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北朝鮮・イランと世界の多極化

2007年1月30日  田中 宇

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 1月24日、イギリスの新聞「デイリー・テレグラフ」が「北朝鮮は、昨年10月に行った地下核実験の技術や情報をすべてイランに供与し、同じくアメリカから攻撃されそうになっている国として、イランの核実験を支援することにした」と報じた。(関連記事

 イランは2005年末、北朝鮮から18発の長距離ミサイルを購入したと報じられ、昨年7月に北朝鮮がミサイル実験を実施した際は、イランの政府代表団が見学者として北朝鮮を訪問した。(関連記事その1その2

 アメリカやイスラエルがイランを攻撃する可能性が強まった昨年11月には、イランのアハマディネジャド大統領が、北朝鮮との外交関係をもっと強化したいと表明し、今年1月18日には、イランの外務次官らの一行が北朝鮮を訪問している。イランと北朝鮮との関係は緊密化している。北朝鮮がイランに核技術を供与することはあり得る。(関連記事その1その2

 イランの核開発はウラン濃縮型だが、北朝鮮の核開発の中心はプルトニウム型であるという違いや、昨年10月の北朝鮮の核実験が失敗もしくは、火薬を爆破させただけの「やったふり」の可能性も残っているので、北朝鮮がイランに本当に技術供与できるのかどうかは不明だ。だが少なくとも、何か難癖をつけてイランを攻撃しようと考えているブッシュ政権にとっては「イランは危険だ」と非難して開戦事由を作る格好の材料にはなる。(関連記事

 ところが意外なことに、テレグラフ紙の報道に対するアメリカのライス国務長官の反応は「この報道は、根拠がない話だ」という、そっけない否定だった。その一方でライスは、中国や韓国、日本の政府と協力して、なるべく早く6カ国協議を再開したいと努力している最中だと述べた。ライスは「今は、早く6カ国協議を再開せねばならない時期だ。協議再開に向けた準備は、好調に進んでいる」と発言した。(関連記事

 北朝鮮からイランへの核技術供与を否定する一方で、北の核問題を外交的に解決するための6カ国協議の準備が着々と進んでいることを述べたライスの発言からは「もう少しで北の問題が解決されそうなのに、そんなときに北とイランとの核の関係が喧伝されたら、せっかくの解決をぶち壊しかねない。だから、北からイランへの核技術供与の話は無根拠だということにしたい」という意志が感じられる。

 アメリカは今、北朝鮮の問題は何とか外交的に解決しようと努力する一方で、イランの問題は何としても戦争に持ち込みたいと努力している。アメリカは、北朝鮮とイランという2つの核兵器疑惑を、正反対の方向で解決しようとしている。だからアメリカは、北朝鮮とイランの問題が「技術供与」によってつながることを何とか避けたいということなのだろう。北朝鮮自身も「報じられた話はウソである」と表明し、技術供与の話は誤報として葬り去られようとしている。(関連記事

▼「アメリカはイランの次に北朝鮮を潰す」はあり得ない

 ここで残る巨大な疑問は「なぜアメリカは、イランには難癖をつけて攻撃するのに、北朝鮮には見て見ぬ振りをして外交で解決しようとするのか。なぜ正反対の対応をするのか」ということだ。

 この疑問については「アメリカは石油利権を狙っている。イランには油田があるので転覆されるが、北朝鮮に油田はない」という「石油利権説」とか「アメリカは、イランを潰した後で北朝鮮を潰すつもりなのだ」という「北は後で説」などが存在するが、いずれも間違いである。

 石油利権については、アメリカが求めるべきものは、長期に安定した低価格の石油であり、これはむしろ中東で戦争をしない方が達成できる。1990年代、クリントン政権時代の20ドル台の石油価格は、イラクとの敵対を経済制裁で凍結状態にし、イランとの関係も敵でも味方でもない比較的安定した関係にしたことによって作られた。

