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英国がEUを離脱するとどうなる?

2016年6月13日   田中 宇

 英国がEUに残留するかどうかを問う6月23日の国民投票まで10日に迫った。少し前まで、世論調査では残留支持者が優勢とみられていたが、数日前から急に、いくつかの世論調査で、残留派が減り、EUからの離脱を求める人々が過半数になっている。英国の世論調査機関ORBとインデペンデント紙が6月10日に発表した世論調査によると、離脱支持が55%、残留支持が45%だった。それより前、6月2-5日にORBと英テレグラフ紙が実施した調査(投票権がある人のみを対象にした分)では残留支持48%、離脱支持47%、未決5%だった。さらに以前の5月25-29日のOEBとテレグラフ紙の調査では、残留支持51%、離脱支持46%だった。しだいに離脱支持が増えて残留支持が減っている。 (Brexit Poll Sees 10-Point `Leave' Lead Two Weeks Before Vote) (6月2-5日の調査) (5月25-29日の調査

 最近行われた8つの世論調査のうち、5つは離脱支持が優勢、2つが残留派の優勢、1つは双方互角の結果を伝えている。全体として、4月や5月の調査に比べ、離脱支持が増えている。離脱派増加の主因の一つは、トルコが難民を欧州に送り込んできていることだ。英国を含む西欧全体で、定住難民の増加により、低賃金の雇用が、地元の市民と難民との奪い合いになり、地元の低所得層の就業が難しくなっている。低所得層は、EUから離脱して難民受け入れを止めれば雇用が回復すると主張する離脱派の政治家を支持するようになり、離脱支持が増えている。 (Has the tide turned? Shock 10-POINT lead for Brexit in poll just 13 days before referendum sends David Cameron's Remain campaign into full panic mode) (EU referendum: Telegraph subscribers say they back a Brexit) (Leave camp take 19-POINT lead as Britons flock to Brexit

 とはいえ、まだ6月23日の投票で離脱派が勝つと決まったわけではない。2014年にスコットランドで行われた、英国からの分離独立を問う住民投票では、投票日の11日前に発表された「独立派優勢」の世論調査を見て、独立反対の人々が危機感を持ち、棄権せず投票に行く傾向を強めた結果、独立が否決されている。英国の政府やエリート層、マスコミには、英国はEUに残らねばならないという考えが強い。残留派の市民に危機感を持たせるために、投票日まで2週間を切った段階で、離脱派優勢という歪曲した世論調査をわざと出したとさえ考えられる。 (スコットランド独立投票の意味

 6月10日、英国の通信会社BTが、自社ウェブサイトで実施した調査で、回答者の80%がEU離脱を支持したとする結果を発表した。だがこの調査結果は、発表から24時間以内にBTのサイトから削除されてしまった。BTは政府系なので、何としてもEU離脱派の勝利を防ぎたい英政府がBTに圧力をかけて削除させたに違いない、これは英政府がいかに追い詰められているかを示している、といった見方が流布している。だが私はむしろ逆に、最初に分離支持8割の調査結果を発表させたところから、分離派増加を喧伝して残留派の投票を増やすための英上層部の策略だった可能性すらあると考える。 (BREXIT poll shows 80% for Leave….then abruptly disappears

 今回のように、マスコミの偏向が大きそうな場合、報道や分析の信頼性が下がっているので、投票前にいろいろ考えてもお門違いになりやすい。投票結果が出てから分析を始めた方が良い、ともいえる。だが投票日後になり、もしEU残留が決まると、英国がEUを離脱した場合の意味を考えることができない。逆にもしEU離脱が決まると、英国がEUに残留する意味を考えられないが、すでにこちらは以前に記事にした。だから、あえて今のうちに、英国がEUを離脱した場合の意味を考えてみる。 (英国がEUに残る意味) (Bracing for the Turmoil of a Potential Brexit) (United Kingdom withdrawal from the European Union From Wikipedia

 英政府が今回、国民投票を行う理由は、EUの先導役であるドイツとフランスが、EU加盟各国の国家主権(財政や安保などに関する議会の決定権)の剥奪を強めることになる政治統合を加速したいからだ。英国の上層部(特に今の与党である保守党)には、EUに参加して主権を剥奪されることに反対する勢力が以前から存在する。彼らは、このまま英国がEUに残留すると国権を剥奪されるので、その前に国民投票をやってEU残留で良いかどうか民意を問え、という主張を通し、2017年末までにEU残留の可否を問う国民投票を実施する法律を2015年に作った。 (Margaret Thatcher's 1988 "Bruges Speech" Explains Why Brits Should Brexit) (European Union Referendum Act 2015 - Wikipedia

