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テロの進行を防がなかった米軍

2002年1月28日   田中 宇

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 2001年9月11日の朝、アメリカ軍の司令官であるリチャード・マイヤー将軍は、仕事の本拠地である首都ワシントンDCの国防総省(ペンタゴン)から車で10分ほどのアメリカ連邦議会の上院議員会館にいた。

 マイヤーはこのとき統合参謀本部の副議長で、近く議長に昇格する予定になっており、その人事を議会が承認するための公聴会について上院議員との打ち合わせがこの朝に入っていた。この日、統合参謀本部の議長は大西洋上に出ていたため、ワシントンにおける制服組(軍人)としての最高司令官は副議長のマイヤーが代行していた。

 打ち合わせに入る少し前、マイヤーが控え室にいる間に、その部屋のテレビが、世界貿易センタービルに飛行機が突っ込んだというニュースを報じ始めた。その後やってきた上院議員のマックス・クリーランドが、大丈夫なのか尋ねたところ、マイヤー司令官は「小さな飛行機か何かがビルにぶつかったらしい」と答え、大したことはないという判断で、マイヤーとクリーランドは、そのまま予定通り会議に入った。

 彼らが会議をしている間に、2機目の旅客機が貿易センタービルに突っ込んだが、それをマイヤーたちに伝える人はいなかった。打ち合わせが終わってマイヤーが控え室に戻ったとき、テレビは黒煙を上げる高層ビルを映し出していた。「ここにきて、事態の重大さがはっきりした」と、マイヤーは後から回想している。

 そうこうするうちに、誰かが「ペンタゴンにも飛行機が衝突した」と伝えてきた。誰かが携帯電話をマイヤーに手渡した。電話の向こうは、空軍の司令官だった。このときになって初めて、マイヤーは事件に関して部下からの直接の報告を受け、対応策を命じ、急いで国防総省に引き返すことにした。

(ここまでの経緯は、国防総省が発表した記事をもとに書いた)

▼無為に過ぎた直前の30分

 国防総省に突っ込んだAA77便は、ワシントンの空港を飛び立ったのが8時10分で、飛行中にハイジャックされたのが8時55分ごろだった。この飛行機はロサンゼルス行きで、離陸後45分かけて500キロほど西に飛んだところでハイジャックされ、同じコースを逆行してワシントン方向に戻り、ハイジャックから45分後の9時40分に国防総省ビルに突っ込んだ。

 国防総省はこの飛行機がハイジャックされてから15分後の9時10分ごろには、連邦航空局(FAA)からの連絡で、この飛行機のハイジャックを知っていた。

 しかしそれから30分間、国防総省の司令室では、何をしたらいいか分からない混乱状態が続き、すぐ近くにあるエドワード空軍基地から戦闘機を発進させることもせず、ハイジャック機が自分たちのビルに向かって突進してくるのに、何の手も打たなかった。マイヤー司令官に電話をかけることも、誰もしなかったのである。(司令室は国防総省ビルの東側にあったが、ハイジャック機が激突したのは同じビルの西側だった)(関連記事

 この朝、マイヤーの上司にあたるラムズフェルド国防長官も外出していたが、彼が連絡を受けたのも、国防総省に飛行機が突っ込んできた後だった。

▼緊急発進に大統領の決定が必要だというウソ

 米軍は、ハイジャック機に対する警戒態勢が不十分だったのかといえば、そうではない。日本などより人々が飛行機を使う頻度が高いアメリカでは、ふだんから国内線旅客機のハイジャックに備える十分な態勢がとられ、訓練もよく行われていた。

 旅客機がハイジャックされたり、規定の飛行進路をはずれたまま管制塔からの呼びかけに答えなかったりした場合、連邦航空局は、米軍とNORAD(北米防空司令部、アメリカとカナダの合同防空組織)に連絡し、米軍やカナダ軍の戦闘機に緊急発進してもらう。戦闘機は旅客機の近くまで行き、その操縦室の様子を目視で確かめ、戦闘機の先導に従うよう命じる合図を送る(旅客機の前を横切るのが合図となる)。

 旅客機が先導に従えば、近くの飛行場に強制着陸させる。従わない場合になって初めて、軍の上官が、旅客機を攻撃するかどうかという判断を行う。911では事件後「一般市民が多数乗っている旅客機を撃墜するかどうかという難しい最終判断を、米軍の最高司令官であるブッシュ大統領が下すのに時間がかかり、戦闘機の発進が遅れた」といった説明が、テレビのインタビューに答えるかたちで、チェイニー副大統領によってなされている(9月16日NBCテレビ)。

 だが、これは間違った指摘である。最終的に旅客機を撃ち落すかどうかという判断を下す前に、まず戦闘機が緊急発進し、ハイジャック機の近くまで行って強制着陸に応じるかどうか試してみるのが先である。

 戦闘機の緊急発進には大統領の判断など必要なく、管制塔(連邦航空局)からの要請を受けた米軍やカナダ軍が日常業務として行うことである。火事の発生を知らされた消防隊が火事現場に駆けつけるのと似ている。戦闘機の緊急発進は、それほど珍しいことではない。日本でも領空侵犯などがあると行われ、報じられている。

 チェイニー副大統領は国防長官の経験者で、国防体制には詳しいはずだ。それなのに、戦闘機の緊急発進に大統領の判断が必要だという趣旨の間違った発言には、何か意図があると勘ぐられてもしかたがない。

▼無意味にニューヨーク上空を旋回し続けた戦闘機

 9月11日、午前7時59分にボストンの空港を飛び立った1機目(AA11便)のハイジャック機が大きく進路をそれ、ハイジャックされたと管制塔(連邦航空局)が気づいたのは、離陸から約20分後の8時20分ごろのことだった。