 イスラエルはイランとイラクの政権転覆を求めたが、クリントンのアメリカは、米政界内のイスラエル系の力を何とか抑止して、中東を安定させていた。ブッシュの中東政策は、クリントンとは正反対なので、石油価格は高騰し、供給が不安定になるのは当然だ。

 アメリカは1990年代には、ロシアのエリツィン政権を半ば傀儡化して、ロシアの石油利権を食っていた。だが2000年からのプーチン政権は「資源ナショナリズム」の戦略をとり、米英の手先だった新興財閥集団「オリガルヒ」を1人ずつ退治し、ロシアの石油・ガス産業から、欧米系の企業を追い出した。

 この間、ブッシュ政権は、オリガルヒの断末魔の叫びを無視していたが、その後プーチンの米英追い出し戦略が軌道に乗ってから、ようやくプーチン非難を開始した。アメリカの反応は遅すぎた。一介のウォッチャーである私が遅すぎると感じているぐらいだから、ブッシュ政権は意図的に遅すぎる反応をしたのだろう。ブッシュ政権は、石油利権を重視するふりをして、実は石油利権を手放している。

 もう一つの説である「北は後で説」が実現しないのは、アメリカは今後イランとの中東大戦争に入って北朝鮮どころではなくなるからだ。何年か後に中東の戦争が終わるころには、中国とロシアは、アメリカに対抗できる軍事力・外交力・経済力をつけ、北朝鮮は中露の傘下で安定し、もはやアメリカが手を出せなくなっている。

▼ダボス会議のテーマとなった「多極化」

 ブッシュの北朝鮮政策の要点は「中国に任せる」ことである。6カ国協議が成功し、米朝関係が好転したら、次は在韓米軍の撤退である。安倍首相や日本の世論がいくら北朝鮮を嫌いでも、アメリカは日本にも日朝関係の好転を(ひそかに)命じるだろうから、日朝関係も好転する。在日米軍の撤収も、目に見えるかたちになっていくだろう。東アジアでは、アメリカの影響力が低下し、代わりに中国が中心になる。

 日本は「アメリカ以後」の東アジアにおいて、希望すれば、中国と並ぶ(もしくは中国に次ぐ)アジアのリーダーになれるだろう。アジアでの中国の単独覇権を警戒する東南アジア諸国は、日本のリーダーシップを望んでいる。今の日本人のマインドから考えると、アメリカがアジアから撤退したら、むしろ日本は後ろ向きな「鎖国」の道を望むかもしれない。とはいえ、明治維新や敗戦の経験から察するに、日本人は短期間で過去をきれいに忘れ、気持ちを入れ替えて、態度を大転換するのがうまい。これまでの「中国・韓国・ロシアは嫌い」というのが、いつの間にか「好き」に変わるかもしれない。

 アメリカが、北朝鮮の問題を中国に任せ、中国を東アジアの中心にすることは、世界を多極化する戦略の一つである。世界の有力な政治家や財界人、言論人らが毎年1月にスイスのダボスに集まり、今後の世界のあり方について議論する「ダボス会議」が先日開かれたが、その全体テーマは「変わりゆく世界の力のバランス」(The Shifting Power Equation)だった。分かりやすく言うと「世界は、アメリカの単独覇権体制が崩れ、多極化しつつある。その変化の中で、世界の安定と発展をどう維持できるか」というのがテーマで、世界のいろいろな問題が、この線に沿って議論された。(関連記事その1その2

 私が最初に「世界は多極化しつつある」「ネオコンは隠れ多極主義者だ」と言い出したのは2004年で「ネオコンは中道派の別働隊だった?」という記事が最初だった。最近まで、私の多極化論は、とんでもない無根拠な話として多くの人々に見られてきた。だが、ダボス会議が多極化をテーマにしたおかげで、私の多極化論へのトンデモ扱いは、そろそろ終わりになるかもしれないと期待している。

