欧米からロシアに寝返るトルコ2016年7月4日 田中 宇6月24日の金曜日に英国の国民投票でEU離脱の結果が出て、フランスなど他のEU諸国でも同様の国民投票をやりたいという声が噴出し、EU崩壊の可能性が急に高まった。週明けの6月27日、世界はまだ英国発のEU崩壊の話で持ちきりだったが、難民を欧州に送り込んでEU崩壊を誘発した張本人の一人であるトルコのエルドアン大統領は「もう欧州は片がついた」と言わんばかりに、どさくさ紛れに「次の手」を決行した。トルコはこの日、しばらく前から仲が悪かったイスラエルとロシアという2か国と、相次いで仲直りを発表した。 (Russia after Israel in Turkish rapprochement. What next?) (Turkey Moves To Restore Relations With Russia And Israel On The Same Day) 今回トルコが仲直りした2カ国のうち、地政学的に重要なのはロシアの方だ。トルコとロシアは、昨年11月、シリア・トルコ国境地域を飛行中のロシア軍機を、トルコ軍機が撃墜して以来、関係が悪化していた。ロシアは、内戦のシリアに昨秋から軍事進出してアサド政権の政府軍を支援し、アサド政権はロシアとイランのおかげで勝利している。アサド軍は、ISIS(イスラム国)の「首都」であるシリア東部のラッカを今夏のうちに陥落し、ISISを東方のイラクに追い出すとともに、最後に残っている激戦地である北部の大都市アレッポも、ISISやアルカイダといった反政府勢力が敗北し、政府軍が奪還していきそうだ。これらの戦闘に片がつくと、シリア内戦はアサド側の勝ちとなる。トルコは、こっそりISISやアルカイダを支援してアサドを倒そうとしてきたが、それが失敗になる。 (トルコの露軍機撃墜の背景) (勝ちが見えてきたロシアのシリア進出) アサドは、自分を容認する反政府勢力と連立政権を組むことで、内戦の対立を乗り越える「政治和解」の形をとり、きたるべき選挙に勝って政権を維持する案だ。米国とロシアは、この案の具現化をもってシリア内戦の終わりとすることで合意している。シリア内戦に関しては、ジュネーブでアサド政権と反政府諸派との国連主催の和平交渉の枠組みがある。だが、その交渉は頓挫したままなので、それを無視して、アサドと一部の反政府勢力だけで簡単に連立政権を作ってしまえ、というのが今の案だ。 (Putin says new elections key for ending Syrian crisis) (Russia and Iran move towards a political solution for Syria) ロシアのプーチン大統領によると、意外なことに、この案は米国がロシアに提案してきたもので、プーチンは大歓迎だと言っている。米政府はそんな案など存在しないと言っているが、シリアにおいてロシアが優勢な中でプーチンがウソをつく必要などないので、提案を隠すウソをついているのは、国内のタカ派を煙に巻く必要がある米オバマ政権の方だろう。米露国連などが年初に決めたシリア和平の日程は、今年8月がアサドと反政府諸派の和解交渉の期限なので、それに合わせて今回の案が出てきたようだ。 (Putin: I agree with U.S. proposals for Syrian opposition) (Russian defense minister meets Assad, inspects Khmeimim airbase in Syria) ▼トルコに不利な戦後シリアを作り始めていたロシア シリア内戦は、ロシアやイランが支援するアサド政権と、米国やトルコが支援する反政府勢力(ISIS、アルカイダなど)との戦いだったが、ロシアやアサドの勝ちが確定しつつある。今後のシリアでは、ロシアやイランの発言力が拡大し、米国やトルコの発言力が失われていく。米政界では「(ロシアに任せて)シリアへの関与を低下すべきだ」という現実派(リアリスト)と「負けるわけにいかない。シリアに大量派兵して盛り返せ」というタカ派(軍産複合体)が対峙しているが、オバマ政権は前者であり、後者は非現実的(イラク戦争以来、米国を自滅させているネオコンが植えつけた妄想)だ。 (Fifty-one Foreign Service Officers Can't be Wrong ... Or can they?) (Syria memo shakes up Washington but unlikely to shift policy) NATO加盟国として米国の軍産と親しいトルコは、11年に南隣りのシリアで内戦が始まって以来、米国の側につき、米軍の肝いりで創設されたISISを支援し、アサドが倒れたらトルコの息のかかったイスラム勢力にシリアの政権をとらせて傀儡国にしようと目論んだ。だが、昨秋にロシアが軍事進出してアサドが盛り返し、トルコの謀略は失敗に向かった。この流れの中で、昨年11月のトルコ軍機による露軍機撃墜が起こり、トルコとロシアは決定的に対立した。米軍産は、トルコがロシア側に寝返らぬよう、撃墜事件を誘発した可能性がある。 (露呈したトルコのテロ支援) (シリアをロシアに任せる米国) トルコがシリアの内戦で負け組に入っても、クルド人の存在がなかったなら、トルコにとってそれほどの脅威でなかった。だがクルド人は、シリア内戦でアサド政権と組んで反政府勢力を打ち負かし、米露両方に支援されている「勝ち組」で、内戦終結後のシリアでの半独立状態をめざし、トルコ国境のすぐ南側に自治区を作っている。シリアでのクルド人の自治獲得は、トルコのクルド人の自治要求を煽り、エルドアンにとって国内の脅威の増加になる。 (クルドの独立、トルコの窮地) (ロシアに野望をくじかれたトルコ) (Russia denies support to PKK, calls on Turkey to solve `Kurdistan Issue') もしトルコがロシアと良い関係だったなら、内戦後のシリアで大きな影響力を持つロシアは、トルコのためにクルド人をいくらか抑制してくれるかもしれなかったが、トルコはロシアと敵対したままなので、ロシアはトルコへの嫌がらせの意味もあり、最近、内戦終結が近づくにつれ、逆にクルドの自治区を支持する傾向を強めている。これはトルコにとってまずい。このまま和平日程の目標どおり、8月に向けて米露案に沿ってアサドが一部の反政府派を取り込んで連立政権を作って内戦が終わると、戦後のシリアを構成するアサド、ロシア、クルドのすべてがトルコ敵視のまま、トルコは完全な負け組になる。シリアの戦後体制が固まる前にトルコがロシアとの関係を修復するなら、これが最後のタイミングだった。(米露案が頓挫すると、シリアの戦後体制の確立が延期されるが) (Russia shows support to Kurdish-led SDF north Syria) (Russia insists on Kurdish part in Syria peace talks as UN plans new round) (Time for Turkey to take strategic maneuvers on Syria?) トルコはNATO加盟国だ。NATOは、ロシア敵視のための米英主導の機関だ。従来なら、米欧が結束して無理して(過剰に)ロシアを敵視している中で、トルコがロシアに撃墜を謝罪して関係を改善するのは裏切りであり、米欧から強く非難される。だが、6月23日に英国が国民投票でEU離脱を決めたことで、長期的にNATOが解体もしくは威力低下していく可能性が一気に強まった。英国は、EUをロシア敵視の方向に引っ張っていた最大勢力だ。EUの最高権力者であるドイツのメルケル首相は米英軍産の傀儡っぽいが、英国の発言力が劇的に低下する今後は、相対的にEUの上層部で独仏伊の親露派(中道左派など)の発言力が増加し、メルケルはそれに押され、EUは対露制裁をやめてロシアとの協調に転じるだろう。 (英国の投票とEUの解体) (英国が火をつけた「欧米の春」) NATO内で、ロシア敵視を続ける米英と、ロシアと協調に転じるEUの亀裂が大きくなり、NATO自身の影響力が低下する。独仏は、米英を無視してロシアに接近していく可能性が高い(トランプが大統領になると米国もロシアに接近するが)。フランスなども国民投票でEU離脱を決め、EUが解体して欧州全体の国力が低下した場合も、NATOの弱体化になる。威力が低下していくNATOに残るよりも、NATOを見捨てて、黒海周辺と中東というトルコの南北両方の隣接地域で影響力を拡大しているロシアに接近する方が、トルコの国益になる。英国のEU離脱によって、急にそのような事態が出現した。かねてからロシアと早く和解せねばならないと考えていたエルドアンは、6月12日のロシアの建国記念日をお祝いする手紙をプーチンに出し、関係改善を模索し始めていたが、6月24日に英国の投票の開票結果が出たのを見て、エルドアンはさらにプーチンに露軍機墜落について謝罪(遺憾の意を表明)する手紙を送り、週明けの27日にロシアがトルコとの和解に応じると発表した。 (How Russia, China are Creating Unified Eurasian Trade Space) (Putin, Erdogan talk on telephone: Kremlin) (FEAR AND LOATHING IN THE LEVANT: TURKEY CHANGES ITS SYRIA POLICY AND STRATEGY) ▼EU潰しはエルドアンからプーチンへのおみやげ? 英国などEUの国民がEU離脱の要求を強めた原因の一つは、昨夏以来、シリアなどからトルコを経由してEUに何万人もの難民が流入してEUの市民生活を破壊する難民危機が起きたからだが、難民危機は、トルコのエルドアン政権が、EUを脅してシリア内戦でトルコに味方する態度をとらせるため、意図して起こした観がある。国内に難民キャンプがいくつもあるトルコは、難民を扇動してEUに行かせる波を作ることができた。今年5月、難民問題でEUとトルコの交渉が難航した時、エルドアンの側近(Burhan Kuzu)は「(EUが譲歩しないなら)再び難民をEUに流入させることもできる」と豪語していた。 (Turkey Threatens Europe: "Unless Visas Are Removed, We Will Unleash The Refugees") (テロと難民でEUを困らせるトルコ) 難民危機によって、欧州の市民は「EUが国家統合を進めて国境検問を廃止したのが間違いだった」と考えるようになり、英国の離脱に象徴されるEU解体の一因となった。エルドアンは、難民危機を引き起こしてEUを解体に押しやり、英国の投票でEUが崩壊していく流れが確定的になったことを見届けた直後、EUやNATOを見捨てるかのように、ロシアとの関係改善を劇的に開始した。 (英国がEUを離脱するとどうなる?) 英国離脱の件は、プーチンのロシアの立場を大幅に強化し、EUや米英の立場を大幅に弱めた。英国離脱の一因である難民危機を引き起こしたエルドアンは、プーチンを大幅に強化してやったことになる。エルドアンがどういうつもりでこれをやったのか不明だが、もしかするとエルドアンは、ロシアと仲直りする際の「おみやげ」として、難民危機を極限までひどくして、EUを解体の方に押しやったのかもしれない。難民危機が始まったのは昨夏で、昨年11月の露軍機撃墜より前だ。エルドアンは当初、シリア内戦でのトルコの立場を強化するために難民危機で欧州に揺さぶりをかけたが、その後トルコがシリア内戦で「負け組」に入ったことが確定すると、ロシアと仲直りして「勝ち組」に移転する際の「おみやげ」を作るために、難民危機を使ってEUを崩壊に押しやることにした、と考えられる。 (Turkish president would like to mend relations with Moscow, save face) (Erdoğan's overtures to Russia part of wider diplomatic bridge-building) エルドアンは5月上旬、長年の腹心だったダウトオール首相を、明確な理由も言わずに辞任させた(議会でなく大統領個人が首相を理由なく辞めさせられる点が、エルドアンの独裁的権威主義を象徴している)。ダウトオールは、エルドアンが02年に権力をとって以来、ずっとトルコの外交戦略を立案してきた。突然の追放劇は世界を驚かせたが、どうやらこれも、今回のエルドアンのロシアへの寝返りと関係がありそうだ。 (Berlin sees bad news as Davutoglu resigns in Turkey) ダウトオールは、難民危機をめぐるEUとの交渉の責任者で、EUがトルコから流入した難民をトルコに送還し、その見返りにEUがトルコに経済支援したり、トルコ人のEUへのビザ無し渡航を認める協約の締結を目指してきた。ダウトオールとEUの交渉に対し、エルドアンは、横から新たに厳しい条件を出して邪魔していた。ダウトオールは、エルドアンの意地悪を乗り越え、EUとの協約をまとめるところまで到達したが、メルケルとダウトオールが合意に達した数時間後、エルドアンがダウトオールを辞めさせてしまった。 (Erdogan "Prince Of Europe" Rejects EU Demands To Reform Terrorist Law) ダウトオールは、近代トルコの国是だった欧米との協調を貫こうとしたが、エルドアンがそれを望まなかった。