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テロをわざと防がなかった大統領

2002年1月24日   田中 宇

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 アメリカの首都ワシントンの郊外にフォールズチャーチ(Falls Church, Va)という町がある。ここは、ワシントンの連邦政府やその傘下の組織に勤めている人が多い閑静な住宅街で、昨年9月11日のテロ事件の後、ほとんどの家のベランダや庭に、愛国心の象徴である国旗が掲げられるようになった。

 そんな愛国的な雰囲気のフォールズチャーチには、アメリカを愛していないと思われる人々も住んでいた。この町には、911のテロ事件の容疑者のうち4人が以前に住んでいたと思われるアパートがある。リーズバーク・パイク通り5913番地(5913 Leesburg Pike)という住所である。

 ハイジャック事件の容疑者たちがこの住所に住んでいたことは、事件6日後の昨年9月17日にFBIが金融機関など各方面に送った捜査協力要請文に添付された容疑者リスト(22人分)に出ている。(pdf版

 ところがどうもおかしいのは、FBIがその3日前の9月14日にマスコミに発表した容疑者リスト(19人分)には、この住所が出ていないことである。

 リストに出てくるハニ・ハンジュルという人物などは、9月17日付けの発表では「バージニア州フォールズチャーチ市リーズバーク・パイク通り5913番地」に住んでいたことになっているが、9月14日付けの発表では「アリゾナ州フェニックスか、またはカリフォルニア州サンディエゴ」に住んでいたことになっている。

 以前の記事「テロリストの肖像」でも指摘したが、FBIは911の事件捜査に関して、非常に雑な発表しかしていない。誰が911事件を起こしたか調べ上げることは、アメリカにとって最も重要なことであるはずなのに、である。

▼FBIの捜査に圧力がかけられた

 この疑問を解くカギとなりそうな報道が昨年11月6日に行われていた。イギリスBBCテレビの「ニュースナイト」という番組で、この日のテーマは「FBIの捜査には圧力がかけられていたのか?」というものだった。番組のスクリプトをネット上で見ることができる。

 それによると、4人のハイジャック容疑者が住んでいたリーズバーク・パイク通り5913番地のすぐ近く、同じ通りの5613番地に「世界イスラム青年会議」(WAMY)の事務所があった。WAMYはサウジアラビアの首都リヤドに本部を置くイスラム教徒の若者のための国際的な親睦団体で、若者向けの文化活動や慈善事業を世界的な規模で行っている。そしてWAMYのトップをつとめていたのは、オサマ・ビンラディンの弟であるアブドラ・ビンラディンという人で、アブドラと別のもう一人の弟(オマル・ビンラディン)も、その近くに住んでいた。

(アブドラは1994年にハーバード大学の法学大学院を卒業した。9月11日の直後まで、ビンラディン一族の一部はハーバード大学の近くの高級コンドミニアムに住んでおり、一族はハーバードにおけるイスラム法とイスラム建築の研究のために200万ドルを寄付していた。911の後、ハーバード大学がある地元のケンブリッジ市は大学に対し、ビンラディン一族からもらった寄付をそっくりそのまま911の被害者のために寄付せよと要求したが、大学側は断った

 BBCによると、FBIは911事件が起きるずっと前の1996年ごろから、WAMYがテロリストを支援している可能性があるとして、WAMYとアブドラ・ビンラディンについて調べを進めていた。ところが捜査の結果が出る前に、アメリカ政府の上層部からFBIに対して横槍が入り、捜査は途中で打ち切られてしまった。

 その後も911事件の発生を経て現在にいたるまで、このことに関する捜査は再開されていない。WAMYに対しては、すでにパキスタン政府では911の後に活動が禁止されているし、インドの当局はWAMYがカシミールの爆弾テロ事件に関与したイスラム組織に対して資金提供したと指摘している。フィリピンの軍も、WAMYがイスラム反政府勢力に資金援助していると非難している。いずれもテロ戦争の「現場」の国々である。

 ところがアメリカの当局は、WAMYの資産を凍結する措置をとっていない。米当局は、少しでもテロに関与していると思われる他のイスラム組織に対しては、可能性が薄い団体に対しても容赦なく資産凍結をしている。

 BBCが米当局に対し、なぜWAMYに対して何の措置もとらないのか尋ねたところ、その返事は「彼らは慈善事業の団体だから」ということだった。

▼ブッシュ一族とビンラディン一族

 なぜFBIがWAMYに対する捜査を打ち切らされ、アメリカだけがWAMYの活動を制限しないだろうか。その理由についてBBCの番組は、ブッシュ大統領とその父親(元大統領)が、WAMYを運営するビンラディン一族とビジネス上で密接なつながりがあるためではないか、と指摘している。

 ビンラディン一族とブッシュ一族とのつながりとして指摘されているものに「カーライル」がある。カーライルはワシントンDCに本社を置く、アメリカの軍事産業に投資することを主な事業とする金融会社で、1987年に設立された比較的新しい企業であるにもかかわらず、すでに軍事産業を統括する企業としてアメリカで最大級のものになっている。

