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株から社債の崩壊に拡大する

2020年3月8日   田中 宇

横浜への入港を許可したばかりに「船内感染を止められなかった」と内外から日本政府が失策のレッテルを過剰に貼られて猛烈に非難された、日本にほとんど無関係な米船会社のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の姉妹船である「グランド・プリンセス」が、米国で似たような大騒動になっている。同船は、米西海岸沖を航海中に船内で新型コロナウイルスの感染者が21人(増加中)見つかり、カリフォルニア州への帰港を州知事が拒否した。その後、オークランドへの帰港が許されたが、この騒動の過程でトランプ大統領が驚くべき(本音の)発言を放った。トランプは「(統計上の)米国の感染者数を倍増させるので帰港させたくない」と発言した。 (Another 'Nightmare At Sea': 21 Cruise Ship Passengers & Crew Off San Francisco Test Positive For Covid-19

トランプは表向き、早急に百万回分の検査キットを用意する計画をぶちあげるなど、どんどんウイルス検査して正確な感染者数を発表するかのような姿勢をとっているが、実のところは正反対に、できるだけ感染者数を増やさぬよう、検査もせず、感染の実態を隠蔽したいと思っていることが、この発言によって暴露された。検査キットも、約束の百万回分のうち、実際に用意されたのは8万回分だけだ。米国の統計上の感染者数は約450人(増加中。間もなく日本を上回る)だから、「倍増」ということは乗員乗客3500人のクルーズ船で450人の感染を見込んでいるわけだ。日本政府のクルーズ船対策を事後的に非難した米政府のお手並み拝見だ。 (White House Pledge To Deliver '1 Million Coronavirus Tests' By Friday Might Be 922,500 Short

感染拡大に対して、安倍の日本は比較的整然と隠蔽策を続けているが、米国はもっと混乱した状況下で隠蔽策を続けることになりそうだ(日本も大混乱だと思う人が多いかもしれないが、世界の混乱に比べると大したことない)。米国は統計上の感染者数が現時点で日本よりやや少ないが、すでに死者が日本の3倍の19人になっている(増加中)。米国は欧州と同様、爆発的な感染拡大になっているように見える。カリフォルニア、ワシントン、NY、ハワイなどの州が非常事態を宣言した。日本の統計上の感染者数はいまや独仏伊より少なく、日本政府の隠蔽工作が世界有数の巧妙さであることが示された。やはり日本の役人は優秀だ(憤)。 (Cali Governor Bars 'Grand Princess' Cruise Ship From Docking As Passengers Show Virus Symptoms) (Coronavirus Update

米国の感染対策が混乱して発症者が急増するほど、米経済に対する打撃が大きくなり、米企業の赤字が急拡大する。米連銀(FRB)がいくら資金を注入したり利下げして株価を維持しようとしても、下落圧力の方が大きくなる。米国など世界の株価は、2月17日からの週と24日からの週の2週間で合計10-15%暴落した後、3月2日からの週は利下げと中銀群の資金注入などの株価対策によって乱高下しつつ横ばいだった。だが3月9日からの来週は再び株価暴落になりそうで、その前兆である米国債の金利下落と円高ドル安が今週末に起きている。これから3月下旬にかけて、米国などの株価は、まだあと15%ぐらい下がると予測されている。下落を緩和するため、米連銀が再び利下げをやり、次は0.75%の大幅利下げになるとか、4月には米国がマイナス金利になるという予測も出ている。 (Stock Market Liquidation Will Continue Until The Fed Does A 75bps Emergency Rate-Cut) (MSCI Warns US Stocks Could Fall Another 11% As Coronavirus Outbreak Worsens

利下げしても景気浮揚の効果は少ない。利下げは、企業の負債の金利負担を減らし、そのぶん企業が本業を拡大できるので景気をテコ入れする仕掛けだが、今はウイルス危機で経済のほとんどの分野の需要が急減し、利下げしても需要や生産は拡大しない。米連銀の利下げは、トランプの圧力に応えるだけの「弾の無駄遣い」だ。株価対策としては、すでに日銀がやっている、中央銀行が株式やETFを買い支える不正な策の方が効果があるが、これは中央銀行がすべての株を買って全企業を「国有化」するだけで、株価(投資家)だけ救済して実体経済(国民)を良くしない。 (Boston Fed's Rosengren Says Fed May Soon Have To Buy Stocks) (When Will US Rates Turn Negative? One Trader Is Convinced They Know The Answer

株の暴落は危機の序の口だ。先週末、株価の暴落よりも恐ろしい社債の暴落(金利高騰)の兆しが見え始めた。米国債の金利は史上最低だが、社債の金利は上がり出している。3月6日、アメリカン航空やマクドナルドなど、米国の航空、レンタカー、クルーズ船、外食、石油ガスなど、ウイルス危機による経営悪化が不可避な業界の社債の金利が大幅上昇(債券の価値が下落)し、債券破綻への保険であるCDSの指標が急騰(保険料率が急上昇)した。これはリーマン危機の初期にあたるサブプライム危機の際に起きたことと同じだ。サブプライム危機からリーマン倒産まで1年の時間があった。対照的に今回は、米国へのウイルス危機の波及が突然なので、諸業界の業績悪化や債券のリスク高騰も突然だ。しかもウイルス危機はまだ始まったばかりだ。事態はリーマンの時よりずっと悪い。 (Credit market melts down on fears that virus-hit companies can’t repay debts) (Bonds Aren’t as Safe as You Think

