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民主や人権の模範でなくなる米国の失墜

2021年1月22日   田中 宇

政権がトランプからバイデンになって米国の外交戦略がどう変わり、それによって国際政治がどうなるか、早々に示唆しているのがトルコとの関係だ。トルコのエルドアン大統領は、分離独立を目指す国内の少数民族クルド人を弾圧したり、民主化を求める野党人士から官僚までを逮捕拘束するなど、自分の独裁を維持するため民主や人権を無視し、欧米から批判されてきた。エルドアンは欧米から非難されてもひるまず、NATO加盟国として地政学的に欧米にとって重要な位置にいることを逆手に取り、NATOの敵であるロシアから高性能な迎撃ミサイルS400を買ったり、国内にいるシリア難民の集団をEU側にわざと流入させたりして、欧米を苛立たせてきた。 (眠れるトルコ帝国を起こす) (Turkey’s Erdogan blasts ‘disrespectful’ US sanctions plan

トランプは、それまでの歴代の米政権と異なり、トルコに対して寛容で、人権や民主の弾圧について批判せず、S400を買った時はトルコを米戦闘機F35の開発から外したものの、どうせF35はバグと不具合だらけの金食い虫だったので、F35外しは制裁というほどのものでなかった。トランプは、人権や民主を材料に他国を非難制裁する米政治の伝統を捨てていた。武器販売には熱心だった。トランプとエルドアンの関係は悪くなかった。 (米軍シリア撤退は米露トルコの国際政治プロレス) (F-35 Stealth Jet Still Has 871 Flaws Including Some "Potentially Serious Issues"

トランプと対照的にバイデンは、人権や民主に関してトルコを批判している。バイデンの就任に際し、エルドアンが祝辞を述べるために電話をかけてきたが、バイデンは電話に出るのを拒否した。これに対してエルドアンは「米国ではネット大企業群(フェイスブックやツイッターやアップルグーグルアマゾンなど)が言論弾圧をやって強権を発動している。われわれは米国のネット企業による独裁や支配を許さない。強く非難する」と言い返した。 (Biden Snubs Erdogan, Refuses To Answer Phone Call In Rare NATO Cold Shoulder

ネット大企業群は、バイデン政権を支持強化する方向で、トランプ派など共和党支持者を言論弾圧している。バイデンの民主党政権は、トランプ派に対して「政権転覆を画策した国家反逆罪的なテロリスト組織」の濡れ衣をかけて弾圧し、人権と民主を侵害している。バイデンになった米国はトルコを人権民主侵害だと非難するが、バイデンの米国自身が人権民主侵害をおおっぴらにやりだしている。米国には、トルコを非難する資格などない。エルドアンは、米国に対してそんな風に言い返している。まったく正当だ。米国は、人権や民主に関して世界の模範であることが覇権国としての要件だった。米国が人権民主を捨てて独裁になるなら、エルドアンだけでなく人類の多くが米国を覇権国とみなせなくなり、米国は覇権を失墜する。 (Turkey Turns Table On Twitter: "We'll Never Allow Digital Fascism") (大リセットで欧米人の怒りを扇動しポピュリズムを勃興、覇権を壊す

民主党支持者やマスコミ軽信者たちは「トランプ派は本当に国家に反逆する極悪のテロリストなんだ。これは人権とか民主でなく犯罪の問題であり、極刑が妥当だ」と言うかもしれない。もしそれが「真実」(笑)だとしても、トルコやその他の、これまで米国から人権民主弾圧と非難されてきた非米反米諸国は、そう思わない。米国からの非難のほとんどは、非米反米諸国の事情を意図的に無視して発せられ、人権民主の状況を改善するためでなく、非米反米諸国を潰すために行われてきた。米国は世界に対し、人権民主を口実にした戦い(人権外交)を強いてきた。 (人権外交の終わり) (米議事堂乱入事件とトランプ弾劾の意味