 チェイニー副大統領を中心とするブッシュ政権が、意図的に自国の覇権を壊滅させて世界を多極化しているという私の仮説については、今後も異論は出るだろう。だが少なくとも、現実の変化として、アメリカの覇権が減退して世界が多極化しつつあり、多極化を前提に世界の問題を考えていかなければならない事態になったことは間違いない。

 私は2004年に多極化をテーマに「アメリカ以後」という本(光文社新書)を書いたが、今回、ダボス会議を分析する英文記事の中に「アメリカ以後の世界を下見する」(Preview of a Post-U.S. World)というのがあった。

 昨年には、IMF(国際通貨基金)やアジア開発銀行(ADB)が、ドルが世界の基軸通貨(覇権通貨)であることをやめて大幅下落した場合に備え、世界の通貨政策を多極化していくことを提唱しており、すでに多極化に向けた準備が進んでいる。日本ではマスコミや政府も含め、まだ人々が多極化の傾向に気づいていないが、欧米の知識人の間では、多極化はもはや常識になりつつある。(関連記事

▼多極化戦略の妨害者はイギリス?

 6カ国協議は、北朝鮮の核問題を解決した後は、東アジアの多国間の安全保障の枠組みへと発展させて残すことが、以前からアメリカによって模索されている。2月上旬の6カ国協議が成功したら、東アジアは多極化に向けて動き出しそうだ。

 それを阻止するかのように、その直前の段階で「北朝鮮はイランに核技術を供与している」という記事が流されている。マスコミへのリーク(情報漏洩)には、意図的なものが多い。この記事も、アメリカの多極化戦略を妨害したい何者かが流した疑いがある。それは誰なのか。

 これまでの世界の体制はアメリカ中心であるが、正確には「米英中心」である。米英同盟を中心とし、その傘下に西欧諸国や日本、カナダや豪州などの先進国が「国際社会」を形成し、中国やロシア、中東諸国などの「遅れた国々」を指導し、反逆してくる敵対国には軍事攻撃を含む制裁を科す、という体制である。

 以前の記事に書いたが、この体制の最大の受益者は、アメリカではなくイギリスである。アメリカにとって世界の体制は、イギリスや欧州との関係を最重視する米英中心以外にも、中南米を最重視する「(対欧州)孤立主義」や、日本・中国との関係を最重視する「太平洋主義」などがあり得る。

 米企業の儲けを考えれば、もう高度経済成長が望めない欧州との関係より、まだこれから高成長できる中南米やアジアとの関係を重視した方が良い。しかし、イギリスにとっては、アメリカという世界最強の国から見放されたら、フランスと同じぐらいの国力まで落ちぶれるしかない。イギリスは、ブッシュ政権が世界を多極化するのを何とか防ぎたいはずだ。

 問題のテレグラフの記事の情報源は「欧州のある国の国防省の高官」になっている。私は、これはイギリス国防省の「軍事情報第6部」(MI6)など諜報系の幹部が情報源ではないかと推測している。

 最近は、北朝鮮の「悪さ」を強調する新しい話として、ほかにもいくつかの話がにわかに続出している。北朝鮮が援助金を流用するのを国連の援助機関が黙認していたとか、北朝鮮が不当な保険金の支払いをイギリスの再保険会社ロイズに請求しているというロイズ側の主張などである。いずれも、時期的に見て、6カ国協議を進展させようとするブッシュ政権に対する「イギリス側」からの横やりである疑いがある。(関連記事その1その2

 イギリスは、戦争を始める謀略が世界で最も巧みなので、アメリカの防衛関係者の中には、米英同盟を基軸にした世界体制の維持を切望している人も多い。「イギリス側」には、アメリカの軍産複合体も含まれている。

