ウクライナでいずれ崩壊する米欧の正義2014年8月24日 田中 宇7月17日にウクライナ東部の上空でマレーシア航空MH17機が撃墜された事件について、巷間報じられている「ロシア側」の犯行でなく、直前にMH17を追尾していたウクライナ空軍の戦闘機が空対空ミサイルや機関砲を発射して撃墜したという説が、米当局内などから出ている。墜落現場の残骸で最も形をとどめているのは操縦室周辺のもので、そこには口径30mmの砲弾が貫通した跡が無数にある。このような砲弾を撃てるのは、30mm機関砲(GSh-30-2)を搭載していることが多いとされる、MH17を追尾していたウクライナの戦闘機(Su-25)だけなので、ウクライナ軍の犯行に違いないという説になっている。 (Revelations of German Pilot: Shocking Analysis of the "Shooting Down" of Malaysian MH17. "Aircraft Was Not Hit by a Missile") この説は、2つの筋から出ている。一つは、ドイツの元ルフトハンザの操縦士(Peter Haisenko)による分析だ。ルーマニアの航空専門家も、似たような見方をしている。もう一つは、米国の記者ロバート・パリー(Robert Parry)が、米国の諜報機関の分析者たちの間で、ウクライナ空軍機の犯行でないかとの見方が出ていると指摘したことだ。元AP通信のパリーは、昔から米諜報界に食い込んでいる人で、コンソーシアムニュースの主筆をしている。 (Boeing-777 was downed by Ukrainian MiG-29, Romanian expert says) (ConsortiumNews) (Robert Parry (journalist) From Wikipedia) パリーによると、一部の米諜報関係者たちは、当日、マレー機より約30分遅れてほぼ同じコースを、ブラジルからロシアに戻るプーチン大統領の専用機が飛んでおり、ウクライナ空軍機は、プーチンの専用機を撃墜するつもりで、間違ってマレー機を撃墜してしまった可能性があると考えている。(もう一つ、最初から東部ロシア系勢力のせいにする目的で、ウクライナ軍がマレー機を撃墜したという見方もある) (Flight 17 Shoot-Down Scenario Shifts) (Evidence Is Now Conclusive: Two Ukrainian Government Fighter-Jets Shot Down Malaysian Airlines MH17. It was Not a `Buk' Surface to Air Missile) (プーチンの専用機は、ポーランド上空までマレー機と同じコースを飛んでいたが、敵国であるウクライナ領空に入らず、北方のベラルーシ上空を通ってロシアに帰国した) (Why was MH17 flying through a war zone where 10 aircraft have been shot down?) 米欧ウクライナは、当日ウクライナの戦闘機がMH17を追尾していたことを認めていない。戦闘機の追尾を指摘したのは、7月21日にロシア軍が行った詳細な記者会見だった。「ロシアの言うことなんか信じられるか」と思う人が多いかもしれないが、被害者であるマレーシアの英字新聞ニューストレートタイムスは、ロバート・パリーらの分析を引用し、MH17はウクライナ空軍機によって撃墜されたという見方が米諜報界で強くなっているとする記事を8月上旬に出している。同紙はマレーシア政府との関係が深く、記事が出たことは、マレーシア政府の中に、MH17はウクライナ機に撃墜されたと考える向きが強いことを示している。 (US analysts conclude MH17 downed by aircraft) (Malaysia accuses US and EU backed Ukraine regime of MH17 shoot-down) MH17撃墜に関して、当日の衛星写真など、まともな根拠を示して説明した関係国はロシアだけだ。米国やウクライナは、撃墜について、いまだにまともな説明をせず、ロシア側がやったに決まっているとだけ言い続けている。事件後、米国も衛星写真を発表したが、それは撃墜事件についてでなく、数日後に発生した、ロシアとウクライナが国境地帯で相互に大砲を撃ち合った件に関してだった。 (マレーシア機撃墜の情報戦でロシアに負ける米国) MH17のブラックボックス(ボイスレコーダー)は、英国政府の航空機事故調査担当部局が保管して分析しており、9月に調査結果を発表する予定になっている。英国は、マレーシアの旧宗主国である関係で分析を依頼されたのだろうが、英国はMH17墜落後、一貫してロシアを無根拠に非難しており、米国のロシア敵視策に積極的に乗っている。ウクライナ軍機が犯人だと暴露されるなど、ウクライナに不利、ロシアに有利な結果が出た場合、英国は調査結果を正しく発表しない可能性が大きい。 (Flight MH-17 Black Boxes To Be Analyzed In "Impartial" London) 国際社会がMH17墜落現場周辺での停戦を呼びかけたのに、その後、ウクライナ軍はむしろ墜落現場周辺で積極的に親露派に攻撃を仕掛け、戦闘状態を激化している。