、世界中のあらゆる反米勢力を「テロ組織」と呼べる状況を作ったことである。アメリカは「正義」で、反米勢力は「悪」である。世界最強のアメリカに楯突いても良いことは少ないので、世界のほとんどの国々は、テロ戦争に協力し、アメリカの世界支配を強化できる。

 もう一つの特徴は、どこかの国でテロが起きると、その国の国民が自国政府を支持する傾向を強めることだ。有事になると、政府への結束が強まる。野党より与党が有利になる。欧米のイスラム過激派組織の中には、米英などの諜報機関のエージェントが潜り込んでいることが多い。彼らが扇動してテロを起こすと、それによってその国の指導者への国民からの支持が強まる。テロ戦争の理屈を使えば、反政府勢力への弾圧も違法でなくなる。多くの国の指導者が、アメリカに協力してテロ戦争に参加したくなるのは当然だった。

 テロ戦争によって作り出された「親米=正義、反米=悪」という構図は、第二次大戦後に40年続いた米ソ冷戦の構図と同じである。911直後から、米政府の元高官などが「テロ戦争は40年続く」といった予測を発するようになったが、これは明らかに冷戦を意識した発言である。「テロ戦争は第2冷戦である」という指摘である。

 冷戦は、ドイツを永続的に二分し、西欧大陸諸国をアメリカに隷属させ、米英同盟の下に、欧米の同盟関係を置いた点で、アメリカよりイギリスの国益に大きく貢献するものだった。一方、第2冷戦たるテロ戦争は、アラブ人をテロリスト扱いした点で、パレスチナ問題を抱えるイスラエルの国益に大きく貢献している。冷戦は世界を「米英中心体制」にしたが、テロ戦争は世界を「米イスラエル中心体制」にするものだったと考えられる。ブレア前政権のイギリスは、この体制に自国も食い込んで「米英イスラエル中心体制」にしようと、アメリカの後を積極的に追った。

 冷戦中に米英は、敵であるソ連に対して断続的に挑発行為を行い、ソ連が米英を敵視し続けるよう、冷戦体制ができるだけ長く続くよう謀った。ソ連経済が疲弊した1960−70年代以降、ソ連の上層部には、アメリカと和解して冷戦を終わらせる考えがあったが、冷戦体制を世界支配のために使っていた米英は、冷戦を終わらせたくなかったので、敵対を煽り続けた。これと同様に、テロ戦争でも、敵であるイスラム過激派の敵意を扇動する作戦が採られている。

 米英の支配を長く受けてきたイスラム世界の人々は、アメリカと対立してもかなわないことを良く知っている。だから平時なら、アルカイダやヒズボラなどイスラム過激派への支持は、あまり多くない。これでは、テロ戦争は長続きしない。

 米当局がイスラム教徒を誤認逮捕や虐待するなどして、イスラム教徒の反米感情を扇動する必要を、米当局者が感じたとしても不思議ではない。アフガニスタンなどで捕まえた、ほとんど無実の「テロ容疑者」を、フロリダ沖のグアンタナモ基地に無期限拘束するといった米当局の不当行為は、イスラム世界の怒りを扇動し、テロ戦争を永続化するための作戦だったのかもしれない。

▼テロ戦争を失敗させたネオコンとチェイニー

 テロ戦争についての分析で、もう一つ重要な点は、テロ戦争は失敗しているということである。イスラム世界の怒りを扇動する作戦は、やりすぎたことによって、ハマスやヒズボラ、イスラム同胞団(エジプト)などを必要以上に強化してしまい、中東のいくつもの親米政権を崩壊させそうになっている。エジプトのムバラク政権は同胞団にいずれ倒されるだろうし、パレスチナのアバス政権と、ヨルダンの王室は、ハマスによって政権を奪われる可能性が高い。(関連記事