▼イギリスの対米影響力を乗っ取ったイスラエル

「イギリス側」として目されるもう一つの勢力は、イスラエルである。1990年前後に冷戦が終わった後、冷戦に代わる世界体制として、1998年から2001年の911事件にかけて「文明の衝突」「テロ戦争」など、イスラム主義と欧米が対立する新体制が世界的に形成されたが、この体制の最大の受益者はイスラエルである。

 イスラエル系の勢力(ネオコン)は、1970年代にソ連が冷戦を解消したいと考えて冷戦が中だるみ状態になったとき、人権問題を持ち出して冷戦を復活させ、その功績で1980年代のレーガン政権以来、共和党政権の中枢に入るようになった。イギリスは、成功した米英中心体制である冷戦体制を終わらせたくなかったはずだが、冷戦はイスラエル系の側近たちが率いたレーガン政権によって終わりにされてしまった。

 そして、冷戦が終わった直後の1991年に湾岸戦争が起こり、アメリカを筆頭とする国際社会が中東の反米勢力と戦うという、イスラエル好みの体制作りが始まっている。アメリカの外交戦略を隠然と支配していたイギリスは、イスラエルになぐり込みをかけられ、冷戦を終わらされてしまった。

 1970年代からアメリカと戦う気がなくなったソ連を敵として見ることに限界を感じていたアメリカの軍産複合体は、冷戦の終結に反対せず、その後は湾岸戦争とイラク制裁、テロ対策の波に乗り、軍産複合体は親イスラエル色を強めた。イギリスは中東に強いので、イスラム教徒敵視策に猛反対でもなく、不本意ながら従った。

 だが、イスラエルの急な台頭には、イギリスと米政界内の親英派は危機感を持ったようで、彼らは「パレスチナ問題」を使ってイスラエルを封じ込めようとして、1993年に「オスロ合意」をまとめた。これ以来、アメリカの覇権を自国に都合の良いかたちにする暗闘が、イギリスとイスラエルの間で展開された。

 イギリスは、1992年からの米クリントン政権が経済重視だったのに乗り、米英が世界の金融センターとして君臨する経済グローバリゼーションを推進した。しかし1998年のアジア発の国際通貨危機と、2000年のITバブル崩壊による米株式市場の下落によって、この構図は崩れ、その後のブッシュ政権は911事件を経て、極度の反イスラム・親イスラエルになった。ブレア政権のイギリスは、何とかブッシュに取り入って軌道修正させようとしたが、うまくいかなかった。アメリカの覇権の操縦権をめぐる冷戦後のイギリスとイスラエルの暗闘は、イスラエルの勝利で終わったかに見えた。

▼「やりすぎ」によってイスラエルを振り落とすチェイニー

 ところが、その後のイスラエルは、安定するどころか、周囲を反イスラエルのゲリラ勢力に囲まれて、自滅への道をたどり始めている。イスラエルのために働いているかのように見えたチェイニー副大統領らブッシュ政権は、実は多極主義者であったようで、彼らは、テロ戦争の構図を過激に推進しすぎることで、中東の反イスラエルの勢力を強化してしまった。

 アメリカにおける多極主義の流れは古くからある。第一次大戦後にアメリカのウィルソン大統領が「国際連盟」を作ったが、そこで目指した世界の体制は、いくつかの大国が世界のことを話し合って解決するという多極的なシステムだった。国際連盟は、第二次大戦の勃発によって崩壊したものの、多極的な世界システムは、第二次大戦後にアメリカ主導で作られた国際連合に受け継がれ、安全保障理事会の常任理事国の体制として、今も生きている。

 むしろ、イギリスが1946年のチャーチル首相の「鉄のカーテン」演説を皮切りに演出した米ソ冷戦の方が、後から出てきて、アメリカが構想した国連の多極的世界システムを壊した。レーガン政権が冷戦を終わらせ、その後レーガンの側近たちで構成されるブッシュ政権が、冷戦の後継体制として企図された「永続するテロ戦争」を「やりすぎ」によって壊しつつある。

 このアメリカ共和党の動きは、イギリスやイスラエルが、アメリカにとりついて作った世界システムを破壊することで、それ以前のアメリカが目指していた多極型システムを復活させようとする「復古運動」、もしくはイギリスからの「第2独立運動」である。(関連記事

▼多極化にはイギリスとイスラエルの衰退が必要

 こうしたアメリカとイスラエルの関係史を踏まえると、アメリカが世界を多極化するためには、単に中国やロシアを台頭させるだけではダメで「米英イスラエルを中心とする『正義』の諸国と、ソ連やイスラム教徒など適当な『悪』との半永久的な戦い」の世界システムを作ることで、多極体制の実現を不可能にしてきたイギリスやイスラエルを無力化することが必要だと分かる。

 イギリスは、すでに国内世論が極度の反米になっており、今年5月に首相がブレアからブラウンに代わった時点で、アメリカにとりつくことをしなくなる。すでにイギリスでは政府高官が、自国がブッシュ流の「テロ戦争」を展開したことを酷評し始めており、アメリカから離れていく傾向が強まっている。今後のイギリスは、衰退のつらさに耐えながら、EUとの関係を強化し、それを国是にしていかざるを得ない。下手をすると、その過程でスコットランドとウェールズ、北アイルランドが分離していき、さらに国力を減退させるおそれもある。(関連記事その1その2

 だがイギリスは、国が滅びないだけ、イスラエルよりは幸運である。ブッシュ政権は、今後イランと戦争することにより、イスラエルを無力化、つまり滅亡させようとしている。

▼イスラエルを戦争に追い込む

 イスラエルの失敗は、オルメルト首相が米チェイニー副大統領にそそのかされて、昨年夏にレバノンに侵攻し、無茶苦茶な破壊行為をやったのに、イラン系のイスラム主義組織ヒズボラに勝てなかったことに始まる。その後ヒズボラはレバノンでの支配力を強め、もうすぐ親米のシニオラ政権を倒しそうな勢いだ。イランは、イスラエルの南のガザにいるスンニ派のイスラム主義組織ハマスにも支援を強め、このまま事態が進むと、イスラエルはヒズボラとハマスから挟み撃ちにされ、泥沼のゲリラ戦に陥り、じわじわと衰退させられる。(関連記事

 イスラエル国内では、イランとの戦争は自国の自滅を早めるだけだと警告する勢力もいる。彼らは、戦争の代わりに、レバノンとイランの間にはさまっているシリアと和平条約を結び、シリアをイスラエル側に取り込むことで、シリアが影響力を持っているヒズボラとハマスを抑制し、イランの影響力を減じさせるのが良いと提案している。実際に、シリアとイスラエルとの秘密交渉も行われていた。だが、これに対してアメリカからチェイニーが「シリアと交渉するな」とイスラエルのオルメルト首相に圧力をかけ、交渉をやめさせてしまった。(関連記事その1その2

 今のイスラエルは、アメリカな後ろ盾を失ったら破滅する。オルメルトはチェイニーの命令に従うしかなかった。外交によって窮地を脱することを禁じられたイスラエルは、アメリカと一緒にイランに戦争を仕掛けて倒すしか手がなくなっている。イスラエルは、アメリカをそそのかしてイランを攻撃させたいが、逆にチェイニーは昨年末、オルメルトに「イラクで手一杯なので、アメリカからはイランを攻撃できない。先にイスラエルがイランを攻撃し、イランが反撃すればアメリカは参戦できる」と述べ、先制攻撃をそそのかした。(関連記事

 先日、イスラエルで毎年1回、政府首脳や外国要人も参加してイスラエルの国家戦略を議論する「ヘルツリヤ会議」が行われた。そこではオルメルト首相らイスラエル要人のほか、ウールジー元CIA長官・パール元国防総省顧問・ギングリッチ元米議長といったアメリカのネオコンたち、マケインやエドワードといった次期米大統領を狙う人々らが相次いで演説したが、ほぼすべての演説が、イランを痛烈に攻撃する内容だった。もはやイスラエルには、中東で大戦争を起こすこと以外の道は残されていない観がある。(関連記事

