バイデンの愚策2020年11月30日 田中 宇米大統領選挙はマスコミ権威筋がバイデン勝利を断定し、トランプも「選挙人団投票でバイデンが勝つなら自分は大統領府を去る」と表明し、バイデンは組閣など政権開始の準備に入っている。この話でまず書いておかねばならないのは、マスコミ権威筋の断定と裏腹に、まだトランプが勝つ可能性がかなりあることだ。これまで何度か書いたように、12月14日に全米各州で行われる選挙人団投票・選挙人集会で、いくつかの接戦州で民主党と共和党の選挙人集会が重複して挙行されて当選者が二重に決められ、どちらが勝ったことにするかが、1月6日前後にワシントンDCで行われる連邦議会の両院合同会議に委ねられ、最終的に上院議長を兼務するペンス副大統領がトランプ勝利を決めるというシナリオがありうる。 (Trump Now Says Biden Will Have To 'Prove' His 80 Million Votes Weren't Fraudulent Before Giving Up White House) (トランプ再選への裏街道) トランプが「選挙人団投票でバイデンが勝ったら自分は辞める」と言った意味は、負けを認め始めたのでなく、選挙人団投票で自分が勝って続投することになるという表明とも受け取れる。トランプ陣営から接戦各州の共和党支部への、バイデン勝利を認めず強硬姿勢を貫けという要請が成功したのかどうかがカギだ。要請や工作は水面下で行われ、もう結論は出ているだろう。最近のトランプからは自信が感じ取れるので、各州の共和党への工作は成功したのでないかと私は感じている。私の読みとしては「バイデン政権」は実現せず終わる可能性がけっこうある。実現しないとしたら、バイデンの組閣人事や予測される政策の内容を分析するのは意味がない。しかし、バイデンは「米国は再び世界を率いる。そのための政権を作る」と宣言しており、実現しないとしても、バイデンがどうやって「世界を再び率いる」のか、同盟諸国や露中などを納得させて覇権を再建するつもりなのか興味が湧く。 (Joe Biden: ‘America Is Back’ And ‘Ready To Lead The World’) その観点でバイデン政権への閣僚人事を見てみた。国務長官にアンソニー・ブリンケン、国防長官にミッシェル・フロノイ、気候変動問題の特使にジョン・ケリーなどが報じられている。これらの人事、とくに国務長官と国防長官の人選を見ると、バイデン政権は、かつて共和党のブッシュ政権がやって大失敗が見事に確定した「単独覇権主義」や「先制攻撃による政権転覆」の戦略を再び引っ張り出してきて実行することで「米国が世界を率いる」覇権体制を復活させようとしていることが見て取れる。これは、あまりに愚策だ。それで今回の記事の題名は「バイデンの愚策」になった。 (Flournoy gets progressive boost in Biden's search for Pentagon chief) (Antony Blinken on Russia) トランプ政権のこれまでの4年間で、中東から欧州、南アジア、アフリカなどの地域で、米国は覇権・影響力を大幅に低下させ、代わりにロシアと中国が影響力を拡大し、事態はすっかり多極化している。今後、バイデン政権がこれらの地域における米国の覇権を取り戻そうとする場合、単独覇権戦略を振り回してしまうと、すでにこれらの地域を隠然支配する影響力を持っているロシアや中国との敵対を扇動するばかりとなり、以前よりかなり国際信用や財政力が落ちている米国は、ほとんど影響力を取り戻せず、ロシアや中国から覇権を奪還できずに終わる。ロシアや中国と本格的な核戦争をするつもりなら別だが、バイデンら米国の軍産エスタブは、露中と直接本格的な戦争をするつもりはない(核戦争になって人類滅亡になる)。 (Joe Biden: Return Of The CFR) 米国が世界各地で失った覇権や国際信用を取り戻そうと思ったら、まずロシアや中国を敵視することをやめて、いったん多極型の新世界秩序を認めるしかない。ロシアも中国も、米英に比べると「覇権の独り占め」に対する固執が少ないので、米国が覇権運営に再び力を入れてくれるのは歓迎だ(露中と米国が派遣を奪い合っているという世界観は、米英のマスコミ権威筋が作ってきたウソのプロパガンダだ)。露中は、米国が露中を敵視するのをやめてくれるなら、見返りに、トランプの米国が捨てた覇権を拾って自分たちのものにした分の一部を米国に返還するだろう。トランプが捨てた覇権をバイデンが回収したいなら、すでに失敗が確定して久しい露中敵視の単独覇権主義の復活でなく、露中への敵視戦略をいったん捨てるしかない。 (Marco Rubio Is No Fan Of Joe Biden’s Foreign Policy Team) 国務長官に指名される予定のブリンケンと、国防長官に指名されると予測されているフロノイは、オバマやクリントンの時代から国防総省などの高官を歴任して外交安保策を立案してきたが、いずれも単独覇権主義への傾注が強い。