他の記事を読む

敵視と譲歩を繰り返しロシアを優勢にする米国

2021年12月17日  田中 宇 

ウクライナをめぐる米国NATOとロシアとの対立が激化している。最も根底にある原因は、米国(軍産・米英)がウクライナ政府をけしかけ、ウクライナ軍がウクライナ東部(ドンバス)のロシア系住民への弾圧や虐殺を続け、ドンバスのロシア系住民を自国民と同等に考えているプーチンのロシア政府を怒らせていることだ。ロシアの軍と政府がドンバスのロシア系へのテコ入れの強化すると、米英のマスコミや外交筋(軍産)が「ロシアがウクライナに侵攻しそうだ」と大騒ぎを展開し、ウクライナをNATOに加盟させて米欧がウクライナでロシアと本格戦争できる態勢を作るべきだという話になっている。 (Putin stokes invasion fears by staging huge live-firing tank drills with 1,000 troops on Ukraine border) (Escobar: What Putin Really Told Biden

NATOは相互防衛義務を定めた5条があるので、ウクライナがNATOに正式加盟すると、米欧諸国が好戦的なウクライナに加勢してロシアと戦争する義務が生じる。米露が核戦争になる可能性がぐんと強まる。ウクライナはNATOに加盟したがり、米英の軍産勢力(アトランティック評議会などシンクタンクやマスコミ)は加盟に大賛成しているが、独仏などEUは欧州を戦場にされたくないので反対している。独仏は反対しているが、対米従属の傀儡諸国から抜け出せないので強く言えない。 (Kremlin Says Half Of Entire Ukrainian Army Is In Donbass As Blinken Warns Putin: US "Prepared To Act") (Russia Preparing 175K Troops For Ukraine Offensive, US Intelligence Now Claims

ウクライナを使った米英によるロシア敵視は10年以上前からの動きだ。2008年に米ブッシュ政権がウクライナをNATO加盟させたいと表明し、独仏に猛反対されている。2014年には米英がウクライナ側を扇動して政権転覆を起こさせ、親露政権から反露政権に替わり、反露政権が東部のロシア系への弾圧を強め、分離独立を目指すロシア系と、それを潰そうとするウクライナ政府の間で内戦が始まった。ロシアがウクライナ東部のロシア系を裏から支援し、内戦はロシア系が優勢になって膠着し、小康状態になっていた。 (Joe Biden Seems Destined to Start a Crisis with Russia) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

しかし米政権がトランプからバイデンに替わった今年、米国がウクライナ政府をけしかけつつ武器支援を増やし、内戦を再燃させた。10月に米政府のロシア敵視策を担当するネオコンのビクトリア・ヌーランド国務次官(2014年のウクライナ政府転覆時に暗躍)がロシアとウクライナを訪問した後、ウクライナ東部の内戦が再燃し、米国がウクライナをNATOに入れる話も騒がしくなった。11月には、ロシア軍がウクライナ国境近くに結集しているという話や「米軍がウクライナで露軍と戦って核戦争の第三次世界大戦になる」というシナリオが喧伝され出した。 (Attempts to settle Donbass conflict by force to result in incalculable tragedy) (Moscow Says It's Offering US, NATO Alternative to New Cuban Missile Crisis-Style Scenario

しかし事態は、米国が一直線でロシアとの世界大戦に向かう流れになっていない。そもそも今の事態は、米英の軍産が、2014年にウクライナ政府を転覆して軍産傀儡の好戦的な反露政権に替えてから扇動し続けているもので、ロシア側も、ウクライナ人の大半も、戦争などしたくない。プーチンのロシアは「(米傀儡の)ウクライナ政府が(ドンバスの停戦と自治を定めた)2014年のミンスク合意を守り、ロシア系の自治を認めて対話してくれたら平和が戻る」と言い続けている。それが正しい解決策だ。米英の現実派や独仏はそれを知っており、世界大戦を起こしたがる軍産マスコミとウクライナ政府に迷惑している。 (ウクライナ再停戦の経緯) (米国の新冷戦につき合えなくなる欧州