 ブッシュ政権は、昨夏のレバノン戦争で、イスラエル軍が停戦直前に100万個のアメリカ製クラスター爆弾(不発性の高い、戦後になっても被害が続く爆弾)をレバノン南部にばらまいた戦争犯罪的な行為について、今ごろになって「米イスラエル間の合意に反している」と表明し、イスラエルへの武器輸出に制限をかけることを議会に検討させるかもしれないと言い出した。これは、ブッシュ政権からイスラエルに対しての「早くイランに先制攻撃をかけろ。さもないとイスラエルへの武器輸出を制限するぞ」という脅しに見える。(関連記事

 以前の記事で述べたように、すでにブッシュ政権は、イスラエルの先制攻撃か、もしくはイラン側からの攻撃があれば、いつでもイランとの戦争に入れる。イランとの戦争はアメリカにとって自滅行為だが、ブッシュを止められる勢力はいない。反戦運動家や政治家の多くは、ブッシュ政権による問題のすり替え(スピン)の策略に引っかかり、イランとの戦争反対ではなく、イラクへの増派に反対する議論ばかりやっている。(関連記事

▼イラン側も対立を扇動

 イラン側も、戦争を回避しようとする努力は少なく、むしろ戦争を誘発する行為が繰り返されている。アハマディネジャド大統領が「アメリカとイスラエルは間もなく破綻する」と発言したり(チェイニーの多極化戦略を指摘したという意味では正しい)、軍司令官が「本当の悪の枢軸は、アメリカ・イギリス・イスラエルだ」とぶち挙げたり(イスラム世界から見ると正しい)、3000基の遠心分離器を稼働させて大々的にウラン濃縮を開始する構えを見せたりしている。(関連記事その1その2

 ブッシュ政権は、イラク国内で反米ゲリラを支援するイランの活動を潰す作戦を進めているが、これと正面からぶつかるように、イラン政府は最近、イラクの軍隊を強化したり、経済建設を支援したりする独自のイラク支援策をぶちあげた。アメリカとイランの衝突が、イラク国内から始まる懸念が増している。(関連記事

 イランではアハマディネジャドを批判する声も強くなっているが、アメリカとイスラエルがこれだけ悪者になっている以上、イランの親米和平派が、反米好戦派をしのぐとは思えない。中東大戦争は、アメリカがイランを潰し切れなかった場合、むしろ中東におけるイランの影響力を劇的に拡大させる可能性がある。アハマディネジャドは、この勝算に賭けているように見える。(関連記事

 イランとの戦争をめぐる今後の日程としては、12月末に国連安保理が可決したイランに核開発停止を求める決議に対する返答期限が2月21日に来る。この期限までにイランが国連決議に反応して核開発を停止する公算は低い。その後、国連でもう一度イランを非難する決議が出される可能性があり、再決議が模索されるとしたら、3月中旬まではイランとの戦争はない(それ以前に突発的に開戦する懸念はある)。

 その後は、5月にイギリスのブレア首相の退陣が予定されている。首相がブレアからブラウンになったら、英政府はイランとの戦争には参加しなくなる。多極化を目指すブッシュ政権は、イスラエルだけでなくイギリスも巻き込んでイランと戦争したいだろうから、イランとの開戦は4月末までに行う必要がある。総合すると、現時点での予測としては、開戦の可能性は、3月後半から4月末までの間が最も高い。(関連記事

 今後、2月から4月にかけての国際情勢は、東アジアでは、北朝鮮問題の解決と中国中心の新秩序の出現が予測される。中東では、イラン戦争の開始とレバノン、パレスチナの内戦化、それらがつながって中東全域の大戦争化が予測される。その両方が、世界の多極化を促進する動きになる。


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