露サウジの米国潰しとしての原油暴落2020年4月24日 田中 宇4月20日、国際的な原油相場(先物主導)である米国のWTI(西テキサス中質油)の相場が史上初めてマイナスの値段をつけ、大きく報じられた。この日は、WTIの5月ものの最終取引日の前日で、翌日の最終取引日の最後まで買い先物の建玉を持っていると、米国の石油パイプライン網のハブであるオクラホマ州クシンで現物の原油を引き取らねばならなくなる。コロナ危機で石油類の需要が減って大量の原油が余っているので、クシン周辺で原油を備蓄できる貸しタンクはどこもほぼ満杯だし、精油所などの転売先も見つけにくい。原油のもうひとつの国際相場である北海ブレントは現物の受け渡しが英国エジンバラの港なのでタンカーで引き取れるが、WTIは米国の内陸での引き渡しなので周辺のタンクが満杯だとお手上げだ(この違いが以前からブレントとWTIの価格差として存在してきた)。 (Cushing, Oklahoma is the center of the oil universe) (Visualizing How Oil Prices Went Sub-Zero: Explaining The COVID-19 Oil Crash) (Oil prices dip below zero as producers forced to pay to dispose of excess) WTIの5月ものの買い玉を4月21日の取引終了まで持っていると、現物で受け取ることもできず、損失がかさむ。そのため4月20日のうちに先物として売ってしまおうとした投資家が投げ売りし、5月ものの相場がマイナス40ドルまで落ち込んだ。翌日にはプラスに戻った。6月ものも下落したがマイナスにならなかった。WTIの相場がマイナスになったのは4月20日の立会い中だけだったが、米国やカナダの内陸で採れる、あまり需要がない種類の原油は、3月からずっとマイナスの価格のままのものがある。 (Oil Price Charts) (Texas Or Canada: Where Will Oil Hit $0 First) 山岳地帯である米国ワイオミング州で採れるアスファルト用などのサワー油(Wyoming Sour)の現物の取引価格は3月中旬からずっとマイナスだ(4月23日のWyoming General Sourは1バレル=マイナス4.25ドル)。カンサスやノースダコタ、カナダ西部などの内陸産の原油もマイナス価格になっている。これらの原油の生産会社は、コロナ危機による需要の急減を一時的なものと考え、原油の産出を止めた場合のコストより、マイナスで売るコストの方が少ないと考え、我慢してマイナス価格で売っている。コロナ危機が長期化すると産油停止を余儀なくされる。 (One Corner of U.S. Oil Market Has Already Seen Negative Prices) (It's Happening: Oil Producers Are Now Paying Clients As Wyoming Sour Price Turns Negative) 沿岸部の油田の石油は、タンカーに積んで置いておくことができる。タンカーはもともと石油の運搬用だが、今のような供給過剰の時期には、タンカーに積んだまま沖合に係留しておくことでタンク代わりに使える。間もなく石油価格が反騰し、タンカーの借り賃より値上がりの差益の方が大きいと考える石油会社や投資家は、今のような安値の時期に石油を買い付けてタンカーに入れておく。タンカーは世界のどこにでも動かせるので、沿岸部の油田の石油は、内陸部の石油より買い手がつきやすい。 (Oil Plummets Over 300% To Almost -$40 A Barrel In Historic Collapse) (Perhaps We Can Store All The Oil In WeWork Offices <笑>) コロナ危機の前、世界の産油量は日産1億バレル程度だった。コロナ危機で世界の石油需要が25%減ったと言われ、減産分を差し引いても毎日1000万-2000万バレルの供給過剰だ。タンカーに積んだ状態で海上にある原油の総量が、4月初めからの2週間で8000万バレル増えて1億6000万バレルになったという。世界のタンカーの積載量の合計は41億バレル(568百万トン)ぐらいなので、毎月1億5千万バレルずつ増えるなら2年ぐらいもつ計算だが、この計算が現実的なのか不明だ。タンカーに貯められる原油がどんどん増えそうなのは確かだ。 (Oil Stored At Sea Hits A Record 160 Million Barrels, Doubling In Two Weeks) ('Tanker Tantrum' - How Crude's Record Contango Has Created "Greatest Trade In Decades") (oil tanker capacity 2019) 4月20日にWTIが史上初のマイナスになった後、安値感につられて原油のETF(USO)などを買う投資家が急増し、原油相場がやや反騰した。