他の記事を読む

好戦策のふりした覇権放棄戦略

2018年3月20日   田中 宇

 米トランプ大統領が3月13日、外交的な解決を重視するティラーソン国務長官を辞めさせ、後任に好戦的なポンペオCIA長官をあてると発表して以来「トランプは好戦性を増すことにした」「トランプはネオコンになった」といった言説が米マスコミで喧伝されている。ティラーソンは「米国は北朝鮮を敵視していない」と何度も表明し、トランプが希望するイラン核協定からの離脱に反対してきた。対照的にポンペオは「北は政権転覆されるべきだ」と述べ、トランプのイラン核協定離脱に強く賛成してきた。 (Trump's firings signal hawkish turn on North Korea and Iran

 国務長官に異動するポンペオの後任としてCIA長官に副長官から昇格する予定のギナ・ハスペルは、ブッシュ政権時代に「テロ戦争」の一環として、捕まえた「イスラムテロリスト」容疑者(多くは無実)を秘密裏に拷問する任務の責任者となり、米当局として初の「拷問所」を東南アジアに設立した「功績」で知られる。無実の人々への拷問・盗聴・市民監視など「何でもあり」な強権政治の復活を感じさせる。ポンペオも拷問や監視強化に大賛成だ。

 トランプの側近では他に、安保担当補佐官のマクマスターが辞めさせられるかもと報じられた(その後、軍産系側近を代表するケリー首席補佐官がトランプと「手打ち」してマクマスターの首をつないだとの報道が出た)。マクマスターの後任としてブッシュ政権の国連大使で「ネオコン」として有名だったジョン・ボルトンが招き入れられるとの説もあちこちで報じられている。もしボルトンがトランプの安保担当補佐官になったら、トランプのネオコン化を象徴する事態だ。 (Kelly: No More Personnel Changes At The White House; Trump May Be Leaker) (Sen. Rand Paul: Why I can't support neocons Pompeo at State, Haspel at CIA and Bolton as NSA

 ポンペオ、ボルトン、ハスペルという「ネオコントリオ」が、今後のトランプ政権の安保外交戦略を主導する図式になる。「ネオコン」は、ブッシュ政権でイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、これらの国々に軍事で先制攻撃して政権転覆する策を掲げた勢力だ。イラクは03年に米軍に先制攻撃されて政権転覆された。イランとの間では、ネオコン戦略を嫌ったオバマ大統領によって核協定が締結され、政権転覆が回避されている。だがトランプは、イランとの核協定を破棄すべきだと言い続けている。北朝鮮に対しても、先制攻撃すべきだと、トランプやポンペオは言い続けてきた。 (Return of the Neocons!) (Neocon Specter of John Bolton Looms Over Trump White House

 今回の「ネオコン化」によって、トランプは先制攻撃など好戦的な戦略を突っ走るのか??。だとしたら大変だが、よく見ると違う。トランプは北朝鮮を先制攻撃すべきだと言い続けてきたが、今回トランプが決めたのは、北を先制攻撃することとは逆方向の、史上初の米朝首脳会談の実施だ。 (Return of the Neo-Cons: Mike Pompeo and the Death of Diplomacy

 最近まで米国務省の北朝鮮担当特使をしていた、米国を代表する北朝鮮専門家であるジョセフ・ユンが3月15日「米朝会談が予定通り行われた場合、巨大な成果をもたらすだろう。トランプと金正恩は、朝鮮問題の解決に関して今後進むべき道の大枠を決定し、事態を動かし始めるだろう」と表明している。米朝会談は金正恩に騙されるだけで無意味だとか、北がその後黙っているのでやる気がないようだとか、マスコミが報じているが、これらが歪曲報道であることをユンは示している。 (Former US envoy says North Korea surprised Trump said yes to talks

 米朝会談がもたらす「巨大な成果」の中身をユンは何も言っていないが、朝鮮問題で巨大な成果といえば、米朝と南北の敵対の終わり・国交正常化、朝鮮戦争の最終的な終戦合意の締結、在韓米軍の撤退・解散、日朝国交正常化などのことだ。5月の米朝会談は、これらに道筋をつけることになるというのがユンの発言の主旨だ。朝鮮問題は解決していく。北朝鮮に関して、トランプはネオコン化していない。ネオコン化・好戦化するふりをして、逆に、問題解決に向けて動いている。 (Former top US envoy to North Korea: Trump meeting with Kim a 'great outcome'

 韓国の外相は、金正恩が、米国が北の国家安全を保障してくれるなら核兵器を廃棄すると言っているのはウソでなく本気だと表明している。どのような道筋で、米国から北への安全の保障と、北の核廃棄とのバーターを実現するか、それが5月の米朝会談の本題となる。 (Kim Jong-un has committed to denuclearisation, says South Korea