 テロ戦争を失敗させている最大の要因は、イラクへの侵攻と無茶な占領である。イラクの大量破壊兵器の存在をでっち上げて開戦事由としたこと(がばれたこと)は、アメリカの信用を世界的に失墜させた。アメリカの覇権は「強くて信頼できる国だ」という世界的評価に裏打ちされてきただけに、この信用失墜は重大だ。

 イラクを侵攻しても、フセイン政権(バース党)の官僚組織や軍隊をそっくり残し、最上層部だけ親米的な人々に変えれば、イラク政府は傀儡化され、占領は成功していただろう。しかし、ブッシュ政権はバース党の公職追放を徹底し、旧イラク軍は完全解体され、軍人の多くは反米ゲリラに参加し、占領を失敗に追い込んでいる。すでにアメリカがイラク占領を成功させられないのは決定的だ。イギリスは持ちこたえられなくなって、イラク南部から撤兵しつつある。(関連記事

 いずれアメリカはイラクから撤退し、それは中東全域におけるアメリカの支配の終わりとなるだろう。中東の親米政権のいくつかは、イスラム主義勢力に倒される。イスラエルの国家存続も危うい。イスラエルの国益を増進させるはずだったテロ戦争は、イスラエルを潰しそうになっている。

 こんな展開を引き起こした最大の犯人は、911直後からブッシュ政権の中枢でイラク侵攻をさかんに主張して実現した「ネオコン」と、その取りまとめ役であるチェイニー副大統領である。

▼イラク戦争とテロ戦争は手口が違う

 ネオコンやチェイニーが挙行したイラク戦争と、その前に始まっていたテロ戦争とを比べると、やり方の手口がかなり異質であることに気づく。

 イラク戦争は、開戦前から、開戦事由がでっち上げであることや、フセイン政権打倒後の計画をめぐって米政府の国務省と国防総省が対立したことなどが、マスコミに漏洩しており、やり方が非常にがさつで、ウソや謀略がばれてもかまわない感じで挙行され、戦争準備が周到でなかった。ネオコンやチェイニーが、周囲の反対を押し切って戦争開始に持ち込んだやり方が、かなり詳細にマスコミで暴露されている。

 ネオコンは、自分たちがやりたいことを事前にマスコミのコラムなどで暴露してしまう傾向がある。イラク侵攻の前から「イラクの次はイランを潰す」といった主張が出ていたし「北朝鮮は侵攻しない」という表明も2003年春からなされていた。

 これと対照的にテロ戦争については、911事件や、その後ロンドン、マドリード、バリ島などで起きたテロについての真相が、いまだに確定していない。謀略臭はするものの、推測による分析しかできない。テロ戦争は、イラク戦争よりずっと周到に展開されている。イラク戦争は、首謀者がネオコンとチェイニーだと分かっているが、テロ戦争は首謀者も分からない。

 昨年暮れ、米国防総省でテロ戦争担当の副部長だったシスラー准将(Brig. Gen. Mark Schissler)は「テロ戦争は、これから50年から100年は続く。政治は、この戦争に介入すべきではない。政治は(テロ戦争に対する)米国民のやる気を削ぐようなことをしている」と表明した。(関連記事

 シスラーは「政治」が誰をさすのか明らかにしていないが、ホワイトハウスや国防総省で、ブッシュやチェイニーに任命されて軍事戦略を練ってきた「政治任命官」(political appointee)を批判しているのだと推測できる。将軍たち(制服組)の反対を押し切って、イラク侵攻計画を挙行したウォルフォウィッツ元国防副長官らネオコンは、いずれも政治任命官だった。

 シスラーら国防総省では「テロ戦争」を永続させようと周到に計画していたのに、ネオコンがその計画をねじ曲げてイラク戦争を強引に挙行し、米軍を泥沼の占領に引きずり込み、テロ戦争を失敗させている。いい加減にしてほしい、という怒りが、シスラーの主張の本質だろう。

