中央銀行群はいつまでもつか2020年4月7日 田中 宇米連銀(FRB)や日銀、欧州中銀(ECB)といった中央銀行群は、新型ウイルス危機(コロナ危機)が激化し、世界的に経済が閉鎖・自粛され、経済の停止と金融の崩壊が始まった3月中旬以来、QE策(造幣による債券や株などの買い支え)を急拡大し、経済停止や金融崩壊による損失を穴埋めし続けている。 (無制限の最期のQEに入った中央銀行群) (史上最大の金融破綻) それ以来、米連銀は毎週5000億ドルのQEを行っている。3月11日に4.27兆ドルだった米連銀の勘定(資産総額)は、3月18日に4.62兆ドル、3月25日に5.21兆ドル、4月1日に5.72兆ドルになり、増え続けている。日銀(約10日ごとに勘定の状態を発表)は、3月前半まで10日間ごとに1兆-3兆円のQEをしていたが、その後増え続け、3月下旬には10日間で10.3兆円のQEを実施した(資産総額は3月12日に588.7兆円、3月24日に594.1兆円、3月31日に604.4兆円)。ECBは、3月中旬まで毎週100億ユーロ以下の資産増加(QE規模)だったのが、3月20日までの週に2230億ユーロ、3月27日までの週に1354億ユーロの資産増加へと急拡大している。 (he Fed - Factors Affecting Reserve Balances - H.4.1) (Bank of Japan Accounts - Every Ten Days) (ECB Weekly financial statements) 2月後半以降、コロナ危機の世界化とともに株や債券が暴落したが、その後反騰して再暴落し、激しく上下する乱高下になっている。この乱高下の下落方向(株や債券からの資金流出)は、コロナ危機での経済の全面停止を反映した投資家の売りによるものだ。そして乱高下の上昇(反騰)方向は、米日欧の中銀群がQEの資金を金融市場に注入した結果だ。現在の世界の金融市場を支える唯一最大の要因が中銀群のQEである。QEが米国中心の世界の金融システムを延命させ、コロナ危機が金融危機に発展するのを防いでいる。 (株から債券の崩壊に拡大する) (ウイルスの次は金融崩壊) 3月末以来の米日欧の中銀群のQEの増加幅を比べると、米連銀がダントツに多い。各中銀の増額後のQEの規模は、米連銀が毎週5000億-6000億ドル、日銀が10日間ごとに5兆-10兆円(毎週300億-600億ドル)、欧州中銀は毎週1300億-2200億ユーロ(毎週1400億-2400億ドル)となっている。 (How big could the Fed’s balance sheet get?) コロナ危機より前、米連銀はQEと似た機能を持つ「レポ介入」をやっていたが、資産総額の増加は週に200億ドルぐらい(毎月600億ドルの枠)だった。それ以前の、リーマン危機以来の連銀の3回にわたるQEは月額が800億ドル台とかだった。それがコロナ危機の渦中に入ってからは、いきなり20倍以上の週6000億ドル前後・月額2兆ドル以上になっている。米連銀は2015年以降、不健全になるので資産総額を増やしたがらず、できるだけ日銀など傀儡中銀群にQEを代替させてきた。だが今回のコロナ危機は突然の経済の全停止であり、瞬間風速的・短期的な事態悪化の大きさはリーマンショックや百年前の大恐慌よりはるかに大きく、米連銀自身がQEを嫌がってきたこれまでの姿勢をすべて捨て、自ら巨額のQEを再開せざるを得なくなった。 (米連銀のQE再開) (隠れ金融危機の悪化) 米連銀はリーマン危機後、3回のQEをやり、その総額は4兆ドル強だった。米連銀の資産総額はリーマン危機前の1兆ドル以下から5兆ドルへの増加し、この程度の規模の増加でも連銀内外の経済専門家たちから「不健全だ」と非難された(それで日欧中銀にQEを肩代わりさせた)。今回のコロナ危機での米連銀のQE再開は、毎月の月額が2兆ドル以上になりそうだ。わずか2か月で、リーマン危機対策としてのQEの総額に達してしまう。