第二次大戦後の世界は、国連安保理常任理事国の5か国(P5)に核兵器を持たせることで、P5が相互に戦争できない体制(ある程度の多極型均衡)が作られている。米英の軍産は以前からロシアや中国との戦争について頻繁に言及しているが、実際に米英が中露と戦争しようとすると、いろいろな政治的抑止力が働いて大戦の開始が難しくなる。軍産は、それを知っているくせに、あえて中露を敵視して世界大戦を起こしたいようなことを言い続けている。敵視されるほど中露が結束し、米英は戦争を起こしにくくなっている。 (コロナ危機は世界大戦の代わり) (No US Boots, But Plenty Of Arms, On The Ground In Ukraine

こうした状況を受け、バイデン政権の上層部では、好戦派(軍産)と現実派との暗闘が続いている。以前は好戦派を応援していたジョージ・ソロスなども、近年は、好戦派の策が米国覇権を自滅させることを知ったのか、好戦策を非難するシンクタンク(クインシー研究所)を立ち上げたりしている。バイデン政権は、世界大戦に直進するロシア敵視一辺倒でなく、ロシアへの敵視を強めたと思ったら、翌週にはロシア敵視をやめて対露宥和策をやり出す右往左往の状態を続けている。 (民主や人権の模範でなくなる米国の失墜) (Putin says conflict in eastern Ukraine 'looks like GENOCIDE'

11月にウクライナ政府が「ロシア軍がまもなくウクライナに侵攻してくる」と言い出し、これを受けてバイデンの米政府はウクライナを全面支援すると宣言し、米国がウクライナのNATO加盟を認め、米軍をウクライナに派兵しそうな感じが醸成された。だが、プーチンが「ウクライナがNATOに入ったら、ロシアはそれを無効にする対応をとる」と言い、東部ドンバスのロシア系がウクライナから分離独立してロシアがドンバスを国家承認してウクライナから切り離すシナリオが見え始めると、米政府はロシアに大きく譲歩し、12月9日には「米国は今後10年間、ウクライナをNATOに加盟させない」と表明した。さらにバイデンは12月7日、1年半ぶりの米露首脳会談をバーチャルで開催し、プーチンとの対立を緩和してしまった。バイデン政権は、首脳会談がプーチンを批判するためであり和解でないと強調したが、はしごを外されたロシア敵視のバルト3国やポーランドは激怒と落胆を表明した。バイデンの右往左往は、米国の信用を落とす効果だけを残している。 (US Officials Tell Ukraine No NATO Membership For At Least A Decade) (As NATO Offers Russia A Meeting, East European Allies Infuriated At Biden Overtures

同時期に米国では軍産マスコミが「まもなくロシア軍がウクライナに侵攻したら、対抗して米国もウクライナに米軍を派兵すべきだ」という話を流布した。米国はそれまで、ウクライナに武器と軍事顧問団を派遣していたが、米軍の戦闘用兵力は一切ウクライナに入れていなかった。米国がいよいよ兵力をウクライナに派遣するかも、という話が喧伝された。だが実際にバイデン政権が打ち出した方針は「露軍がウクライナに侵攻したら、これまでにない強い経済制裁をロシアに対して行う」ということでしかなかった。派兵でなく経済制裁だけをやるという話で、米軍をウクライナに入れることはないという方針だ。米軍をウクライナに入れて戦死者が出ると、米国は引けなくなり、米露核戦争の世界大戦に近づいてしまう。これは現実的に採れる策でない。 (Biden Refuses To Use Force Against Russia) ( Joe Biden, Let's Not Go to War

しかも、ロシアに対する経済制裁の強化も逆効果だ。ロシアはずっと前から米国に経済制裁され続けており、米国が経済制裁を強めるほど、ロシアは米欧との経済関係を絶ってもやっていける体制を強化し、ドルの使用をやめ、中国との経済関係を強化している。ロシアへの経済制裁の強化は、ロシアと中国との結束を強め、相対的に米欧を弱体化させてしまう。欧州はロシアの天然ガスがないと生きていけない。 (Biden Says Sending US Troops to Ukraine Is ‘Not on the Table’) (Biden reveals he has RULED OUT boots on the ground in Ukraine