ダウトオールがEUと協約を結び、難民危機が解決の方向に動き出していたら、英国の国民投票もEU残留が僅差で勝つ確率が高まった。今起きている英国からEU崩壊が始まり、ロシアが漁夫の利を得る展開は、エルドアンのせいで始まっている。 (Erdogan pours cold water on hopes of progress on EU deal) 1923年にオスマン帝国が滅亡して今のトルコ共和国になって以来、トルコにとって最重要な外国は欧米(NATO)だった。エルドアンが難民危機でEUを潰してロシア側に寝返ったことは、近代トルコの根幹を覆す大転換だ。近代トルコの国是だった「欧米に追いつく」過程の終わりを示している。米欧の債券金融システム崩壊で、米国覇権(米欧中心の世界体制)が衰退し、多極型の世界体制に転換していきそうな中、エルドアンは、トルコを、欧米の一員にするのでなく、欧米とは別の世界の極の一つにすることを目指し始めたのだとも読める。 (Turkey may soften stance on Assad exit as Kurdish gains force shift) ▼多極型世界の方が輝くトルコ トルコ人は欧州で「2級市民」として扱われており、誇り高き新オスマン主義のエルドアンはそれを怒っている。世界が欧米中心(米国覇権体制)である限り、トルコ人(やその他のイスラム教徒、ロシア人やアジア人)は2級市民だ。トルコとしては、欧米中心の今の覇権体制を潰し、プーチンに協力して世界を多極化した方が、自国を二流から一流に引っ張り上げられる。トルコ人が中東の覇者になるオスマン帝国を再生できるとしたら、それは米国覇権下でなく多極型世界においてだ。 (America Loses Its Man in Ankara) (Step by step toward a ‘one man’ regime in Turkey) 外交専門家のダウトオール首相を辞めさせ、外交政策上の「常識外れ」をやるフリーハンドを得たエルドアンは、そのうち折を見てNATOからも離脱するかもしれない。EUを壊してからロシアに再接近したやり口から見て、エルドアンは、トルコが抜けるとNATOが潰れるような仕掛けを作ってから離脱するかもしれない。エルドアンには、世界を多極化する素質がある。 (Growing NATO Infighting Over Mediterranean Policies) トルコとロシアは6月27日に和解した後、外相会談を開いてシリア問題などについて議論し、ロシアが対トルコ経済制裁の解除に着手するなど、とんとん拍子に関係を改善している。プーチンは、エルドアンのおみやげに感謝しているようだ。だがトルコ政府は今のところ、ロシアとの和解を、できるだけ目立たないように進めている。トルコ政府は当初「謝罪などしていない」と発表していた。 (Russia and Turkey to 'coordinate' Syria policy) (Russian, Turkish FMs meet for first time since jet downing) トルコ政府が、ロシアと同じ日にイスラエルと和解したことも、対イスラエル和解が目くらましとして使われた感じだ。トルコとイスラエルの和解交渉は昨年末に終わり、トルコがイスラエルを待たせ続けており、トルコ側の一存で和解を具現化する日を決められる状態だった(トルコとイスラエルの和解については、長くなるので改めて書く)。トルコは、EUやNATOを裏切ってロシアと和解していると米欧から非難されたくないので、目くらましをやっているのだろう。 (In change of direction, Russia welcomes Israel-Turkey reconciliation talks) (Turkey did apologize for shooting down Russian plane, Putin says) 英国の離脱投票で始まったEU崩壊は、まだ確定的でない。EUは、崩壊の流れの中で、EU内を2階層化するなどして、東欧やギリシャ、南欧など経済的に脆弱な地域を切り離した上で、中核的な独仏とベネルクスなどだけでEUやユーロ圏を再編し、これまでより強い新EUとして復活するかもしれない。その場合、新EUは、英国や東欧といった反露勢力を切り離すことで対米自立を強め、NATOのロシア敵視策からも離脱して対露協調し、NATOは有名無実化する。そこまで行くには1年以上の時間がかかり、それまではNATOのロシア敵視策が続くだろう。