現時点で、2か月後の6月末時点でコロナ危機がきれいに解消され、世界の借金(債務者)の大半を占める米経済がV字回復している可能性はほぼゼロだ。3月中旬ごろなら、まだ「6月にV字回復」という楽観論を言っていた人がいたが、今やそんな頓珍漢なことを言う人はいない(回復への最速の道である集団免疫・抗体検査の路線はたぶん棚上げされる。コロナ危機は「解決」の定義自体が曖昧になり、米国を中心に都市閉鎖が長引く)。 (集団免疫でウイルス危機を乗り越える) 米国や世界の経済回復は早くて今秋以降で、しかも感染再発が頻発する中での不安定な回復となり、V字でなくL字に近くなる。経済成長がプラスに転じても、金融システムが自力で安定するには時間がかかる。そもそもリーマン危機以降の12年間、米国中心の世界の金融システムはずっとQEに依存し続けており、一度も自力での安定を回復したことがない。現実的に考えると、かなり楽観論に立っても、米連銀は、今の月額2兆ドル以上のQEを少なくとも半年は続けねばならず、その後は減額できたとしてもQE自体はずっと続けねばならない。2兆ドルのQEを半年続けると、今の6兆ドルの米連銀の資産総額(勘定)が18兆ドルになる。その後の減額したQEまで含めると、米連銀の資産総額は来年、米国のGDPである22兆ドルを超える。 (史上最大の金融バブルを国有化する米国) 中央銀行の資産総額がQEによって自国のGDPを超えるとヤバイのか。実は、日本と英国が、中央銀行の資産総額がQEによってGDPを超えている(現在の中銀資産のGDP比は米国が27%、欧州が40%)。日銀の資産総額が600兆円、日本のGDPは554兆円。英中銀の資産総額が5130億ポンド、GDPが5236億ポンドだ。日銀と同様、英中銀は3月中旬から毎週200億ポンド前後のQEの急拡大をやっており、まもなく資産総額がGDPを抜く。日本も英国も、こんな状態になっても中央銀行が危ないと言われることはなく、平然とQEを急増できている。ならば、米連銀の資産総額が米国のGDPを抜いても問題ないのでないか。 (Bank of England Weekly Report) 実は、そうでない。日英は、金融システム的に米国と一心同体である。日英の中銀群がいくら不健全な政策をやっても、日英(子分)よりはるかに規模が大きくて覇権国である米国の連銀(親分)が健全な状態なら、金融システムは危険にならず、日英だけがヤバくなることもない。しかし、親分である米連銀が(不良)資産の急増でGDPを超えてしまうと、それは米連銀・ドル・米国債・米国覇権の不健全さを象徴する状態になってしまい、世界中の投資家や銀行群がドルや米国債に対する不信感を急増させる。子分たちが弱くなっても親分が強ければ問題ない。だが親分が弱くなると、その集団全体が存亡の危機になる。 (中央銀行の弾切れ) ここまで、米連銀が22兆ドルまでQEを拡大しそうだという話だ。ここから先、さらにとんでもない話になる。米国中心の世界の金融システムは、リーマン危機後、中銀群のQEに依存して延命してきた。コロナ危機による経済の全停止で、全停止した分の経済の資金的な穴埋めのすべてを、中銀群とくに米連銀がQEの急増によって担うことになった。米連銀は、総額としていくら穴埋めすれば良いのだろうか。各国の中銀が自国の1年分のGDPを穴埋めするなら、米連銀はすでに述べた22兆ドルのQE増額をやればよい。しかしGDPは実体経済だけの分だ。今の世界は実体経済と別に、米国を中心に250兆ドルの金融システム(債権債務)を持っている。これらを穴埋めしていかないと、債券金利が上昇して金融破綻を引き起こす。 (Is The Fed Trying To Inflate A 4th Bubble To Fix The Third?) ("Greatest Depression Has Already Started", Celente Warns) 株価の反騰から考えて、中銀群は株価の暴落も認めないことにしたようなので、株式市場への資金注入もQEの役目になる。