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シリア内戦終結でISアルカイダの捨て場に困る

2020年2月24日   田中 宇

2011年からのシリア内戦が最終的に終わりつつある。勝ち組はアサド政権・ロシア・イラン・ヒズボラで、負け組はISアルカイダ・トルコ・米国・クルド・サウジ・イスラエルだ。これまでのシリア各地での戦闘で敗北・投降したISカイダとその親族たち(数万人から数十万人?)は、バスの隊列に乗せられてトルコ国境近くのイドリブの周辺に集められ、米国やサウジに頼まれてISカイダの世話をしてきたトルコ軍の監視のもとに、仮住まいの状態だった。戦勝の波に乗ってシリア全土の再平定を狙うアサド政権のシリア政府軍は今年に入り、イドリブを奪還してISカイダをトルコに追い出すか皆殺しにしようと攻撃を続けている。シリア軍は1月末、イドリブに隣接するアレッポから完全にISカイダを追い出して奪還し、2月に入ってイドリブに接近してきた。 (Damascus brushes off Ankara's threats as Assad's forces make gains in Aleppo) (As Russia mediates Syria-Turkey talks, can new Idlib truce hold?

シリア軍は、イドリブでISカイダを監視(護衛?)しているトルコ軍とも交戦になり、双方の政府軍で何十人かずつが戦死した。シリアとトルコが本格的な戦争になりそうだと報じられている。ロシア軍の戦闘機がシリア軍を空から支援している。これまで仲が良かったロシアとトルコの関係が悪化した報じられている(後述するが、実はそうでもなく出来レース的だ)。トルコは相互扶助の義務があるNATOの一員なので、ロシアとトルコの戦争は、ロシアと米国の戦争になりうる。世界大戦だ!、と騒がれている。米欧のマスコミは、ISカイダを育てた露アサド敵視の軍産複合体の傘下にあるので「ロシアとシリアの軍はイドリブを攻撃して無実の市民を虐殺している」とヒステリックに報じている。 (As civilians suffer in Syria’s Idlib province, death and displacement stalk aid workers, too) (シリア内戦 最後の濡れ衣攻撃

しかしそんな中で、軍産の総本山である米軍の広報官が「本音」を言ってしまった。英国のテレビ局スカイニュースが2月20日、露・シリア軍のイドリブ空爆で一般市民が多数死に、病院も破壊されたとする露アサド非難の軍産っぽい特集番組を作り、その中で米軍のテロ対策担当の広報官(Myles Caggins)に中継でインタビューしたところ、意外にも広報官は、スカイニュースの意図と正反対の「危険で脅威なのは(露アサドでなく)テロ組織(ISカイダ)の方だ」という趣旨の発言を放った。また広報官は「イドリブは(アサド政権に)ちゃんと統治されていないのでテロリスト組織を引き寄せてしまう磁石だ」とも発言し、シリア軍がトルコ軍を追い出してイドリブを奪還すればテロ組織も退治され問題が解決するという真相を示唆した。 (Under attack: Hospitals deliberately targeted as Syria's war intensifies) (Idlib province a 'magnet' for terrorist groups

(実際は、ISカイダがイドリブに引き寄せられて勝手に集まってきたのでなく、露シリアとトルコが話し合い、シリア各地でシリア軍に投降したISカイダを集めて監視する場所としてトルコ国境に近いイドリブを選んだ) (アレッポ陥落で始まった多極型シリア和平) (Idlib is a ‘magnet for terrorist groups’, says US military spokesman — contradicting MSM narrative on Syria

軍産傘下のスカイニュースがせっかくがんばって軍産プロパガンダな特集を作ったのに、それを米軍が台無しにしてしまった。これは広報官の「うっかりミス」なのか。多分そうではない。トランプは覇権放棄・中東撤退の戦略の一環として、米軍がISカイダ(退治のふりをした涵養)に使う予算の額をどんどん減らしている。米軍は「ISカイダを退治するふりして育てる戦略」をやめている。だから広報官も「悪いのはISカイダでなく露アサドだ」というこれまでのプロパガンダをやめてしまい、「ISカイダが悪い(露アサドは悪くない)」という真相・事実を言うようになっている。軍産傘下のマスコミは、軍産中央(=国防総省、米軍)にはしごを外されてしまった。(笑)だ。 (Pentagon slashes funding for Islamic State fight) (Pentagon 'Accidentally' Tells The Truth About Idlib