 英国は、EUの前身であるEECに加盟した2年後の1975年、国内の加盟反対派の要求を受けて国民投票を行い、EEC残留を決めた。今回はそれ以来41年ぶりの、欧州統合への参加可否を問う国民投票だ。英国は、国権剥奪を意味する欧州国家統合に参加しつつも、ユーロを通貨として採用せず、国境検問をなくすシェンゲン条約にも入らないなど、うまいこと国権剥奪を回避し続け、国権を残したまま、国家統合によって力を増す欧州中枢部の政策決定に関与し、英国に都合の良い戦略(対米従属やロシア敵視など)を欧州にとらせてきた。 (多極化に圧されるNATO) (米欧がロシア敵視をやめない理由) (欧州の対米従属の行方

 欧州(独仏)の国家統合は、終戦直後からの米国(国連P5体制を作ったロックフェラー系などの多極派)の要望なので、英国はそれに反対できないものの、ドイツの台頭や欧州の対米自立(親露化)を防ぐため、英国はEUを腑抜けにしたい。英政界で「国権剥奪のEUを離脱すべきだ」と叫ぶ勢力は、英国の狡猾戦略を知った上で反対しているのだから、米多極派のスパイの疑いがある。英国の対EU戦略は裏表があるので、英政府はできれば国民投票などやりたくない。しかしイラク侵攻後、米国の覇権衰退が始まり、独仏は欧州統合を加速(対米自立)する意志を強めている。しかも、米国は英国を嫌う傾向を強めている。英国は、欧州統合を邪魔するのでなく、前向きに参加せざるを得なくなっている。 (資本の論理と帝国の論理) (米覇権下から出てBRICSと組みそうなEU) (Draft paper: Germany to boost military role on world stage

 国民投票でEU離脱派が勝つと、英国の国家戦略の大失敗になる。独仏の中枢には、米国の軍産複合体と結託して巧妙に動く英国が、無理な東欧諸国の加盟や対露敵視、エルドアンの横暴への許容など、EUを戦略的に失敗させているという不満がある。英国内の離脱派は「EUは英国を必要としている。英国が国民投票でEU離脱を決めたら、EUは焦り、今よりもっと良い条件でEUに加盟し続けてくれと提案してくるので大丈夫だ」と言っているが、大間違いだ。英国が離脱を可決したら、独仏は喜んで英国抜きで国家統合を加速するだろう。 (Why leaving the EU really does mean Brexit) (UK's Referendum, a prerequisite to restarting Europe

 国民投票で離脱派が勝っても、英政府はすぐにEUに離脱申請をしないかもしれない。離脱申請をすると、その日から2年後の離脱がEUのリスボン条約(50条)で定められており、あとに引けなくなる。英政府は、非公式な交渉をEUと始めたがるかもしれないし、保守党内で現首相のキャメロンを辞めさせて離脱派のボリス・ジョンソンが新首相になる党内選挙が先に行われるかもしれない。 (If it were done - There is some dispute over the mechanics of how to leave the EU) (Anatomy of a 'Brexit': What the aftermath would look like

 しかし、どちらにしても、国民投票で離脱派が勝つと、その後、英国はEU中枢での意思決定から外される。今のEUは実質的に、独仏英伊などの有力諸国の首脳の間の非公式協議で重要政策が、正式提案の前に決まってしまう非民主体制で、従来の英国は、ここに食い込んでEUを振り回してきた。国民投票で離脱派が勝つと、英国は離脱の道をたどり始めたことになり、EU中枢の非公式協議での発言権を失う。 (Brexit vote is about the supremacy of Parliament and nothing else) (No single market access for UK after Brexit, Wolfgang Schauble says