米国がロシアへの経済制裁を強めていることに対抗するため、プーチンと習近平は12月15日にバーチャルな首脳会談を行い、ドルや米国に依存しない中露間の貿易決済や金融の体制づくりを加速することを決めた。中露は以前からドルでの貿易決済を避け、人民元とルーブルを使った決済体制に替えている。中露の非ドル化は、ドルの基軸性と米国覇権の低下に拍車をかける。中露は正式な同盟関係でないが、バーチャルサミットで「われわれは正式な同盟以上の深い関係だ」とぶち上げた。言いたい放題だ。 (China and Russia pledge to step up efforts to build independent trade network to reduce reliance on US-led financial system) (Kremlin reveals new independent Russian-Chinese financial systems

米国はロシア敵視を扇動する一方で、世界大戦につながるウクライナ派兵ができず、経済制裁も無意味な逆効果で、ロシアとうまく渡り合う道具を持っていない。米国は勝てない喧嘩をロシアに売っている。もしもロシアが実際にウクライナ東部の分離独立を支援するため、ウクライナ東部のロシア系を、ウクライナ軍の虐殺から守る人権擁護策の名目で露軍がウクライナに進攻したとしても、米国とNATOは有効な反撃策を持たず、政治的な非難と無意味な経済制裁をするだけだ。プーチンは来年あたり、いずれウクライナ東部を分離独立させて露軍を進駐させるかもしれないが、今のところは米国側の出方を見るためにそれをやっていない。ウクライナ危機はロシア側の優勢のうちに展開している。 (Putin To Biden: 'Finlandize' Ukraine, Or We Will

ウクライナ危機の米露対立は、長期化するほど、ロシアや中国を優勢にし、米国覇権を自滅させる。この危機を引き起こしている米英軍産は、隠れ多極主義をやっている。ネオコンなど米諜報界のその手の筋が、好戦策を過激に稚拙にやって、米覇権を強化すると言って自滅させている。これはイラク侵攻からずっと続く流れだ。自滅させられる米国覇権が強さの源泉だった米英のエスタブ層が最大の負け組だ。対米従属をやめないがゆえに自分の地域を不安定にされ、エネルギー危機まで起こされている独仏などEUも負け組だ。ロシア系とウクライナ系の両方のウクライナ人も、自分の地域を戦場にされ、多数が殺されている被害者だ。プーチンのロシア、習近平の中国、その他の非米諸国が勝ち組だ。 (European Gas Prices Hit Record High As Germany Blocks Nord Stream 2

ドイツは、ロシアからの天然ガスの送付を増やしてエネルギー需給を安定させるためにノルドストリーム2の海底パイプラインを作った。だが、それが完成して稼働しようとする矢先に、米英からウクライナ危機を再燃され、ドイツは米政府からノルドストリーム2を稼働するなと加圧されて稼働を見送り、EU全体が天然ガス不足のエネルギー危機に陥るのを容認させられている。踏んだり蹴ったりなのに、ドイツは馬鹿みたいに対米従属を続け、欧州の自滅を加速させている。ドイツの新政権は、いずれ対米自立に踏み切るのだろうか。日本を見ると、対米従属の体制はとても深く浸透しており、自立がとても困難なことがわかる。ドイツも同様だろう。米英は隠れ多極主義者によって自滅させられ、独仏など欧州や日本も巻き添えで弱体化させられていく。中露、とくに中国の一人勝ちになる。 (余裕が増すロシア) (中露敵視を強要し同盟国を困らせる米国

ドイツは最近、NATOがウクライナに送ろうとする武器の搬送を阻止した。ウクライナが世界大戦になるのを止めたいのだろう。ノルウェーもNATOに、ロシアとの国境近くで軍用機を飛ばすなと通告している。しかし、これらの戦争防止策がもっと根本的な欧州の対米自立につながっていくことは、今のところ考えにくい。 (Ukraine Lashes Out At Germany For Blocking NATO Weapons Supply) (Norway Restricts NATO Traffic Near Russia, Tells Allies 'Keep Your Distance'