今シリアのISカイダはイラク駐留米軍など米国の諜報界・軍産が、テロ戦争による世界支配戦略の「やらせの敵」にするために育てた。ISカイダは米国が育てたのだから、内戦に負けて行き場を失っているシリアのISカイダの面倒を見るのも米国がやるべきだ。しかし米国はシリアをほとんど放棄し、残されたISカイダの世話をトルコにやらせている。イドリブを完全にシリア軍が奪還したら、ISカイダその家族(トルコによると最大で百万人)が難民としてトルコに押し寄せる。そうなると、テロの頻発など、トルコにとってろくなことがない。 (Erdogan says 50,000 Syrians fleeing Idlib to Turkey) (露呈したトルコのテロ支援

トルコも一時は、ISカイダがシリア軍を打ち負かしてアサド政権を転覆して米トルコの傀儡政権を作ろうと、やらせのテロ戦争に便乗し、やらせ演技について米国の下請けをしていた。だからシリアでのやらせのテロ戦争が失敗した今、トルコは「自業自得」の観もある。しかし、トルコと一緒にやらせのテロ戦争をやってきた米国(首謀者、親分)やサウジ(カネ出し係)、それから米国の傀儡である欧州や英国は、直接的に何のしっぺ返しも受けておらず、トルコに後始末を押しつけて知らんぷりだ。トルコは激怒し、米欧やサウジに「仕返ししてやる」と思って当然だ。(18年秋のカショギ殺害事件でのトルコの反応はサウジへの仕返しだった。トルコが以前から、国内にシリア難民を欧州に送り出してやると息巻いているのは欧州への仕返しだ) (The urgent conversation Trump, Putin need to have about Syria) (テロと難民でEUを困らせるトルコ) (カショギ殺害:サウジ失墜、トルコ台頭を誘発した罠

トルコは今回、自国が米国主導のNATOの加盟国であることを利用して、米国に対し「シリア上空を飛ぶロシア空軍機を撃墜したいのでパトリオットミサイルをトルコ南部の対シリア国境地帯に配備してくれ」「米軍の戦闘機がシリアのイドリブ上空を警戒飛行して、近くをウロウロしている露軍機やシリア軍機を威嚇(空中戦!)してくれ」と言ってきた。トルコは米国に対し「あんたらロシア敵視を強めているんだから、NATOの同盟国であるトルコのために、シリアでロシアと戦争してくれよ。頼むわ(ウインク)」と言ってきている。NATOを支配する米国の軍産は、ロシアを猛烈に敵視しているが、これは米露の敵対構造を作ってNATOの結束や権威を強めようとしているだけだ。米軍もNATOも、ロシアと本物の戦争なんか絶対したくない(したら相互壊滅になる)。前出の米軍広報官のコメントからは、米軍がロシアとの戦争どころか敵視すらやめたがっていることが見て取れる。トルコはそのあたりを十分知った上で、米国に意地悪をしている。 (US official confirms Turkey asked for Patriot missiles) (Turkey Requests US Jets Patrol Near Idlib To Halt Russian Air Power

トルコ自身、ロシアと本格的に戦争・対立するつもりはない。トルコは、トランプが覇権放棄を進めている米国に頼れないことを知っており、米国がシリア問題の解決をロシアの丸投げした2016年ぐらいから、米国やNATOを見放し、代わりにロシアとの安保関係を強化してきた。シリア問題解決の主導役はロシアで確定しており、トルコはロシアと交渉するしかないことを知っている。トルコは先日まで「ロシアの迎撃ミサイルS400を買うので米国のパトリオットは要らない」「NATOは役立たず」と言っていた。トルコのこの姿勢は多分変わっていない。 (Turkey tests limits of Moscow-Damascus alliance) (欧米からロシアに寝返るトルコ

トルコとロシア、シリアとロシアは、イドリブ周辺のISカイダを最終的にどうするかについて、すでに何度か話し合っている。トルコは、国境のシリア側に幅15キロの帯状の「安全地帯(シリア国内だがシリア軍が攻撃してはならない地域)」を作り、そこにISカイダと親族・支持者ら数十万人から百万人のシリア避難民のための難民キャンプ・定住地を作りたい。トルコは、ロシアと一緒に安全地帯を管理するつもりで、シリア政府にそれを認めさせたい。トルコ軍は現在、国境からシリア側に20-30キロのところまで侵攻して占領している。トルコは、この占領地を縮小しつつ(幅を縮めるからシリアに認めてほしい)、そこにISカイダの残党らを入れていきたい。トルコはすでに国内に300万人のシリア難民がおり、これ以上増やしたくない。 (What a Russian-Turkish compromise on Idlib may look like) (Facing new refugee wave from Syria, Ankara sends delegation to Moscow

このトルコの安全地帯の計画を、シリアは今のところ全面拒否している。シリアはトルコを信用していないので、シリア国内に安全地帯を作ってトルコに管理させると、そこから再びトルコや軍産がISカイダに内戦行為を再開させかねないと懸念している。この懸念は全く正しい。シリアは、対トルコ国境まで政府軍を攻め込ませ、ISカイダの残党らをすべて殺すかトルコに追い出し、国土の再統合を完成させて内戦を終結させたい。トルコは、シリアが安全地帯を認めず攻めてくるならシリアと本気で戦争するぞ、と言っている。 (Bashar Assad Reveals How US Forces Can Be Driven From Syria's Oil Fields) (Turkey and Russia discuss secure zone in Syria's Idlib

ここで、仲裁役であるロシアの出番になる。ロシアがトルコとシリアをうまく仲裁し、シリア内戦を不可逆的に終わらせて安定を実現すると、中東におけるロシアの覇権・影響力がぐんと増す。イラン、サウジ、イスラエルなどがロシアへの信頼を強める。イランとサウジ、アラブとイスラエル、イランとイスラエルの和解もロシアに仲裁してもらおうという話になっていく。サウジやイスラエルは米国に頼れなくなっているのでロシアの仲裁を歓迎する。米欧もロシアを尊重せざるを得なくなる。だから、ロシアにとってシリア内戦終結のための仲裁は非常に重要だ。ロシアはすでに1月13日、トルコとシリアの諜報長官をモスクワで9年ぶりに引き合わせている。とりあえず、トルコ系民族のシリア人の民兵団をシリア政府軍に編入する話などが始まっている。 (From Russia with love: Turkish and Syrian spymasters meet in Moscow) (Does Russia Have Red Lines in Syria?

ロシアがこの問題の落とし所をどのあたりと考えているか、まだ明らかでない。しかし推察は可能だ。ISカイダの残党を1箇所に集めておくのは、トルコだけでなく、ロシアや欧州、アラブ諸国などにとっても良いことだ。ISカイダを野放しにするとテロをやりかねないからだ。シリア軍がこのままトルコ国境まで進軍し、ISカイダが無秩序にトルコ国内に逃げ込んで拡散するのは良くない。となれば、ロシアがシリアのアサドを説得し、安全地帯の設置を時限的(1-2年とか?)に認めてもらうのが良い。 ("Biggest Humanitarian Horror Story Of The 21st Century": Up To A Million Refugees Trying To Flee Idlib) (Is Russia cozying up to Syria's Kurds amid rift with Turkey?

シリアは、安全地帯の設置を一時的に認める代わりに、他の欲しいものを得る。アサド大統領がいま最もほしいものは「アサド政権を、シリアの正当な政府として、米欧など世界に再承認してもらうこと」だ。アラブ連盟への再加盟、欧州諸国との国交再開、アサドと仏マクロンの会談、シリアに化学兵器使用の濡れ衣をかけてきたOPCWが自分たちの報告書の過ちを認めること、などがあり得る。(最近OPCWのインチキぶりが暴露されてきたが、マスコミにほとんど報じられていないので改めて解説が必要かも) (WikiLeaks - OPCW Douma Docs) (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?

