すでに米イラン戦争が始まっている?2007年1月16日 田中 宇アメリカのブッシュ大統領は1月10日、イラク占領を立て直すための新戦略について、演説を行った。演説では、イラクに派兵している米軍の兵力を、約2万人増やす戦略が明らかにされた。この2万人増派の戦略は、すでに1カ月ほど前からマスコミに流れており、人々を驚かせるものではなかった。 (Details of Bush's New Iraq Strategy) 人々を驚かせたのは、演説の最後の方で述べられた別の戦略だった。ブッシュは「イラクの近隣国であるイランとシリアは、イラクの反米ゲリラに資金や武器を供給したり、ゲリラを軍事訓練したりして、アメリカのイラク再建を邪魔している。イランとシリアの妨害工作を潰すため、戦線を拡大する」という戦略を明らかにした。アメリカでは多くの分析者が「この戦略は、米軍がイランやシリアに侵攻することを意味している」と考え、英語のマスコミやネット上には「イランとの戦争が近い」という分析がいくつも現れた。 (Military analyst believes recent US actions could signal Iran conflict soon) (The 'Surge' Is A Red Herring) アメリカの憲法では、戦争の遂行は大統領の仕事だが、戦争の開始は連邦議会が決めることになっている。米議会は、イラクやアフガニスタンでの戦争開始は以前に決議したが、イランとの戦争については何も決めていない。そのため米議会では、共和党、民主党の両方の一部の議員たちが「ブッシュがイランと戦争するつもりなら、まず議会にそれを提案せねばならない。議会を通さない戦争は違法である」と騒ぎ出した。 (Senators Fear Iraq War May Spill to Iran, Syria) 騒ぎをしずめるため、米政府(ホワイトハウス)は「戦線を拡大する範囲はイラク国内のみであり、国境を越えてイランやシリアを攻撃する計画ではない」「米軍はイランを攻撃するに違いないという見方は、無根拠なうわさ話(urban legend)にすぎない」と釈明した。 (Administration: No plan to strike Iran) (U.S. denies to have plan to attack Iran, Syria) しかし、ブッシュが1月10日の演説で表明した新戦略の中には、ほかにも、どう考えてもイランとの戦争の準備としか思えない計画が、いくつか盛り込まれていた。 ▼イランとの戦争準備としか思えない作戦ばかり その一つは、ペルシャ湾に2隻の空母を配備する計画である。これは、以前の記事( <URL> )で紹介した話だ。空母アイゼンハワーは、すでにペルシャ湾の内外で活動しているし、2隻目の空母ステニスは、すでに米西海岸の母港を発ち、1月末にはペルシャ湾周辺に着く。 ブッシュが発表した新戦略は、イラクのゲリラを掃討することが目的であるが、ゲリラの掃討には、ほとんど空母を必要としない。これまで米軍が展開してきた作戦のうち、スンニ派ゲリラの拠点を爆撃機で空爆することが、空母を使うほとんど唯一の作戦であるが、これとて、爆撃機の発進地は空母でなく、クウェートやカタールの空軍基地で十分である。 空母が最も活躍するのは、イラクで展開されているような市街地でのゲリラ戦ではない。敵国の正面の海上に空母を配備し、そこから水陸両用艇で海兵隊を敵国の海岸に上陸させ、空母から戦闘機やヘリを出撃させて上陸作戦を援護しつつ敵陣を空爆するという本格的な戦争である。米軍がペルシャ湾に空母を入れ、どこかに上陸作戦をやるとすれば、敵はイランしかない。 (米軍は1月9日、アフリカ北東部のソマリアに侵攻したエチオピア軍を支援するため、空母アイゼンハワーを、ペルシャ湾からソマリア沖に移動させ、米軍特殊部隊の上陸作戦と、エチオピア軍に攻撃されたイスラム主義派の軍勢が海路で逃げるのを阻止する作戦を展開した。これは、空母を使った作戦の典型の一つである。空母がペルシャ湾からソマリア沖に転戦した際、空母に随行していた潜水艦ニューポート・ニューズ号もペルシャ湾からソマリア沖に移動しようとして、1月9日にホルムズ海峡を通行中に、日本の川崎汽船のタンカー「最上川」に衝突する事故を起こした) (US Sends Aircraft Carrier to Somali Coast) ブッシュが、イラクのゲリラ掃討の戦線を拡大すると言いつつ、実はイランを攻撃しようとしているのではないかと思えるもう一つの件は、ブッシュが演説で述べた「サウジアラビアやイスラエルなどの中東の親米諸国に、アメリカ製のパトリオット型の地対空迎撃ミサイルを配備する」という計画である。 (The US-Iran-Iraq-Israeli-Syrian War) パトリオットは、敵国が飛ばしてきた中距離のミサイルに対し、こちらからもミサイルを飛ばして空中で当てて破壊する迎撃ミサイルであり、日本もこの型のミサイルを、北朝鮮のミサイルを迎撃するためにアメリカから買っている。 イラクのゲリラは、ミサイルを持っていない。地雷型の爆弾を使ったり、屋上から米軍などを小銃で狙撃したりといった、典型的な都市型ゲリラ戦を展開している。イラクのゲリラ戦には、パトリオットミサイルは不必要である。 (More Evidence U.S. Is Preparing for Iran Strike) だが空母の話と同様、もしアメリカがイランを攻撃するつもりなら、イランは中距離ミサイルを持っているので、アメリカにやられた報復としてイランが、中東各地の米軍施設や、サウジやイスラエルなど親米諸国にある軍事施設にミサイルを撃ってくる可能性がある。その場合には、サウジやイスラエルにパトリオットが配備されることに意味が出てくる。 以前の記事( <URL> )に書いたように、ブッシュ政権(チェイニー副大統領)は、すでにサウジアラビアにイランとの戦争について説明していると思われる。チェイニーはサウジ王室に「イランと戦争になるが、貴国にはパトリオットを配備してあげるので安全は守られる」と説明したのかもしれない。 ▼奇妙な司令官人事 ブッシュの演説の数日前には、イラク駐留米軍(中央軍)の司令官の交代が報道されたが、これも、空母派遣やパトリオットの配備と同様の「ブッシュのイラク新戦略は、実はイラン攻撃の準備なのではないか」という疑いを分析者たちに抱かせている。 (Distracting Congress from the Real War Plan: Iran) 表向き報じられているところでは、これまで中央軍の司令官だったアビザイド陸軍大将(John Abizaid)が、ブッシュの2万人増派計画に反対したので「文句があるなら辞めろ」ということで解任され、代わりに、増派計画に賛成を表明した太平洋軍の司令官だったファロン海軍大将(William Fallon)が、これまでの勇敢な戦績も評価され、中央軍司令官に横滑りしたのだとされている。 (An Admiral to Command a Land War?) 中央軍が管轄するイラクは、ゲリラとの地上戦が中心であるのに対し、太平洋軍の管轄は、空母を使った戦争を想定している海洋の地域である。ファロンは、空母を使った戦争の専門家であり、空母をほとんど必要としないイラクのゲリラ戦では、ファロンの技能は生かせない。 (Bush shuffles top Iraq aides ahead of overhaul) しかしここでも、空母の場合と同様、もしこれから中央軍がイランと戦争するのなら、ファロンはうってつけの司令官になる。ファロンの専門は正確に言うと「空母を使い、戦闘機の空爆と、水陸両用艇で海兵隊を敵国の海岸に上陸させる作戦で行われる戦争」であり、海軍の上層部でただ一人、空母の戦争と、水陸両用艇による上陸作戦の両方に通じている人である。 (War with Iran is imminent) しかも彼には、ペルシャ湾での実験経験がある。1991年の湾岸戦争の際、彼は空母ルーズベルトの司令官として、イラク軍が占領するクウェートをペルシャ湾から攻撃し、米軍の勝利に貢献した。ブッシュ政権が、中央軍司令官をアビザイドからファロンに変えたのは、戦争の主力を、イラクのゲリラを相手にする戦いから、イランとの戦いへと変えようとしていることの証拠だと、多くの分析者が思うのは当然である。 このほか、米空軍は最近、イランの西にあるトルコの空軍基地に、3年ぶりにF16戦闘機を配備したが、これもイランとの戦争の準備ではないかと疑われる。 (US Sends Warplanes to Turkey's Incirlik Military Base) ▼ウソの開戦事由に騙され続ける人々 これらのいろいろな新しい動きの背後には、一つの統合された戦争計画があるのではないかと疑われる。ブッシュは、すでに側近にイランとの戦争計画を立てさせ、秘密裏に国防総省、CIAなどに対して計画実行の命令を下したのではないか、と考えることもできる。 (Did the President Declare "Secret War" Against Syria and Iran?) ブッシュ政権中枢の人々にとっては、すでに戦争は始まっているのかもしれない。