エネルギーが覇権を多極化する2021年12月2日 田中 宇米国が欧州NATOを引き連れてロシア敵視を強めている。最も顕著なのは、米国が支援する政府軍と、ロシアが支援する東部のロシア系が内戦しているウクライナだ。米国は、ウクライナのNATO加盟を許そうとしたり、ウクライナ政府をけしかけて国内内戦のロシア側への攻撃を強めさせたり、ロシア国境近くで米爆撃機がロシアへの核攻撃を模する軍事演習を繰り返したりしている。ウクライナ政府軍が国内東部への軍事攻撃を強めてロシアの軍事介入を誘発し、米軍やNATOがウクライナ政府軍を支援せざるを得なくなって米露の第三次世界大戦に発展するといった見方が流布している。 (Russia & Ukraine's Militaries 'On Alert', Raise Stakes With Rival Combat Drills) (Putin calls on NATO to do a deal ) 米国(バイデン政権、諜報界)は、ロシアと戦争したいのか??。何故そんなにロシアが憎いのか。ウソや誇張ばかりのチンケなウクライナ政府のために世界を核戦争にしたいのか・・・・??。実のところ、そっちの方向にいくら考えても答えは出てこない。私が見るところ、喧伝されている米露対立は重要な本質でない。オバマ政権の米国が2014年にウクライナ危機を引き起こした時から、ウクライナ政府は「だし」に使われている。だからウクライナ内戦は延々と続いている。この件の本当の本質は、米国がEUを巻き込んでロシアを敵視し、ロシアを怒らせて、天然ガスなどエネルギーのロシアからEUへの流れを止めて、EUを困らせることだ。 (Warmongers Would Let Ukraine Become World War III) (ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義) 今夏からのウクライナ危機(第三次世界大戦ごっこ)の扇動は、ロシアからドイツに天然ガスを送るノルドストリーム2のパイプラインが完成してドイツ政府がロシアからのガス送付を正式に承認しそうな時に起こされている。米政府は先日、ロシア敵視の一環としてノルドストリーム2に関連するロシア側を新たに経済制裁し、この米国の措置を受けて対米従属のドイツ政府は渋々ながらノルドストリーム2の認可を延期した。ロシア側は怒り、非公式な報復としてドイツなどEUに送るガスを減らした(ロシア側は送付制限を否定しているが)。この件と、温暖化対策としての化石燃料の使用制限、中国勢による世界的な石炭買い占めなどが重なって、欧州はエネルギー危機の中に突き落とされている。 (What war with Russia over Ukraine would really look like) (コロナ、QE、流通崩壊、エネルギー高騰、食糧難・・・多重危機の意味) これに加えて、馬鹿げた反原発政策の一環として、ドイツ政府は間もなく国内のいくつかの原子力発電所を停止する(他の諸国は原発再起動なのにドイツは迷走)。エネルギー需要が増えるこれからの厳冬期に、ドイツなどEU全体がエネルギー不足に陥る可能性が高く、計画停電を余儀なくされそうだと言われている。この事態は、上記の複合的な要因から起きている。だがその中で、米国が欧州を巻き込んでロシアを敵視して、ロシアから欧州へのエネルギーの流れを止めさせていることは大きな要因だ。米国も石油ガスの需給が逼迫している。ロシアは、欧州に売らない分の石油ガスを中国などに売っていけるが、欧州は、ロシアから買えない分の石油ガスを米国から売ってもらうことすらできない。 (“Slow Disaster Playing Out” As Germany Moves To Shut Down 8.5 GW Of Baseload Nuclear Capacity) (Italy Minister Warns of European Blackouts Amid Rising Prices) EUやドイツが今のエネルギーの窮地を脱するには、米国の扇動的なロシア敵視策に巻き込まれるのをやめる必要がある(馬鹿げた妄想の地球温暖対策をやめることも大事だが)。現実的に考えて、米欧(や日本)がロシアを敵視する必要は全くない。