NATOの一員であるトルコは、立場をできるだけ曖昧にしておく必要がある。その意味で目くらましが必要だ。 (Turkey buries hatchet with Russia and Israel as Erdogan tries to break out of isolation) ▼有利になるアサド、不安になるクルド トルコとロシアが和解した影響は、欧州やNATOより先に、シリアを中心とする中東において出てくるだろう(だからトルコはイスラエルとの和解を対ロシア和解と同時にやったとも言える)。まず、明らかに立場が良くなりそうなのはアサド政権だ。トルコはアサドの辞任に求めてきたが、ロシアはアサドの存続がシリアの安定に不可欠だと考えている。ロシアはトルコに「アサド政権の維持に協力してくれるなら和解できる」「ISISやアルカイダへの支援もやめてくれ」と要求したはずだ。米国がアサド敵視をやめないので、NATO加盟国であるトルコはそれに付き合う必要があり、エルドアンは、ロシアと和解した後も「アサドはISISより悪いやつだ」と放言しているが、これはたぶん口だけだ。 (Turkey's president calls out Syria's Bashar Assad) 米国の裏読み系のウェブサイト(whatreallyhappened.com)に最近おもしろい4コマものが載った。(1)「アサドはやめるべきだ」と叫ぶ英キャメロン。(2)「誰がやめるべきだって?」と問い返すアサド。(3)英離脱投票の結果を受けて「辞めるのは俺か」と苦渋の表情のキャメロン。(4)「だろ。俺じゃなくて君だよね」と破顔一笑のアサド・・・。この4コマが物語るように、アサドはもう辞めずにすみそうだ。CIA長官も、アサドの優勢を認めている (who must go?) (CIA chief Brennan: President Assad's position in Syria war better, stronger) 明らかに運命が良くなったアサドと異なり、優勢になったが先行きが不透明なのがシリアのクルド人だ。ここ数カ月、ロシアはシリアのクルド勢力を支持する傾向を強め、クルドを敵視するトルコがロシアと敵対したままへこまされていく中で、クルドは、トルコが支援するISISやアルカイダを打ち破って支配地域を拡大し、内戦終結後のシリアにおいてトルコ国境に接する広大な自治区を持てそうだった。今年2月以来、ロシアはモスクワにクルド人の代表部(大使館)を設置させ、連絡をとってきた。 (Syrian Kurds do not fear improvement in Russian-Turkish relations) だが今、トルコが方向転換してロシアと和解したので、クルドは「もしかするとロシアは、トルコを味方につけるために、トルコが求めるシリアのクルド自治区の成立阻止を受け入れるかもしれない」と考え始めている。クルド人は昔から、覇権国や周辺の地域大国間の駆け引きの中で、尖兵や交渉道具として使われたり、見捨てられたりする歴史が続いてきた。ロシアやソ連は、クルド人を翻弄した大国の一つだ。シリア内戦前、アサドとエルドアンは協力して両国のクルド人を弾圧していた。その状態に戻る可能性がある。 (Why Turkey is striking out on the diplomatic field) ロシア政府は、トルコと和解した直後、モスクワのクルド人代表部に対し、状況説明を行った。そこでロシアは、シリアのクルド人に対する武器支援を減らすと表明したようだが、それ以上のことは不明だ。 (Russian officials meet Syrian Kurdish blocs in Moscow after improvement of relations with Turkey) アレッポやラッカでのISISやアルカイダ退治には、クルド軍(YPG)がシリア政府軍と並んで重要な役割を果たしてきた。アレッポとラッカが陥落すると、シリア内戦が終わる。その後のシリアは、アサドと一部反政府勢力との連立政権が大半の領土を支配し、北部はクルド人の自治区になる。それがすんなり実現するか、それとも何らかの対立が続くのか。アサドは12年からクルドの自治を認めているが、内戦が終わった途端に自治容認の約束を反故にしてクルドを潰しにかかり、今や和解したロシアとトルコがアサドのクルド潰しを黙認するという、クルドにとっての悪夢が再来する可能性もある。
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