史上最大の金融バブルを国有化する米国2020年3月25日 田中 宇米日欧など先進諸国の株価は、先週までウイルス感染拡大を受けた都市閉鎖による経済停止の影響で暴落の傾向だった。だが今週に入り、先週の暴落分を取り戻す勢いの反騰を続けている。米国の平均株価は、先週末に10%暴落し、今週初めに10%暴騰した。米国では今まさにウイルスの蔓延が加速し、感染拡大を止めるため米国の人口の3割にあたる8600万人の地域が封鎖され、外出禁止になって経済が急停止した状態だ。企業や店舗の大半が休業に追い込まれ、これがあと1か月も続いたら倒産や失業が急増する。中国での先例から考えて、都市閉鎖は2か月ぐらい続けないと感染拡大を抑止できない。米国の都市閉鎖も2か月は続きそうで、その間に米国経済がどんどん破綻していく。そうした事態をふまえると、先週末の株価の暴落は自然な流れだ。だが、今週の株価の反騰は全く奇妙で、常識的な需給関係で説明がつかない。 (Coronavirus-Triggered Downturn Could Cost Five Million U.S. Jobs) (Are Americans All-In For A Long 'War On Virus'?) 今週の株価の暴騰は、需給関係からでなく、米連銀(FRB)や日銀などの中央銀行群が先週から加速したQE(造幣による債券や株式の買い支え策)との関係で説明する必要がある。中銀群はQEの資金を使い、株価の下落傾向を抑止するだけでなく、下落傾向を反騰傾向に変えるところまで強めることにしたので株価が急に反騰したと考えられる。 (Dow Squeezes To Best Day Since 1933, Gold Soars As Dollar Dips) 今回の株の反騰は、私にとって意外だった。金融システムを崩壊させず維持するためには、株式より債券を優先して守る必要がある。債券は経済の根幹である資金調達の安定性をつかさどり、債券市場が崩壊して金利が高騰すると企業や政府の資金調達が困難になって経済が機能不全に陥るからだ。株価の下落の方が悪影響が少ない。そのため私は、中銀群がQEの資金で債券(国債、社債)の買い支えを優先する一方、株価の下落を容認するのでないかと考えていた。実際は違っていて、中銀群は株価の下落も容認せず、先週の暴落分を今週に反騰させ、株を史上最高値の状態に戻そうとしている。その目的は金融システムを守ることでない。 (Peter Schiff: COVID-19 Is Exposing The Truth About The Economy) 目的は多分、米政界を動かす力のあるエスタブリッシュメント・資本家たちが株式の大半を持っていることと関係している。トランプ大統領の再選願望も関係している。エスタブ群は、QE資金を使って自分たちが持っている株式の価値を高値に戻したい。株が高値に戻れば、株価が自分の経済政策の正しさを示す指標だと言ってきたトランプも、今秋の選挙で有利になる。中銀群の中には、従来の株価が高すぎたので下落を容認すべきだと考える人も多かっただろうが、エスタブやトランプの私利私欲に圧され、QEの資金が金融機関などを経由して株式市場に流入し、先週の暴落分を穴埋めする暴騰が実現された。これはQEの私物化・無駄遣いであり、巨大な不正・腐敗である。中央銀行は「政府から自立した機関」なので、その政策決定の経緯は公開されず秘密だ。そのため、中銀群がエスタブ救済の不正をやっていることも秘密のままだ。 ("The Chances Of A Greater Depression Are Increasing By The Day" Warns Dr.Doom) QEの資金は、これまでも株価の上昇に使われてきた。いくらでも造幣できる中銀群は、意のままに株価(や債券金利)を操作できる。株価は、需給で動いている市場のふりをしてきたが、実のところ需給は関係なかった。「株価が上昇しているから(実際は不景気なのだが)景気が良い(ことにする)。景気が良い(という粉飾をされている)から株価が上がる」といった詭弁で上昇が説明・正当化されてきた。以前はそれでも「市場のふり」がばれないように隠然と行われてきたが、ウイルス危機の発生後、うまくウソをつける範囲を大きく超えて実体経済が崩壊し、大恐慌の中で暴落した株価が反騰するという、明らかにおかしな事態になっている。 (America's Dual Nightmare: Coronavirus and Massive Debt) 日本では何年も前から、日銀がQEの資金でETFを買って株価をつり上げる不正行為を大っぴらにやっており、日銀はETFを通じて日本の上場株の70%を保有する大株主となり、日本の大企業の多くが「国有企業」になっている。米国では従来、企業が債券発行した資金で自社株を買って株価をつり上げ、連銀がQEの資金でその債券を買う間接方式が採られてきた。