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人権外交の終わり

2007年1月18日  田中 宇

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 1月12日、国連の安全保障理事会における決議で、中国とロシアが、初めて一緒に拒否権を発動した。中露が拒否権を発動したのは、東南アジアのミャンマー(旧ビルマ)政府に対して政治弾圧や人権侵害をやめるよう求める決議で、議案はアメリカとイギリスが提案していた。(関連記事

 安保理15カ国の中で、米英仏など9カ国が決議に賛成、中露と南アフリカが反対、インドネシア、カタール、コンゴが棄権した。安保理では通常、9カ国以上が賛成すると可決になるが、例外として、常任理事国が一カ国でも拒否権を発動した場合、否決になる。

 中露が拒否権を発動した理由は「安全保障理事会は、ある国が起こした問題が、他国や国際社会の安全や平和を脅かす場合に、解決を話し合う場である。ミャンマー政府は人権侵害や政治弾圧をしているものの、その悪影響はミャンマー国内に限られ、近隣の東南アジア諸国や中国、その周りの国際社会に脅威をもたらしていない。だから、この案件は安保理で決議すべき問題ではない。国連内の人権理事会など他の組織で話し合うべきだ」というものだった。(関連記事

 ミャンマーは中国の南に隣接し、中国はミャンマー政府に経済や軍事面で支援を行う一方、ミャンマーから地下資源などを輸入している。中国の海軍は、インド洋に面したミャンマーの港を使わせてもらうことで、行動範囲を広げている。国連が圧力をかけた結果、ミャンマーの現政権が倒れ、イギリス人の諜報部員を夫に持つアウンサン・スーチーら民主諸派によって米英と親密な政権が作られることは、中国にとって脅威である。だから中国は「安保理事会ではなく人権理事会で話し合うべきだ」と屁理屈をこね、ロシアを誘って拒否権を発動したのだ、というのが欧米マスコミの主たる論調である。

▼人権侵害をしているアメリカの人権外交

 私が見るところ、この論調は、事態の半分しか見ていない。中国がミャンマーの政権交代を望んでいないのは事実だ。しかしその一方で、アメリカやイギリスが、国連の安保理を使い「人権重視」のふりをして、実は米英が利権を拡大できるような、国連による制裁や武力行使を行ってきたのも、また事実である。

 米英による人権外交の戦略は1970年代に始まった。初期の人権外交は、米ソ冷戦の一環としてソ連の人権侵害を非難するもので、アメリカのネオコン(親イスラエルの過激な人権主義者)がジャクソン上院議員らに提案させた、ソ連のユダヤ人弾圧を制裁する「ジャクソン・バニク修正法」(1974年)が初期の人権外交の典型である。(関連記事

 人権外交が、米英の利権獲得だけでなく、世界にとってある程度の安定をもたらすという効果をあげていた1990年代までは、国際社会は、米英の人権外交を容認もしくは支持していた。しかしブッシュ政権になってからの6年間、アメリカの人権外交は世界を混乱させるばかりとなり、世界の反発を受けるようになった。

 イラク・イラン・北朝鮮を名指しした2002年の「悪の枢軸」は、ブッシュ政権の人権外交の象徴だが、この後、イラクは米軍の侵攻で無茶苦茶にされ、フセイン政権時代の弾圧より、米軍による殺戮や人権侵害の方がひどいという結果になっている。そしてアメリカは今、次はイランに侵攻しようとしており、このままだとイランも無茶苦茶にされる。

 ブッシュ政権は、2005年には、イラン、北朝鮮、キューバ、ミャンマー、ベラルーシ、ジンバブエの6カ国を「圧政国家」として名指しし、アメリカが政権転覆(強制民主化)したい対象国に指定した。国連が今後も米英の人権外交を容認し続けた場合、ミャンマーを含むいくつもの国々が、米軍の侵攻や経済制裁によって無茶苦茶にされかねない。米英の人権外交が、実は人権をひどく侵害していることは、イラクの事態が象徴している。(関連記事