まもなく世界経済の閉鎖が解かれていき、原油の需要が増えていくならこの賭けは正しい。だが、2つの要因から、原油価格は反騰しにくい。一つは、今回のコロナ危機が長引く構造に陥っていることだ。経済を再開するため都市の閉鎖を解くと、コロナの感染が再拡大し、再閉鎖を強いられてなかなか再開を進められない構図ができている。コロナ危機の解決策は集団免疫の獲得しかないのに、それを意図的に無視して、集団免疫が形成されにくく、無駄に経済の停止を長引かせる馬鹿げた都市閉鎖・自粛の政策が世界的に強要されている。世界経済と米国覇権を意図的に破綻させる策がコロナ危機の本質だ。 (Energy trader Andurand warns of “crazy losses” as US WTI oil prices turn negative) (Why did oil plunge 306% in a day? U.S. crude descends into negative territory in technical crash — but 'nobody's selling') 日本や米欧などでなかなか経済が再開できず、原油の需要も少ない状態が今後も続く。クシン周辺の石油タンクが満杯の状態は今後ますます悪化する。4月20日の石油暴落のウラには、相場を暴落させて儲けようとした米国内の投機筋がいたはずだ。彼らは、5月19日に期末を迎える6月ものでも同様の暴落を繰り返して儲けようとするはずだ。WTIの相場がマイナスになると、相場に連動しているETFなどの投資家が大損する。それを誘発したい投機筋もいる。今回はマイナス40ドルだったが、5月にはマイナス百ドルまで下がるとの予測も出ている。この構図は、コロナ危機が続く限り繰り返される。 (Think Oil Price Volatility Is Over? Think Again) (Why oil prices just crashed into negative territory — 4 things investors need to know) 原油価格が上がりにくい2つ目の要素は、サウジアラビアとロシアがコロナ危機に便乗し、米国のシェール革命を潰して米国の金融システムと覇権を失墜させようとする策をいまだにやっていることだ。露サウジ(OPEC+)は4月中旬に米国からの依頼を受けて産油量を減らしたことになっている。だがサウジは、米国との談合前に、大量の原油をタンカーに積んで米国に送り込み、米国の石油タンクを一杯にして、今回のWTIの暴落を誘発している。サウジは、200万バレルを積めるスーパータンカーを20隻借り上げ、自国の原油を入れて米国のメキシコ湾岸の港に送り込み、湾岸の備蓄タンクを満杯にしている。4月20日のWTIの暴落・マイナス化を作った一因は、サウジが米国にねじ込んできた石油だ。 (Kyle Bass: "The Saudis Are Sending Us A 50 Million Barrel Oil Bomb") (A Flood Of Saudi Oil Is Headed For The United States. Here’s What That Means For Struggling American Producers) サウジの石油に買い手がついているのか不明で、米議会やトランプは、サウジからの石油輸入を禁止する新政策を検討している。サウジから米国への石油の送り込みが禁止されて止まれば、米国での石油供給量が減るのでWTIの相場も反騰する。だがトランプや米政界がサウジからの石油輸入の禁止に踏み切るかどうかまだ不明だ。 (Saudi Arabia may re-route tankers if U.S. imposes crude import ban, sources say) (Trump will consider blocking Saudi oil imports as US prices crash) サウジとロシアは4月中旬から原油の減産していることになっているが、その後も実質的に減産せず、米国のシェール革命や金融システムの破壊を狙い続けていると考えられる。米日などのマスコミは、サウジが敵視するのは米国でなくロシアであり、これはサウジとロシアの敵対で、米国はとばっちりを受けているだけだと「解説」している。だが、それは(意図的な)間違いだ。サウジとロシアは2014年ごろから談合し、米国のシェール革命を潰す策を続けている。 (After Price Wars And A Pandemic, What's Next For U.S. Shale?) (What do negative oil prices tell us?) 