ロシアは米欧日にとって何の脅威でもない(北方領土をソ連に取らせたのは大戦末期の米英だ)。プーチンのロシアは中東などの安定化に貢献している「良い国」だプーチンは、米国が起こしたシリア内戦を終わらせ、米国が裏から扇動していたナゴルノカラバフ紛争やイランサウジ対立を仲裁している。ロシア敵視は愚策だが、EUがそこから足抜けするには、対米従属の国是やNATO加盟をやめねばならない。 (Russia Wants to Broker an Iran-Saudi Deal and Biden Doesn't Seem to Mind) (Imposition of Further Sanctions in Connection with Nord Stream 2) 対米従属を続けたがる軍産傀儡勢力は、まもなく辞めるドイツのメルケル首相を筆頭にEU中枢に多く巣食っており、EUの対米自立はかなり難しい。対米従属していた方が欧州の軍事費が安上がりになるという理屈もあった。だが今の米国は、EUが対米従属を続けている限り、ロシア敵視を扇動してロシアからEUのエネルギー送付を止め続け、欧州でエネルギー不足を起こし続ける。市民の不満が高まっていく。対米従属しているとエネルギー面の経済的・政治的コストが増え続ける。EUは対米従属をやめざるを得ない方向に押しやられていく。今後のドイツの新政権の動きが一つの注目点だ。 (欧日で原発の復活) (Russia-NATO war over Ukraine is becoming increasingly unavoidable) 最終的に、EUは対米自立していく。以前にEUの対米自立を内側から阻止していた英国も、すでにEUから離脱している(米英諜報界の勢力が多極化のために英国をEU離脱させた)。米国は、EUが対米自立に踏み出してNATOが瓦解するまでロシア敵視を続ける。第三次世界大戦でなく、米単独覇権体制の崩壊や多極化が起きる。 (US Says ‘All Options’ on the Table Over Alleged Russian Troop Build-Up Near Ukraine Border) (Kremlin Informs China: 10 US Strategic Bombers Trained To Use Nukes Against Russia This Month) ロシア近傍では、プーチンの盟友であるルカシェンコ大統領が独裁を敷いているベラルーシの動きも興味深い。EUではポーランドがロシア敵視の尖兵として動いている。かつて英国の傀儡としてナチスドイツに喧嘩を売って第二次大戦を起こしたポーランドは、今また米国の傀儡としてロシアに喧嘩を売っている。ポーランドと隣接するベラルーシは、ロシアの代わりに喧嘩を買い、トルコが中東から送り込んできた大量の違法移民をベラルーシからポーランドに越境させる嫌がらせをやったり、ベラルーシを経由してEUに送られるすべての石油ガス石炭を止めてやるぞと宣言してEUに喧嘩を売ったりしている。この喧嘩は最初からロシア側が勝つ見通しなので、ベラルーシは余裕を持ってEUやポーランドに喧嘩を売っている。 (Playing With Fire on Russia’s Borders) (Belarusian President Lukashenko Threatens To Halt Transit Of Energy Products From Russia) ▼米国エネルギー戦略のちぐはぐも隠れ多極主義 バイデン政権の米政府が11月23日、ガソリンなど石油製品の値上がり(インフレ)を批判され支持率が落ちているのを挽回するため、日韓や中国インド英国も誘って原油の戦略備蓄を放出した。米政府が放出した5千万バレルは米国内需要のわずか3日分で、それを数か月かけて市場に出す。ゴールドマンサックスは、放出量が「大海の一滴」でしかなく効果を期待できないと言っている。しかも、米国内で需要されるのかと思いきやそうでなく、米国の原油を買いあさっている中国やインドの企業が多くを買ってしまうと予測されている。戦略備蓄の原油は重質油で、ガソリンや軽油にするのに加熱蒸溜のコストがかかるので米国内業者には必ずしも歓迎されず、中印など外国勢に買われてしまう。 (China non-committal on U.S. 