 国連の中で、国連軍を組織してどこかの国を武力行使で制裁する決議を出せるのは、安保理事会だけである。国連は、世界の人々の人権を守ることを重要任務の一つにしているが、人権擁護について話し合う場である人権理事会には、武力行使の権限はない。国連を使った米英の人権外交の要点は、本来は人権理事会で話し合うべき人権問題を、安保理事会で話し合うことによって、国連軍による武力行使ができる問題に仕立てることである。

▼人権外交の起案者はネオコン

 人権外交については「悪いのはブッシュ政権のやり方であり、その前の米英がやっていた人権外交は良いものだった」「ブッシュの強制民主化戦略は、人権外交としては例外でしかない」と考える読者もいるだろう。確かに米英の人権外交は、以前には良い効果ももたらした。たとえば1980年代には、アパルトヘイト政策を続ける南アフリカの白人政権を、経済制裁によって窮地に陥らせ、多数派である黒人への政権移譲と黒人の地位向上を実現した。

 しかしその一方でアメリカは、自国の戦争に対する反対決議案など、自国に都合が悪い安保理決議には、ことごとく拒否権を行使して否決してきた。人権外交が始まった1970年以来、アメリカが国連安保理で行使した回数は86回で、この数は、他の4つの常任理事国による拒否権発動の合計の回数より多い。86回の拒否権発動の中には、ベトナムの国連加盟(1975年)、米軍のグラナダ侵攻への非難(83年)、ニカラグア内戦への米軍介入への非難(85年)、米軍のパナマ侵攻への非難(90年)などが含まれている。自国の悪行を批判する決議は全て拒否権で潰す戦略であり、86回の拒否権発動のうち63回は、アメリカのみが拒否権発動したものだった。(関連記事

 アメリカの拒否権発動は、自国の戦争遂行のほか、イスラエル擁護のためにもたびたび発せられている。昨年7月のイスラエルによるレバノン侵攻と、昨年11月のイスラエル軍のガザ侵攻に対する非難決議は、いずれもアメリカの拒否権発動で葬られた。

 すでに書いたように、安保理を使った人権外交は、親イスラエルのネオコンが、ネオコンと呼ばれる前の1970年代に、アメリカの軍事産業とイスラエルのために発案したものだ。思想の体系としてみると、ブッシュ政権の戦争戦略(強制民主化戦略)は、人権外交の例外ではなく、むしろ原点に最も忠実な「原理主義」であり、過激ではあるが正統である。

▼アメリカの破壊行為に乗せられている「善意」

 今回のミャンマーの人権侵害に対する非難決議に対しては、中露のほか南アフリカが反対しており、欧米の人権運動家は「南ア(の黒人政権)は、かつて米英の人権外交のおかげでアパルトヘイトを終わりにしてもらったのに、今になってミャンマーの人権侵害の非難決議に反対するとは、ひどい話だ」と南アを非難している。(関連記事

 だが、安保理を使ったアメリカの人権外交は、もともと国連が掲げた人権重視の政策とは、似て非なるものになっている。米英の人権外交を擁護する人々は、人権外交がイラク侵攻を生み、世界の10億人のイスラム教徒を苦しめていることを見落としている。ミャンマー非難決議に反対した南アフリカ政府の考え方は正しい。

 マレーシアやインドネシアなど、ミャンマー周辺のASEAN諸国の政府も「ミャンマー政府に欠陥はあるが、問題はミャンマー国内に限定されているので、安保理で非難決議をする問題ではない」と表明し、中露による拒否権発動を支持している。(関連記事

「問題が国内に限定されているなら、見逃して良いのか」という理想主義の主張をする人もいるだろう。しかし、フセイン政権が倒された後、イラクの人々の生活は前より悪化した。米英がミャンマーの軍事政権を倒してスーチー政権を作ったとしても、ミャンマーの人々の生活が良くなるとは思えない。

「内政干渉しても良いから、アメリカによる強制民主化をやるべきだ」というのはネオコンの考え方そのものである。それはイラク占領で破綻した。この手の理想主義は、今や「目的達成のためには無差別殺人をしてもよい」というテロリストの考え方と同種の犯罪的思想になりつつある。

 人権は大事だ。人権を重視する人々の善意も大切なものだ。しかし、人権侵害が行われているという口実で、世界各地の国の内政に介入したり、侵攻したりして、政権を転覆するという、今の米英がやっている人権外交は、対象国の人々の生活を破壊し、逆に人権を奪っている。米英の戦略は、世界の人々の善意を食い物にしている。善意ある人々の多くが、気づかないうちに米英の戦争に乗せられている。

「ブッシュ政権の任期が終われば、アメリカは良い方向に戻る」と期待する人も多いが、私から見ると、それは楽観的すぎる。ヒラリー・クリントン、ジョン・マケインなど、次期の大統領候補になりそうな有力者は、全員がブッシュに負けない強硬派であり、人権外交と戦争を組み合わせたブッシュ政権のやり方を継承しそうである。米議会では、民主・共和両党とも、イラクの次にイランに侵攻することに明確に反対している人はごく少数だ。

 アメリカには、自国の自滅的な破壊行為を止められる有力者がいない。アメリカを愛する人は、ブッシュの戦争拡大を非難して止めねばならないはずだが、今のアメリカでそれを言う人は、下手をすると「テロ容疑者」としてFBIに追われかねない。

▼中国やロシアはもっと悪い?

「中国やロシアは、自分たちが人権侵害をしているから、ミャンマーの人権侵害を非難したがらないのだ」とか「米英が悪いと言うが、中国やロシアはもっと悪い」と言う人もいる。

 たしかに中国は、日本の市町村議会にあたるレベルでは一部で選挙が実施されているが、国政レベルでは全く選挙をやっておらず、すべて共産党が政治家の人事を決めている。ロシアは選挙をやっているが、政府がマスコミを抑圧している。

 しかし、中国人やロシア人と良く話す人は気づいているだろうが、中国でもロシアでも、国家指導者に対する支持率はかなり高い。胡錦涛とプーチンは、安倍、ブッシュ、ブレアよりはるかに高い支持を自国民からの受けている。ロシアでのプーチンの支持率は70%程度である。中国では世論調査が行われていないが、私が中国人と話した経験からは、中国人の共産党政権に対する支持率も60%以上だと感じる。

「中国の農村では、政府批判の暴動が相次いでいる。反政府の人が多いはずだ」と反論する人もいるだろう。中国の農村暴動のほとんどは、地元の役人が公共事業のためだと言って人々から家や農地を没収し、その事業で私腹を肥やす汚職をやっていることが後で暴露されたために起きている。土地公有制と経済自由化の間の矛盾が、汚職の多発につながっている。中央政府は、取り締まりをやっているが、追いついていない。中国の人々は、個々の役人を非難するが、共産党政権そのものを転覆した方が良いとは思っていない。共産党政権が転覆したら、その後の中国は結束力を失って今より悪い状況になるという考え方が多数を占めている。

 中国やロシアではマスコミが統制されているから、国民が洗脳されているのではないかと思う人もいるかもしれないが、これも間違いである。中国やロシアの人々は、自国のマスコミが統制されていることをよく知っている。彼らは、マスコミ報道を鵜呑みにしない。「自国のマスコミは統制されていない」と軽信して報道を鵜呑みにしているのは、むしろ日本や欧米の人々である。(だからブッシュはイラク侵攻を挙行できた)

 ロシアでは、反政府系のマスコミの多くは、米英によるロシア包囲戦略の片棒を担いできた。ベレゾフスキー(Boris Berezovsky)、ネブツリン(Leonid Nevzlin)ら、冷戦後のエリツィン時代に反政府系のマスコミを保有していた「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の人々は、プーチンによって利権を剥奪され、イギリスやイスラエルに亡命し、MI6やCIA、モサドなどによる反ロシア宣伝作戦の先兵として第二の人生を送っている。(昨年末、ロンドンで放射性物質を飲まされて殺されたリトビネンコとその関係者の多くは、オリガルヒに雇われた人々である)(関連記事その1その2

▼米英に楯突く国の人権侵害は悪し様に描かれる

 中国では、チベット人、モンゴル人、ウイグル人など、国内の周縁地域に住む少数派に対する抑圧がある。ロシアのプーチン政権は、旧ソ連の内部に存在していた国々(ウクライナ、ベラルーシ、バルト3国、グルジアなどカフカス諸国、中央アジア諸国)を自国の影響圏と考え、それらの国々が欧米と親しくしすぎると介入的な政策をとる。これらの点は、欧米の政府や人権団体などに批判されている。

 しかしその一方で、世界を見渡すと、国内の少数派に対する抑圧は、ほとんどどの国にも存在する。日本には在日朝鮮人問題があるし、アメリカではアフリカ系(黒人)や先住民(インディアン)が差別され、911以降はアラブ系に対する差別がひどい。

 世界には、自国より小さい周辺諸国を影響圏とみなし、内政干渉する国も多い。アメリカはメキシコ以南の中南米諸国を「裏庭」として内政干渉し、自主独立を求めたキューバを長期にわたって制裁している。イギリスのスコットランド、アメリカのハワイ、日本の沖縄、イラン・イラク・シリア・トルコのクルド地方など、国内で劣位に置かれている少数派の地域(同化政策の対象地域)を持つ国は無数にある。

 これらの諸地域の問題のうち、どれが重大でどれが大したことないかを決めるのは難しい。欧米のマスコミは、欧米に楯突く国々の国内の差別問題をことさら大きく、悪し様に報じる傾向がある。これは米英の人権外交戦略の一環なのだが、欧米日の人々の多くが、このイメージ戦略に引っかかっている。

 イラクのフセイン前大統領は、クルド人に対する弾圧を責められたが、クルド人がイラク・イラン・シリア・トルコの4カ国で少数民族になるように国境線を引き、4カ国がクルド人差別という人権問題の弱みを持つように設定したのは、約100年前に中東を支配したイギリスである。そう考えると、米英がイラクの傀儡政権にフセインを裁かせたことや、トルコがクルド人弾圧を理由にEU加盟を拒否されていることは、善玉と悪玉が逆転する。クルド人弾圧は「悪」で、米英の中東支配は黒幕的な「巨悪」である。巨悪は、裁かれることはない。

 加えて今、ブッシュ政権の戦争戦略のせいで、米英はどんどん「悪い国」になっている。もはや「米英より中露の方が悪い」とは言えなくなっている。

▼ミャンマーの地下資源を狙っているのは中国だけ?

 中露が拒否権を発動した2日後、ミャンマー政府が油田の開発権を中国企業に売ることに決めたと報じられている。これだけを読むと「中国が石油利権のために国連で拒否権を発動した」という構図が頭に浮かぶ。(関連記事

 しかし他の記事を見ると、ミャンマー政府は同時期に、天然ガスを外国に売る案件を進めており、日本と韓国の企業が受注合戦を繰り広げ、中国やインド勢が外されかけているとも報じられている。(関連記事

 つまり全体像としては、ミャンマー政府は経済発展のためにアジア諸国に石油やガスを売ろうとしており、アジア各国の企業がそれを買いあさりに来ている。その中の中国企業の動きだけを報じると、中国が汚い手を使ってミャンマーの石油利権を獲得しようとしているというイメージの記事ができあがる。この手のイメージ作りは、世界のマスコミによって、意識的ないし無意識のうちに行われている。

▼民主化より安定と発展を優先するアジア方式

「英米が悪いのは分かったけど、ミャンマー政府に人権状況の改善を求め、世界を変えようという気概があるのは米英だけじゃないのか。中国やロシアには、そんな気概はないだろ」という人もいるだろう。それに対する私の答えは「以前はそうだった。しかし今後は変わりそうだ」というものだ。

 私が今回の、ミャンマー問題での中露の拒否権発動の周辺を調べて発見したことは、中国が、自国周辺のアジアの国際問題を、中国なりのやり方で解決・改善していこうと努力し始めており、アメリカのやり方より中国のやり方の方が、うまく行きそうだということである。

 国連で中露がミャンマー非難決議に拒否権を発動したのと同時期に、フィリピンのセブ島ではASEAN+3(日中韓)のサミットが開かれ、ミャンマーの代表が自国の人権や民主主義に関する改善計画について報告した。この席上、マレーシアやインドネシアといったASEAN諸国がミャンマーに「改善計画の進展が遅い」と苦情を言って圧力をかけた。(関連記事

 ASEAN+3の戦略は、ミャンマー政府に状況改善の計画を出させ、その進捗状況をASEANがチェックする一方で、ミャンマーと周辺諸国の貿易を振興し、ミャンマーに経済発展してもらうことで、ミャンマーの人々の生活を改善し、政治を安定させ、人権問題を解決するというやり方である。米英の人権外交は、安定や経済発展より民主化を優先しているが、ASEAN+3の戦略は逆に、民主化より安定や経済発展を優先している。

 貧しい人々の民主主義と、豊かな人々の民主主義は安定感が違う。豊かな国では、人々が豊かさの継続、つまり政治の安定を望み、安定した民主主義ができる。しかし、人々が貧しい状態で民主化を導入すると、人々は安定をそれほど重視せず、往々にして政治の不安定化を招く。政治が不安定になると、経済発展ができず、人々の生活は改善せず、結局独裁者の台頭を招く。

 欧米や日本の民主主義の拡充は、産業革命以来の100−200年間の経済発展と並行して進んできた。欧米や日本自身の発展の歴史が示していることは、ミャンマーなどの貧しい国々に、発展より先に民主化を性急に求めることは間違いだということである。その点で、ミャンマーに対するASEANのやり方は正しいし、中国が自国の民主化より経済発展を優先するのも正しいということになる。とにかくミャンマーの軍事政権を倒せば事態は良くなると考えるのは間違いであり、混乱を招くだけである。

▼国連のあり方が変わるかも

 中露がミャンマー問題で拒否権を発動したことは、単にミャンマーの問題を超えた、国連全体のあり方の変革につながる可能性がある。今回の拒否権発動が意味するところは、中露が「安保理では、一つの国の内部だけで起きている人権問題について、二度と決議をしない。その問題は人権理事会などでやるべきだ」という決意を表明したということである。

 米英の覇権を欧日が支持し、それが揺るぎない世界の体制だった従来なら、中露が結束してこのような決意表明をしても、欧米日の「国際社会」の総意によって潰されただろう。しかし今、米英の覇権は失墜しつつあり、欧米間の亀裂は消えず、今後アメリカがイランを攻撃して中東が大戦争になったら、米英中心の世界体制はさらに崩れる。中露の拒否権発動は、まさにこの米英中心主義が崩れつつある中で発せられており、世界の多極化を推進する動きの一つになっている。

(こうした中露の動きと、事務総長が親中国派の韓国人である潘基文になったことは、国連が米英中心の体制から、多極化された世界に合ったものへと変わりつつあることを示している)