米国のシェール産業は、赤字をジャンク債の大量発行で埋めて自転車操業しており、今のように石油価格の超安値が続くと、シェール産業が米国のジャンク債市場の連鎖崩壊を引き起こす。トランプら米政府は、シェール産業とジャンク債市場を守るため、米連銀(FRB)にQE(造幣による債券買い支え)を大幅拡大させる救済策をやっている。だがこれは、米連銀の健全性を損なう。コロナ危機による経済損失のすべてを米連銀(など先進国の中銀群)のQEによって穴埋めする展開になっているが、これはいずれ米連銀やドルの崩壊を引き起こす。ロシアやサウジは、それを狙っている。 (Bailing out the oil industry brings a fate worse than death) (US shale industry expected to shrink sharply as oil price falls) (中央銀行群はいつまでもつか) 以前からの地政学的な米国(米英)の敵であるロシアが米国の覇権やドルの崩壊を狙うのは自然だ。対照的に、米国の同盟国であるはずの対米従属のサウジが米覇権の崩壊を望むのは常識的に考えて不可解だ。しかし、詳細に見ていくと、サウジは911テロ事件の犯人でもないのに犯人の濡れ衣をかけられ続けている(911は米諜報界の自作自演なのに、サウジ人のアルカイダがやったことになっている)。サウジはイエメンとの戦争も米国によって誘発され、戦争をやめられない状況に陥らされている。サウジは、イランとの対立を大して望んでいなかったのに、トランプは強引にサウジを誘ってイランを敵視する演技をこれみよがしに展開している。サウジは、米国に強要されてイスラエルと付き合わされている。 (Flood Of Saudi Oil To Hit U.S. Shores As Prices Hit $10) (米シェール革命を潰すOPECサウジ) (911事件関係の記事) トランプの米国は、サウジを無理やり巻き込みつつ、自分たちの側が負ける対立構造を中東で作っている。多くの点で、サウジの国家戦略は米国によってねじ曲げられている。サウジは表向き親米や対米従属の態度をとりつつ、裏で原油の超安値の誘発など、米国の覇権潰しの試みを展開している。サウジ王政内には、米諜報界の傀儡(スパイ)をしている勢力が多いが、サウジの独裁者になったMbS皇太子は、王政内の政敵をいろんな口実をつけて排除・無力化していき、独裁体制を作った上で、隠然と対米自立・多極化対応していくことをやっている。 (米サウジ戦争としての原油安の長期化) (いずれ和解するサウジとイラン) トランプは最近、石油価格をテコ入れするため、ペルシャ湾においてイランと米軍との一触即発の対立を演出している。先週、ペルシャ湾でイランと米国の軍艦が異様に接近し、それはイランが悪かったと報じられているが、その善悪観はたぶん米国側が捏造したものだ。米国がサウジを巻き込んでイランとの対立構造を再燃させ、超安値になった石油相場を反騰させようとしている。これはサウジにとって迷惑なことだ。 (Oil prices rebound amid rising US-Iran tension) サウジは、UAEやイラクと連携し、米国に対抗しようとしている。サウジ自身は表向き「米国の仲間・イランの敵」を演じつつ、弟分の国であるUAEがサウジに代わってイランに接近している。イラクは、以前から米軍に撤退を要求しており、米軍がイランとの無意味な対立激化を扇動するほど、イラクは米軍への撤退要求を強め、米国を追い出していく。サウジが米国の言うことを聞かなくなるほど、米議会はサウジとの縁切りを提案するようになり、米軍がサウジから出て行き、サウジはイエメン戦争をやめる方向になる。 (Withdraw US Support From Saudi Arabia) (米国に相談せずイエメンを空爆したサウジ) トランプは隠れ多極主義者なので、自分がやっているイラン敵視が、サウジやイラクによる対米自立化や、サウジとイランの接近を誘発してしまうことを知りつつ、イラン敵視を延々とやっている。石油価格の暴落は、反騰のためのイラン敵視につながるが、それはサウジが石油の反落を招くためイランと和解し、中東の対米自立や多極化を引き起こす。コロナ危機の最重要な点は、ウイルスがどんな病気を引き起こすかということでなく、経済危機がドルを崩壊させるとか、石油の超安値が中東の多極化を引き起こすといった、国際的な政治経済の話である。人類の多くがコロナに抱いている恐怖感は、プロパガンダを軽信させられた挙句のお門違いなものだ。 (Will crashing oil prices put American energy in its coffin?)
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