'drop in the ocean' oil release) (Biden's "Strategic" Oil Reserve Release Will Mostly Go To China And India) 米政府が備蓄放出を決めた後、原油価格(先物)はいったん急落したが、この理由は、政府の放出でなくコロナ新変異種の登場による不況再来予測だとされている。米国では、コロナ開始後の昨年春に原油相場がマイナスまで暴落した時に、国内油田が潰れたり資金繰りが悪化したりした。その後、原油相場は上昇に転じて高値になったが、米国内油田の企業は儲かった資金を増産・新油井掘削に回さず、原油相場の乱高下に懲りた債権者に加圧されて資金繰りの立て直し・債務の返済に当てた。そのため米国内全体の産油量が増えにくく、供給が足りない分を輸入に依存する状態になっている。シェール革命後、米国は国内供給だけで需要を賄える石油輸出国になっていたが、コロナで輸入国に戻り、需給が逼迫している。 (Gas prices are sky high and Bank of America warns $120-a-barrel oil is on the way) (The U.S. Oil Supply Is Still Out Of Balance) バイデン政権は「地球温暖化対策」で米国内のパイプラインを閉鎖していることも需給の逼迫を煽っている。これらの構造的な問題が今の米国のガソリン高騰などエネルギー危機の主因なので、危機の解消は難しい。戦略備蓄の放出は危機の解消に役立たない。国際原油相場は、近いうちにさらに2割高騰して1バレル100ドルになると予測されている。 (Biden Targets Another US Pipeline For Shutdown After 'Begging' Saudis For More Oil) (Oil prices rise, with few U.S. government brakes available) 戦略備蓄の放出は愚策だが、今の米政府がこれをやっているのは、こんな愚策しかやれることがないからだ。以前の米国は、OPECの盟主で世界最大の産油余力を持つサウジアラビアに依頼して、石油価格を安定させたり、米国が望む方向に相場を動かしてきた。サウジなどOPECは米国の傀儡だった。米国がサウジの国防やイスラム世界での権威を維持してやり、その見返りにサウジは米国のために石油相場を仕切っていた。 (OPEC+ warns of response as Biden readies to tap strategic reserve) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) しかし、今はもうこの構図が消失している。米国は2015年にサウジをイエメンのフーシ派との戦争に陥れた。それは当初、米国の兵器をもっとサウジに売りつけるための策のようにも見えたが、その後サウジは米国からはしごを外され、今や米議会では超党派で「イエメンで残虐な戦争を続けているサウジに兵器を売るのをやめるべきだ」という主張が強まっている。米国からの兵器供給がなくなったら、サウジはイランやロシアに仲裁してもらってフーシ派(イランと同じシーア派イスラム教徒)と停戦和解していくしかない。サウジにイラン敵視を強要してきたのは米国だ。プーチンは、イランとサウジを和解させ、イエメン戦争を終わらせてサウジが軍事面で対米従属しなくていいようにしてやり、サウジの非米化とロシアの中東覇権拡大を進めようとしている。サウジは、一線を越えた対米自立・非米化の一歩手前まで来ている。 (CNN Writer Said Biden Couldn't Do Anything About Gas Prices. Nine Days Later, It Was a Different Story) (Biden Administration’s Missile Sale to Saudi Arabia Is Offensive, and Must Be Stopped) 米諜報界は2018年秋、サウジ側(権力者のMbS皇太子ら)に入れ知恵してトルコ在住の反政府活動家のジャマル・カショギを殺させた。そして諜報界は、米国側の人権外交論者たちを扇動してサウジやMbSを非難する動きを起こさせ、米国がサウジ敵視を強めるように仕向けた。