とくにフロノイは、国防総省の政策担当次官補代理だった1996年に単独覇権主義や敵性国の政権転覆策を盛り込んだ世界戦略を立案した「元祖」だ。この時に立案した戦略は、5年後の911事件とともにブッシュ政権の主要な戦略として採用されたが、イラク戦争やアフガニスタン占領、リビア転覆、シリア内戦などの失敗の連続によって、愚策であることが確定して終わっている。フロノイはシンクタンクの要員などとして、その後もあきらめずに単独覇権戦略を発表し続けてきた。単独覇権主義者の元祖である頑固な彼女が国防長官になったら、すでに失敗が確定しているのを無視して、強硬な単独覇権戦略をやるだろう。その方向で成功する見込みは全くない。 (Top Biden advisors Flournoy and Blinken promise smarter, more secretive permanent war policy) ブリンケンはフロノイよりも政策に陰影がありそうで、裏でロシアと取引して米国が覇権を回復する演技に協力してもらうといったやり方をとれるかもしれない。オバマがやった手口だ。ブリンケンはオバマの外交戦略を立案していた。しかし、この手の裏表のあるやり方は、米国の国際信用を回復する策として効率が悪い。 (9 things to know about Antony Blinken, the next US secretary of state) バイデン陣営は、トランプが撤退傾向を続けてきたシリアへの米軍駐留を再増加してシリア内戦での米国の巻き返しを目指している。だが、シリアはすでにロシアとイランに支援されたアサド政権が、米軍傀儡のISアルカイダの民兵団(テロリスト組織)を殺害投降させて内戦を終わらせ、国家の再建に取り掛かっている。ここで米軍を再び増派しても、できることは少ない。米軍が直接に露イラン・アサドの軍隊と交戦することはない。やれば国際法違反の侵略戦争になる。米軍はISカイダを支援して露イランアサド側と戦わせるだけだ。しかし、すでに露イランアサドはISカイダを打ち負かし、残党を後始末係のトルコの傘下地域に追いやっている。露イランアサドが完全掌握している内戦後のシリアで、米軍がISカイダを再建することはほとんど不可能だ。不成功になるだけでなく、そういった国際法違反の汚いことを続けるバイデンの米国は国際信用を失うばかりだ。シリア政府軍が化学兵器を使ったというOPCWがばらまいたウソもばれつつある。 (シリア政府は内戦で化学兵器を全く使っていない?) (シリア内戦 最後の濡れ衣攻撃) バイデン政権は、トランプが進めてきたアフガニスタンからの米軍撤退も逆回しして米軍を再増派するかもしれない。だがこれも全くうまくいかないだろう。アフガニスタンの最強勢力は、反米の民兵団タリバンだ。アフガン駐留米軍は、タリバンと直接交戦したくないので、米傀儡アフガン政府の傘下に政府軍を作らせて軍事訓練してきた。しかし国軍は、米傀儡なのでとても弱い。タリバンは、米軍の撤退が完了したら政府軍を打ち負かして首都カブールを奪還し、傀儡政府を潰してタリバン政権を復活しようと準備して待っている。そこに米国がバイデン政権になって米軍撤退を中止して再増派したらどうなるか。米軍は、犠牲が大量に出るのでタリバンと直接交戦したくない。米軍はアフガン政府軍を再テコ入れしようとするだろうが、いったん米軍撤退が決まっていたのを逆流させるのは無理があり、テコ入れは失敗するだろう。トランプは、タリバンと和解して米軍を撤退させてきたが、バイデンはタリバンと敵対した挙句に失敗し、ベトナム戦争型の敗戦になる。馬鹿げている。 (The Pentagon Has Closed Ten Bases In Afghanistan Amid Hastened Draw Down) (ユーラシアの非米化) オバマ政権の副大統領だったバイデンは、オバマがとっていた戦略を受け継ぐと思われがちだが、オバマはバイデンのような馬鹿げた戦略はとっていなかった。オバマは、ブッシュ時代からの単独覇権主義が愚策なのでやめようとした。イラクから撤兵して占領の泥沼からの離脱を目指し、イランと核協定を結んで濡れ衣に基づくイラン敵視策を終わりにしようとした。ビンラディンを殺したことにしてテロ戦争を終わらせようとした。だが軍産(米諜報界)はオバマを妨害するため、イラクでISを決起させてオバマが米軍を再派兵せざるを得ない状態に持ち込んだ。軍産は、ISカイダをこっそり支援してシリアで内戦を起こし、オバマを中東派兵の泥沼に沈めようとした。これに対してオバマは、シリア内戦の軍事的な平定をロシアに丸投げし、ロシアとイランがアサドのシリア政府を軍事支援してISカイダを退治して内戦を終わらせる今に続く道筋を作った。