 前回の記事に書いたが、国務長官が、国務省寄りのティラーソンから、トランプ寄り(国務省敵視)のポンペオに交代したのは、外交的解決を進めるふりをして阻止するのが仕事の国務省を、今回の米朝会談の事務局から外し、会談を成功させるためだった。その点から見てもトランプは、軍産に対する目くらましとして、自分がネオコン化しているように演じていると考えられる。トランプは、国務省の高官ポストの8割を空席のままにすることで、軍産の覇権運営機関である国務省を意図的に機能不全に陥れてきた。 (80% Of US State Department's Top Jobs Are Unfilled) (米朝会談の謎解き

▼シリアの後始末をサウジにやらせつつ米軍を撤兵したいトランプ

 シリア内戦に関しても、トランプは、報じられているような好戦化と逆方向の動きを始めている。トランプは最近、サウジアラビアから初訪米したムハマンド・サルマン皇太子(MbS)に対し、米軍をシリアから撤退したい。米軍撤退後、シリアの東部地域(ユーフラテス川沿い)の経済を再建して安定化する事業をサウジに任せたい。シリア東部の再建のために40億ドルの資金を出してほしい、と要請した。内戦後のシリアの再建には総額2000億-3500億ドルかかるが、米国はそのうち2億ドルしか出さないと、先月米政府が発表している。トランプはサウジ皇太子に、シリアをイランに取られたくないなら内戦後の国家再建に資金を出すしかないとせっついている。再建をサウジに押し付け、さんざんテロリストを支援してシリアを破壊した米国自身は軍事撤退して知らんぷりするつもりらしい。 (Trump Asked Saudi King For $4 Billion So US Troops Can Leave Syria

 内戦後の再建をサウジに押し付け、米国自身はシリアを撤退するという今回のトランプの要請は、これまで報じられてきた「米軍はアサド政権が崩壊するまでずっとシリアに駐留し(テロリストを支援してアサドの政府軍と戦闘させ)続ける」という構図と正反対だ。トランプは昨年末にサウジ国王と電話会談した時から「シリアから米軍を撤退させたいので、その後のシリアの再建にサウジがカネを出してくれ」と言っていたという。トランプ政権は、オモテで米軍のシリア恒久駐留やアサド打倒を言いつつ、ウラで米軍撤退の話をしている。

 米軍の中東担当である中央軍のボーテル司令官(Joseph Votel)は先日、米議会上院で証言し「シリアのアサド政権は、ロシアやイランから支援を受けて内戦に勝っている」と述べた。米軍の司令官が公式な発言として、シリア内戦でアサドが勝っていることを明白に認めたのはこれが初めてだった。ボーテルはまた「アサドを弱めるにはロシアを抑止する必要があるが、現状、米国が軍事的なやり方でロシアを抑止することはできず、外交や政治を使ってやるしかない」という趣旨も述べた。シリアにおいて、米軍はロシア軍より劣勢という意味だ。 (Iran, Syria and Saudi Arabia: Top Three Stunning Admissions From the Top U.S. General in the Middle East

 好戦派のグラハム上院議員が「アサドが『勝っている』と言ってしまうのは表現がきつすぎると思わないのか」とボーテルに問いただしたところ「思いません」とそっけなく返答された。シリアにおける米国の目標はアサド打倒じゃないのかとグラハムがたたみかけると、ボーテルは「米軍の目標はISを倒すことです。アサド打倒については知りません」と答えた。ボーテルは議会証言で、トランプがやろうとしているイラン核協定からの離脱に反対を表明したりもしている。

 全体としてボーテルの議会証言は、中東での米国の戦略が合理性を失っており、米軍(軍産の一部)がそれに不満を持っていることを示した。トランプと軍産との対立が続くなか、米国の戦略の合理性はおそらく今後も世界的に低下する一方だ。米国は、中東から軍事撤退した方が良いという見方が、軍産の中ですら強まるだろう。そのような展開は、トランプ自身が狙っていることであると考えられる。

 イラン核協定に関しても、トランプはイランを敵視しつつ、実際に主張しているのは、米国だけがイラン核協定から離脱することであり、米軍を使ってイランを軍事的に政権転覆しようとしていない。ボーテル証言に象徴されるように、米軍は、イランに先制攻撃することに強く反対なので、核協定を維持すべきだと言っている。米国は、イランを先制攻撃することでイラン問題を解決する「軍事カード」をすでに持っていない。

 軍事カードが使えないなら、外交政治カードに頼るしかないが、米国がイラン核協定から離脱すると、外交政治カードも失ってしまう。米国は、イランに対して何もできなくなる。イランに対するトランプの姿勢も、北朝鮮やシリアに対する姿勢と同様、好戦策のふりした覇権放棄である。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