 つまり、国防総省などによって周到に計画されたテロ戦争は、911を誘発して開始された直後に、政権中枢のネオコンとチェイニーによって乗っ取られ、泥沼のイラク占領や、イランやロシアを敵視しすぎて強化してしまうという、重過失的な失策とすり替えられ、テロ戦争は米英イスラエルの世界支配を強化するどころか、自滅させる結果になっている、というわけだ。

 ネオコンやチェイニーの仲間は、イスラエルにもいる。イスラエル空軍がその一つで、彼らは9月7日に戦闘機をシリア領空に飛ばして威嚇し、進みかけていたイスラエルとシリアの和平交渉を破壊した。昨夏、レバノンを無茶苦茶に空爆してイスラエルの国際的イメージを大失墜させたのも彼らである。(関連記事

▼暗闘に勝っているネオコン

 歴史を振り返ると、1989年に米ソ冷戦を終わらせたレーガン政権の中枢にも、ネオコンの勢力が入っていた。レーガンがゴルバチョフの和平の誘いに乗って冷戦を終わらせることをしなかったら、冷戦はその後も続いただろうから、「第2冷戦」であるテロ戦争を開始する必要もなかった。

 ネオコンがレーガンを動かして冷戦を終わらせ、その後「テロ戦争」によって冷戦的な支配構造を再生しようとする動きを、イラク侵攻などの無茶苦茶によってネオコンが潰した、と考えることができる。最近の30年間の国際政治の中心は、米英イスラエル中心体制を維持発展しようとする勢力(主流派)と、それを潰しにかかるネオコンとの、米中枢における暗闘だった、ということである。

 主流派とネオコンのそれぞれの意図を考えてみると、主流派の意図は分かりやすい。米政府の高官たちが、自国の強さと世界支配構造の維持を求めるのは自然だし、イギリスやイスラエルの指導者が、アメリカの強さを自国のために使おうとするのも理解できる。これに比べ、米英イスラエルを自滅させようとするネオコンの意図は、よく分からない。

 米英イスラエル中心体制は、欧米中心体制であり、世界の発展途上国の経済発展を阻害し、ひいては世界経済全体の成長力を阻害しているので、ネオコンは資本家の手先として、米英イスラエル中心体制を壊して、世界経済の経済力を増進させたいのではないか、という経済的な仮説を、私は考えて以前に配信したりした。しかし、この説が正しいとは、私も言い切れない。(関連記事

 ネオコンの意図は分からないままだが、米英イスラエル中心の世界体制を破壊するというネオコンの戦略は、達成に向けて着々と進んでいる。今後の数年間で、米軍がイラクから撤退し、米英の中東覇権は失われ、イスラエルは国家危機に陥り、ロシアや中国がもっと台頭し、世界の覇権構造が多極化していくことは、ほぼ間違いない。米経済の落ち込みと、ドル通貨の基軸性の喪失の可能性も高まっている。

 イギリスのブラウン新政権は、イラクから撤退し、アフガニスタン占領に注力することで、ネオコン主導のイラク戦争から手を引き、米英イスラエル中心体制を強化するテロ戦争を再強化しようとしている。しかし、アフガニスタンのとなりのパキスタンでムシャラフ政権が倒れたら、イギリスなどNATO軍はアフガン撤退を余儀なくされ、この方面のテロ戦争は、タリバンの勝利と欧米の敗北で終わる。(関連記事

 読者の多くは、私の説に懐疑的だろう。毎日詳細に英語などの国際情勢を見ていないと、この状況は感じられないだろうから、多くの人が私の説に懐疑的なのは仕方がない。アメリカの覇権の永続しか見たくない外務省など日本政府の影響を、日本のマスコミが受けているということもある。「多極化やネオコンの自滅主義を言い出す田中宇を見損なった」という指摘は多い。しかし、多くの人々には見えないまま、世界の現実は、アメリカの覇権の経済的・政治的・軍事的な自滅に向かって進んでいる。



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