ウクライナを率いる隠れ親露派?2014年9月7日 田中 宇9月5日、ウクライナ東部の内戦について、ウクライナ政府と東部の親露派が、ロシアなどの仲裁で停戦に合意した。ウクライナでは6月にも停戦合意が結ばれたが、10日間で破られ、戦闘が再発した。今回も、停戦が発効してから30時間後の9月6日夜、親露派が陥落を試みていた黒海岸の町マリウポル近郊で戦闘が再発した。6月と同様、停戦が短期間しか続かない可能性がある。 (Ukraine gov't forces attacked in Mariupol, day into ceasefire) しかし、今回の停戦は意外と長続きしそうだと考えられる根拠がある。それは、ウクライナの政界や世論の中に厭戦気運が強まっていることだ。前回記事に書いたとおり、ウクライナ内戦は8月下旬を境に、親露派が優勢に転じ、政府軍が劣勢に転じている。それと同期して、ウクライナの世論における内戦継続への支持が急落し、好戦的な政党への支持が急落している。ロシア系敵視の政党で、夏前に22%の支持を得ていた「急進党」に対する支持率が13%に低下し、同様に反露的なヤツェニュク首相の「祖国」の支持率は9%から4%に下落した。2月の政権転覆を手動した極右政党「スボボダ」は、ウクライナ西部のごく一部の地域以外で支持をすべて失い、全国的な支持率が夏前の2・5%から1%へと落ちた。 (Ukraine's Pro-War Party Is Collapsing In The Polls) (ウクライナ軍の敗北) 2月の政権転覆を率いた諸勢力の人気凋落と対照的に、支持率が急上昇したのは、ペトロ・ポロシェンコ大統領を支持する政党「連帯」で、支持率は7月の11%から今では37%に上がっている。東部の内戦で政府軍が急速に劣勢に転じる直前の8月25日、ポロシェンコは10月26日に総選挙を行うことを決め、ウクライナ議会を解散した。議会の解散は、大統領自身の政党の支持率が急上昇していることを背景に行われている。10月の選挙後、ポロシェンコの独裁力が増す半面、2月の政権転覆を起こした極右や反露派は大幅に政治力を失うだろう。 (Ukraine President dissolves parliament, paves way for early election) (Petro Poroshenko Bloc - Wikipedia) ポロシェンコは大統領に就任する前の企業経営者だった時代から、ロシアのプーチン大統領と親密な関係にあった。しかし、5月の選挙で大統領に就任した彼は、親露的な姿勢をとらなかった。反露的なそれまでの暫定政権が廃止したロシア語を第2公用語にする策を復活し、プーチンと会談して前向き思考を賞賛されたが、ポロシェンコの現実路線はそこまでだった。反露的な世論が席巻するなか、世論の求めに従って、ロシアが猛反対していたEUとの協約を締結した。 (Putin hails Poroshenko's 'positive thinking' on settling crisis after D-Day meeting) (Poroshenko opens talks with Russia) ポロシェンコは、6月に親露派と停戦協定を結んだが、政界や世論で停戦を嫌うロシア敵視が強く、10日後に戦闘が再発すると、停戦を無効にすることを了承した。しかしその後、政界で現実路線支持がしだいに強くなり、それを嫌がって7月末にスボボダなど極右の2政党が連立政権を離脱し、ヤツェニュク首相が辞意を表明した。その裏でしだいにポロシェンコは、政界で自分の現実路線を拡大していった。 (Kiev feels pressure on truce decision) (Meanwhile, Ukraine's Government Collapses, PM Yatsenyuk Resigns) ポロシェンコは予測不能な人であり、今は熱狂的な親米派であるが、いつの間にか熱狂的な親露派になり、その転換が国際政治の雰囲気を変えることにつながるのでないかという分析が、ポロシェンコの大統領就任直後の5月末、ウクライナのシンクタンクから出された。私はこの分析を読んで「十分ありうる」と感じたが「田中宇がまた妄想している」と揶揄されそうなので書かなかった。しかし、ここにきて極右の凋落、10月選挙の流れが始まり、やはりポロシェンコは、ウクライナを反露から親露に再転換させる策を入念に仕組んできた「隠れ親露派」だと思うようになっている。 (Poroshenko May Prove an Unpredictable Partner for Europe) ポロシェンコが隠れ親露派であり、プーチンがそれを知っていたなら、今のウクライナ危機に対するロシアの合理的で冷静な対応も納得できる。ウクライナの反露政権はいずれ内部崩壊するのだから、ロシア軍がウクライナに侵攻する必要もない。 英国で開かれたNATOサミットでは、米国主導のロシア敵視の姿勢が席巻した。しかしNATOは先立つものが足りない。米国がやる軍事行動は、単価がどんどん高価になっている。ウクライナ危機のほか、中東では「イスラム国」との戦いも激化している。すでに国防総省の出費は、米議会が認めた防衛予算を3千億ドル超過している。米政府の財政状態は、外交軍事戦略の全容を縮小しない限り、今の軍事戦略を続けられなくなっている。 (America Can't Pay for Its Wars, Analysis Says) 米政府は、NATOなど同盟諸国に対し、軍事的に米国に依存しすぎていると批判し、GDPの2%まで防衛費を増やせと言い続けている。NATOサミットでも、米国はこの議論を蒸し返し、ロシアと戦うためには全NATO諸国が防衛費をGDPの2%まで増やさねばならないと提案した。NATO内でGDP2%を達成しているのは米英とギリシャ、エストニアなどわずかだ。 (Division and crisis risk sapping the west's power) しかしこの提案は、カナダやドイツなどの反対で否決された。軍事だけに頼らず外交での問題解決を重視すべきだという意見や、対GDPの比率でなく防衛費の絶対額で考えるべきだという主張が出た。EUは軍事外交の政治統合を進めており、今まで各国が別々に持っていた軍備を統合し、各国の防衛費を減らす傾向にある。そもそも戦争で国際問題を解決しようとする米国の姿勢が時代遅れだと欧州人は考えている。 (Canada, Germany derail NATO bid to raise military spending) (Poland Questions German No to More NATO Troops) 国家統合を経済から政治に発展させようとしていたEU各国上層部の統合派の人々からすると、今のウクライナ危機は、EUの統合を阻止し、欧州が米国に従属してロシアと対立するEU統合開始前の冷戦時代の構図に逆戻りさせる動きだ。EUが予定どおり外交軍事を統合したら、欧州は米覇権から自立し、NATOは解散するか有名無実化する。米国の軍産複合体の利権も大幅縮小だ。ウクライナ危機に際し、NATOや軍産複合体系の人々がやたらと張り切ってロシアを怒らせ、対露対立を煽るのは、そのことと関係がある。ウクライナ危機は、EU統合を阻止ないし遅延させるための米国の策略である。 しかし今のロシア敵視は、冷戦時代と大きな背景の違いがある。冷戦時代は、米欧日以外の国々が貧しく、しかもロシアと中国が対立していた。今は、中国やブラジルやインドなどBRICSが先進諸国に引けを取らない経済の大きさを持ち、ロシアと中国の関係も良い。米欧がロシアを敵視するほど、ロシアはBRICSを非米同盟として結束させ、貿易の非ドル化などで米国の覇権を崩そうとする。ロシア敵視は、第2冷戦でなく多極化を招く。 多極化の観点からすると、ウクライナ危機は、世界の極の間で重複する地域をめぐる利権争いの早期の例である。危機は昨秋、ウクライナをロシア主導のユーラシア関税同盟に入れるか、拡大EUに入れるかという、欧露の縄張り争いから起きている。欧露が米国の敵対扇動を回避し、ウクライナ問題を話し合いで解決できれば、この先の多極型世界における各極間の縄張り争いをうまく解決する先例となる。逆に、米国に挑発されて戦争を激化してしまうと、EUは統合自立を阻止されて米国の支配下から出られず、欧露や米露、米中など、米・欧とBRICSという諸極間の縄張り争いが解決できない状態が続くことになる。 (The Euro-Russia row as a result of an overlap between two economic unions : lessons for a multipolar world in the wake)
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