トランプの米国は、無責任をごり押しする覇権放棄策の一環として、アサド政権の承認をここぞとばかりに拒否するだろう。米議会もアサド敵視がお門違いにすごい。ロシアや欧州は、米国を相手にせず「お味噌」扱いするしかない。米国はシリアの油田を軍事占領し続けているので、そこから出ていけというのが、露シリア側から米国への最初の要求になる。 (Congress on verge of passing long-stalled Assad sanctions package) ('Maybe we will, maybe we won't’: Trump doubles down on threat to take oil from Syria

エルドアンのトルコは、ロシアの仲裁を待っているだけでなく、独自のISカイダ放出策もやっている。それは、まだ内戦が続いているリビアに、シリアからISカイダを移送することだ。もともとISカイダは内戦下のリビアにもおり、リビアのハフタル将軍の軍勢と戦って負けたシルテのISなどが、トルコ軍に逃避行を手伝ってもらってシリアに転戦してきた経緯もある。トルコ軍は最近、彼らを再びリビアに戻し、それ以外のISカイダも厄介払いの意味でリビアに送り込んでいる。 (2,400 Turkey-backed Syrian rebel fighters reach Libya: monitor) (Can Libya be turned around and become Russia's 'second Syria'?

リビア内戦は今、ハフタル将軍(元CIA、今親露)と、トリポリ政府軍(国連が認知)との戦いになっている。ハフタル軍がトリポリを包囲し、政府軍が負けそうになっているが、もともと政府軍を支持していた欧米は知らんぷりだ。そんな中、孤立して陥落寸前のトリポリ政府を最近突然に支援し始めたのがエルドアンのトルコだった。トリポリ政府はムスリム同胞団で、エルドアンの与党AKPと同じ系統だ。それだけでなくエルドアンは、イドリブのISカイダ残党の「人減らし」の一環として、トリポリ政府を突然テコ入れし、ISカイダの残党をまず2400人ほど、シリアからトルコ経由でリビアに送り込んでいる。トルコの当局は「秘密作戦」と言いつつ堂々と民間機でテロリストたちをリビアに送り込んでいる。 (Pentagon Confirms ISIS Resurgent In Libya At Moment Turkey Transfers 2,000 Syrian Fighters) (Syrian Jihadists Filmed Jet-Setting To Next Proxy War On Commercial Plane

(トルコの突然のリビア支援の思惑としてはそのほか、リビアと経済水域を接合してキプロス・ギリシャ・イスラエルによる海底ガス田の開発を阻止する戦略もある。トルコはイスラエルに対し「ガス田からのガスをキプロスからギリシャに送らず、トルコからロシアが作ったパイプラインに乗せて欧州に送ればよい」と言っている。この点では、トルコとロシアが仲間で、イスラエルとギリシャ系に対抗している。しかしさらにその一方で、イスラエルもギリシャも安保面でロシアが大好きである。リビアのハフタル将軍も、トリポリ攻略を止められてロシアに裏切られたと怒っていたが、その後ロシアから再び連絡がくると嬉々としてモスクワを再訪している。ロシアは最近、中東のみんなに好かれている) (Turkish-Russia partnership in Libya likely to be to Moscow’s advantage) (Putin, Erdogan demand cease-fire in Libya

リビアに送り込まれたISカイダの中には、リビアに着くやいなや、リビアから船に乗ってイタリアに向かう偽装難民・違法移民の流れに紛れ込み、輸送業者にカネを払ってイタリアに入国してしまった者がいるという。これも、トルコからみれば「やらせのテロ戦争の後始末をトルコに押しつけた欧州への仕返しの一つ」である。 (Syrian Fighters Abandon Libyan War, Flee Towards Italy: Report



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