準備が整いしだい、イランの側から米軍を攻撃させるような誘発の仕掛けを発動し、アメリカと議会とマスコミが「イランとの戦争はやむを得ない」という論調を出せるようにして、イランとの戦争を正式に開始できるようにした上で、全面戦争に突入するというシナリオがあり得る。 アメリカは、どこかの国と戦争したいと思ったら、直接アメリカの方からは攻撃せず、相手が攻撃してくるように仕向ける扇動作戦を行うことが得意である。60年前に扇動されて「真珠湾攻撃」をやってしまった日本は、見事に引っかかった例である。敵国が扇動に乗ってこない場合は、でっち上げの開戦事由を作る。アメリカは、スペインからキューバ植民地を奪ったときには「メーン号事件」(1898年)をでっち上げ、ベトナムを侵攻したときには「トンキン湾事件」(1964年)をでっち上げ、2003年にイラクを侵攻したときには「大量破壊兵器」の話をでっち上げている。 つまり、アメリカがどこかの国と戦争したい場合、アメリカ側の戦争計画は、開戦が宣言されるかなり前から扇動作戦として始まり、敵国を引っ掛けて悪者に仕立てることに成功した時点で扇動作戦が終わり、敵に勝つための戦闘の作戦に移行する。昨年末以来のいろいろな動きから考えて、近いうちに正式な開始が宣言されると予測されるイランとの戦争は、すでに秘密裏に扇動作戦が始まっている可能性が大きい。 (Marching to Persia: First Blows Struck in Bush's War on Iran) アメリカが、本当は自国の側が戦争を始めたいのに、敵国の側から戦争を始めたように見せる画策をするのは、アメリカに「法治国家」「民主国家」の建前があるからだ。「悪いのは敵国で、アメリカは正しい」という善悪観を、議会と国民に抱かせ、議会に戦争の開始を決議させ、国民に戦争を支持させる必要がある。 開戦に持ち込むには、人々の善悪観の形成に多大な影響を与えるマスコミの報道姿勢を制御することが重要になるので、巧みなリーク(情報漏洩)が行われる。イラク侵攻前、ニューヨークタイムスなどが、米高官からのリークを受け、イラクが大量破壊兵器を開発しているという誇張されたウソ情報を大々的に報じた結果、世界中が「フセインは大量破壊兵器を開発してアメリカを攻撃しそうだ。だから米軍のイラク侵攻が必要だ」と思ってしまったことは記憶に新しい。 イランに関しても「核兵器を開発している」というウソ情報が、何年も前から流され、多くの人々がそれを信じてしまっている。CIAは昨年11月、改めて「イランが核兵器を開発していると考えられる証拠は何もない」と表明する報告書を発表した。それでも、世界のマスコミはいまだに「イランが悪い」と報道し続け、アメリカや日本では多くの人々が簡単に騙され、「悪いのはアメリカの方だ」と指摘する分析者を「左翼の陰謀論者」などと非難する。 (Reports shed new light on irrational Iran debate) ▼外交官を拉致してイランを挑発 ブッシュ政権は、イランとの戦争を、非公式の準備段階から、正式な戦争へと転換させる「真珠湾攻撃」を起こす戦略を、すでに行っている。ブッシュの演説が行われた同日、イラク駐留米軍は、イラク北部のクルド人の町アルビルのイラン領事館を襲撃し、領事館の外交官らイラン人職員6人を拘束、拉致した。 (Bush's tough tactics are a 'declaration of war' on Iran) 領事館があるアルビルは、1991年の湾岸戦争の後、アメリカがフセインの人権侵害からクルド人を守るためにイラク軍の立ち入りを禁じた「飛行禁止区域」にあり、クルド人が自治を行っていた。アルビルなど3つの町を中心とするクルド人自治地域には、フセイン政権を敵視するアメリカ、イスラエル、イランの公式・非公式の代表部が置かれ、諜報部員を送り込んでいた。イランの代表部が、今回襲撃された領事館である。 (US Raid on Iranian Consulate Angers Kurds) 米軍は、重装備した歩兵とヘリコプターで、突然に領事館を襲い、抵抗すると殺すと言いながら、外交官を拉致した。米政府は「イラン人外交官は、ゲリラを支援していた疑いがあるので拘束した」と発表したが、証拠を示していない。外交官を明確な理由なく拘束するのは、外交官の地位を国際的に定めたウィーン条約に違反していると、ロシアなどがアメリカを非難している。米軍がやったことは、イランに対する戦争行為であると見られてもしかたがない。 (Iran diplomats' arrest against Vienna Convention: Russia) (1979年、イランでイスラム革命が起きた後、イランのイスラム主義者たちがテヘランのアメリカ大使館を襲撃し、外交官らを1年以上も人質として拘束した事件があったが、アメリカはこのときイランが戦争行為をやったと非難し、これ以来30年近く、アメリカはイランを敵視し続けている) イラク駐留米軍は、昨年12月下旬にも、バグダッドにいたイランの外交官4人を拉致している。前回も今回も、イラク政府の高官たちは「米軍が拘束した外交官たちは、イラク政府に招待されて来てもらっている人々であり、ゲリラ支援などやっていない」とアメリカに抗議したが、無視されている。 (Talabani: Iranians Arrested by US Were Invited) 事件の後、米政府は拉致事件について、ブッシュ大統領が数カ月前に命じた、イラク国内で活動しているイラン人工作員に対する広範囲な軍事作戦の一環として、怪しいイラン人外交官を逮捕したのだと述べた。しかし米政府は、拉致した外交官への具体的容疑を示していない。拉致事件は、アメリカがイランをわざと怒らせて「真珠湾攻撃」を誘発するために実施された疑いが濃い。 (Tensions Rise as Washington Accuses Iran Over Militias) ▼イスラエルにやらせるか、カンボジア型か イランの側は、アメリカから挑発されていると分かっているだろうから、挑発に乗らず「真珠湾攻撃」は起きないかもしれない。その場合でもブッシュ政権は、他の方法で何とかイランとの戦争を始めようとするだろう。その方法の一つは、以前から何度か書いている「イランの核施設を、イスラエルに攻撃させる」という開戦方法である。 (以前の記事) イランとアメリカの戦争が始まりそうだという危機の経緯を見ると、(1)昨年4月ごろには「アメリカがイランを核攻撃するのではないか」という報道がアメリカでなされて騒ぎになり、(2)昨年7月にはイスラエルがレバノンに侵攻し、その戦争がイランとの戦争に拡大しそうな危機が発生し、(3)昨年10月には米軍がペルシャ湾のイラン正面で軍事演習を行い、イラン側も対抗的な軍事演習を行って一触即発になり、(4)昨年12月には、イスラエルがイランを核攻撃する計画を進めているという報道が出て騒ぎになり、(5)今回のブッシュ演説による非公式戦争の開始、という具合に「イスラエルによるイラン攻撃」と「米軍によるイラン攻撃」の話が順番に出てくる展開になっている。 また、これとは別に、米議会のチャック・ヘーゲル上院議員(共和党)は「ベトナム戦争末期に、ニクソン政権は、議会にも秘密にしたまま、ベトナムからカンボジアへと侵攻し、戦線を秘密裏にカンボジア(とラオス)に拡大した。それと同様に、ブッシュ政権は、イラクの戦争を秘密裏にイランに拡大するのではないか」と懸念している。宣戦布告をしないまま、イランとイラクの国境地帯で、イランとアメリカの戦争が激化するというシナリオである。 (Did We Just Declare War on Iran?) 今後、どのような展開になるかは不透明だが、ペルシャ湾への空母2隻の派遣、ブッシュ演説の曖昧な言い回し、司令官の人事など、今回指摘した話の全体から考えて、ブッシュ政権がイランとの戦争を準備している、もしくはすでに非公式な戦争を始めていることは、ほぼ間違いない。 この戦争がいつ公然化するかについては、今の事態の展開の早さから考えて、来月2月に開戦の可能性が高くなりそうだという指摘がある。 (Military analyst believes recent US actions could signal Iran conflict soon) もう一つ「期限」として存在しているのは、12月24日に国連安保理がイランに核開発の中止を求める決議をした際、イランに対して2カ月(60日)の回答猶予期間を設けたことである。イランが核開発をやめる気なら、2月下旬までに安保理に報告せねばならない。イラン政府は、すでに「核開発はやめない」と公言しているが、安保理としては2月下旬までは一応、待ちの姿勢である。この期間が終わった後、ブッシュ政権は「イランが拒否したので国連による外交的な解決は失敗した」と宣言し、「軍事的解決」つまりイラン攻撃を実施できるようになる。 (Who Is Planning Our Next War? by Pat Buchanan) イランは、人口がイラクの3倍ある大きな国なので、いったんイランとの戦争が始まると、簡単には終わらない。