米国は「企業の国有化」でなく「金融バブルの国有化」になっている。これまで米国の金融市場は、デリバティブなど野性的な民間市場の象徴をたくさん持ち「国有化」から最も遠い存在だった。金融市場がもう潰れるので、最期は政府(国民)からできる限りのカネを搾り取って潰れよう、というのが国有化を望む金融界の魂胆だ。 (‘Nationalisation’ of bond markets helps calm nerves) QEが腐敗し、無駄遣いされるのは株式だけでない。株式以外の分野でも、金融バブルの国有化が進んでいる。米連銀は先週から、米国債、不動産担保債券、ウイルス危機によって経営難になる業界(石油ガス、航空、小売など)の社債をQE資金を使って買う政策を始めている。不動産担保債券の多くは商業不動産を担保としており、ウイルス危機で店舗や企業が休業し、商業不動産は取引が95%の減少になっている。多くの債券が、資金の還流を失ってデフォルト寸前だ。金融界は、不動産担保債券が不良債権になったので米連銀に買い支えてもらうことにした。 (Mortgage investment funds become ‘epicentre’ of crisis) ("Widespread Panic" Hits Commercial Property Markets: Deals Implode, Renters Disappear, Businesses Shut Down) ウイルス危機で経営難になっている業界の社債も、その業界がウイルス危機で破綻寸前なのだから、ほとんど不良債権である。少なくとも今後2カ月間は各国の国際線や国内線の旅客機がほとんど飛ばず、その間に世界の航空会社の多くが経営難に陥り、国有化か倒産を迫られる。石油ガス業界も、ウイルス危機と同期してロシアとサウジが開始した原油安値戦争による原油安(現在1バレル25ドルぐらいだが、今後10ドルまで下がるとの予測がある)で、油井の多くが採算割れしている。米国の鉄道会社アムトラックも旅客が92%減って経営難がひどくなり、米政府に救済を求めている。石油ガス、航空、鉄道など、倒産寸前の多くの会社の負債を米国の連銀と政府が買い支える。米連銀と政府は、不良債権を高値で買い取らされ、不良債権のゴミ箱として機能することになる。 (Oil Majors Are Preparing For $10 Oil) (Pigs At The Trough: Amtrak Is Latest Company Begging For Bailout As Ridership Plunges 92%) 米国の企業は全般的に、日本や欧州よりも借金漬け・バブルまみれの傾向が強い。多くの米企業が巨額の借金を抱えてウイルス危機に直面し、倒産しかけている。多くの企業が、あと2か月は続く米経済の閉鎖・停止状態を乗り切れずに破綻する。米企業が破綻すると、債券購入や融資の形で米企業に金を貸している金融機関や投資家が連鎖破綻する。金融界や投資家は、連鎖破綻させられたくないので、米連銀や政府に圧力をかけ、QEや財政出動で自分たちの債券や融資債権を買わせようとしている。米国は、巨大な金融バブルを国有化しようとしている。米政府はすでに財政赤字が高水準なので、無限の買い支えを担当させられるのは主に連銀・FRBとその傘下の日銀など中銀群である。 (Surgeon General Warning: Coronavirus Calamity This Week) 米国の金融市場は、すでに市場として機能していない。中銀群がどれだけQE資金を注入して買い支えるかによって相場が上下しているだけだ。市場の主なプレイヤーは中銀群だけだ。これがあたかも市場の動きであるかのようにマスコミがウソの報道を続け、軽信的な人々を騙し続けられるように、市場っぽい形をとっているだけだ。 (Trump Hopes to Have U.S. Reopened by Easter, Despite Health Experts’ Warnings) 米国の感染者数がイタリアを抜きそうな急増で、近いうちに中国も抜いて世界一の感染者数になりそうだ。それなのにトランプは「4月12日のイースターまでに、全米各地の閉鎖を解除して経済を再開したい。経済を潰してウイルス対策をやりすぎるのは良くない」と主張している。米政府の医療専門家たちは「閉鎖は5月末ぐらいまで必要だ(トランプの案は非常識だ)」と言っている。トランプもおそらく自分自身の案の非常識さを知っている。トランプは、目先の株価反騰の「材料」にするために「イースターに閉鎖解除・米経済再開」を言っている。同時にトランプは、仲が良い共和党の上院議員たちに「経済再開よりウイルス防止策を優先すべきだ。閉鎖が5月末まで続くのはやむを得ない」と言わせ、トランプが上院議員たちに押し切られてやむなく経済再開を延期する(不況の激化はトランプのせいでない)というシナリオを演じようとしている。