 最近のEUはひどく弱い状態だ。覇権衰退が加速する米国の勢力が、EUが統合を加速して対米自立(対露接近)していかないよう、全力で邪魔をしている。軍産複合体は、NATOを使って延々とロシア敵視策をやっている。米連銀は、欧州中央銀行(ECB)にQE(債券買い支え)やマイナス金利といった金融放蕩策をやらせ、欧州を米国の債券金融システム延命に協力させている。金融財政の放蕩を嫌うドイツは欧州中銀を止めようとしたが失敗し、ユーロはすでに出口のない危険な、金融的に麻薬中毒の状態にさせられている。対米従属一本槍の日本政府は、米国より先に自分らが潰れてもいいと思ってQEをやっているが、ドイツ(EU)はそんなつもりがないのに、ドルの身代わりになってユーロが潰れる道をたどっている。大馬鹿だ。 (Draghi Just Unleashed "QE For The Entire World"... And May Have Bailed Out US Shale) (Russians rally to the Brexit flag in Britain’s EU referendum

 エルドアンのトルコは、米軍産(国務省のビクトリア・ヌーランド次官補ら)に入れ知恵され、シリアなどから来た難民をEUに流入させ、欧州統合の柱の一つであるシェンゲン体制を破壊している。EUではトルコへの反感が強まっているが、対米従属が強いEU上層部は、米国(軍産)から「NATOの一員であるトルコを大事にしろ」と圧力をかけられ、エルドアンの言いなりになっている。このように、最近のEUは不甲斐ない状態なので、EU諸国の人々はEUを支持しない傾向を強めている。国民の間でのEUの支持率は、ドイツが50%、スペインが47%、フランスでは38%しかない。 (Ahead of Brexit vote, support for EU falls across Europe) (2 in 3 Germans want Merkel out after next year's elections) (Something is going on in France. A New French Revolution?

 EUへの支持が半分を切っている国が多い中で、英国が国民投票でEU離脱を決めると、他の諸国の政界でも「うちでも国民投票すべきだ」という主張が強まり、相次いで国民投票が行われて離脱派が勝ち、EUが解体しかねないという懸念が出ている。 (If 'Brexit' wins, fear gets into the marketplace: Bill Gross) (EU referendum: Swedish foreign minister warns Brexit 'could cause break-up of European Union'

 そうした懸念はあるが、逆にだからこそ、英国の国民投票で離脱派が勝ったら、英国勢がEUの政策決定に口出しできなくなることを利用して、独仏は全速力で財政や金融などの面の国家統合を進めようとすると予測できる。来年になるとドイツ(8-10月に議会選挙)やフランス(4-5月に大統領選挙)で大きな選挙が行われ、独仏は統合加速を進めにくくなる。その前に統合加速の動きがありうる。それを逃すと、来年の独仏の選挙で反EU勢力が伸長するかもしれず、EUの統合加速が困難になり、米国勢による破壊を受けてEUが解体・破綻する可能性が増す。(EUを作ったのも、壊すのも米国ということになる) (Farage Threatens To "Destroy The Old EU" As Marc Faber Says Brexit "Best Thing In British History") (Next German federal election - Wikipedia

 6月23日の国民投票で、英国全体ではEU離脱派が多数を占めたとしても、スコットランドでは住民の過半数がEU残留を支持する公算が強い。その場合、スコットランドとその他の英国で民意が相反することになり、スコットランドは英国からの独立を問う住民投票を3年以内に行うことになる。14年の投票では否決されたが、あの時は英国がEUに加盟していた。次回は独立派が勝つだろう。英国がEUから離脱すると、スコットランドは英国から独立してEUに加盟する道を歩む。 (Brexit would trigger second Scottish referendum within three years, Alex Salmond warns

 英国は、アイルランド系住民が多い北アイルランドを支配している。従来は、アイルランドも英国もEUに加盟していたので、北アイルランドとアイルランドの間は自由往来できたが、英国がEUを離脱すると条件が変わり、北アイルランドの分離独立運動が再燃しそうだ。英国はEUを離脱すると、スコットランドに独立され、北アイルランドも紛争に逆戻りする。国際金融におけるロンドンの地位低下も不可避だ。すでにロンドンの金融界では、外国銀行が業容縮小の準備を始めている。 (Brexit: Banks prepare for City exodus in wake of vote

 6月23日の国民投票でEU残留支持が勝てば、これらの英国の自滅への道は出現しない。その代わり、EUの国家統合に参加する動きになり、英国の国権がEUに剥奪されていく傾向が強まる。



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