隠れ金融危機の悪化2019年10月25日 田中 宇米連銀(FRB)が9月17日から続けている米国の銀行間融資市場(レポ市場)への資金供給が増え続けている。連銀のレポ市場への資金供給策の日々の額は、9月17日に530億ドルで始まり、すぐに750億ドルに増えた。その後10月15日からは、日々のレポ市場への資金供給(連銀から民間銀行への短期の融資)とは別に、民間銀行が保有する米国債など債券の買い取り(事実上のQE4、長期的な資金供給)も月額600億ドルの規模で開始した。さらに今回、10月23日からは、連銀のレポ市場への日々の資金供給額を750億ドルから1200億ドルに増やした。連銀はこの増加について何も説明していない。 (What is the Fed hiding? A financial system that requires over $100B of liquidity injections every day, temporary, permanent or otherwise, has major issues) (Fed Boosts Amount of Liquidity Offered to Financial System) 9月17日にレポ金利が高騰して今回の異変(資金不足)が始まった当初、権威ある(笑)金融マスコミはこぞって「休日や金融関係の日程が原因の、テクニカルで短期的なもの」と指摘していた。だが、それから1か月以上経っても異変が続き、しかも資金不足がしだいに悪化している。事態が悪化している理由は、これから米連銀が短期金利を引き下げていく傾向が予測され、金利が下がると銀行の利益の源泉である利ざやが縮小し、中小の銀行が経営難になって破綻に瀕するので、大手銀行はたとえ米国債の担保と引き替えでも中小銀行に融資したくなくる「レポ市場の凍結」がおきているからだ。いったん連銀から借りられるとなると、みんな連銀から借りたがるようになって市場の凍結に拍車がかかり、連銀は資金供給額を増やし続けねばならなくなっている。金融界は「信用」がすべてだが、今まさに米銀行界は相互の信用が失われている。これは「異変」でなく、大変な「危機」だ。 (Fed's Fourth Bill POMO Is Most Oversubscribed Yet Amid Liquidity Scramble) (Central Banks Begin to Panic) 今月末に開かれる連銀の理事会(FOMC)で再び利下げが行われそうで、利下げの傾向が定着しそうだ。連銀内からはマイナス金利を肯定・歓迎する声が発せられるようになっており、連銀が短期金利をゼロやマイナスまで下げていく可能性が増えている。そうなると銀行の利ざやがさらに減って銀行界の利益が減る流れが定着するので、レポ市場の凍結・銀行界の信用失墜・金融危機がひどくなる。米連銀は資金供給やQE4の拡大を余儀なくされていく。 (Trump Blasts Fed: "Derelict In Its Duties" If It Doesn't Cut Rates Next Week) (世界中がゼロ金利に) 金融界の信用崩壊が債券市場に広がると、リーマン危機をしのぐ本格的な金融危機に発展する。次の金融危機が起きると、世界の社債発行総額の4割にあたる19兆ドル分の債券が利払い不能になるとIMFが警告している。多くの投資家(金融機関)が似たようなポートフォリオを組んでいるので、いったん危機が起きると連鎖的に拡大してしまう。 (Global economy faces $19tn corporate debt timebomb, warns IMF) 私のような素人でも、今回の異変が始まった9月後半の段階で、異変が大きな金融危機に発展する可能性が高いと予測できた。しかし権威ある金融マスコミは、危機の可能性をほとんど指摘せず、事態を過小評価した後、黙ってしまっている。マスコミしか見ていない大多数の人々には知らされない「隠れ金融危機」が、じわじわと着実に悪化している。 (金融危機を無視する金融界) とはいえ金融危機の悪化とともに、権威筋の中からも危機の指摘が出てきている。大手シンクタンクのマッキンゼーは最近「次に金融危機が起きたら、世界の銀行の半分以上がつぶれるだろう」と予測する報告書を出した。現時点ですでに、世界の銀行の半分が費用に見合う十分な利益を出せない赤字状態にあるという。リーマン危機後、世界の金融界は構造改革が必要だったが(バブル膨張維持のQE策が続けられたため)改革が行われず、危険な状態が放置されてきたとマッキンゼーは指摘している。日本の中小銀行の多くが現状、いずれつぶれるしかない状態にあることを見れば、マッキンゼーの指摘が絵空事でないことがわかる。 (Banks Must Act Now or Risk Becoming a ‘Footnote’: McKinsey) (Japan becomes more exposed to global financial risks, BoJ warns) 8月の記事「基軸通貨の多極化を提案した英中銀の意図」に書いたように、米国勢が、世界の金融システムが破綻に向かっていることを隠したがる(隠しつつ破綻をひどいものにする隠れ多極主義的な自滅策をやる)のと対照的に、戦後米国覇権の黒幕だった英国は最近、覇権自滅的な巨大な金融破綻が起こりそうであることを折に触れて警告するようになっている。英中銀のマービン・キング元総裁は最近「リーマン危機のような金融危機が近づいている。リーマン危機後、金融界の改革が進むべきだったのに(QEなど)金融延命策ばかりが行われたため、危機再来を防ぐ策が採られていない。世界は無自覚なまま、夢遊病のように次の金融危機に向かって歩んでいる」と警告した。マッキンゼーの指摘と似ている。巨大な危機が近づいている。 (World economy is sleepwalking into a new financial crisis, warns Mervyn King) (基軸通貨の多極化を提案した英中銀の意図) リーマン危機時には、米連銀や米政府など世界の中央銀行や政府群にまだ余力があり、QEや財政出動など、危機後の緩和策や救済策がかなり実施できた。しかし次の金融危機は、中銀や政府群が余力を使い果たした後に発生する。今は、次の危機の前の延命策の時期だ。次の危機は、今の延命策で当局群の資金余力が尽きた後に起きる。そのため、次の危機に対しては救済策が行われず、リーマンよりはるかにひどい危機になり、しかも危機が長期化する。貧富格差が拡大し、隠されていた社会矛盾も露呈する。経済だけでなく社会や政治も救われない状態が長く続く。今すでに香港、チリ、レバノンなど世界各地で反政府暴動が起きているが、この手のことがどんどんひどくなる。ひどい金融危機になりそうだということも、連銀がQEを日欧中銀に肩代わりさせた2015年ごろには、すでに容易に予測できることだった。しかし権威筋は事態を看過した。今ごろになってIMFは、QEなどの金融緩和は危険な政策だったと言い出している。もう遅い。しかも、この手の指摘すら、大きく報じられることはない。 (Global Crisis Looms as IMF Report Cites Its Own Policy as Dangerous) (Peter Schiff: The Fed Will Try Again But It's Not Going To Work) 今回のレポ市場の危機は、レポ市場の最大の利用者である米大手銀行のJPモルガンが意図的に起こしたものでないかという見方がある。JPモルガンは、米連銀の政策を利上げ・緊縮・資金引き上げ(QT)傾向から利下げ・緩和・資金注入(QE)傾向に転換させるために、レポ市場で貸し渋りを煽って金利を高騰させ、連銀を資金注入やQE4の方向に追い込んだ、と見られている。民主党の最有力の大統領候補であるエリザベス・ウォーレンが最近、連銀や財務省に対し「JPモルガンを調べろ」とか「レポ市場の事態は金融危機でないのか。説明しろ」と要求している。リーマン危機の前にも、投資銀行の一部(JPM、GS?)が危機を扇動してライバル行をつぶしていった疑いがある。 (Liz Warren Wants To Know If JPMorgan Caused Repo Turmoil To Force Fed Into Launching QE) (米金融界が米国をつぶす) (金融を破綻させ世界システムを入れ替える) JPモルガン自身は最近「レポ市場の状況は見かけよりもずっと悪い。(資金需要が増える)年末には再び危機になりそうだ」という警告を発している。バンカメやゴールドマンサックスも同様の指摘をしている。やはり、状況はどんどん悪化しているのだ。公表されている情報を丹念に読んでいけばそれが感じられる。だが大方の人はそんな余裕がない。 (JPMorgan Warns U.S. Money-Market Stress to Get Much Worse) 金融だけでなく、実体経済も世界的に不況色がどんどん濃くなっている。トランプ政権になっても増えていた米国の製造業の生産総額が最近、減少に転じている。米中貿易戦争など、多極化戦略の一環としてのトランプの通商政策が世界不況に拍車をかけている。最近では国連事務総長がIMFや各国の中央銀行に対し、世界不況の発生防止に全力を尽くせと表明している。だが、中銀のQEや政府の財政出動などの緩和策は、最終的な金融危機をいっそうひどいものにする。金融システムは実体経済の何十倍も大きいので、金融危機は世界経済を破壊する。 (US Industrial Production Shrinks YoY For First Time Since Trump Elected) 金融も実体経済も悪化しているのに、株価は最高値の状態が続いている。株価は経済の状況を示す指標でなく、中央銀行がQEなどの緩和策で作った資金を株式市場に注入してバブルを膨張させて高値を演出しているにすぎない。それを指摘する者は「金融の素人」扱いされて終わる。王様の新しい服をほめそやす者たちしか権威ある「金融専門家」であり続けられない。全く馬鹿げている。この事態は何年も続いている。だが今後は、株の高値もいつまで続くかわからない。米国では、株価上昇の大きな要因だった自社株買いが四半期ベースで前年比18%減少となった。自社株買いの減少は今後も続く。米企業は今や、利益より多くの額を、自社株買いと株の配当に回している。それでも減益により、自社株買いに回せる資金が減っている。 (Goldman warns that buybacks are ‘plummeting,’ ending a big source of buying power for the market) (For The First Time Since The Crisis, Companies Spent More On Buybacks And Dividends Than They Earned) 従来の常識では、不況や金融危機の前に株価が下がったが、今は株価が「好景気の捏造」というプロパガンダの道具として使われているため、現在のように、不況や金融危機が発生した後も平然と株価が上がり続ける。中央銀行と談合している金融界が、株価を吊り上げ続ける目的で、債券発行によって作った資金で、コンピューターによるプログラム売買によって株を取引して株価の続伸を演出している。いずれ株価が不可逆的に大幅下落する時には、金融システム自体が再起不能に破綻した状態になり、実体経済も深刻な世界不況になっているだろう。 (Japanese stocks are hooked on stimulus)
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