債券は、今の世界経済の「底上げ装置」だ。カネ余り現象を生み出し、企業が倒産しにくくなる錬金術だ。株より債券の方が経済の機能として重要だ。今週、来週と、危機は株から債券(国債でなく社債)に拡大し、社債市場が急速に悪化する。今月中に米連銀など先進諸国の中銀群は、株と債券に対する大規模なテコ入れ策をやるだろう。それで効かなければテコ入れを増額する。連銀が、これまで「QEじゃない」と言ってきたテコ入れ策の「隠れQE」(レポ市場介入)を正式にQEと認めるという予測も出ている。 (Corporate Debt Engulfed by Market Turbulence) (Why US high yield is increasingly high risk, low reward

テコ入れ額をどんどん増やすと最終的にどうなるか?。世界の株と債券の総額は60兆ドルぐらいだから、売られる分をすべて中銀群の資金で買い支えていくことが、全く考えられないことではない。米連銀はQE最盛期の資産総額が5兆ドルで、世界の株と債券の総額はその12倍だ。がんばれば、もしかしたら買い尽くせる(デリバティブを含むともっと巨額だが)。米国中心の従来の国際金融システムを破綻させたくなければ、中銀群が資産総額を60兆ドルまで増やす覚悟で買い支え続けるしかない。全部買い支える覚悟ができたなら、あとは相場が下がったら買い支えの速度を上げれば良い。中銀群は3月中に覚悟を決めてQEや株の買い支えを加速するのでないか。中銀群がすべての金融商品を買い支えた後、何が起きるのかはわからない。 (Fed Is Now Trapped: If Powell Fails To Taper "Not-QE", He Will Admit It Was "QE 4" All Along) (The seeds of the next debt crisis

途中で中銀群に対する人々の信用が落ちたらどうなるか。最もありそうなのは、人々が中銀群の諸通貨(ドルや円やユーロ)でなく金地金を持ちたがるようになることだ。人類の価値の最後のよりどころである金地金の価値に対して人々が覚醒してしまうと、中銀群の負けになる。金地金を大幅上昇させてはならない。中銀群は先物を使い、最近上昇力が増している金相場を上がらないようにしており、この傾向は今後も続く。中銀群は覚悟を決めるだろうから、金相場も上がりにくい。上昇していくのは不可避かもしれないが、その際に急騰と暴落を繰り返す。 ("Gold Is Going A Lot Higher" - DoubleLine's Gundlach Warns Of "Seizure In The Corporate Bond Market") (Fed Going to Need Bigger Rate Cut –Peter Schiff

米国では社債市場のほか、民間銀行どうしの相互信用の度合いを示す銀行間短期融資市場(レポ市場)も危機がひどくなっている。レポ市場では、民間銀行どうしで融資しきれない分(大手銀行が中小銀行を信用しなくなり貸さなくなった分)の資金を米連銀が貸すレポ介入(資金の入札)を昨秋から続けているが、2月5日に、入札に対する応札がこれまでの最高率(1.15倍)になった。民間銀行間の信用が失われている。この現象も、リーマン危機時と同じだ。 (Term Repo Record Oversubscribed As Market Liquidity Craters) (Analysis: Why the Fed Is Likely to Cut Again

社債の危機は、米国の石油ガス産業、とくに債券発行で赤字を埋めて自転車操業してきたシェールの石油ガスの採掘会社を破綻させる。米国のシェール産業は、石油価格の下落と、債券危機(社債金利の高騰)という二重の危機に見舞われている。先週末、OPECとロシアが石油の減産を話し合った。米国はサウジに圧力をかけてOPECに減産させて石油価格を押し上げようとしたが、米シェール産業を潰して米国を弱体化したいロシアは減産を拒否して破談にさせ、石油価格を下落に誘導した。米国はロシアにやられている。 (Putin Launches "War On US Shale" After Dumping MbS & Breaking Up OPEC+) (Shale Drillers Need A Miracle To Keep Production From Falling

お金とウイルスの話で書きたいことはもうひとつある。「お札にはウイルスがついている。現金は使わず、スマホの電子マネーを使うべきだ」とWHOや(その親分の)中共政府が言っていることについてだ。最近では米連銀も言い出した。中国や米国の中銀は、使用済みのお札を焼却したり検疫したりしていると発表・喧伝している。私が見るところ、こうした宣伝・扇動の意図は、匿名で決済や備蓄ができる現金でなく、すべての決済と備蓄行為を政府が監督できる電子決済を人々に使わせ、世界的な現金廃止に持っていき、政府による統制力を強化することである。ウイルスが付着しうる紙はお札だけでない。日本がいまだに現金決済が主流で、それが時代遅れで間抜けなことだと軽信者や中共傀儡が言い出しているが、彼らは覇権上層部の「現金廃止戦略」の本質を見ていない。中国が賢い新興覇権国で、日本が間抜けな衰退国になったのは間違いないのだが。(悲) (Federal Reserve To Quarantine Dollars From Asia On Covid-19 Transmission Concerns) (WHO Urges People To Go 'Cashless' Because 'Dirty Banknotes Can Spread The Virus'



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