トランプは支持率が就任以来最高の49%になっており、この状態を維持したいのだろう。 (US could become next coronavirus epicenter, WHO says) (America could overtake Italy and become the new coronavirus epicenter just hours after Trump said he wants to get US 'open for business' in DAYS) 株価は反騰した。長期米国債も、先週の危険な感じの金利上昇がなくなり、安定している。だが、債券市場のうち、社債はジャンク債を含めて金利が上昇(価値が下落)し続けている。社債の金利上昇は、米経済が停止して企業も休業から破綻に追い込まれかねないという懸念から起きている。米連銀がQEの資金で社債類を買い支えれば金利が上がらない。金利が上がり続けていることは、連銀が買い支えに入っていないということなのか?、それとも買い支えに入っても売り圧力が膨大でじりじりと値を下げて(金利が上がって)いるのか?。後者だとしたら中央銀行でも支えられないことを意味しうるので危険だ。私は金融業界におらず、社債類の日々の値動きを詳細に見ることができないので、どちらなのかはわからない。これを書いた後に見てみると、米国の投資適格社債とジャンク債の金利は数日ぶりに、前日比でわずかに下がっている。やや危険を脱している感じになってきた。 (Tracking Bond Benchmarks) (Distressed Debt In The US Doubles In 2 Weeks To $500BN As BofA Expects Surge In Defaults) 現在、株や債券の取引のほとんどは、個人投資家でなく大手金融機関など「システム」たちだ。今回の金融崩壊を受け、個人投資家は金地金に群がっている。世界的に金地金が品薄で、以前から予測されていた「金地金の売り切れ」が発生している。先物で歪曲されている金相場と、金の現物価格との乖離(プレミアム)が拡大している。最近の乖離幅は5%だという指摘を見たが、先物に妨害・歪曲されない現物だけの価格が存在しないので乖離の実態は不明だ。ゴールドマンサックスは3月24日、顧客に対して金地金を買うよう推奨し始めた。いよいよドル崩壊の感じが出てきている。 (Gold bars in short supply due to coronavirus disruption) (Goldman Sachs tells clients it is time to buy gold) (先物に歪曲されている)金相場は、3月前半の数日間で1オンス1700ドルから1500ドルに12%暴落したあと、3月19-20日には再び1700ドル近くまで12%反騰した。暴落は、中銀群(おそらく日銀)が、ドルなど紙切れ系を防衛するためにQEの資金で先物を使って引き起こしたものだ。反騰は、先物と現物の乖離を埋められると考えた投資家が買い上げていったものだろう。中銀群は、この反騰を黙認していたことになる。なぜ黙認したのだろうか。もう金地金の暴騰(=ドルの失墜)を容認することにしたのか??。そんなはずはない。中銀群は、最期までドルを防衛するはずだ。これは、金相場を大幅に乱高下させ、金相場(先物)に投資している投資家の多くを敗退させ、反騰の力を削ぐ作戦かもしれない。金相場は再暴落しかねない。金地金の価値が真に高騰するのは、中銀群の無限のQEが行き詰まる時で、それはまだ先だ。 (金相場抑圧の終わり) ("It's Selling Like Toilet Paper": If You Haven't Bought Physical Gold Yet, It's Probably Too Late) とはいえ、中銀群の無限のQEは、トランプや金融界や企業経営者といったエスタブたちの「バブルのゴミ箱」として使われ、腐敗した戦略をとらされ、資金力を浪費させられている。これは「最期のQE」だが、効率よくやれば何年も保たせることができる。しかし、私利私欲で腐敗したエスタブ連中がよってたかってQEを食い物にして自分の負債を埋めようとしているので、今回のQEの寿命は意外と短いものになる。とりあえず、秋の米大統領選挙までは何としても維持するだろうが、その先はわからない。今の「最期のQE」が行き詰まるときは、ドルや米国債の崩壊になるだろうが、それがどのように起きるのか、円やユーロ、人民元などにどんな影響が出るのか、まだ何も見えていない。 (The 'New' Federal Reserve As Garbage Can For All Capitalist Debt)
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