米国側は今回、この戦いにおいて自滅的なことをやった。米国民の半分近くを占めるトランプ派は「選挙不正によって政権転覆された挙句にテロリストの濡れ衣をかけられ弾圧されている」と感じている。米国は今、自国に対して非道な濡れ衣戦争をやっている。米国側がいくら正当な犯罪取り締まりなんだ、トランプ派は本当に極悪なんだと力説(弁解)しても、それはエルドアンがトルコ国内のクルド人を弾圧するときの弁解と変わらない。世界に対する米国の人権民主を使った政治圧力は、劇的に力を失っている。米政界で民主党が共和党を非難攻撃するほど、世界における米国の信用と覇権が低下する。この分野の米国の信用や覇権は、2003年に米国がイラクに大量破壊兵器保有の濡れ衣をかけて侵攻してフセイン政権を潰した構図がイラク戦争後にバレた時に大きく失墜したが、今回のトランプからバイデンへの政権交代でさらに失墜した。(米政府がイラク戦後、イラクの大量破壊兵器保有は濡れ衣でしたと認めたのは自滅的だった。意図的な失策だった。私の隠れ多極主義への分析はそのあたりから始まった) (France Pushes For EU Sanctions On Turkey Over Mediterranean Gas Row) (クルド独立機運の高まり

前述のように、トランプは人権民主を使った世界支配策を嫌ってやめていた。政権がバイデンに代わり、人権民主を使った世界支配策を再開しようとしたとたん、昨秋以来の選挙や政権交代をめぐる政争でトランプ派をテロリスト扱いする人権民主の自滅的な展開が米国内で起こり、米国は人権民主を使った外交戦略を自ら劇的に無力化してしまった。バイデン政権はたぶん自分たちの外交戦略がすでに無力化されていることに気づかず、気づいていても軽視して、世界中の非米反米諸国に対して人権民主を使った非難・攻撃・制裁を加速しようとするだろう。トランプが人権民主外交を止めていただけに、バイデン政権は急発進しようとする。だが、非米反米諸国はもう言うことを聞いてくれず、米国の覇権衰退が露呈する。 (It Is Extremely Wrong" - Turkey Bargains Extradition Of Uighurs For China Vaccine) (Why Iran’s Syria Strategy Is Shifting

バイデン政権は、トルコへの非難を強めるだけでなく、トルコの隣のシリアのアサド政権への非難も強める。トランプはシリア撤兵を目指しており、アサドに対して通りいっぺんの非難しかしなかった(加えて、米軍がシリアの油田を占領するなど頓珍漢な国際犯罪をやらかして国際信用を意図的に落とした)。バイデンは、トランプが散らかした事態を収拾してシリア敵視を再稼働しようとしている。だが従来、シリア内戦で米国側を優勢にしてくれていたのは、トルコからシリア反政府ゲリラ(米軍産傘下のISISアルカイダのテロ組織)への軍事支援だった。バイデンがトルコと仲たがいしたままシリア内戦で米国を優勢に戻すのは不可能だ。バイデンは表向きトルコの人権民主への弾圧を非難して仲たがいしつつ、裏でトルコと談合して米傀儡のISカイダを支援してもらわねばならない。 (Escobar: Turkey Pivots To The Center Of The New Great Game) (シリア内戦終結でISアルカイダの捨て場に困る

シリアやイラクでは最近、ずっと壊滅状態で静かにしていたISISアルカイダが蘇生し、政府側に対する攻撃を何年かぶりに再開している。これは多分、オバマ時代に中東軍司令官としてISISを涵養支援する策をこっそりやっていたと思われるロイド・オースティンがバイデン政権の国防長官になることと連動している。トランプが辞めて米諜報界・軍産の勢力がちからを取り戻し、クルドやヨルダン(やトルコ?)などからISカイダに支援を再開している。そもそも、シリアはすでに米国が仕掛けた内戦が終わり、ロシアやイランがアサド政権をテコ入れし、トルコも仲直りして内戦後のシリア再建が進んでいる。米国に侵攻され破壊されたイラクも同様だ。バイデンの米国は、シリアやイラクの再建をぶち壊し、再び無数の地元民が死傷難民化する内戦に戻したいと思っている。 (Did Islamic State make comeback to opposition areas in countryside of Aleppo?) (ISIS Kills 28 Syrian Troops Near Palmyra In Most Devastating Ambush In Years