米連銀は、不動産担保債券や、石油ガス業界などのジャンク債の損失もQEで穴埋めすることにした。米政府がコロナ危機の対策として発行する赤字国債もQEの資金で買い支えられる。QEは、あらゆる借金の穴埋めに使われる。QEがすべての借金を面倒見るとなると、債務者の方はとたんに自律的な努力をしなくなって倫理的に腐敗し、QEへの依存がますます強まる。モラルハザードに陥る。最悪の場合、米連銀は250兆ドルのQEをやらねばならない。22兆ドルだと思っていたQEの想定額が10倍以上にはねあがる。毎月2兆ドルのQEを続けると10年ぐらいで250兆ドルになる。中銀群が、人類の負債をすべて肩代わりする。 (史上最大の金融バブルを国有化する米国) (COVID-19 Is Not Even Close To America's Biggest Problem) そこまで行く前に、巨大な金融崩壊が起きて肩代わり不能になりそうだ。それは、どのように起きるのか。株や債券の市場の閉鎖、米国債からジャンク債までの債券の金利高騰、取引不能、市場凍結などが考えられる。取引できなくなって金融商品の価格や金利が定められなくなる。金利が定まらないので融資やローンも存在しなくなる。これまでの債権債務が凍結され、徳政令状態になる。などなど、これらはまだ妄想でしかないが、何らかのすごいことになるのは確実だ。金融システムが丸ごとすっ飛んだ状態で、実体経済だけが運営され続けることがあり得るのかどうか。金地金の価値が高騰するだろうが、各国政府が民間の金地金保有を禁じる(民間保有の金地金を強制売却させる)という政治的なやり方で、金本位制への逆戻り・逃げ道を阻止するかもしれない。政治的にみると、金地金すら安泰資産でない。 ("If Getting Us Into $6 Trillion More Debt Doesn’t Matter, Then Why Not $350 Trillion?") 今回のコロナ危機で、中銀群とくに米連銀への依存が急に強まっている。この依存が今後逆流する可能性は低い。リーマン危機以降、中銀群への依存が強まる一方だったことから、そう思える。ひどいモラルハザードが起きているので離脱が困難だ。米連銀のドルシステムは崩壊が不可避だろう。いつどのように崩壊していくのかという問題になっている。トランプ政権は、コロナによる米国の閉鎖を長引かせようとしている観がある。これは、米経済の全停止状態を長引かせ、ドル崩壊への道を確実なものにする。それは、トランプ政権が米覇権放棄・隠れ多極主義の策をとってきたことと一致している。トランプの意図を考えると、金融システムと米国覇権の崩壊はますます不可避だ。トランプは、この崩壊を引き起こすためにコロナ危機を扇動していると思える。集団免疫・抗体検査の路線は、米国や世界の閉鎖を短くする効果があるので棚上げされるだろう。集団免疫を提唱していたジョンソン英首相は入院し呼吸器につながれているようだが、コロナで呼吸器につながれた人は致死率が80-90%と言われている。ジョンソンの生還を祈る。 (長期化し米国覇権を潰すウイルス危機) (Very likely' Boris Johnson will be put on ventilator in intensive care) 日銀は今回、QEを増額しつつも増額幅が米連銀よりはるかに少ない。これは日本が、米国に追随して金融破綻したくないと考え、遅まきながら日米の無理心中体制から逃げようとしているからだろう。安倍政権は今回、非常事態宣言を発することで「日本も大変なんです」という国際イメージを作り、日銀のQE加速の資金が米国でなく日本の経済救済のために使われるように仕向けているとも思える。欧州中銀も、欧州自体のコロナ危機による経済難に対処せねばならず、欧州のQE資金が米国を助ける従来構図から離れていきそうだ。コロナ危機全体の政治的な意味については改めて考察したい。 (ウイルス統計の国際歪曲)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |