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ウクライナ再停戦の経緯

2015年2月18日   田中 宇

 1週間ほど前にウクライナ内戦の記事を書いたばかりで、また同じテーマで恐縮だが、米露が直接の戦争になって核兵器を含む「第三次世界大戦」が始まるとしたら、それはウクライナからだ。ウクライナでの米国のやり方は、イラクやシリア、イランでの戦略と同様、介入の大義を当初から欠いた、非常にへたくそな不合理なものだ。こんなやり方で本当に世界大戦をやる気なのか大いに疑問だが、好戦的に突っ走る最近の米国は何をするかわからないので、詳細な観察と分析が必要だ。 (ウクライナ米露戦争の瀬戸際) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 2月11日、ロシアとウクライナに隣接するベラルーシの首都ミンスクに、露独仏ウクライナの首脳らが集まり、16時間の交渉の後、翌日にウクライナ東部内戦の停戦協定(ミンスク2議定書)が締結された。1月から崩壊していた停戦協定を立て直し、親露派が統治する東部地域と、ウクライナ政府の統治地域の間に数10キロの緩衝地帯を設ける。ウクライナ政府は東部に自治権を与えるかたちで憲法を改革し、停止していた東部に対する年金や福祉の支給、金融などのサービスを再開する。代わりに東部は、ウクライナ・ロシア国境の管理をウクライナ当局に明け渡す。また、双方に加勢していた外国からの援軍が引き揚げることも盛り込まれている。 (Ukraine ceasefire aims to pave way for comprehensive settlement of crisis

 ミンスク交渉には、独メルケル、仏オランド、露プーチン、ウクライナのポロシェンコの4首脳が参加した。オランドは、世界的な合意で世界的な停戦だと豪語した。しかし、実は4首脳のだれ一人として協定文書に署名していない。署名したのは、親露派のドネツクとルガンスクの「共和国」代表、ウクライナの特使であるクチマ元大統領、停戦監視団OSCE(欧州安保協力機構)のスイス人特使、駐ウクライナ露大使という、比較的「小物」の5者だけだ。この点をとらえ、和平に貢献する度合いの低い、あまり意味のない合意だと分析する記事を、米英エリート筋(ハーバード大)のニオール・ファーガソンと、その対極にいる米反権威筋(非マスコミ筋)のポール・クレイグロバーツやペペ・エスコバルがそろって書いている。 (From Minsk to Brussels, it's all about Germany) (The meaning of the Minsk agreement) (The Minsk Peace Deal: Farce Or Sellout? - Paul Craig Roberts

 やはりウクライナから第三次世界大戦が始まるのか?。そう思って調べていくと、むしろ「小物」に署名させていることに意味があることが見えてきた。今回のミンスク協定は、昨年9月にミンスクで締結された停戦協定を再建して再発効させた「ミンスク2」であり、署名した5人は、昨年9月5日の最初のミンスク協定に署名したのと同じメンバーだ。5者の協議は、昨年5月のウクライナの選挙でポロシェンコが大統領になった後、内戦を終わらせる目的で、おおむね同じメンバーで4回繰り返され、9月のミンスク協定で停戦にこぎつけた。 (Trilateral Contact Group on Ukraine - Wikipedia

 昨年9月にミンスク協定の停戦が始まったが、その後10月にドネツク近郊の国際空港で戦闘が再発した。東部軍とウクライナ軍のどちらが先に攻撃したか、双方の主張が正反対だが、戦闘は東部軍が優勢になった。今年1月21日にドネツク国際空港は完全に東部軍のものになり、ウクライナ軍が敗退した。ウクライナ軍が先に攻撃してきたので正当防衛だと主張する東部勢は、空港を陥落した後、ミンスク停戦協定の失効を宣言し、ドネツク州の全域からウクライナ軍を追い出すまで戦うと表明して、次は鉄道と道路の十字路で交通要衝である州内のデバリツェボを守るウクライナ軍を包囲・攻撃し始めた。 (Minsk Protocol From Wikipedia

 ロシア系の独立性を守りたい東部軍の士気が高いのと対照的に、ウクライナ軍は兵士の多くが同国民と戦うことに消極的だ。昨年来、徴兵忌避が広がり、当局は強制徴兵の動きを強めている。徴兵委員会が夜中に自宅にやってきて家の成人男性たちを連行するとか、市バスに徴兵委員会が乗り込み、女性と子供を全員降ろし、残った成人男子をそのままバスで軍の施設に連行して徴兵し、前線に行かせるといった話が相次いでいる。前線の兵士が逃げないよう、後方に逃亡者を捕獲する部隊がいるともいわれている。首都キエフ市内に8つの検問所が作られ、徴兵対象者の逃亡を防いでいる。いやいや徴兵されたウクライナ軍の士気は落ちるばかりで、戦闘での劣勢が続いている。 (US Mini-Nukes Delivered to Ukraine; Poroshenko's Family Urgently Leaves the Country) (Checkpoint Charlie Is Back: Ukraine Starts Building A New Berlin Wall) (Ukraine's Government Is Losing Its War. Here Is Why:

 東部軍がドネツク空港を陥落してミンスク合意が失効したのと同日の1月21日、米軍がウクライナ軍を訓練するための兵力をウクライナ西部に派遣し、殺傷力の高い兵器をウクライナに支援することを表明した。米軍がウクライナに入ると、EUを含むNATO(米欧)とロシアとの敵対が本格化する。NATO司令官は、ロシア軍がウクライナ東部に侵入していると何度も主張したが、停戦監視団のOSCEはそんな事実はないと繰り返し否定しており、米国はロシアに濡れ衣をかけてウクライナに軍事介入しようとし始めた。事態が非常に危険になった。 (Pentagon Confirms US Troops Will Deploy to Ukraine in Spring) (Russia Slams US/NATO Attempts To Draw It Into Military Conflict With Ukraine

 5日後にS&Pがロシア国債をジャンク格に格下げし、金融戦争も再燃した。同日、FBIがニューヨークのロシアの銀行の銀行員を経済スパイ行為の疑いで逮捕したと発表し、冷戦時代と同様の米国のロシア敵視が復活した。 (Russia downgraded to `junk' by S&P) (FBI nabs member of Russian spy ring in New York City

 独仏露の要請で、1月31日にミンスクで再び5者の停戦交渉が持たれた。しかし東部の2つの「共和国」は、代表でなく、交渉権限のない代理人を派遣した。代理人たちは、昨年9月のミンスク協定の再発効でなく9月以降の自分たちの勝利や優勢を反映した新たな協定を結ぶ前提でないと交渉に応じられないという2共和国の主張を伝達した。交渉がいったん物別れに終わった後、2月6日に独仏首脳が電撃的にモスクワとキエフを訪問し、プーチンの言い分を聞いた上で、ポロシェンコに停戦交渉のやり直しに同意するよう求めた。 (ウクライナ米露戦争の瀬戸際

 この流れで2月10日に再びミンスクで交渉が持たれた。こんどは東部2共和国の代表も参加し、東部側の要求どおり、昨年9月の協定の再発効でなく、東部勢に新たに500平方キロの追加の管轄地域を認めることや、ウクライナ政府が東部に自治を与える期限を今年末に設定することを盛り込んだ、新たな協定が締結された。今回の「ミンスク2協定」が、昨年の「ミンスク協定」と同じメンバーで署名し発効したことは、署名者が小物だから意義が低いという前出の分析者たちの見方と正反対に、停戦交渉が同じメンバーで続く安定した外交の枠組みであることを示している。 (Minsk II From Wikipedia

 ミンスク2協定の停戦は2月15日から発効し、東部の地域ほとんどの地域で戦闘が止まっているが、ドネツク州のデバリツェボでは戦闘が続いている。だからこの停戦は失敗だと書いている記事もあるが、これもよく見ると違う。デバリツェボではウクライナ軍が孤立し、東部軍に包囲された状態で2月15日を迎えた。東部勢は、デバリツェボのウクライナ軍が間もなく降参するのでその後に停戦を発効してほしい、さもないと同地での東部軍の優勢が無に帰すと主張し、プーチンもその考えを支持して10日後の停戦を提案したが、ウクライナ側が拒否し、結局デバリツェボについて何も協定で決めず、同地だけ戦闘の決着がつくまで最初から停戦破りの状態が続くことが黙認される状況になった。プーチンはデバリツェボの戦闘続行を、予測された事態と語っている。 (Ukraine "Truce" Fails: Withdrawal Deadline Passes, Debaltseve Situation Deteriorating) (Ukraine troops and rebels miss deadline to start weapons pullback

 外国軍の介入を禁止する停戦協定が発効したが、米政府は協定発効前に、ウクライナに米軍を派遣して軍事訓練と兵器供与を行う介入行為を決定し、その政策を変えていない。今後、実際に米軍が公式にウクライナに派兵されたら、米国は堂々と停戦協定を破ることになる。ミンスク2合意はロシアの提案で国連安保理でも支持決議が可決された。それに賛成した米国は、ミンスク2の停戦に縛られている。 (Russian draft resolution on Ukraine passed by UN Security Council

 米軍から強力な兵器と訓練をほどこされたら、ウクライナ軍は東部軍より強くなって内戦を再開し、東部軍が劣勢になってロシア軍が侵攻介入せざるを得なくなり、米露戦争や世界大戦の様相を強める。だからミンスク2合意の意義は低いと、前出のクレイグロバーツが悲観論を展開している。プーチンやメルケルは、絶望的な状態の中で、せめてもの対策として無意味と知りつつミンスク2を締結させたのか? (The Minsk Peace Deal: Farce Or Sellout? - Paul Craig Roberts

 プーチン自身の発言を見ると、そうではないと思えてくる。プーチンは2月17日のハンガリーでの記者会見で「米国はすでにウクライナに兵器を供給している」と指摘することで、今後さらに戦況を激変させる兵器が米国から供給される可能性が低いことを示唆した。ウクライナ側の厭戦機運もあるので戦況の逆転はなさそうで、戦闘は下火になりそうだとも述べ、事態を楽観していると言った。 ("Optimistic" Putin Says US Already Supplying Arms To Ukraine

 ウクライナ政府は以前から何度も「ロシア軍が東部に侵攻し、親露派の戦闘を助けている(だからウクライナ軍が負けて当然だ)」と主張しているが、何の根拠も示していない。先日、ウクライナの議員が米国の好戦的な上院議員に「露軍が侵攻している証拠写真」を渡し、米議員はそれを軽信して米メディアにリークし発表したが、実のところその写真は08年に露軍がグルジアに侵攻した時の写真で、ネット上に流布しているものと判明、米議員は大恥をかいた。 (In Thirst For War, Sen. Inhofe Releases Fake Photos Of Russian Troops In Ukraine

 政府が露軍侵攻の証拠を示せないので、ウクライナ国内でも「露軍なんか侵攻してきていない」「内戦をやめるべきだ」「徴兵に応じたくない」という世論が強まっている。米軍の支援を受けて戦闘を盛り返したいウクライナ議会では、露軍の侵攻を擁護する者や戦争に反対する者を処罰する条項を刑法に追加し、言論統制することで乗り切ろうとしている。ユーチューブで「同国人を殺すより、何年か牢屋で暮らした方がましだ」と徴兵拒否を呼びかける動画を流したウクライナ西部の記者が逮捕され、それを見て言論の自由が弾圧されたと言ってアムネスティがウクライナ政府を非難している。 (5yrs for `denying Russian aggression': Ukraine may criminalize anti-war speech) (Ukraine arrests journalist after call to dodge draft

 こんな中で今後、米軍がウクライナ軍を訓練しても、徴兵で集められた兵士はやる気がなく、むしろウクライナ国内の反米と反戦の世論が高まるだけだろう。米国が介入をやめることがウクライナの和平を実現する最大の要件だと、ロン・ポール元議員ら米国の知識心たちが言い出しているが、ウクライナ人の多くはこの意見に賛成だろう。ウクライナの世論形成をめぐる戦いで、米国はすでに負けている。 ('Get NATO, foreign countries out of Ukraine to end civil war' - Ron Paul) (Don't Arm Ukraine