バイデン自身は、コソボ(セルビア潰し)や911以来の米国(軍産)の濡れ衣戦争・テロ戦争や政権転覆策をやめたいかもしれない。濡れ衣戦争戦略はこの4半世紀で、ネオコンやネオリベといつた「軍産過激派」によって過激化され、米国の覇権を自滅させる策に変容してしまっているからだ。オバマも、泥沼化した濡れ衣戦争策をやめようとしてイラク撤退などを挙行したが、政権内に入り込んでいた軍産過激派に妨害され不成功に終わった(バイデンの国防長官になるロイド・オースティンは当時中東軍司令官で、オバマの策をこっそり妨害していた一人とみられる)。オバマが失敗した軍産外しを、オバマより(選挙不正の疑惑があるので)立場が弱いバイデンが成功できるとは思えない。バイデン政権の上層部にはすでにブリンケンやヌーランドやパワーなど、たくさんの軍産過激派が入り込んでいる。 (Biden Appoints Mideast Advisor Who Resigned Over Trump Syria Withdrawal) (A Biden Administration Would Keep US Forces In Syria To 'Counter Russia'

トランプは軍産全体と戦ってかなり勝っていたので、トランプの時は米国が政権転覆策をやめていた。だが、トランプは(不正)選挙で排除された。この排除の黒幕は軍産だろう。この選挙で作られたバイデン政権は、当然ながら軍産にとりつかれている。軍産に楯突いたケネディは暗殺され、代わりに大統領に昇格したリンドン・ジョンソンは軍産に操られ、凄惨で自滅的なベトナム戦争を激化した。軍産と戦ったニクソンは弾劾されて辞任し、代わりに大統領に昇格したジェラルド・フォードもベトナム戦争後の米覇権衰退の中にいた。軍産と戦ったトランプは(不正)選挙で辞めさせられ、代わりに大統領になったバイデンは軍産(過激派)にとりつかれている。バイデンの就任とともにISISやアルカイダが再び跋扈するのは自然な流れだ。米国は内政・外交・経済・金融などすべての面で自滅を加速している。 (Outgoing Syria Envoy Boasts He Hid True Troop Levels & Stymied Trump Withdrawal Efforts) (Biden’s new secretary of state ready to take on the Middle East

軍産複合体の内部では、米覇権体制を維持したい正統派と、過激にやって米覇権を自滅させたい隠れ多極派(過激派)の間なとで、暗闘が激化している。正統派は、濡れ衣戦争策や人権外交など、米覇権を自滅させる過激な好戦策をやめさせようとしている。ジョージ・ソロスらが作ったシンクタンク「クインシー研究所」がこの路線の主張を続けている。ソロスは以前、軍産の濡れ衣策や政権転覆策に協力的だったが、途中でこの策が自滅的であり、過激派の謀略だと気づいたのだろう。ソロスは方向転換しようとした。だが、すでに米諜報界や政界では長期的な自滅方向な流れが肥大化し、止めようがなかった。ソロスは流され、むしろ過激派やオルトメディアの分析者から「ソロスこそ政権転覆の黒幕だ」とレッテル貼りされている。クインシー研究所の主張からみて、これは濡れ衣だ。米国は、中露イランなど非米反米諸国への敵視をやめて融和した方が覇権を維持できる。ソロスはそれをやりたいのだろうが、バイデンは過激派にとりつかれて逆の方向に進んでいる。 (バイデンの愚策) (米大統領選挙戦を読み解く) (Neocons want us to belly up for one more round of war

ドイツのメルケル首相らEUの指導者たちは、米国が「国内反テロ体制」や「ネット大企業による言論統制」などの独裁体制を急に強めたことを口々に批判している。これはEU上層部が民主や人権を大事にしているからではない(それは建前のみ)。米国の独裁化は、米国から独裁を非難されてきた非米反米諸国に対する抑止力を弱め、米国覇権が崩壊して、EUが米国覇権の傘下で安定していられた状態を失わせる。米欧が人権民主を掲げて世界を支配してきた戦後の米覇権体制が崩れる。EUは対米従属できなくなり、独力でロシアや中国と対峙せねばならなくなる。独力では中露に勝てそうもない。だからメルケルらは米国に「覇権が自滅するので国内反テロやネット大企業の独裁にしないでくれ」と言っている。これは非難でなく懇願だ。どっちにしても、米国の独裁化は止められない。欧州は困惑するが、実利重視の日本や韓国は、対米従属をあきらめて中国の傘下に静かに移る傾向を強めている。習近平は高笑いしている。 (Foreign Leaders Are Now Condemning US Regime For Brutal Censorship of American Citizens) (Upbeat Xi Says "Time And Situation On China's Side" Amid Turmoil & Pandemic Rise In US) (It Is Extremely Wrong" - Turkey Bargains Extradition Of Uighurs For China Vaccine

バイデン政権は、覇権をうっかり自滅させる一方で、ロシア敵視を強め、ロシアの天然ガスをドイツに送るノルドストリーム2の海底パイプラインの建設への反対を強化している。ドイツはロシアの天然ガスがほしい。ドイツに冷淡だったトランプが辞めて、米独や米欧の同盟関係を再強化するバイデンが大統領になる、と言われていたが、ふたを開けてみると、バイデンもドイツを困らせるばかりだ。覇権の放棄や自滅も、トランプとバイデンでやり方が違うだけで続いていく。これからの4年間で、EUも米国を見放していく。そうせざるを得ない。 (Biden administration to work to stop Nord Stream 2 project - Secretary of State nominee) (Russia Turns Attention To US After Winning Oil War With Saudi Arabia

米国の首都ワシントンDCでは、1月6日のトランプ派の議事堂乱入事件以来、治安維持のためと称して2万5千人の米軍などの部隊が駐留し、主要道路のあちこちに検問所を作って封鎖し、許可証を持った車しか市街地を走行できないようにしている。これは、米軍がイラクの首都バグダッドの中心街を占領して作った「グリーンゾーン」と同じだ。民主党の色である青(ブルー)に引っ掛けて「ワシントンDCはブルーゾーンになった」と揶揄されている。1月20日のバイデン就任式に、武装したトランプ支持者(=国内テロリスト)たちが大挙してDCにやってきて米軍と戦闘になると、民主党系や米軍系やマスコミの人々は「期待」し喧伝したが、やってきて荒れたのは「敵」のトランプ派でなく「味方」の左翼過激派たち(BLMやアンティファ)だった。 (Media Cheers DC Under Military Occupation) (Escobar: Baghdad On The Potomac - Welcome To The Blue Zone

今後、事態が沈静化するならDCのブルーゾーンから米軍が撤収するかもしれないが、たぶん安定は長続きせず、米軍はDC駐屯と撤収を繰り返し、米政治の不安定化とともにDCの「バグダッド化」が進む可能性がある。コロナの(超愚策な)都市閉鎖の長期化もあり、議員やスタッフやマスコミやロビイストはDC市街地内で動きにくくなり、米政界は不透明で謀略だらけになる。ディストピア方向の各種の悪い話が真偽不明なまま流布し続け、不安定化をさらに進めていく。 (Greenwald: The New Domestic War On Terror Is Coming

バイデンは、中国の共産党政権が人々に対してやっている「社会通信簿制度」を米国でもやろうとしている、というディストピア話が出始めている。これは運転免許証の点数制度を、日々の生活の言動に拡大したもので、中国共産党を批判した人、ウイグル人を擁護した人、マスクをしない人、交差点で信号無視した人、公務員に暴言を吐いた人などが減点されていく。米国では、共和党員だと減点され、トランプ支持の発言をするとさらに減点される。これは明らかに人権侵害・言論弾圧の制度だ。米国は、中国の独裁体制を批判できなくなる。習近平やプーチンやエルドアンの高笑いが聞こえる。 (Joe Biden is promoting a social credit system created by Silicon Valley that’s very similar to the ones currently in use in China) (Greenwald Explains How Biden's Neoliberal Policies To Fuel Rise Of A "Smarter, More Stable Donald Trump"

バイデンが本当にこの制度を始める気なのかどうかわからない。甘い国民管理でやってきた米国は、短期間で中共的な厳しい管理体制を作れない。民主党左派が「マスコミの報道を監視する委員会を作るべきだ」とか「トランプ派やコロナの規制に従わない者たちを入れる強制収容所が必要だ」といった政策案を出しているとされるが、これらの共産主義・全体主義っぽいディストピア政策も、本気で検討されているのかどうか不明だ。意図的に流布された幻影っぽく、怪しい感じがする。だが、本気か幻影かにかかわらず、この手の話が流布するだけで、米国が人権民主を無視した独裁制を強めている印象が醸成され、世界の非米反米諸国が米国の言うことを聞かなくなり、メルケルら欧州首脳が困惑し、菅義偉ら日韓政府が静かに中国にすり寄り、米国の覇権衰退が加速していく。 (Dems label anyone opposed to neo-liberalism an insurgent



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