「今やらないと親露派が勢いを回復しかねない」というのがウクライナ軍の言い訳だが、墜落現場での捜索を邪魔することで、ウクライナ軍の犯行がばれる証拠が国際社会の側に渡らないようにしていると疑われる。 事件の関係国であるオランダ、オーストラリア、ウクライナ、ベルギーの4カ国は、MH17墜落についての情報を発表する際、4カ国のうち1カ国でも反対したら発表できなくなる協定を結んでいる。これは米国の差し金で作られた協定だろうが、ウクライナに不利な情報を公表させないようにする事実の隠蔽策に見える。ウクライナ軍が撃墜の犯人だとしても、それはなかなか「事実」として確定しないだろう。 (MH-17 `Investigation': Secret August 8th Agreement Seeps Out) 米国務省がウクライナの政権転覆を支援して今年2月に政権交代を実現して以来のウクライナ戦争で、米国は、欧州など先進諸国を巻き込んで、ロシアの「悪さ」を誇張するプロパガンダ策をやりつつ、ロシアを経済制裁している。米当局やNATOは、今にもロシア軍がウクライナに地上軍侵攻しそうだと言い続けているが、実際のところロシア軍はウクライナ領に入っていない。その一方で、ロシアにおけるプーチンの支持率は上昇を続け、87%にもなっている。この支持率には露当局の誇張があるかもしれないが、ロシア人の多くが米欧のやり方に怒り、プーチンを支持しているのは確かだ。 (De-escalation Delayed: NATO Chief Warns Again "High Probability" Of Russian Intervention In Ukraine) (Putin's Approval Rating Soars to 87%, Poll Says) 事態はロシアの譲歩や敗北につながらず、むしろ逆に、対露経済制裁が欧州やウクライナの経済を悪化させる結果になっている。もともとロシアに依存する傾向が強かったウクライナ経済は、いまや破綻寸前の崩壊状態だ。IMFは今年の経済成長をマイナス6・5%と予測している。IMFは今春、ウクライナ政府が緊縮財政策をやる代わりに支援融資することを決めたが、緊縮財政は実現しておらず、IMFが金を貸さなくなりそうだとの予測から、ウクライナ国債の金利が高騰し、財政破綻直前の状態だ。通貨フリブナの為替の下落も続いている。ロシアとの対立があと数カ月続くと、ウクライナ経済は完全に行き詰まるとの予測も出ている。 (Ukraine's economy: Broken down) (Ukraine Overnight Interest Rates Soars to 17.5%; External Debt Cannot Be Paid Back; Ukraine Demands Rebels Surrender) ウクライナは、ロシア系が多い東部が炭鉱に依存する工業地帯(同国は欧州第2の石炭産出国)だが、炭鉱の半分が内戦で閉鎖され、これがウクライナ経済に打撃を与えている。ウクライナはソ連時代からのロシアとの関係で、ロシア軍の武器の部品を作る重要な工場がいくつかある。ウクライナ政界では、ロシアへの軍需物資の輸出を止めろという主張があるが、経済や雇用の損失を恐れるウクライナ政府は工場の生産を止めず、軍事物資の対露輸出を続けている。 (Ukraine's Next Crisis? Economic Disaster) (Ukraine factories equip Russian military despite support for rebels) 米欧がロシアへの経済制裁を強めたことへの報復として、ロシア政府は8月6日、米欧など対露制裁を行っている国からの食料の輸入を禁止する策を開始した。マクドナルドなど、米欧企業がロシアで展開している小売業に対する規制強化も始まった。ロシアは国内で消費する食料の4割を輸入にしている。当初、露国内の食料価格が上がって人々の生活苦がひどくなるとか、ロシアの孤立に拍車がかかるといった、ロシアの不利益に関する予測が大きく報じられた。 (US and EU food exports at risk after Putin threatens ban) 実のところ、ロシアが米欧から食料輸入を止めたのは「孤立化」でなく「多極化」の策だった。ロシアは米欧からの輸入を止める代わりに、中南米やトルコ、中国などBRICSや親露的な発展途上諸国からの食料輸入を急増し、米欧とのつながりを切ってBRICSなどとのつながりを深める多極化策を開始した。プーチンはBRICSで食料安保体制の強化を呼びかけた。 (Latin America will not bow to EU pressure, will tighten ties with Russia) (Brazil beef exports to Russia soar) ポーランドがロシアに輸出していたリンゴの買い取りを米国に求めて断られたりするのをしり目に、ブラジルの食肉業者が米国勢の穴埋めで対露輸出を増加し、トルコやインドの政府も、ロシアとの貿易を増やせる好機だと喜んでいる。 (Poland asks US to buy apples banned by Russia) (Sanctions Against Moscow to Boost Indian Businesses in Russia) (Turkey eyes long-term trade ties with Russia) 対照的に、対露輸出で稼いでいたEU諸国の食品産業は、食肉、野菜、果物、乳製品などの分野で打撃を受けている。オランダ政府は、ロシアの食料輸入停止の悪影響が、当初予測した額の3倍の15億ユーロに達しうると被害を上方修正した。EUは米国に、追加の対露制裁を提案しないでくれと要請している。 (Economic damage from Russian boycott could be triple original estimate) (Europe Blinks - May Cancel Russian Sanctions) ブルガリアは、ウクライナを迂回してロシアのガスを欧州に運べる天然ガスパイプライン「サウスストリーム」の通過国だ。米国(NATO)は、ブルガリア政府が求めに応じて、12機のF15戦闘機と180人の兵力をブルガリア軍基地に駐留させ、交換条件としてサウスストリームの建設を止めさせた。 (Bulgaria Halts South Stream Pipeline Again As NATO F-15s, Troops Arrive) しかし同時にブルガリアは、経済面でロシアへの依存度が高く、欧州とロシアとの相互制裁の結果、最大の悪影響を受けている。ブルガリアでは、これ以上米欧の対露制裁につき合えないとの意見が強まっている。同様に、EUの中でドイツ、スロバキア、ギリシャ、チェコが、追加の対露制裁に反対している。ドイツ経済は今年、対露制裁の影響でマイナス成長になるかもしれない。 (IMF: Bulgaria is among the worst affected countries by sanctions against Russia) ("Anti-Putin" Alliance Fraying: Germany, Slovakia, Greece, Czech Republic Urge End To Russian Sanctions) 欧州に対するロシアの最大の未発動の武器は「ガス輸出」である。EUが使う天然ガスの3割が、ロシアからパイプラインで輸入されている。ロシアから欧州へのガス輸出は、今のところ平常通りに続いている。プーチンは欧州に対し、まだ最大の武器を使わないでいる。欧州側は、現在までの食料輸入の停止だけで、かなり経済的に困り始めている。 (Will Putin Realize That Russia Holds The Cards? - Paul Craig Roberts) 米国では、外交政策決定の奥の院である外交問題評議会(CFR)が、機関誌「フォーリン・アフェアーズ」に「ウクライナ危機は、ロシアでなく米欧の責任で起きた。プーチンは悪くない。NATOの拡大策が悪い」という趣旨の論文を載せた。 (Why the Ukraine Crisis Is the West's Fault) 著者は地政学者のミアシャイマーで、論文は「クリミアはロシアにとって最重要の軍港がある重要な影響圏で、ウクライナを反露政権にしたらロシアがクリミアを奪いに来るのは当然だった。プーチンは昔からNATOを拡大するなと言っていたのに、それを無視してウクライナやグルジアをNATOに入れようとした米欧が悪い」という趣旨を書いている。プロパガンダで塗り固め、善悪を歪曲する米国のロシア敵視策は、そろそろ限界にきている。そんな警告が、この論文から読みとれる。 (Council On Foreign Relations: The Ukraine Crisis Is the West's - Not Putin's - Fault) 米国側の姿勢の揺らぎに同期して、EUの筆頭国で最大の親露国でもあるドイツで「もう米国の馬鹿げたロシア敵視策につき合って経済難を被るのはごめんだ」という叫びがマスコミで出てきている。ドイツの主要な経済新聞ハンデスブラットは8月上旬に「米欧は間違っている」と題する社説を出した。社説は「対露制裁はドイツの国益を損なう。ドイツのマスコミはロシア敵視のプロパガンダをやめるべきだ。現実策(つまり親露策)に立ち戻るべきだ」と主張している。 (German Handelsblatt Releases Stunning Anti-West Op-Ed, Asks If "West Rabble-Rousers Are On The Payroll Of The KGB") ドイツのテレビの風刺番組「エクストラ3」では、芸人が「これがマレーシア機の撃墜犯がロシアだという決定的証拠の衛星写真だ!」と言って、子供が画用紙にクレヨンで描いた何枚かの絵を見せるという、米国批判の風刺劇を放映した。ドイツのテレビには、極東の対米従属固執の島国のテレビが喪失してしまった力量が残っている。 (German TV show ridicules 'evidence' of Russian involvement in Ukraine crisis) ドイツのメルケル首相は8月23日、首相就任後初めてウクライナを訪問し、ウクライナを連邦国家として再編し、親露派が多い東部に自治を与えることで内戦を終わらせる策を提案した。ウクライナの連邦化は、ロシアが以前から提案していた内戦終結策だが、ウクライナや米国は、ずっと連邦化案を無視していた。メルケルの提案が実現するかどうかわからないが、一つの新たな希望ではある。 (Germany urges Ukraine to accept federal solution with separatists_vv)
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