勝ち組のプーチンは、旧ソ連圏やその近傍を中心に、各地で覇権を拡大している。11月には、ロシアの仲裁で、旧ソ連のアルメニアとアゼルバイジャンが和解に入った。両国が戦争したナゴルノカラバフ紛争は、ソ連が崩壊した冷戦終結の直後に起こり、米国側の扇動によって紛争が恒久化されてきた。米国側は、旧ソ連の周辺の各地で紛争を恒久化し、ロシアを永久に弱体化させておこうとした。プーチンは就任以来20年かけて、米国側が作った謀略の体制を壊し、元に戻している。対照的にバイデンはアルメニア支持の偏向をやめず、国際信用を失墜している。 (Putin Gets Armenian and Azeri Leaders to Agree to Work on Defining Border) (Armenia 'open to normalising relations with Turkey' with no preconditions) (Biden administration to officially acknowledge Armenian genocide

欧州では、バルカン半島のロシアの盟友であるセルビア人が、米欧によって極悪のレッテルを濡れ衣で貼られ、コソボ(実は彼らの方が極悪)の独立や、ボスニアでの対立扇動など、歪曲的な体制を作られてしまっている。だが最近、米国の覇権衰退とともに、ロシアがセルビア人をテコ入れし、ボスニアでのデイトン合意(1995年)など、冷戦直後のロシアが弱かった時期に米国が作った歪曲体制を壊す動きが始まっている。ロシアや中国は、コソボの独立の取り消しや、セルビア人がボスニアから分離独立することを支持している。 (Russia wants Bosnia free of Western supervision) (The Balkans are about to explode into war

プーチンは、イランとサウジアラビアの和解も仲裁している。米国の覇権衰退とともに、米国に敵視されてきたイランと、対米従属だったサウジが、米国の敵であるロシアの仲裁で和解していこうとしている。ロシアもイランもサウジも大きな産油国だ。3か国が非米的に結束し、世界最大のエネルギー消費国になっていく中国がそこに加わると、世界のエネルギー覇権が米国側から非米側に移転する動きが不可逆的に確定していく。米国側の間抜けな地球温暖化対策(化石燃料敵視)や流通網の滞留、それから米国のシェール石油の埋蔵量が誇張されてきたことも暴露され、エネルギー分野での米国側の自滅に拍車がかかっている。 (Escobar: Russia Is Primed For A Persian Gulf Security 'Makeover') (エネルギーが覇権を多極化する

このような米国とロシアとの対立構造の中で異彩を放っているのがトルコだ。権威主義者エルドアンのトルコは、ロシアと親しい一方で、ロシア敵視のNATOの加盟国だ。トルコは今夏以来、ウクライナに新型の無人偵察機をたくさん売っている。ウクライナ政府軍は、この偵察機を内戦下の東部に配備し、これまで見つけることができなかったロシア系の軍勢の秘密基地などを見つけて空爆して潰すことをやり出した。トルコの無人偵察機は、これまで劣勢だったウクライナ政府軍を優勢に転じさせ、ウクライナ内戦が再燃した一因となった。ロシアはトルコに苦情を言い、偵察機の輸出を止めさせた。 (Putin Denounces Ukraine's Use Of Turkish Drones In Erdogan Call) (What war with Russia over Ukraine would really look like) (トルコ・ロシア同盟の出現

トルコのこの策略は何を意味するのか。NATOの一員としてロシア敵視策に乗ったのか??。トルコはロシアから最新鋭のS400迎撃システムを売ってもらうなど、親ロシアな国なのに??。私が感じたのは、トルコがウクライナに無人偵察機を輸出してウクライナ内戦を再燃させるNATO好みの策をやることで、ロシアのプーチンがこれまでよりもっと大胆な米国覇権潰しの策をとるように仕向け、結果的にロシアを強化し、親ロシアなトルコの面目躍如につなげようとしたのでないか、ということだ。シリアやイランなど、中東でのロシアの覇権拡大を見れば、トルコがロシアと対立したいはずがないことがわかる。 (トルコの奇策がウクライナ危機を解決する?) (NATO Sliding Towards War Against Russia In Ukraine

などなど、全体として、米国側がロシアを敵視するほど、ロシアは強くなって覇権を拡大し、中露が結束して多極化が進み、米国覇権の衰退が加速する。バイデンの米国が、非現実的なロシア敵視策をぶち上げた後で譲歩する右往左往を繰り返すほど、国際的な米国の信用が低下し、ロシアが優勢になっていく。これは意図的な隠れ多極主義の策だ。この状態は来年も続く。 (Ukrainian Crisis: Are We On The Verge Of WWIII Or Pax Multipolarity?



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