 中露は「もう米英には、人権外交戦略に基づく政権転覆はさせない」という決意表明をしたわけだが、これはまだ全世界に適用されてはいない。「ミャンマーや中央アジアなど、中露の周辺地域では、もう人権外交は許さない」という、地域限定の意志表示でしかない。昨年末に国連安保理で可決されたイランへの非難決議は、今回のミャンマーに対する非難決議案と同様、米英の人権外交に基づくものだったが、中露はイラン問題の決議の際、決議案に軍事力による制裁を盛り込むことには反対したが、米英が決議文案から軍事制裁条項を外した時点で、議案に賛成した。

 中露を中心としたユーラシアの集団安保会議である「上海協力機構」は昨年夏の総会に、イランの代表を招待しており、その時点では「アメリカがイランを攻撃したら、中露がイランの側についてアメリカと対決するかもしれない」と思われた。(関連記事

 しかし、その後の展開を見ると、アメリカがイランを攻撃したら、中露はアメリカを非難するが、戦争には参加しないことになりそうである。アメリカのイラン攻撃は、アメリカの自滅を早め、米英は人権外交をやる力を失う。中露は、イランを救うためにアメリカと一戦交えて世界戦争を起こすより、中東大戦争の中でアメリカが自滅するのを傍観する方が得策だと考えたのだろう。

 中東の人々は、今後もしばらくは米英イスラエルによってひどい目に遭い続けるが、イラクやアフガン、レバノンで展開しているようなゲリラ戦は、中東全域に拡大し、おそらく最後には、米英イスラエルを中東から追い出すことで終わりになる。中東の安定と平和は、このゲリラ戦によってしか実現しない。

 欧米のマスコミはゲリラを「アルカイダ」と呼び、ゲリラが勝ってアメリカが負けたら世界は暗黒の悲惨さになるというイメージを喧伝しているが、このイメージ発生装置に騙されてはいけない。そもそも「アルカイダ」は、米英イスラエルの諜報機関の外部部隊である可能性が強く、テロ戦争は米英イスラエルによる自作自演の構造を持っている。(関連記事

▼アジアのことはアジア人でやる

 中露による今回の拒否権発動の主役は、おそらくミャンマーを隣国に持つ中国であり、ロシアは中国に誘われて協力しただけだ。この中国の動きからは「今後は、東アジアから東南アジアまでの地域の問題は、アメリカに頼らず、中国やASEANが解決していく」という意志が感じられる。

 ASEANは今回のセブ島での会議で、設立以来40年ぶりに憲章を全面改定し、新たに紛争解決や和平監視、決議を確実に実行する方法などのメカニズムを新設することを検討した。ASEANは、冷戦時にアメリカの味方をした東南アジア諸国による反共同盟として設立された。今後、そうした昔の意義付けは根底から改変され、ASEANは、アメリカの傘下の組織から脱し、アメリカの世話にならない、東南アジア地域の安全保障を守る自律的な組織に生まれ変わる可能性がある。(関連記事

 このようなASEANの動きと、中国の拒否権発動の動きは、両方ともアジア自立の方向性であり、同じものである。この動きは、しばらく前から存在しており、昨年秋に私は「アジアのことをアジアに任せる」という記事を書いている。(関連記事

 アジアのことはアジア人がやる傾向が強まった結果、北朝鮮の問題に対するやり方も変質している。セブ島でのASEAN+3の会議では、北朝鮮に核開発をやめさせると同時に、北朝鮮がアジア諸国と自由に貿易できるようにして経済発展させ、安定させていくという、ミャンマーに対するやり方と同じ解決方法を模索することが検討された。

 さらに、これまでの日中関係から考えると異例なこととして、中国と韓国が初めて公式に、会議の中で、北朝鮮による日本人拉致問題を非難した。これは、中国と韓国が、日本の立場に理解を表明することで、日中、日韓関係を好転させ、アジアのことはアジア人で解決する体制作りを進めようとしたのだと考えられる。

 そのほか、自民党の山崎拓氏の北朝鮮訪問も、これらの動きと関係していると思われるが、すでに今回の記事は非常に長くなってしまったので、北朝鮮をめぐる話は改めて詳しく書くことにする。



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