はめられたサウジ側は静かに怒っている。米サウジ関係はさらに悪化した。 (サウジを対米自立させるカショギ殺害事件) そのような中で、バイデンの米国がサウジに「増産して石油価格を引き下げてくれ」と頼んでも、いまさら何言ってやがるという感じだ。サウジはむしろOPECを引き連れてロシアと結託し、石油価格を米欧の覇権行使を妨害する方向に動かす「OPEC+」を形成している。かつてのOPECは米国の傀儡だったが、今のOPEC+は露サウジが米国覇権に対抗する非米勢力だ。そもそも米欧はインチキな温暖化対策にはしり、石油を使いたがらない。少し前まで世界中の石油ガス利権を独占したがった米欧は、世界各地で利権を放棄している。放棄された利権を嬉々として拾うのは中露だ。サウジなど産油諸国は、政治的にも経済(石油の売り先)的にも、米国側から非米・中露側に転換している。バイデンがサウジやOPEC+に依頼しても、非米化してしまった産油諸国は増産してくれない。だからバイデンは無意味な戦略備蓄の放出でごまかさざるを得ない。バイデンは11月23日、戦略備蓄放出を記者団に発表したが、質問を受け付けずに立ち去った。問われてうまく説明できないことが多すぎるのだろう。 (Biden Drops Details On SPR Release, Then Flees From Media Questions) (Saudis, Russians Consider Pausing Oil Production Increases In Retaliation To Biden SPR Release) 産業革命後、内燃機関を動かす化石燃料の供給を世界的に牛耳ることが、覇権国である英米の重要課題となってきた。サウジなど産油国の国防を米軍が担当することで、産油国を対米従属させておき、化石燃料の供給を米国が牛耳ってきた。だが今や、(1)人為説の妄想に基づいて化石燃料を毛嫌いする地球温暖化対策、(2)911やイエメン戦争やカショギ殺害でサウジを敵視する米国の自作自演策、(3)シェール石油ガスの増産によって米国はサウジなど海外からの石油輸入が不必要になり、サウジなどと縁切りできると豪語するシェール革命、という3つの要素により、化石燃料と米国覇権との連動性が切り離されてしまっている。 (OPEC+ warns of response as Biden readies to tap strategic reserve) (コロナの次は温暖化ディストピア) 上記の3つの要素は、いずれも詐欺やインチキや自滅策だ。(1)世界のエネルギー需要を自然エネルギーでまかなうことは今後もずっと不可能なので、化石燃料と原発を禁止する欧米は経済的に自滅する。いずれ人為説のインチキが露呈して温暖化対策が放棄され、やっぱり化石燃料が大事だと人々が再認識するころ、世界の化石燃料の利権=覇権は、中露イランなど非米諸国に不可逆的に移っており、米国覇権が衰退して多極化が完成している。(2)911もイエメン戦争もカショギ殺害も、米国がサウジを陥れた策で、被害者のサウジが米国を見限って露中側に転向して終わる。 (露サウジの米国潰しとしての原油暴落) (英米覇権の一部である科学の権威をコロナや温暖化で自滅させる) そして(3)シェール石油ガスの採掘は効率が上がってもなお本質的に費用の方が大きい赤字体質で、QEの金融バブルに乗った低金利の資金調達によって赤字を隠蔽しているだけだ。いずれQEの巨大なバブルが崩壊するとシェール石油ガスの採掘も不採算性が大きくなって縮小し、シェール革命は詐欺でしたという話で終わる(もしくは詐欺性を隠したまま静かに消えていく)。石油の生産は従来型の油田しかない状態に戻り、そのころにはシェールが潰れた米国でなく、露サウジイランと背後にいる中国が石油利権を握る多極型に移行している。要するに(1)から(3)までのすべての要素が、米国の覇権を潰して多極型に移行するための、諜報界による自滅的な詐欺や扇動策であろうと私は考えている。 (まだ続くシェール石油のねずみ講) (Are Gasoline Prices Being Pushed Higher On Purpose?)
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