各方面で失敗していたブッシュ以来の単独覇権戦略からの離脱するのがオバマの戦略だった(後続のトランプに比べると成功しなかったが)。 (軍産複合体と闘うオバマ) オバマは米中枢における軍産支配を終わらせようとしたが、バイデンは正反対に、軍産支配を積極的に受け入れている。この違いはもしかすると、米国の選挙不正の手法(投票機を裏口からハッキング操作し、偽造した郵送投票を紛れ込ませる手口)を握っているのが軍産・諜報界で、彼らはバイデンが軍産傘下の単独覇権主義者たちを新政権の高官に就任させることを条件に、バイデンに勝たせてやると持ちかけて談合したところから来ているのかもしれない。オバマは自らの人気を使い、軍産の手を借りずに当選・再選できたので、軍産支配からの離脱を試みられたのでないか。証拠はないが。 (Biden's Deep State) (シリアをロシアに任せる米国) クリントン政権の末期から、軍産は米国の政権を支配して単独覇権主義をやらせてきたが、それはすでに米国の覇権を自滅させることが確定しており、軍産の目標である米国覇権の永続とは正反対の結果になることがわかっている。それなのに軍産は、自滅的な単独覇権主義をまたやろうとしている。馬鹿である。その意味で、愚鈍なのはバイデンでなく、バイデンを背後から動かしている軍産である。愚策と知りつつ自滅策を米政権にやらせるのは隠れ多極主義の手法だ。軍産は実のところ、隠れ多極主義に支配されている。トランプは、覇権を放棄する隠れ多極主義を自ら意図してやっている。バイデンは、過激な方法で覇権を取り戻そうとして失敗して覇権喪失を加速する隠れ多極主義を、たぶん知らずにやらされている。道筋が違うだけで、結果は同じだ。 (Biden's National Security Pick Said US Should "Encourage" China's Rise & Not Contain It) (Biden’s new secretary of state ready to take on the Middle East) バイデンは、中国包囲網を続けると言っている。日本や韓国に対し、中国敵視の姿勢をとらせようとしている。バイデンは日本の菅首相と電話会談し、尖閣諸島に中国が攻めてきたら、米兵に戦死者が出るリスクおかしても、米軍を派兵して中国と戦わせると菅に伝えた。日米が協力して中国と戦う感じが醸成された。ところが菅の日本はその直後、中国と打ち合わせ、中国から王毅外相に訪日してもらい、日中で尖閣諸島の紛争を解決していく方向性を決めてしまった。 (Should Americans Die For The Senkaku Islands? Joe Biden Says Yes.) (Japan And China Agree To Coordinate On East China Sea) 米国は経済面でも、日本などの同盟諸国が中国と疎遠な関係になることを望んでいるが、菅の日本は、中国がTPPに入りたいというのを喜んで受け入れている。日中韓3か国の自由貿易圏を作る交渉まで始めている。日本は、米国を裏切って中国と仲良くする道をどんどん進んでいる。米国の次期政権がバイデンとトランプのどちらになっても、日本はもう米国の傘下に安住するつもりがない。日本がまだ対米従属の国是だと思っている人が多いかもしれないが、自国に対するその見方はすでに間違っている。トランプは日本に対米従属をやめてもらいたいと前から言っているので、トランプが続投するなら日米の思惑は合致している。バイデンは逆に、同盟諸国との関係を最強化して米覇権体制を再建したいと言っている。これは全くうまくいかない。日本はすでに米国に見切りをつけている。 (After RCEP’s Launch, the US Urgently Needs to Rejoin the TPP) (Escobar: Flying Dragon, Crashing Eagle) その他、バイデンが採ると言っている戦略が、実は自滅的であることを示す事例として、2国式のパレスチナ和平、ロシア敵視の巻き直しによるNATOの再建、地球温暖化問題・人為説の蒸し返しなどがある。今回は書ききれないので、これらはいずれ改めて分析する。また、バイデンは民主党左派の政策をほとんど入れずに新政権を作る方向で、左派はバイデンや軍産に出し抜かれ、用済みにされている。この事態が何をもたらすかも、今後見極めて書いていく。 (Biden tells Jordan’s king he is eager to ‘support a two-state solution’) (No SecDef pick from Biden as Flournoy hits resistance from progressives)
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