 連邦航空局が米軍に緊急発進を要請したのは、それから約20分後の8時38分で、その6分後にボストンの近くのオーティス空軍基地に緊急発進の命令が下り、その8分後(8時52分)に2機のF15戦闘機が発進した。だが、そのときにはすでに1機目のハイジャック機が貿易センタービルに激突しており(8時46分)、戦闘機が追いつく前に2機目も激突した(9時03分)。戦闘機がニューヨーク上空に着いたのは、その数分後だった。

 ここまでの話には「ハイジャックに気づいてから戦闘機が緊急発進するまで34分もかかったのは遅すぎないか」という疑問が湧く程度だが、ここから後の話になると、疑問はどんどんふくらんでいく。

 3機目の旅客機がワシントンを飛び立ったのが8時10分、ハイジャックされたのが8時55分で、その後9時10分ごろまでにはハイジャックの連絡が米軍に入った。

 このときには、すでに1機目と2機目を追いかけたF15戦闘機2機がニューヨーク上空を旋回し始めていた。ニューヨークからワシントンDCまでは約300キロで、最高時速2400キロのF15なら10分以内で到着できる。ニューヨーク上空にいる戦闘機をワシントン方面に向かわせれば、9時40分に国防総省に激突した3機目のハイジャック機を、その20分前には捕捉して強制着陸を命じ、応じなければ国防総省に突っ込む寸前に撃墜することもできたはずだ。

 しかし、そうした命令は下されず、戦闘機はその後3時間ほどニューヨーク上空を旋回し続けた。これは「他のハイジャック機があるかもしれないから」という理由だったが、確認されていないハイジャック機に備える前に、ワシントンに向かっている3機目を補足しに行くべきだったというのは、素人でも分かることである。

▼国防総省がやられた後で繰り出した大部隊

 ニューヨーク上空の戦闘機をワシントンに向かわせる代わりに、米軍がとった行動は、ワシントンから200キロ離れたラングレー空軍基地から3機のF16戦闘機を緊急発進させることだった。これが実行されたのは9時30分で、米軍が3機目のハイジャックを知ってから20分後だった。

 しかも、戦闘機はワシントン上空に着くまでに30分近くかかった。時速2400キロまで出る戦闘機なのに、なぜか時速400キロしか出さなかった。最高速度で飛んでいれば、直前で激突を止められた可能性もある。ワシントンに着いたのは10時少し前で、すでにハイジャック機が国防総省に激突してから15分ほどたっていた。

(1機目と2機目を追いかけた戦闘機は、ニューヨークまでの約400キロを15−20分で飛んでおり、最高速度に近い速さを出していた)

 もう一つ考えるべきことは、ワシントンDCを守備する担当の空軍基地は、200キロ離れたラングレーではなく、ワシントンから15キロしか離れていないアンドリュー空軍基地だということである。ここは大統領専用機「エアフォース・ワン」の母港になっているエリート基地で、空軍と海兵隊がそれぞれ戦闘機群を配備していた。

 ところが9月11日、国防総省に旅客機が突っ込むまで、この基地からは1機の戦闘機も飛び立っていない。「この日、アンドリュー基地の戦闘機は、緊急発進の準備ができていなかった」と述べた米軍関係者もいたようだが、これは間違いである。アンドリュー基地からは、国防総省に旅客機が突っ込んでから数分後になって、戦闘機やらAWACSなどが次々と飛び立ち、他のハイジャック機の飛来に備え、上空を旋回し始めたからである。

 AWACS(空中早期警戒管制機)は「空飛ぶ作戦司令室」の異名を持つレーダー搭載の飛行機で、地上のレーダーより広い範囲をカバーできる。1機目のハイジャックが分かった時点でこれを飛ばしていれば、ハイジャック機の動きを早くつかむことができ、少なくとも3機目の国防総省への激突は防げた可能性が大きい。なぜこの日の米軍の行動がすべて後手に回ったのか、理解に苦しむところだ。

 事件から2日後の9月13日、ロシアの共産党系の新聞「プラウダ」は、ロシア空軍の司令官のコメントを掲載した。それによると、ロシアでは同様の事態が起こる可能性はないという。ハイジャックが発覚したら数分以内に空軍が動き出し、ハイジャック機がビルに突っ込む前に(撃墜などの)対応がとられることは間違いないからだ、という。

 プラウダは反米傾向の強い新聞だが、これは必ずしも誇張とは思えない。空中での戦闘は1−2分という短い時間が勝敗の分かれ目であり、その前提で日ごろの訓練が積まれていて当然だからだ。アメリカでの911の事態は、米軍の失態というより、ふつうなら機能すべき防空システムの重要な部分、たとえば連邦航空局から国防総省への連絡システムなどが、この日に限って正常に作動しなかった可能性が大きい。そういう重要なシステムは、技術的な不調を回避する措置が二重、三重にとられていると思われるが、その多くが機能しなかったということだ。

 前回の記事「テロをわざと防がなかった大統領」に書いたが、ブッシュ政権は石油利権を重視してFBIによるテロ捜査を止めていたことが判明している。そのこととあわせて考えると、911当日の米軍の失態は、技術的な不調が原因ではなく、政府上層部による意図的なかく乱があったのではないか、と思われてくる。


 なお、この記事の中で私が疑問を呈したことのいくつかは、私のオリジナルではない。ジャレッド・イスラエルというアメリカのフリージャーナリストが書いた3部作の英語の記事に載っている。

第1部第2部第3部

ジャレット・イスラエルの経歴を読むと、自分の正義感からいろいろ調べ、疑問に思ったことを記事にしているということがうかがえる。サイトのトップページには、多くの記事が並んでいる。



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