 カーライルの会長はブッシュ政権の国防長官だったフランク・カールーチであるほか、上級相談役には同政権の国務長官だったジェームス・ベーカーが就いている。ブッシュ元大統領自身はアジア向け投資の担当相談役をしているほか、レーガン政権からはワインバーガー国防長官、そしてイギリスからはメージャー元首相が同社の上層部に名を連ねている。(日本語の関連記事

 ビンラディン一族は、カーライルのファンドに投資している顧客である。判明している投資額は200万ドル(2億円強)と、世界最大級の金持ち一族にしてはかなり小さい額だが、昨年9月下旬、この問題に対して批判したウォールストリート・ジャーナルの記事は、把握されていない部分でもっと大きな額を投資しているはずだとみている。

 ウォールストリート・ジャーナルはブッシュ、レーガンらを輩出した米共和党寄りの右派系新聞である。そこが「共和党重鎮たちの会社がビンラディン家を国防産業への投資で儲けさせている」という批判記事を出したということは、共和党内でもこの問題への批判がかなり出たのだろう。ブッシュ大統領は「テロリストを支援する者は、テロリストと同罪だ」と言っているが、実はブッシュ一族自身がテロ支援者だったのではないか、という疑惑である。

 そのためか、ビンラディン家は昨年10月、カーライルに投資していた200万ドルを引きあげると発表している。だが、200万ドルが氷山の一角にすぎないのであれば、これは世論を静めるための表向きの動きにすぎない。

 ビンラディン一族は、サウジアラビア最大の建設会社「サウジ・ビンラディングループ」などの企業群を持つ大資産家で、サウジ王室とも密接な関係にある。911テロ事件の「黒幕」とされるオサマ・ビンラディンはこの一族の人間だが、ビンラディン家は1994年にオサマを一族から追放したと発表している。

 しかし、オサマとは違って「良い息子」の一人として扱われてきた弟のアブドラ・ビンラディンがテロ関連組織と疑われているWAMYのトップをつとめ、WAMYのアメリカ事務所のすぐ近くに住んでいたサウジアラビア人の若者たちが911のテロ実行犯の中に入っている。BBCの番組や、その後報じられたイギリスのガーディアンの記事などは、オサマ以外のビンラディン一族やサウジ王室のメンバーが国際テロ組織を支援している可能性が高いことを指摘している。

 このガーディアンの記事によると、パキスタンの核兵器もサウジアラビアからの支援を受けて作られた可能性があるが、FBIはそれらの捜査を上からの命令で打ち切らされている。BBCは、1996年に打ち切られたアブドラ・ビンラディンに対する捜査に関してFBIが作った機密文書を入手し、それをもとにニュースナイトの暴露番組を作っている。FBIの中には、政治的な理由で捜査が打ち切られたことに対して怒っている人々がおり、それがBBCに情報を提供したと思われる。

 アメリカのマスコミには911後、政治的な圧力がかかっているので情報提供しても報道してもらえないため、イギリスのBBCに情報が持ち込まれたのだろう。この問題でBBCにコメントし、ガーディアンの記事を書いたイギリスのジャーナリスト、グレゴリー・パラストは、30年前には調査報道などで高く評価されていたアメリカのマスコミが、今では政府や大企業に嫌われることが全く書けなくなってしまった、とインタビューの中で嘆いている

▼抗議して辞めたFBI幹部、無念の死

 パラストのような調査報道ジャーナリストたちに対して、911以降のアメリカでは「陰謀論者」というレッテルが貼られがちである。しかし、ネット上の記事をいろいろ調べていくと「サウジアラビア系の国際テロに対するFBIの捜査を、ブッシュ政権の最上層部が止めていた」ということは、ほぼ事実であるように思える。

 昨年11月にフランスのジャーナリスト2人が書いた本「ビンラディン:禁じられた真実」(Ben Laden: La Verite Interdite)によると、ブッシュ政権は911まで、トルクメニスタンからアフガニスタンを通ってパキスタンに抜ける天然ガスパイプラインを建設することなどを目的として、タリバンと交渉してアフガニスタンに連立政権を作らせようとしていた。

 そのため、アメリカがタリバンと交渉している間は、FBIがオサマ・ビンラディンやアルカイダに対する捜査を進めないようにさせていた。FBIのテロ捜査の最高責任者だったジョン・オニールは、この措置に抗議して、昨年7月に責任者の座を自ら降りた。

 2000年10月にイエメンで起きた米軍の駆逐艦に対するテロ事件を捜査するため、オニールらFBI捜査官がイエメンに行って調べていたところ、2001年7月に米国務省から「イエメンとの友好関係にひびが入るのでもうイエメンに来るな」と命じられた。オニールはその2カ月後、9月11日に死亡した。FBIのテロ捜査事務所がニューヨークの世界貿易センタービルにあったからだった。(関連記事

 また、マイク・ルパートというアメリカのジャーナリストが各種の報道記事を調べたところによると、2001年6月にはドイツの情報機関BNDが911のテロを察知して米当局に通告し、9月の事件発生直前には、イランとロシアの情報機関などが米当局に対して警告を発している。ケイマン諸島では、ラジオ局のリスナー参加型の生放送番組に911の発生を警告する電話がかかってきて放送されたりした。これらの警告を、アメリカ政府の最上層部はすべて無視したのだった。



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