 ウクライナでは、世論が厭戦・対米自立・容露に傾いているが、極右(ネオナチ)の勢力はいまだに正反対の、好戦・米国依存・露敵視を突っ走っている。極右の勢力は、昨春の政権転覆で一時政権をとったが、その後の選挙で惨敗し、今や議席もほとんどない少数派だ。しかし米国が彼らをウクライナでの代理勢力として支援し続けているため、極右は国民の支持がなくても政治力を維持し、ミンスク2の停戦を了承したポロシェンコ大統領を非難し、政権から追い落とすとまで言っている。 (Ukraine Ceasefire Deal Agreed After Negotiations All-Nighter

 極右はウクライナ軍に属さない、武装した民兵軍を超法規的に持ち、東部で戦闘している。ミンスク2協定では、違法な非正規軍を解散させることを明記している。協定が履行されると、極右は武装解除に応じねばならなくなり、ますます弱体化する(対照的に東部軍は協定で自衛のための正規軍として認められている)。だから極右はミンスク協定に猛反対し、ポロシェンコが協定を履行するなら民兵軍を使ってクーデターを起こすと言っている。ポロシェンコは対抗的に、戒厳令を敷く可能性に言及している。 (Poroshenko: Martial law possible if conflict escalates

 昨春、極右が率いた反政府運動によって当時の親露的なヤヌコビッチ政権が倒されて極右政権ができたが、この時、何者かが誘発した銃撃戦で50人の市民と3人の警察官が射殺された。当時、ヤヌコビッチ政権の特殊部隊が市民を射殺したとされていたが、最近の英国BBCの報道によると、反政府運動に参加していた狙撃者の一人が、自分が先に警察官たちを射殺し、警察隊が撃ち返して銃撃戦が起こるよう誘導したと証言した。極右は「正義の味方」から「悪の化身」へと転落している。 (The untold story of the Maidan massacre

 このようなウクライナ上層部での熾烈な権力闘争のさなかに、米国はポロシェンコへの敵視を強める極右を支援しつつ、ウクライナに軍事介入しようとしている。ポロシェンコにとって、米国はありがた迷惑な存在になっている。ポロシェンコは議会の多数派を持ち、昨春に米国が傀儡的に据えたヤツニュクに首相職を持たせたままあやつり、権力を掌握している。ポロシェンコが簡単に負けることはない。 (ウクライナを率いる隠れ親露派?

 ウクライナの事態は、独仏とポロシェンコが米国の過激な好戦策に迷惑し、プーチンと結託して停戦や和平を進めるミンスク協定を推進する半面、米国は和平を無視し、根拠を示さずロシアに軍事侵攻の濡れ衣をかけ、民意の支持を失ったウクライナの極右勢力を支援しつつ軍事介入を試みる不合理な好戦策に固執している。どうみてもプーチンの方が「正義」で、米国が「悪」だ。

 中東問題でも、米国はISISを涵養しつつシリアの政権転覆を狙い、中東の混乱に拍車をかける不合理な好戦策を連発している。ロシアは対照的に、国連安保理でISISから原油などを買った国を制裁する決議を通したり、シリアの停戦交渉を仲裁するなど、和平を推進する合理的な策をやっている。しだいに世界のより多くの国々が、米国よりロシアの方がまともだと考えるようになっている(日本は意図的にこの事態を見ないようにしている)。 (UN Security Council adopts resolution stifling ISIS, Nusra Front cash flows

 中東問題では13年夏、シリア政府に科学兵器使用の濡れ衣をかけて空爆しようとして失敗したオバマ政権が、姿勢を大転換し、シリアの安定化をロシアに丸投げして頼む事態が起きた。今の米国は、不合理な好戦策を過激にやって行き詰まると、後始末を放棄してロシア(や中国)に事態を丸投げする癖があり、いずれウクライナでも米国は、軍事介入が不評で行き詰まると、後始末をロシアに丸投げして関与を(隠れ多極主義的に)放棄するのでないかという見方が出ている。 (シリア空爆策の崩壊) (Putin Heads Off a US-Russia War



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