アメリカはすでにイラク、アフガニスタン、ソマリアで戦争に入っており、今後はイランのほか、レバノンにも介入する構想が出ている。中東におけるアメリカの戦争はどんどん拡大し、今後何年間も続く可能性が高くなっている。ブッシュ政権が始めた中東大戦争は、2009年にアメリカの大統領が交代した後も、次政権に引き継がれて延々と続くことになりそうだ。 (Intel Chief: Hezbollah May Be Next US Threat) ▼おまけの話:日本船と米原潜の衝突事件 この記事を書く前、ペルシャ湾の入り口での、日本のタンカーと米軍の潜水艦との衝突事故について調べて書き始めたのだが、その直後にブッシュ演説でイランとの非公式戦争がすでに始まっているのではないかという話が持ち上がり、その前に書き出していた衝突事故についてはボツにした。しかし、日本の船が関係している話なので、ボツにした記事の一部をここに載せておく。 1月9日未明、ペルシャ湾からアラビア海へと抜ける狭い航路である、イランとオマーンにはさまれたホルムズ海峡で、アメリカ海軍の原子力潜水艦「ニューポート・ニューズ」(SSN 750)が、川崎汽船が所有する日本のスーパータンカー「最上川」に衝突する事件が起きた。私が見るところ、この事件は「狭い海峡を航行する危険さ」「原油が流出しなくてよかった」といった、日本で報じられている意味づけを超える含蓄を持っている。 (「相手からぶつかった」…タンカーの川崎汽船が会見) この事件では、潜水艦とタンカーは両者とも、ペルシャ湾の内側から外側へと同じ方向に航行していた。タンカーは、スクリューとその周辺の船体を傷つけられており、潜水艦は後ろの方からタンカーにぶつかったことがうかがえる。タンカーの側は、すぐ後ろの海中に潜水艦がいることを知らなかっただろうが、潜水艦は、自分のすぐ前方にタンカーがいるのを十分承知していたはずだ。 (Japan's tanker sustains hull breach, propeller damage) 「最上川」は川崎汽船が誇る最新鋭のスーパータンカーで、巨大なのに高速で航行できる。巨大なタンカーが高速で航行した場合、船の後方の海中にできる渦も大きなものになる。しかも事故現場は海峡であり、海そのものの潮の流れも速く、複雑になる。タンカーは16万トン、潜水艦は7千トンである。タンカーのすぐ後ろを潜航した場合、海水の渦に巻き込まれて衝突事故を起こす危険が大きいことは、潜水艦の乗組員は十分に知っていたはずである。 (Navy: Speed of tanker sucked sub up to surface) 潜水艦は、危険を知りながら、タンカーのすぐ後ろを潜行していた。私の推測では、それには明確な理由があった。昨年暮れから、ペルシャ湾の内外には、湾の北側の国イランを威嚇するため、米軍の空母などの軍艦が結集している。ペルシャ湾に入るには、必ずホルムズ海峡を航行せねばならない。米軍の動きを知りたいイランは、海峡を航行する船の動きを注意深く監視しているはずだ。当然、海中の探知機を使った、潜水艦に対する監視も行われているだろう。 潜水艦が海中を潜航するのは、敵に動きを知られないようにするためである。狭い海峡を通り抜ける際には、敵に探知されやすい。だが、巨大なタンカーのすぐ後ろを潜航すれば、敵の探知機のモニターには、潜水艦の影は、巨大なタンカーの影と一体化してしまい、気づかれずにすむ。そこで、潜水艦は海中の渦に巻き込まれる危険をおかしつつ、できる限りタンカーに接近して潜航していたのではないか、というのが私の推察である。(私のオリジナルではなく、アメリカのネット掲示板の書き込みで示唆されていた) 衝突した潜水艦は、昨年末にイランを威嚇するためにペルシャ湾に入った空母アイゼンハワーを中心とする部隊(空母打撃群)に属している。12月末に始まったソマリアへのエチオピア軍の侵攻を支援するため、1月に入って空母アイゼンハワーはペルシャ湾からソマリア沖に移動したが、その際に潜水艦もソマリア沖に移動しようとホルムズ海峡を通行中に、日本のタンカーに追突した。 (USS Newport News (SSN-750) Wikipedia) 今回の事故について、日本政府は米政府に、事故の真相を調査して明らかにしてほしいと要請した。しかし、真相がイランを欺くための軍事技能であるとしたら、米側は真相を明らかにしないだろうし、日本側も、深く追及することはないはずだ。
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